
- 2000万ダウンロードを突破したアプリが主軸
- インスタは「保存」、ツイッターは「共有」
- 頻度や時間を変えて「反応チェック」
- SNSに「直接的な効果」は求めない
- トレンドに流されず「コアな価値」を大切にする
- フォロワーが増えたからこその悩み
delyが運営するレシピ動画サービス「クラシル」のInstagramのフォロワー数が、右肩上がりに伸びている。Instagramの国内企業ランキングで第6位にランクインしたのだ。スターバックスコーヒーやニトリ、無印良品などの有名ブランドを抑え、トップ10入りできた理由は何なのか。delyが見つけたSNSマーケティングの光明に迫った。(ダイヤモンド編集部 塙 花梨)
2014年に創業したスタートアップ企業delyが運営するレシピ動画サービス「クラシル」のInstagramのフォロワー数が伸びている。2019年3月時点で170万人だったフォロワーは毎月10万人ずつ増え、12月9日現在、239万人に達した。
これは東京ディズニーリゾート、ポケモン、ユニクロ、日産など、数々の人気ブランドが上位に並ぶInstagramの国内企業フォロワーランキングで、第6位に食い込むほどの数だ。
2000万ダウンロードを突破したアプリが主軸
delyの主力事業であるクラシルは、自社サイトを持たずにSNSでレシピ動画を発信する事業として、スタートした。2014年はFacebookが伸びてきたタイミングだったため、プラットフォームを持たない分散型メディアが人気を博したのだ。
しかし、SNS上での収益化が困難なため、2016年にはスマホアプリ版を作り、アプリダウンロードに注力するようかじを切った。その後、アプリ内での広告サービスを開始し収益化へと乗り出してから、本来主流だったSNSは、アプリに流入する導線になっていった。結果、アプリのダウンロード数はぐんぐん伸びていき、12月4日に2000万ダウンロードを突破した。
delyの執行役員でマーケティング担当の野村知己氏は次のように語る。
「アプリの伸びは順調でしたが、フォロワー数の伸びが少しずつ鈍化し始めたんです。アプリに主軸を移したとはいえ、クラシルを知ってもらうのにSNSは軽視できない存在。てこ入れしないとまずい状況になりました」
そこで2019年3月からSNSのマーケティングを見直していったところ、フォロワー数が毎月、劇的に伸びていき、国内でトップクラスのフォロワーを持つアカウントへと成長した。
インスタは「保存」、ツイッターは「共有」
伸びの要因について、「それぞれのSNSに合った打ち出し方をしたこと」が挙げられると言う。

「TwitterとInstagramで、発信する内容を大きく変えています。また、Facebookは再生回数もエンゲージメントも落ちているので、現在は注力していません」(野村氏)
Instagramの特徴は、拡散性がない代わりにユーザー1人あたりのエンゲージメントが高いことだ。ユーザーが投稿を保存して後で見返せる「保存機能」があるため、クラシルでは意識的に保存されるものを投稿するようにしている。
「Instagramのフォロワーは、20~40代の家事に追われる女性が多いんです。複数の動画をまとめて投稿することができるので、『時短でできるキャベツを使ったレシピ3選』というように、まとめて投稿しています。そうするとユーザーは、自分なりのレシピ帳を作るイメージでその投稿を保存するようになり、結果として、何度もアカウントに訪れるようになります」(野村氏)

一方、Twitterは、時短でできるものより、手の込んだスイーツや創作料理の受けがいい。ただ、日常的に料理をしている主婦層というわけではないため、拡散しても単発で終わることが多い傾向があるという。
「継続的に使う人は少ないが、拡散力があるのがTwitterの特徴です。そのため、“つい共有したくなる投稿”を意識しています。1回の投稿で3枚ほどの画像をアップし、『あなたは何派ですか?』と投票制にしてみたり、『おいしそうな壁紙シリーズ』として料理画像をアップしてみたり」(野村氏)
クラシル自体の投稿ではなくても、Twitter全体の中でいかに“クラシル”というワードを使ってもらうかを考えているため、レシピを作ってみて「おいしかった」とツイートする人を増やすように、レシピの内容にもこだわっている。
頻度や時間を変えて「反応チェック」
現在クラシルでは、Instagram、Twitter、TikTok、YouTubeなどのメディアごとに1~2人の担当者を配置して投稿するようにしている。レシピ動画を制作するデザイナーなどがいるコンテンツチームが、SNSの担当も兼任する体制だ。

