
- 1カ月間に140億円を稼いだ、別格の大ヒットゲーム
- 順風満帆ではなかったアプリローンチまでの3年間
- アニメ放送終了間際にスタートしたアプリ配信
- ゲームアプリ『ウマ娘』はどこが評価されたのか
- 現実の馬と同じ評価基準で育成
- 熱狂的ファンを獲得した競走馬・ゴールドシップも再現
- 悲劇の最期を迎えた名馬に、幸福な「ifストーリー」を
- クリアできないと引退、緊張感が感情移入を加速させる
SNSやオンラインメディアで「ウマ娘」というワードを目にする機会が増えている。ウマ娘とは、ゲームアプリ『ウマ娘 プリティーダービー』(以下、ウマ娘)の略称だ。そのタイトル名から想像がつく人もいるだろうが、このゲームは「競馬の競走馬を美少女キャラへ擬人化したゲーム」だ。今このゲームが空前のヒットを飛ばしているという。
実在のモノを擬人化したゲームとしては、艦船を題材にした『艦隊これくしょん』や刀剣を題材にした『刀剣乱舞-ONLINE-』といった大ヒットの前例がある。だが、単に何かを擬人化しただけでヒットが狙えるほど甘い市場ではない。本記事では、ウマ娘のヒットの規模、そしてその要因について解説していきたいと思う。
1カ月間に140億円を稼いだ、別格の大ヒットゲーム
調査会社のSensor Towerが発表したレポートによると、ウマ娘の売上は推定で1日464万ドル(約5億円)。1カ月では約140億円に上る。この売上を評価した投資家たちがウマ娘の開発元であるCygamesの親会社・サイバーエージェントの株を買い、株価は急上昇。サイバーエージェントは上場以来初の、時価総額1兆円超を記録した。
この月額140億円という売り上げがどのくらいインパクトがあるものかを伝えるために、他アプリの売上と比較してみよう。App Storeのセールスランキングを分析し、売り上げ予測を公開するサイト「Game-i」によると、売上ランキングの上位は以下の通り。なお、それぞれの売り上げ予測には誤差があるが、いずれのデータからみても、少なくとも130億円近い売り上げを記録しているという認識で間違いはないだろう。
3月の売上予測
129.33億円 ウマ娘 プリティーダービー
49.98億円 パズル&ドラゴンズ37.88億円 モンスターストライク
34.99億円 ピッコマ
30.88億円 荒野行動
26.39億円 ドラゴンクエストウォーク
24.83億円 Pokémon GO
18.97億円 原神
17.26億円 LINEマンガ
11.57億円 あんさんぶるスターズ!! Music
1位のウマ娘は、2位の『モンスターストライク(モンスト)』にダブルスコアどころか、3倍以上の大差をつけている。もちろん、モンストは2013年から現在に至るまで収益を上げ続けていると考えると、こちらも驚くべき結果ではあるが。
同サイトの予想では4月の月間売上ではさすがのウマ娘も売上が半減し、80億円程度になると見込んでいる(執筆時点)。それでも2位にダブルスコアの差をつけることは、ほぼ間違いない。
順風満帆ではなかったアプリローンチまでの3年間
ビジネス面での成功エピソードだけを聞けば、ウマ娘の開発は順風満帆で、ある意味では「約束された大ヒット」だったと思う人も多いだろう。ところが、約3年前にプロジェクトが発表されてから待ち望んでいたユーザーの中には、「アプリはこのまま、一生リリースされないのでは?」または「完成度が低いゲームになるのでは?」などと、不安に思っていた人も少なくないのだ。
そこで一度、ウマ娘のプロジェクト発表から今までを時系列を追ってみることにしよう。
時は2016年3月。東京ビッグサイトで開催されたイベント「AnimeJapan 2016」までさかのぼる。このイベントのCygamesブースで、はじめてウマ娘プロジェクトが発表された。この時点では、Cygamesが運営するWebコミックサイト「サイコミ」でマンガの連載が始まることだけが発表され、ゲームのリリース時期については触れられていなかった。
後日、ゲームは2018年冬にリリース予定と発表され、サイコミは『ハルウララがんばる!』に続いて『STARTING GATE!』、『うまよん』など続々とウマ娘テーマの連載マンガが登場した。
2018年4月にはテレビアニメ『ウマ娘 プリティーダービー』(第1期)の放送が始まった。放送中、または放送終了後にはゲームがリリースされると予想されていたが、ゲームはリリースされぬまま放送は終了。
それから3年近くが経った2021年1月には、TVアニメ版『ウマ娘 プリティーダービー Season 2』が放送開始。それでも、ゲームの配信はまだ始まらない。
