
- 4年前からブロックチェーン技術に積極投資
- 社内の「よげん会議」がきっかけで誕生したメルコイン構想
- 「メルペイで資産運用」のニーズを確信した出来事
- 暗号資産領域に潜む大きなチャンス
- 幅広い年代のユーザーを抱えるメルカリの強み
- 競合他社との競争をどう勝ち抜くか
- 3年がかりの“伏線回収”を始めるタイミング
ビジネスの世界で暗号資産が大きな存在感を示し始めている。4月5日には暗号資産全体の時価総額が2兆ドル(約208兆円)を突破。EV(電気自動車)大手のテスラが15億ドル(約1580億円)を投資したことを筆頭に、事業会社がビットコインを“資産”として保有する動きが目立つ。
国内においては、2017年4月に「資金決済に関する法律(資金決済法)」が改正されて以降、さまざまな事業者が暗号資産交換業に参入している。また海外ではすでに資産運用だけでなく決済や送金を含む、さまざまなシーンで暗号資産やブロックチェーンの活用が広がっている状況だ。
そうした中、フリマアプリ大手のメルカリは4月2日、暗号資産やブロックチェーンに関するサービスの企画・開発を行うことを目的とした新会社「メルコイン」を設立することを発表した。メルカリのスマホ決済サービスを提供するメルペイ代表取締役CEOであり、メルコインの代表取締役にも就任する青柳直樹氏は「暗号資産事業に取り組むことで、売上金のビットコインでの受取や決済・送金機能の提供に加えて、与信や資産運用に関する機能を一つのウォレットで提供することを目指していく」と意気込みを語る。

4年前からブロックチェーン技術に積極投資
メルカリがグループとしてブロックチェーンに関する取り組みを始めたのは、今に始まったことではない。実は、メルカリは研究開発組織「mercari R4D」を通じて、4年前からブロックチェーン技術への投資に積極的に取り組んできた。
社会実装を目指す研究開発組織だったmercari R4Dは、研究開発の文脈では一定の成果を残してきたものの、サービスとして実装するまでには至らなかった。青柳氏は「mercari R4Dを通じて得られた知見をメルペイというサービスに活用することに関しては道半ばだった」と当時の状況を振り返る。

mercari R4Dでは、マーケットプレイスとしてのメルカリにブロックチェーンをどのように活用するのかといった議論がなされてきた。その是非に加えて、さまざまな金融事業を同時に展開することは当時のメルペイにとって必ずしも得策とは言えない状況があったという。
「銀行や証券、保険、決済も一気に展開していくとなると、1000億円の資金があっても足りない。暗号資産事業に取り組むことに対して多くのメンバーは意欲的でしたが、事業の優先順位として、まずは決済、次に信用、その後に暗号資産という整理を社内でずっと行ってきたという経緯がありました」(青柳氏)
社内の「よげん会議」がきっかけで誕生したメルコイン構想
メルペイには「よげん会議」と呼ばれる未来の「よげんの書」を作るための会議が不定期に開催されている。3年前の2018年に行われた、第2回の「よげん会議」で提案されたアイデアが今回のメルコイン構想の原型にあたるという。
「非常に高い評価を得たプロジェクトでしたが、当時はコインチェック事件(編集部注:仮想通貨取引所のコインチェックが外部からの不正なアクセスを受け、約580億円相当の暗号資産「NEM」が流出した事件)の影響などもあって、交換業ライセンスを取得して暗号資産事業を始めるには難しい状況でした」(青柳氏)
実際、マネーフォワードやサイバーエージェントなどのIT企業が新規参入を準備していたが、さまざまな障壁があり、結果的に交換業ライセンスの取得を断念するケースが見られた。そうした状況を踏まえ、青柳氏は、まず決済領域に注力すべく、本人確認済ユーザー数の拡大に社内リソースを集中的に投下したという。
