Poppy AI共同創業者の哘崎悟氏と山崎大志氏
左からPoppy AI共同創業者の哘崎悟氏(CEO)と山崎大志氏(CTO)
  • 親しい友人と深いコミュニケーションができる交換日記アプリ
  • ユーザーの9割が10代女性、メンタルケアの文脈でも注目
  • 「世界で使われるプロダクトを作りたい」米国で出会った2人が創業
  • 行き着いたのは創業者2人の悩みを解決するサービス
  • グループジャーナルのスタンダード目指す

日本でも名の知れた「Y Combinator」を筆頭に、アメリカではさまざまなアクセラレータープログラム(スタートアップ支援プログラム)が存在し、スタートアップエコシステムにおいても重要な役割を果たしている。

数あるプログラムの中でも、写真・動画共有アプリ「Snapchat」運営元のSnapが手掛ける「Yellow」はユニークな存在の1つだ。

今年で4年目を迎えたYellowはC向け(個人向け)のサービスを展開するスタートアップのみを対象としていて、1年に採択されるのはわずか10社だけ。採択企業はSnapから15万ドル(約1600万円)の出資を受け、2月から4月までの3カ月に渡ってプロダクトの開発を行う。

CEOのエヴァン・シュピーゲル氏が直接指揮を取る熱の入ったプログラムで、Snapの社員1人がインターンとして採択先の開発をサポート。期間中はCTOを始め、社内外のエキスパートからのメンタリングも受けられる。

そんなYellowに、今回初めて日本人起業家が立ち上げたスタートアップが選ばれた。

社名はPoppy AI。「Waffle(ワッフル)」というグループジャーナルアプリ、日本語で言うところの“交換日記アプリ”を開発するチームだ。

プロダクト自体は2020年8月にローンチしたばかりで開発途上のものではあるが、Z世代の10代女性を中心に「家族や親しい友人と、安全に深いコミュニケーションができる場所」として徐々に広がり始めているという。

今回はPoppy AI共同創業者の哘崎(さそざき)悟氏と山崎大志氏にグループジャーナルに着目した背景やプロダクトの特徴、アメリカで起業してから現在に至るまでの経緯について聞いた。

親しい友人と深いコミュニケーションができる交換日記アプリ

Waffleは親しい友人や家族とのコミュニケーションが楽しめるグループジャーナルアプリだ
Waffleは親しい友人や家族とのコミュニケーションが楽しめるグループジャーナルアプリだ

Waffleは家族や友人など少人数で深いコミュニケーションを楽しめるクローズドなSNSだ。

“グループジャーナル”とうたっている通り、日記を軸にしているのが大きな特徴。ユーザーはアプリ内で日記帳を作り、そこに家族や友人たちを招待して会話をしていくのが基本的な使い方になる。

ホーム画面はTwitterのフィードのようなものに近く、メンバーの投稿が時系列で表示される。テキストや画像、動画などが投稿でき、カレンダーから過去の思い出をすぐに振り返ることも可能だ。

機能自体はシンプルながら「世界観の作りこみが重要」だというのが哘崎氏の考え。「安心して使える身近な人との日記帳」という打ち出し方をすることで、近しい友人や家族たちとの間で他人の目を気にすることなく自分の日常を書き記せる場所を作った。

コロナ禍で直接会えなくなってしまった友人と近況報告をする用途などでも使われているが、1番多いのは「面と向かってでは伝えづらい気持ちを日記に乗せて表現する」使い方だ。

心理的な安全性が高いクローズドなコミュニティで、日記を使って深いコミュニケーションをする──。そのような形で、特に10代の女性がヘビーユーザーになっているという。

「(SNSのトレンドとして)動画や音声が注目を集めていますが、個人的には『日記』というフォーマットがそれに並ぶ存在になるのではないかと期待しているんです。昨今のコミュニケーションツールはすぐに、頻繁に、簡単に連絡できるタイプのものが多い。一方で深いコミュニケーションができる場が少ないと感じています」