こうしてウマ娘はメディアミックスの中核を担うはずのゲームがリリースされないまま、マンガのアニメ化プロジェクトのようなかたちで進行していった。マンガもアニメも決してクオリティが低いわけではなかった。だが、それだけで大ヒットと言えるまでには至っていなかったのは事実だ。
このメディアミックスの収益源はおそらく、ゲームアプリを中核に据えたものだったのだろう。マンガやアニメなどはIPの告知にはなれど、DVDやBlu-ray、グッズなどでは制作費を回収できなかったに違いない。
そんな状況で開発が遅れに遅れ、それでもゲーム制作が継続され続けたのは、制作されるゲームの完成度を信じてのことかもしれない。1つだけ言えるのは、Cygamesの資金力がなければ、本プロジェクトをここまで続けることはできなかっただろう、ということだ。
アニメ放送終了間際にスタートしたアプリ配信
アニメ第2期が佳境に入った2月24日、事前登録から3年を経てついにアプリの配信が始まった。以降、破竹の勢いでの大ヒットとなったのは、冒頭で説明した通りである。
配信されたゲームの完成度が素晴らしく高いことにも驚かされた。メディアミックスのタイミングに合わせて、不本意な状態のままゲームを配信するという選択肢もあっただろう。開発期間が延びると人件費が増加し、おそらく当初に予定していた原価を大きく上回ったはず。それでも、ウマ娘は納得できるレベルまで作り込まれた上での配信だったことは、大きく評価したい。
ゲームアプリ『ウマ娘』はどこが評価されたのか
ウマ娘のゲーム内容を簡単に説明すると、90年代後半から2000年代前半に大ヒットした『ときめきメモリアル』に代表されるような、パラメータ育成型のシミュレーションゲームだ。ウマ娘の「スピード」や「スタミナ」「パワー」などを鍛えるトレーニングをし、スタミナがなくなってきたら休みを取らせる。モチベーションが下がってきたら、遊びに連れ出すといった具合。育成画面だけを見ると、恋愛シミュレーションゲームと誤解する人もいるだろう。

こう聞くと『アイドルマスター シンデレラガールズ スターライトステージ』や『ラブライブ!』、『バンドリ!』などのアイドル育成要素を取り入れたリズムゲームを連想する人もいるはず。だがウマ娘にはそういった反射神経が求められる要素が一切ないため、より広いユーザー層をターゲットにできている。
扱っているテーマは「競馬」という、人によってはネガティブなイメージも抱かれかねないものだ。だがゲーム内における競馬はギャンブルではなく、スポーツとして描かれている。また、前述のアイドル育成ゲーム同様、擬人化されたウマ娘たちには、レース終了後に行うライブステージでのセンターを目指してレースで競うという設定がある。こういったテーマの取り入れ方の上手さで、ライトなユーザーから濃厚なファンまでを取り込んだとも言える。
ゲームの成否は、トレーニングによる能力値(パラメータ)の育成がすべて。レース当日になったら、あとはウマ娘を信じて祈るしかない。レースが始まったあと、アナウンサーによる実況を聞きながら手に汗を握り締めている状態は、現実の競馬に通じるところもある。

現実の馬と同じ評価基準で育成
この記事を読んでいるほとんどの人が「テレビの競馬中継を何レースかだけ観たことがある」あるいは「東京競馬場と中山競馬場のファンファーレはすぎやまこういち氏(『ドラゴンクエスト』シリーズや『伝説巨神イデオン』などの主題歌&BGM作曲者)が担当している」程度しか競馬知識はないという前提で、ゲーム本編の説明をさせていただくとする。
それぞれのウマ娘に設定された「適正」パラメータには、短距離・中距離・長距離のどれに向いているかというタイプ。脚質には、逃げ・先行・差し・追込という、現実の競走馬と同じ評価基準が用いられている。
ゲーム内に登場するウマ娘は、1980~2000年代に活躍した実在の競走馬たちをモチーフにしている。モチーフにしているのは名前だけではなく、元となった競走馬の体毛色をウマ娘の髪の毛の色に採用するなどは当たり前。前述した競走馬としての適正や性格面なども、元となった競走馬の特徴をこれでもかというレベルで反映している。
熱狂的ファンを獲得した競走馬・ゴールドシップも再現
SNSで話題になったウマ娘を例に挙げると、ゴールドシップという人気のウマ娘がいる。彼女の髪色は灰色だが、これは元となった競走馬の葦毛を再現したもの。彼女が高身長なのも、競走馬のゴールドシップが500kgオーバーの大型馬だったことの再現だ。
彼女はゲーム中でメジロマックイーンと仲がいいのだが、競走馬のゴールドシップは母方の祖父がメジロマックイーンだったことも関係しているのかもしれない。競走馬としてのゴールドシップは「やる気がある時はメチャクチャ強いのに、やる気がない時はあっさり負ける」という評価だったが、ウマ娘の能力も同様の特性となっている。
