
- ラーメンの汁をこぼさず運べるドローン
- 人を乗せる「空飛ぶゴンドラ」も発表
- ヒト・モノ・カネに依存しない「無形資産経営」
- 中国は「世界へのショーケース」
- あらゆる機体に標準搭載される、インテルのような存在に
中国DJI社などのメーカーが安価な製品を発表し、ホビーや空撮用途で身近になりつつあるドローンだが、橋梁の点検や物流といった産業用途での利用にも注目が集まっている。そんな産業ドローンの普及を目指して機体を開発するスタートアップが、エアロネクストだ。同社は中国・深センにある南方科技大学のロボティクス研究院と提携し、中国展開を強化する。すでに中国の大手ドローン企業との提携も果たしている同社だが、中国進出を狙う同社のねらいとは。(編集・ライター 野口直希)
ラーメンの汁をこぼさず運べるドローン
エアロネクストは2017年4月設立のドローンスタートアップだ。ドローンの機体開発に加えて、機体に関するIP(知的財産)の管理事業を行っている。これまでに家電見本市の「CEATEC JAPAN」のほか、スタートアップ向けのピッチコンテストなどでも高い評価を得ている。
同社の核となるのは、独自のドローン向け重心制御技術「4D GRAVITY」だ。
通常のドローンは飛行部(プロペラやモーター)と搭載部(カメラ、荷物など)が一体化しているため飛行が安定しない。エアロネクストでは飛行部と推進部を独立させ、ドローンの中心にある長い縦棒を軸とした「貫通ジンバル構造」によって接続している。ジンバルとは一眼レフカメラのブレを抑えるためにも採用されている回転台のこと。ジンバルを用いてドローンの飛行姿勢や、動作に応じて重心位置を最適化させることで、方向転換などの操作、風などの外的要因があっても姿勢がブレなくなる。
その安定性は、なんとどんぶりに入ったラーメンを汁もこぼさずに運ぶことができるほどだと同社は説明する。本来なら難しい、ドローン同士の連結なども可能だ。さらに、ジンバルの搭載によってモーターの消費電力量も減るので、飛行継続時間やモーターの耐用年数も向上する。
ここ数年でドローンに関する技術は大きく向上すると同時に、低価格化が進み、手軽に買える製品も増えつつある。しかし、エアロネクスト代表取締役CEOの田路圭輔氏は、「その大半は機体を制御するソフトウエアの部分。ハードウエア(機体)の構造自体は約30年間にわたって大きな変化はありません」と説明する。
「これまでのドローンが飛行部と搭載部が一体になった『空飛ぶカメラ』だとすれば、エアロネクストのドローンは自律的・安定的に稼働する『空飛ぶロボット』。基本性能が高まれば既存の役割をより高度にこなせますし、橋梁・基地局の点検や配送といった産業利用にあたっては、より安定的な飛行を可能にした機体が不可欠になります。さらに、天井に貼り付く、カメラを上に伸ばす、噴射して発車する、ほかのドローンと合体するといったこれまで想定できなかった動きが可能になります」(田路氏)
すでに空撮用の機体や、橋梁の点検や配送への利用を想定した産業用機体を開発。2020年上旬には一般販売する予定だという。
人を乗せる「空飛ぶゴンドラ」も発表

エアロネクストでは、10月に人を乗せることができるドローン「Next MOBILITY」も発表している。「空飛ぶゴンドラ」をコンセプトにした機体は、4D GRAVITYを応用した技術によって人が乗るキャビンと、翼やプロペラといったボディーを独立させている。飛行時にはボディーのみを傾斜させるので、キャビンを地面に対して水平に保つことができる。
「ゴンドラのような形状を選んだのは、キャビンを水平に保ちながら飛行する仕組みが、まさに遊園地の観覧車のようだからです。また、『人を乗せるドローン』と聞いて多くの人はSF映画などに登場する空飛ぶ車をイメージしがちですが、それが実現するのはまだ先の話。それよりもまずは観覧車の“進化型”でいい。自由に空の景色を楽しむ体験を通して、ドローンでの飛行に親しんでもらえればと思っています」(田路氏)
ヒト・モノ・カネに依存しない「無形資産経営」
技術開発ともにエアロネクストが注力するのが、IP(知財)の管理だ。これまで約20件の特許を取得し、4D GRAVITYを中心とした特許ポートフォリオを構築。社員11人ながら知財を担当するCIPO(Chief IP Officer)と、ライセンス実務に携わる弁理士経験者を有している。田路氏は内閣府知的財産戦略本部の「構想委員会」委員にも就任している。