「特に親しい人との間では、簡単さや気軽さだけでなく、深いコミュニケーションを取りたい場面もある。そういうコミュニケーションに特化した場所があってもいいのではないかと考えた時に、日記というフォーマットはとても相性が良かった。ある意味時代に逆行する形でWaffleを開発しました」(哘崎氏)

Waffleの画面イメージ

ユーザーの9割が10代女性、メンタルケアの文脈でも注目

マクロ的なトレンドとしては既存のSNSが成長とともにメディア化が進み、広告やインフルエンサーのコンテンツであふれるようになった。

それに伴い友人や家族とコミュニケーションを取りづらい場所に変わってきたことから、少数のユーザーで交流ができる「クローズドソーシャル」のニーズが増してきているという。

そもそも哘崎氏と山崎氏がWaffleを開発したのも、自分たち自身の課題を解決することが1つの目的だった。離れて暮らす家族と連絡をする機会が減っていた中で、お互いの状況がわかるような場所を作れないか。そんな思いが根本にあった。

加えて、米国ではそもそも「ジャーナル」自体がここ数年で伸びてきている側面もある。

特にセルフケアをキーワードに、自分のメンタルや体調をケアする「マインドフルネスジャーナル」が注目を集めているのだそう。「Jour」を筆頭にこの領域では複数の人気アプリも生まれているという。

そのような背景から、クローズドソーシャルとジャーナルを掛け合わせた交換日記アプリとして作られたのがWaffleだ。

哘崎氏と山崎氏はともに20代後半でミクシィやFacebookに慣れ親しんできた世代。当初は自分たちと同世代のユーザーが使ってくれることを見越してWaffleを開発したが、いざ蓋を開けてみると圧倒的に反響が多かったのがZ世代の女性ユーザーだった。

現在Waffleはデイリーで数千人のユーザーが使っており、反応を見ながらプロダクトの改良を進めている段階だが、今のところ全体の約9割が10代の女性だという。

「Z世代がもっとも孤独を感じており、メンタルヘルスのケアに対しても敏感なためにWaffleがウケているのではないか」というのが哘崎氏の見立てだ。

若いユーザーをターゲットにしたSNSは続々と生まれてはいるものの、Waffleのようにクローズドなグループ内で深いコミュニケーションができる場所はこれといったものがなかった。

ユーザーの反応を見ていても「自分の心の問題を親しい人にわかって欲しいと」いったニーズがあり、それを満たせる場所としてWaffleがハマったわけだ。

「世界で使われるプロダクトを作りたい」米国で出会った2人が創業

Poppy AIの創業は2018年6月だが、哘崎氏と山崎氏はそれ以前から各々のやり方でアメリカでチャレンジを続けていた。

哘崎氏は関西学院大学中に起業し、盆栽をオンラインで学べるサービスを開発。そのサービス自体は後に断念することになったが、当時シリコンバレーに行く機会があったことが1つのきっかけとなり、世界中で使われるC向けのサービスを作るべく渡米を決断する。

大学卒業後の2014年にサンフランシスコに渡り、最初の1年目は英語とプログラミングを学ぶ毎日を過ごした。翌年現地の機械翻訳系のスタートアップでエンジニアとしてインターンを経験した後、3年目にプログラミングスクールで出会ったカナダ人とAIカメラのスタートアップを立ち上げた。

ただそのチームは長く続くことはなく、やがて解散への道を辿る。

「このチームで本気で頑張りたいと思って始めた中で解散することになってしまい、これからどうしようかと悩んだ時期もあった」(哘崎氏)が、やはり渡米した頃の思いを諦めきれず、共通の知人を通じてアメリカで知り合っていた山崎氏に声をかけたという。

一方の山崎氏も、哘崎氏と同様に学生時代にシリコンバレーでスタートアップを始めることを決意し、バンガロールやサンフランシスコへ留学。アメリカのスタートアップでAndroidアプリをゼロから開発するなど、エンジニアとして腕を磨いていた。

最終的には哘崎氏の誘いに山崎氏が乗る形で、2018年にPoppy AIを共同で創業する。

行き着いたのは創業者2人の悩みを解決するサービス

冒頭で触れた通り現在Poppy AIはSnapの支援を受けているほか、TLMやCyberAgent Capital、East Venturesといった日本のVCに加え、mixi創業者の笠原健治氏、フリル創業者の堀井翔太氏、ママリ創業者の大湯俊介氏などのエンジェル投資家からも出資を通じて応援されるチームになっている。

