
- 拡大への“鍵”となったJR東日本スタートアップとの資本業務提携
- JR東日本との協業のかたち
- 数年以内に首都圏の1000ほどの駅への導入を目指す
「雨が降っているが傘がない。仕方がないからビニール傘を買おう」──こうした習慣は近い将来、「古い風習」となるかもしれない。傘のシェアリングサービス「アイカサ」が急拡大しているからだ。
アイカサを使えばスマホのアプリを使って傘が必要な時だけ駅や街に設置された傘立ての「アイカサスポット」から借りられる。利用料金は1日70円、サブスクだと月額280円。500円ほどするビニール傘を買うよりも安くすませることができる。
2018年12月に東京都・渋谷区で開始したサービスだが、今では大阪府や岡山県を含む1都1府7県で展開する。3月末時点での登録ユーザー数は約12万人。スポット数は800箇所まで拡大した。まだ新しいサービスなので母数が少なかったということもあるが、2020年の利用回数は前年比で10倍ほどに増加した。

日本は世界で1番ビニール傘を消費している国と言われており、その量は年間で約8000万本。その約8000万本のほとんどは使い捨てとして消費されている。アイカサのミッションは、その日本に「シェアというエコな選択肢を提供する」ことにある。
JR山手線をよく利用する筆者は「最近駅でよくアイカサを見るようになってきたな」と感じていたのだが、それもそのはず。アイカサを提供するNature Innovation Groupは4月16日、山手線の全30駅に合計で119台のアイカサスポットを設置完了したことを明かした。
「山手線全駅制覇の奇跡」──今回のスポット展開をこう形容するNature Innovation Group代表取締役の丸川照司氏とCOOの勝連(かつれん)滉一氏に話を聞いた。
拡大への“鍵”となったJR東日本スタートアップとの資本業務提携
アイカサを提供するNature Innovation Groupの設立は2018年6月のことだ。設立当初は東京都・渋谷区を中心とした飲食店や小売店を中心にアイカサの導入を進めていた。
利用者にとって一番便利なのは「移動の始まりと終わりである駅への設置」ではないか。サービス開始からしばらくしてそう考えるようになった丸川氏たちは、鉄道関係者たちとの接点を作ろうと、鉄道各社が展開するさまざまなイベントに参加した。だが、設立間もないスタートアップのサービスに興味を持つ鉄道関係者は少なかった。
私鉄各社の主催するアクセラレータープログラムにも複数回応募したが、不採択が続いた。東日本旅客鉄道(JR東日本)に至っては、「担当者に辿り着くことさえできないだろう」と考え、積極的にアプローチはしていなかったという。
悪戦苦闘していたアイカサにとって転機が訪れたのは2019年5月のこと。JR東日本のコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)であるJR東日本スタートアップと資本業務提携を締結したのだ。JR東日本スタートアップは2019年ごろからスタートアップとの資本業務提携を積極的に進めるようになっていた。「これはチャンスだ」とひらめいた丸川氏らは、JR東日本スタートアップのシニアマネジャーである阿久津智紀氏にFacebookメッセンジャーで連絡。阿久津氏はアイカサのコンセプトや斬新さに興味を示し、提携へと繋がった。
JR東日本スタートアップとの資本業務提携と同時に実現したのが、山手線の上野駅と御徒町駅へのアイカサスポットの導入だ。実証実験というかたちだったが、この2駅への導入がきっかけで、小田急電鉄や京急電鉄などの鉄道会社もアイカサの導入に積極的になったという。

「JR東日本スタートアップとの資本業務提携によって信頼度が上がりました。以降、各鉄道会社の担当者からは『聞いたことがある』と言われるようになりました。担当者と前向きに仕事ができるようになったのはこの頃からのことです 」(丸川氏)
JR東日本との協業のかたち
JR東日本スタートアップと資本業務提携を締結し、実証実験として山手線2駅への導入を果たしたアイカサだったが、その先も苦労は続いた。
アイカサや荷物預かりの「ecbo cloak」をはじめとして、今でこそJR東日本の駅構内にスタートアップによるサービスが設置され始めたが、従来、JR東日本の駅に導入されているサービスのほとんどはグループ会社のもの。例えば、自動販売機はJR東日本ウォータービジネス、コンビニの「NewDays」はJR東日本リテールネットが展開している。

銀行のATMやペーパーラックなど、大手企業のサービスであれば導入されている例はあるが、当時のアイカサはほぼ無名のサービス。そして鉄道会社にとって顧客の安全は最優先事項だ。JR東日本の中には「傘が悪用されたら危ないのではないか」、「そもそもサービスとして成り立つのか」といった声もあったのではないかと勝連氏は言う。
そのため丸川氏と勝連氏は数カ月間で合計20人以上の関係者と協議を続け、JR東日本とアイカサとの協業のあり方を模索し続けた。その積み重ねで協力者を増やし、2年越しでついに山手線全駅への設置を達成したのだ。
協業の一例として、本日発表されたアイカサスポットの正面への広告枠導入を挙げておこう。これはJR東日本の駅構内の広告を扱うジェイアール東日本企画との取り組みで、広告クライントはアイカサユーザーへの広告アプローチ、そして持続可能なシェアリングサービスをサポートし、「SDGsに貢献している」というメッセージングができるという。
数年以内に首都圏の1000ほどの駅への導入を目指す
大手企業ですら難しい「山手線全駅制覇の奇跡」を実現したアイカサだが、丸川氏は「まだまだこれから」と語る。
アイカサは山手線以外にも、西武新宿線、池袋線、京王井の頭線の全駅を制覇しており、5月中には東急田園都市線と東横線の全駅へのスポット設置が完了する予定だ。だが、「これは首都圏に1000駅ほどあるうちの250駅。まだ道半ばです」と丸川氏。今後は数年以内に首都圏の全駅への導入を目指すという。
「これまでは西武鉄道や京王電鉄の路線など“自宅の最寄り駅”への導入が多く、『働く場所、遊ぶ場所には設置されていない』といった声を多くいただきました。そのため山手線の全駅に導入できたことは非常に嬉しく思います。まずは首都圏全駅への展開を目指し、その先では駅周辺の商業施設などへの設置を加速させたいと思います」(丸川氏)
勝連氏は「開業当時は鉄道会社との協業は数年かかると思っていました」と語り、丸川氏と営業に走り回った2018年のサービス開始当初を振り返る。
「サービスのほとんどをグループで運営する駅構内に、創業から一年半のスタートアップのサービスが入り込むのは非常に困難でした。最初は実証実験で持続的な取り組みではなかったので、非常に利用の多い路線である山手線全駅への設置完了は本当に感慨深いです。山手線の全駅に設置できている。その事実だけでもサービスとしての価値を証明できているのではないでしょうか」(勝連氏)
