中央がMagic Moment代表取締役CEOの村尾祐弥氏
中央がMagic Moment代表取締役CEOの村尾祐弥氏
  • 営業担当者がやるべきアクションを自動で提案
  • 顧客価値に影響する営業の重要ポイントを特定
  • Googleやfreeeで培った営業ナレッジをSaaSとして展開

「過去の経験から、営業のナレッジや顧客エンゲージメントを軸に事業を一気に成長させるための成功モデルが自分の中に蓄積されていました。それをいろいろな会社に取り出して使ってもらうことで、未来をたぐり寄せるサポートができないかと考えたのが創業のきっかけです」

そう話すのは営業支援SaaS「Magic Moment Playbook」(以下 : Playbook)を展開するMagic Momentの代表取締役CEO・村尾祐弥氏だ。

村尾氏はGoogle在職時に営業統括部長を務め、その後ジョインしたfreeeでも執行役員営業統括兼パートナー事業本部長として事業拡大を支えた。現在は自身が培ってきた営業手法をプロダクトやサービスに落とし込み、さまざまなクライアントが社内にインストールできる仕組みを開発している。

その軸となるのが2021年1月に正式ローンチしたPlaybookだ。

同サービスでは「顧客エンゲージメントの向上が顧客価値最大化につながる」という考えに基づき、営業プロセスや顧客エンゲージメントにまつわるデータを細かく収集・可視化することでセールス担当者に最適なアクションを提案する。

すでにLINEや旭化成、USENグループなどの大手企業からスタートアップまで複数社に導入が進んでおり、今後はこの事業をさらに加速させていく計画だ。

そのための資金として、Magic Momentでは4月13日に既存投資家であるDCMベンチャーズとDNX Venturesを引受先とした第三者割当増資を実施したことを明らかにした。金融機関からの融資を合わせると、今回の調達額は総額で約6.6億円となる。

営業担当者がやるべきアクションを自動で提案

どの顧客に対して、どんなアクションをすればいいかを提案してくれる“参謀”のようなサービス──。Playbookの特徴をおおざっぱに紹介するとそんなところだろうか。

Playbookの画面イメージ
Playbookの画面イメージ

同サービスではCRMツールやMAツールから取り込んだ情報や蓄積してきた過去の営業データをもとに、「導入を決定するためにA社へ電話しましょう」「決裁の状況を確認するためにB社へビデオ会議をしましょう」といった具体的なアクションプランが提示される。

Playbookのユーザーとなるセールス担当者の視点では、“今から何をすればいいのか”が一目でわかるわけだ。

TwilioやGoogle Workspaceなどと連携しているため、電話やメールもPlaybook上から実行することが可能。基本的にユーザーはPlaybookを開き、このツールが提案してくれる順番に沿って業務を進めていけばいい。

ポイントは各工程において重要事項がチェックリストのような形で細かくリストアップされていることだ。

「それぞれの項目に結果を記録しないと次のステップには進めない」仕様のため、成果に繋がる営業のフレームワークとして活用できるだけでなく、データドリブンな営業に不可欠な情報が自然と蓄積されていく仕掛けが施されている。

当然ながら、そもそも正しいデータが記録されていなければデータに基づく営業はできない。

売上が上がるまでの一連のプロセスにおいて顧客との間でどのような合意がなされていったのか、企業と顧客との関係性や営業活動との関連性にまつわるデータをリアルタイムで正確に記録していくことが鍵を握る。

そういった観点で村尾氏たちは「TRUE INDEX」という概念を重要視しているという。

顧客価値に影響する営業の重要ポイントを特定

では実際にPlaybookに営業プロセスや顧客エンゲージメントに関連する細かいデータが記録されていくと、どうなるのか。

まず、さまざまな指標で個人やチームのパフォーマンスを可視化できるようになる。それぞれの成約数や成約率、平均単価、年間の契約金額などを見比べ、誰がどれくらいチームに貢献しているかを簡単に把握できるので正しい評価をしやすい。

かつて村尾氏のチームにAさんとBさんという2人の営業担当者がいた。Aさんは80件のアポイントを獲得して12件の契約を獲得。社内でも評価が高かったが、その12件は8カ月後にすべて解約されてしまった。

一方でBさんの獲得したアポイントは30件だったのものの、契約につながったのはAさんと同じく12件。そのすべてがロイヤルカスタマーとしてサービスを使い続けてくれたという。

「その人がどういう価値を提案しているかというのは、プロセスを全部繋いでみないとわかりません。顧客獲得から、カスタマーサクセスに至るまでのデータがすべて一本に繋がっているのがPlaybookの特徴です」(村尾氏)

セールステック関連のツールはすでにいくつも存在するが、「顧客の獲得」にフォーカスしたものなど営業プロセスの一部に特化した“縦割り”のものも多い。それでは「誰がとったアポで、誰がクローズして、誰がカスタマーサクセスをするとROIが高いのか」といった分析が難しいという。