とはいえ、同社に明るい兆しが見えたのは最近になってからのこと。Poppy AIをスタートしてからも苦戦する期間が続いた。

2人が最初に開発したのは、犬の写真を撮ると自動でチャットに使えるスタンプを作ってくれるAIカメラアプリ「Poppy」。開発の背景自体はWaffleとも近く、実家の犬の写真をスタンプにできれば、日本で暮らす家族とのコミュニケーションが円滑になるのではとの考えからだった。

Poppy

このPoppyを作っていた際には投資家から資金調達も実施。ドッグランの前に看板を設置するなどプロモーションにも力を入れながらプロダクトの開発をしていたものの、期待するようなグロースは実現できなかった。

「当時スタンプのマーケットが伸びていたことに加え、技術的にも画像の切り取りに特化したAIアルゴリズムが出てきたタイミングでした。もちろんプロダクトへの思いはあったのですが、2つのトレンドに引っ張られた側面が強く、これがベストなソリューションだという自信が持てなかったんです。勢いだけではダメで、自分たちが本気で信じられるプロダクトでなければ続けられない。(Poppyでは)それが欠けていました」(哘崎氏)

結局2人はローンチから8カ月後の2019年2月にピボットを決断。アプリのクローズを決めた。ここからの数カ月間は資金はあるものの、肝心のプロダクトがなくて自分たちの方向性も決まらない。哘崎氏いわく「もがき苦しんだ暗黒期間だった」という。

アイデアを何度も練り直す中で行き着いたのは、哘崎氏と山崎氏2人ともに共通していた「日本にいる家族や友達と疎遠になってきたのが嫌だ」という悩みだった。

そこに親しい人同士が深いコミュニケーションをするためのツールがないという課題感が合わさり、ジャーナルを軸とした「クローズドソーシャル」の領域で再チャレンジすることを決める。

もっとも、そこからすぐにWaffleができたわけではない。約1年間の間に解決法のアプローチやデザインを変えながら、サービスを作っては壊すプロセスを繰り返した。

Waffleができたのは2020年の夏のこと。4つのアプリを経て、5つめに作ったものがWaffleだった。

同年8月にサービスをローンチして「Product Hunt」に掲載したところ、グループジャーナルというコンセプトに興味を示したユーザーが一気に押し寄せてきた。哘崎氏によると「残念ながらその時に集まったユーザーは、きれいに全員が1週間で離脱した」そうだが、一方でコンセプト自体には手応えを感じたという。

「実際に試してくれたユーザーや現地の投資家の反応を見ていても、グループジャーナルという切り口自体はすごく面白いと感じてもらえていました。それに最適なデザインや体験を作ることができれば、今度はいけるかもしれないと」(哘崎氏)

アプリをブラッシュアップする中で現在のデザインに落ち着いた秋頃から、徐々に“予想していなかった”10代の女性ユーザーが集まり始めた。ただ、数カ月前と違ったのはその大部分が離脱することなく、ヘビーユーザーとしてWaffleを使い続けてくれたことだ。

グループジャーナルのスタンダード目指す

Snapが運営するアクセラレータープログラム・Yellow

Poppy AIはこの4月までYellowに参加しながらWaffleの改良を進めている。Y combinator卒業生の「Cocoon」のように、近しいコンセプトのサービスも登場してきているからこそ、今後さらに開発のスピードを加速させていきたいという。

またサービスを継続していくにはどこかで収益化の壁も突破しなければならない。哘崎氏の話では今のところはアプリ内課金やスポンサージャーナルなどの選択肢を検討しているそうで、今後具体的な取り組みも進めていく方針だ。

現在の目標は「Waffleを世界で使われるグループジャーナルアプリに育てること」。今はユーザーのほとんどを10代が占めるが、ゆくゆくは自分たちと同世代や年配の人にも日常的に使ってもらえるコミュニケーションツールを目指していきたいという。