「社内には暗号資産やブロックチェーンに関する事業をやりたくてメルペイに入社したメンバーもいました。彼らに対しては『この道は絶対に未来に繋がっていくから』と伝え、暗号資産事業を本格的に開始するまではブロックチェーン技術とは直接的に関係のないAML(マネーロンダリング対策)などの取引モニタリングシステムの構築に取り組んでもらいました」(青柳氏)
「これは絶対に我々の将来につながっていく」──青柳氏はメンバーに対して何度もこの言葉を伝えたという。
「メルペイで資産運用」のニーズを確信した出来事
その後、メルペイはユーザー層を拡大しながら、資産運用機能を追加すべく、まずは資産運用サービス「Funds(ファンズ)」との提携を開始した。2020年11月に立ち上がった「メルカリ サステナビリティファンド#1」は1億円の募集金額に対して申込受付開始から41秒で満額申込を達成するなど、ユーザーからの反応は上々だった。青柳氏は「メルペイのウォレットで資産運用を行うニーズは確実にある」と強く手応えを感じたという。
それを踏まえ、青柳氏は次に「どんな資産運用であればメルペイがこのタイミングで新規参入する意義を最大化できるのか」についてメンバーと議論を深めていった。「どの程度の金利がつけばユーザーは満足に感じるのか」「明確にクーポンが付く商品が良いのか」「一定のリスクはあるがリターンも狙える商品が良いのか」など、いくつもの選択肢が考えられた。
その結果、「ミレニアル世代向けの投資が世界的に大きな潮流となる中、投資をもっとアクティブに始めたいと考える人が増えている。今後、暗号資産領域への投資ニーズは間違いなく高まっていく」と考え、暗号資産事業の開始に踏み切ったという。
暗号資産領域に潜む大きなチャンス
メルペイでは、世界中のさまざまなトレンドや企業決算を分析する社内勉強会を定期的に開催している。昨年夏の勉強会の中で、青柳氏が「暗号資産領域はこれからもっと面白くなる」と考えるに至った出来事があるという。それについて、青柳氏はこう話す。
「海外では、電子決済大手・スクエアによるビットコイン購入が大きな話題となっていました。一方で、国内では暗号資産と言えばレバレッジ取引が多い印象で、ややいびつな構造となっていました。その状況を踏まえると、我々のような事業者が新規参入する余地は大いにあると考えました」(青柳氏)
上記の見解を持つに至った背景には、メルペイが抱える豊富なユーザー数がある。暗号資産取引所最大手・コインチェックの本人確認口座数が約115万人(2021年2月時点)であるのに対して、2021年4月12日現在において、メルペイの本人確認済口座数は800万人を超えている。「ボラティリティの問題はあるが、暗号資産が資産運用のポートフォリオの1つに仲間入りする可能性は十分にある。我々にとってもそれは実現していきたい未来」と青柳氏は語る。

「現状、暗号資産をFX的にとらえている方々はデモグラフィック上の偏りがあると個人的には見ています。我々は暗号資産のユーザー層を拡大することを通じて、業界全体の発展に貢献していこうと考えています」(青柳氏)
また、暗号資産に対して「怖い」「良くわからない」という印象を持つユーザーは一定数存在している。それも踏まえて、「我々のように上場していて、なおかつ多くの方々にとって親しみのあるサービスを提供している事業者が暗号資産サービスを新たに開始することには一定の意義があると考えている」と青柳氏は語る。
幅広い年代のユーザーを抱えるメルカリの強み
今では日本中の誰もが知るサービスとなったメルカリ。しかし、「所得がそこまで高くない層に使われている」という印象を持たれるケースも存在し、「デモグラフィック上の偏りがある」と指摘する声もゼロではない。
この点については、「サービス開始初期の頃は確かにそのような傾向が見られたが、メルカリ上で取引されるアイテムの種類が多様化した結果、ここ数年はより幅広い層の方々に利用していただいている」と青柳氏は説明する。