厳密には設定を工夫したりデータサイエンティストを採用したりすれば可能だが、そこには膨大なコストや手間がかかりボトルネックになっていた。

画面に沿ってきちんとデータを入力していけば、担当者ごとのパフォーマンスを細かく分析できるほか、顧客価値に影響を与える重要な項目を特定できる
画面に沿ってきちんとデータを入力していけば、担当者ごとのパフォーマンスを細かく分析できるほか、顧客価値に影響を与える重要な項目を特定できる

また一連のプロセスに関するデータを取れると、顧客価値を左右する重要なポイントや成約に大きな影響を及ぼす項目も浮かび上がってくる。

たとえば成果を出しているメンバーたちがしっかり合意している項目を自分が達成できていないことがわかれば、それを改善することで受注が増えるかもしれない。そのように新しい仮説を立ててアクションプランを練り直すことも可能だ。

データを正しく活用できるようになると、営業プロセスを構成するオペレーションの各変数に変化が生まれると村尾氏は話す。あるクライアント企業ではPlaybook導入後にリーチ率、商談化率、成約率がそれぞれ数倍ずつ向上することで、トータルで10倍以上の成果につながったという。

Playbookの料金体系は利用人数に応じた月額課金モデル。プランは複数存在するが、ミニマムで営業担当者1人あたり1万円ほどなのだそう。ある程度の営業人員を抱える会社であればそれなりの金額にはなるものの、「導入前後で成果が数倍変わるのであれば十分にペイする」として利用人数を拡張する例もある。

なおMagic Momentでは実際に同社のメンバーがクライアント先に常駐して一緒に営業活動を行っていく「カスタマーサクセスBPO」などのオプションを提供しているほか、Playbookと連携して使える経営分析サービス「Insight Board」も手がけている。

Googleやfreeeで培った営業ナレッジをSaaSとして展開

村尾氏がMagic Momentを立ち上げた背景にはGoogleやfreee時代の経験が大きく影響している。

Google在籍中、「グリーンティー」と呼ばれるコードネームで開発されていた自社製の営業ツールを試す機会(ドッグフーディング)があった。

そのツールでは上から順に顧客の名前が表示され、どのプロダクトをいくらで提案すればいいかまで提示される。セールスメンバーはそれをどんどんこなしていくだけ。当時村尾氏は「自動販売機みたいな営業の何が良いのか」と思ったが、実際に成果に繋がり、チームメンバーは楽しそうに働いていた。

営業に自分のような不確実性のある人間は必要ないのか──。そんな疑問を抱えることになった村尾氏。当時誘いを受けていたこともあり、freeeに転職し、必死に営業して実績を積み上げていった。だが、しばらくして重要なことに気づいたという。

「手動ではあるものの、結局グリーンティーと同じようなことをしていたんです」(村尾氏)

freeeでは当時からさまざまなデータを統合して「どの顧客に提案をしに行くのが良いか」を整理して上から順にアプローチしていた。

それができたのはセールス担当者たちが細かいデータをきちんと記録していく文化があったことに加え、サブスクリプション型のサービスのため顧客の”喜怒哀楽”がデータとしてわかりやすい構造にあったからだ。

このお客さんは使いづらいと感じているからケアしないと離脱してしまう。このお客さんはあの機能をものすごく使ってくれているので満足してくれている。それが分かれば不満を感じている人か、満足していてアップセルの可能性がある人に優先的にアプローチをしていけば良い。

自身がfreeeやGoogleで実践してきた営業手法を、誰でも取り入れられるようなプロダクトがあればいいのではないか。そのような考えから2017年に創業したのがMagic Momentだ。

同社では当初コンサルティングサービスなどと並行してInsight Boardの開発を進めていたが、実際に数社に試してもらう中で「そもそも多くの企業が効果的な分析をするために必要なデータを有していない」ことがわかった。

「Googleやfreeeで自分が成果を出せていたのは、データ化することが自分たちの未来を作るんだという会社のカルチャーがあったからだったのだと気付きました。コツコツとデータを記録していくことで、顧客への価値の総量を把握しようと思うこと自体が大事なのだと」

「DXという言葉がよく使われますが、本当の意味でDXをしていくには組織文化自体を変えていかないといけない。そのためには既存のツールでは必ずしも十分ではなく、新しい仕組みが必要だと考え、Playbookの開発に着手しました」(村尾氏)

Magic Momentでは今回調達した資金を活用して組織体制を強化し、プロダクトの機能拡充や販売を加速させていく計画だ。

まずは大企業を中心に同社のプロダクトを導入中、もしくは提案中の企業において検証を進めて「PMF(プロダクトマーケットフィット)」を達成することを目指しながら、並行してより多くの顧客に使ってもらえるような仕組みの開発も進めていくという。