「レシピ動画自体は、SNSと非常に相性がいい領域なので、もともとエンゲージメントは高い。ですが、同じような動画ばかり流していたらさすがに飽きられてしまうので、PDCAを回すようにしています。切り口や文面を少しずつ変えてみて、フォロワーの反応をよくチェックするんです」(野村氏)
例えばInstagram。1日あたりの投稿頻度や投稿時間を変えて、どの方法が一番エンゲージメントが高いかを調査。
また、Twitterはトレンド性が高いので、テレビや他のメディアで紹介されるタイミングに合わせて投稿するなど、タイミングも逃さないように注意している。
SNSに「直接的な効果」は求めない
SNS運用の結果として、「数値的な効果は追わない」と割り切っていることも大きな特徴だ。
そもそも、SNSからどの程度アプリに流入したか、直接的な効果を正確に測ることは難しい。しかし、クラシルがユーザーへの定量調査で『クラシルをどこで知ったか』と質問すると、必ずSNSが上位にくる。つまり、SNSで知った結果、最終的にはアプリの利用に行きついているユーザーが多いということであり、軽視できない大きな効果が出ていることは明らかなのだ。
効果が出るとわかると、できるだけアプリへつなげるための施策を試みるのが一般的だが、クラシルでは「続きはこちら」と一部だけを見せてアプリに遷移させるような方法は取っていない。アプリダウンロードへの直接的な送客は期待しておらず、そこに数値的な目標も置いていないのだ。
「以前は、『一部だけ見せて続きはアプリで』という手法を取ったこともありました。でも、全部載せなくなった途端に、ユーザーからの不満の声が一気に増えたんです。しかもアプリのダウンロード数も横ばいでした」(野村氏)
その失敗を生かし、各SNSでコンテンツを完結させる判断を下した。野村氏は、「SNSの投稿からアプリへ流入すると、数値的な効果はわかりやすい。でも、それによってエンゲージメントが落ちてしまう方が、俯瞰してみるとマイナス。直接的な手法は“縮小最適”になってしまう」と主張する。
トレンドに流されず「コアな価値」を大切にする
SNSは、プラットフォーム自体がどんどんアップデートされていくのと、トレンドによって新しいものも次々と生まれる。付いていくのは大変だが、「新しいものにもどんどんチャレンジしていく姿勢は大切」だと野村氏は言う。
例えば現在、TikTokにも挑戦して17万フォロワーを突破。また、Instagram社が提供する動画配信サービス「IGTV」も配信している。

積極的に挑戦する分、失敗から学ぶことも多い。例えば2019年2月には、バレンタインの時期ということで、スイーツやチョコレートのレシピばかりを載せていった。
「(その施策によって)てっきりフォロワーが急増するかと思ったのですが、むしろ鈍化してしまったんです。それで気付いたのは、クラシルのInstagramをフォローしている人たちはあくまで“日常的に使える時短レシピ”を求めていたということ。流行やトレンドに流されてコアな価値を見失うと、フォロワーが減ってしまうんです」(野村氏)
フォロワーが増えたからこその悩み
国内スタートアップの中ではSNSマーケティングに圧倒的な成功を収めているクラシルだが、今の課題は「SNS全体の戦略担当者が不足していること」だという。
「これだけフォロワーが増えた今、少ないところから地道にフォロワーを増やす時とは別の戦略が必要になってくる。また、TwitterやYouTubeなど、特定の人物に対してファンがつきやすいメディアの場合、企業アカウントは運用が難しいのも悩みです」(野村氏)
創業時から一貫して、見やすくて試しやすいレシピ動画を作り続けるクラシル。SNSごとに分けて、トライアンドエラーを繰り返す、徹底的な“フォロワーファースト”戦略は、分野や業種関係なく、あらゆるマーケティングに通用する考え方だろう。