「日本の金融資産の分布はシニア層に極端に偏っているという現実があります。『クレジットカードは持っていないけれど、メルペイの後払いサービスを使ってみよう』と考える人たちに対して新たな市場形成をしていきたいと考えています」(青柳氏)
サービス開発については、新たにアプリを開発するのではなく体験として一体となったものを開発し、その上でユーザーにとってエッセンシャルなサービスを加えていく方向だという。「ユーザー体験を考える上では、機能を足し算しすぎないことが重要です。それゆえ、比較的シンプルなサービスオファリングになっていくと思います」と青柳氏は今後のサービス展開の方向性について語る。
競合他社との競争をどう勝ち抜くか
メルペイがユーザー数を着実に拡大する中、ここ数年、競合他社も力をつけてきている。2019年12月にはヤフー・LINEの統合がきっかけで、LINE、メルペイ、NTTドコモ、KDDIら4社キャッシュレス同盟「「Mobile Payment Alliance(MoPA)」が解散になったことは業界内で大きな話題となった。熾烈を極める競合他社との競争についてはどのように考えているのか。
「LINEさんとの件は非常に残念ではありますが、仕方がないこと。事業戦略上の議論としては理解できる部分はあるので、『お互いにこれからも業界を盛り上げていきましょう』ということでスッキリしています」(青柳氏)

LINEとの連携解消は同社にとっては痛手でもあったが、一方では結果的にOrigamiの買収やNTTドコモとの提携につながった面もある。加えて、当時培っていた基盤技術がNTTドコモとの提携サービスに生かされている。
また、青柳氏はOrigamiの買収に際して、全社員の雇用を引き受けることは叶わなかったとあらためて明言した一方で、メルコイン取締役にOrigami創業メンバーである伏見慎剛氏が名を連ねていることは印象的だ。
3年がかりの“伏線回収”を始めるタイミング
メルカリというプラットフォームが持つ固有の強みを生かしながら、金融領域における強固な事業基盤を構築する──青柳氏は3年間の取り組みをこのように総括する。今後についてはどのように考えているのだろうか。
「言うまでもなく、金融事業者として最も大切なことはユーザーや社会に対して絶対に迷惑をおかけしないということです。ここ数年、業界内ではいくつかのインシデント(編集部注:2019年7月にセブン―イレブンののスマホ決済サービス「7pay(セブンペイ)」が不正アクセス被害を起こしたほか、2020年9月にはNTTドコモの電子決済サービス「ドコモ口座」で預金の不正引き出し問題が発生している)が発生する中、弊社では幸いなことにそういった重大な状況に陥ったことはありません。セキュリティについては引き続き注力していく方針ですが、その上で、どれだけイノベーティブなことにチャレンジできるかが今後のポイントになると考えています」(青柳氏)
また、メルコインは売上金をビットコインで受け取れる機能や暗号資産の管理や資産運用といった機能だけでなく、新たな価値交換の手段として注目を集める「NFT(非代替性トークン)」のサービス開発にも取り組んでいく予定だ。青柳氏自身、暗号資産領域への造詣が深く、いくつかのNFT銘柄を保有しているという。
「NFTはコレクター的な楽しみ方をもたらしてくれる良い手段だと考えています。例えば、希少価値の高いスニーカーは、NFTの技術によってその価値がさらに高まっていくでしょう。重要なことは、マーケットが安定して存在すること。価値あるものが二次流通市場が存在することによってより正当に評価されるようになる。そんな世の中を実現していければと考えています」と青柳氏は今後の展望を明かしてくれた。
「C2Cのマーケットプレイスを拡張することがメルコインが目指すビジョンです。メルカリ一本足だったらメルコインはとても発想できなかったと思います。メルペイ自体も収益化への道筋が見えてきた段階で、3年がかりの“伏線回収”を始めるタイミングがやって来たと考えています」(青柳氏)