彼らがIP管理を徹底する背景には、田路氏のキャリアがある。エアロネクストはドローン開発というテクノロジー企業のトップでありながら、田路氏には新卒で電通に入社した後、電通と米国企業が合同で設立した企業でテレビ番組表「Gガイド」普及のために奔走するなどしており、技術開発の経験はない。
「この時担当していたのが、Gガイドのライセンスを他社に提供してお金にするライセンスビジネスでした。会社が持つ技術(≒知財)をメタ化したのが特許で、それを広めるのがライセンス。どんな優れた技術もただ存在するだけでは、求められません。ユースケースやサービスを示すことで、その技術で何ができるのかを世界に広めるのがIP戦略です」(田路氏)
そんな彼が、新天地として選択したのがドローン業界だった。その理由を「知財のノウハウをより生かせるのは、これから発展する新産業。ドローンは20世紀における自動車のように、社会にとって欠かせない存在になる」と説明する。2017年7月、ドローン産業を(IPで)支援するDRONE iPLAB(DiPL)を共同創業。エアロネクストは、その支援先の1つだった。
4D GRAVITYを発明したのは、バルーン空撮などで高層ビルなどの眺望撮影をしていた鈴木陽一氏(現CTO)。眺望撮影の手段として自作ドローンを使用するうちに、機体の重心制御の重要性に気づきこの技術を思いついた。
「いまも鈴木さんは山梨で技術開発に打ち込んでいます。彼が生み出した形のない資産を、知財としてビジネスにするのが私の役割です。現在、現場で開発を担当するのは数人で、チームのほとんどは各分野のプロフェッショナルで構成し、量産化はパートナーに任せています。一般的にはヒト・モノ・カネを集めるのが経営者の役割だといわれていますが、これらに依存しないで勝負する『無形資産経営』を心掛けています」(田路氏)
中国は「世界へのショーケース」
今回、エアロネクストは南方科技大学のロボティクス研究院と共同で研究開発ラボ “SUSTECH(SIR)-AERONEXT Flying Robots Technology Shenzhen Lab”を設立。産学連携の拠点として、ドローンの社会実装に向けて活動していく。南方科技大学は約1000人の教授、本科生が約5300人、研究生が約1300人も所属する巨大な大学で、「中国のシリコンバレー」といわれる深センに多数の人材を輩出している。
エアロネクストでは、以前から中国進出を精力的に進めてきた。深センの国際ピッチ大会「Nanshan “Entrepreneurship Star” Contest 2018」に日本代表として出場し、3位入賞、知的財産賞を果たし、5月に現地法人を設立。また、中国産業ドローンメーカー大手の深セン市科比特航空科技有限公司(MMC)との戦略的提携を発表している。南方科技大学との提携は、同社の技術力に加えてこうした中国での活動があったから実現したものだ。
では、なぜここまで中国進出に意欲的なのか。簡潔に言えば、エアロネクストのIPを効率的に普及させるための戦略だ。
「いま私たちにとって最も必要なのは、『エアロネクストでなければ実現しえなかった』と評価されるようなユースケースです。巨大なドローン市場を持つ中国で通用すれば、一気に世界でも評価されるはず。中国市場を取るためというより、世界へのショーケースとして中国を狙っているといったほうがいいかもしれません」
「また、中国は日本に比べて社会実装のスピードが圧倒的に速い。エンジニアがどんどん新しいことを試して、失敗したら修正してまた挑戦するというサイクルが確立している。こうした土壌と南方科技大学の協力があれば、きっと早いうちに大きなインパクトのある発表ができるはず」(田路氏)
あらゆる機体に標準搭載される、インテルのような存在に
これからの目標として、「なるべく早くに製品化を実現し、大きな発表をお届けしたい。現状で一番期待しているのは、風の影響を受けやすく、機体が入りづらい場所も多い橋梁の点検ですね」と意気込む田路氏。
彼は、ドローンがまるで鳥のように飛び回っているのが当たり前な社会が到来すると予想している。その時、エアロネクストはドローンを販売するメーカーではなく、あらゆるドローンのハードウェアの標準的なプラットフォームを担う存在を目指すという。
「自動車のようにドローンが普及すれば、シェアリングや公共交通などの形で所有とは違った形態で使用されるはず。そうしたあらゆる機体に4D GRAVITYが標準搭載されるのが目標です。Intel(インテル)の半導体のように、人々が意識しなくても自然と移動手段として使う存在になっていたいですね」(田路氏)