そんなゴールドシップの特徴が顕著に現れたレースは、2012年に開催された「第72回 皐月賞」。スタート直後は全18頭中最下位だったゴールドシップ。走行距離2000m中の半分にあたる1000m通過時点では最下位を走っていたため、テレビカメラはトップ争いを映していた。
ところが、である。1700m付近で先頭争いの集団を正面から映したカメラには、なぜか3番手にゴールドシップの姿。わずか700mの間に、15頭をごぼう抜きしたのだ。さらに、そこから100mの間には先頭の2頭も抜き去り、そのままフィニッシュ。このレースは「ゴールドシップがワープした」と評され、今でもファンの間で語り継がれているエピソードだ。
ウマ娘のゴールドシップも、同じようなレース展開を得意としている。前半ではやる気がなく、最下位付近をウロウロ。だがラスト500m辺りになると、先頭集団のすぐ後ろにつけている。
レース時のカメラワークはテレビの競馬中継を模したものになっているため、「ゴールドシップがワープした」時の中継そのものが、ゲーム内でも再現されるわけだ。もちろん最下位を走行して、そのままやる気が出ずに、最下位近くでゴールすることもある。これもまたゴールドシップ「らしい」。
レース結果以外でも、競走馬ゴールドシップはさまざまなエピソードを残している。ゴールドシップの尻尾には赤いリボンが結ばれていたが、これは「背後方向への蹴り癖に注意」というサイン。
にも関わらず、2014年春の天皇賞では、なかなかゲートに入りたがらないゴールドシップを押し込むため、係員が尻を押してゲートに入れることに。すると、ゲートに入ったあとに怒りがこみ上げてきたのか、ゴールドシップはゲートの中で暴れはじめ、地鳴りのような唸り声を上げた。この気性の荒さは、ウマ娘でも再現されている。
ウマ娘のゴールドシップは、レースで1着でゴールした時に嬉しさのあまり興奮し、ゴールドシップを映しているカメラマンに対してドロップキックを決める。競馬ファンは「わかってるじゃないか」と口角を上げ、ウマ娘ファンは競走馬ゴールドシップのことを検索し、ほくそ笑む。
こうしてゲームを通じて競走馬に興味を持ち、元ネタとなった競走馬について調べていくと、もっとウマ娘を好きになる。こんなサイクルでどんどんウマ娘、そして競馬の魅力に引き込まれていくのだ。
悲劇の最期を迎えた名馬に、幸福な「ifストーリー」を
競走馬の中には、悲しい結末を迎えてしまった馬もいる。ライスシャワーとサイレンススズカという、ウマ娘のゲーム内でも登場する2頭のエピソードを、少しだけ紹介しよう。
ライスシャワーは1995年、疲れが目立っていたため放牧(牧場での休息)も検討されていたが、ファン投票で1位を獲得。その結果、宝塚記念に出走することになったが、騎手は出走直後からライスシャワーの異変を感じてスローダウンを指示。しかしライスシャワーは自らの意思で加速、そして転倒。左脚を粉砕骨折してしまったため診療所まで運ぶことすらできず、その場で安楽死させるしかなかった。

サイレンススズカも1998年秋の天皇賞、絶好調のままトップを独走。ところがゴール手前で突然の失速。ライスシャワーと同様に粉砕骨折してしまい、安楽死させられた。
この2頭のことは、当時からの競馬ファンなら誰しも覚えているはずの悲しいエピソードだ。サイレンススズカはゲーム内でも故障するエピソードがあったが、引退には至らず、無事に怪我を治している。「悲しい結末をたどったこの2頭に、現実では成し得なかった幸せな未来を見せてやりたい」そう思う競馬ファンもいるはずだ。
去る3月末、京都競馬場の中にあるライスシャワーの慰霊碑に青いバラが献花された。ウマ娘のライスシャワーは帽子に青い薔薇を飾り付けているためのセレクトだとは思うが、薔薇は棘があるため、供花としては不適切だという声も上がっていた。競馬ファンからは「ゲームでライスシャワーを知ったにわかファンが、『夢は叶う』という花言葉を持つ青い薔薇を献花するとは」といった苦言も呈された。賛否はあるが、この一件もウマ娘の盛り上がりを象徴するエピソードと言える。
クリアできないと引退、緊張感が感情移入を加速させる
前述のような現象が起きたのも、ウマ娘の完成度が非常に高く、感情移入を誘いやすいゲームになっていたからこそのことだ。
最初は性能の低いウマ娘を選び、小規模なレースに出場し、どうにか入賞。ウマ娘のパラメータを見ながら、彼女を「勝てるウマ娘」にするために悩み、迫りくる次のレース開催日に不安を感じる日々。
このゲームでは「皐月賞で5位以内に入る」などの目標が設定されており、クリアできなかった場合、そのウマ娘の育成は中断。実質的にいったんの引退(育成のやり直し)に追い込まれてしまう。この儚さがトレーニングの緊張感を生み、感情移入を加速させている。筆者もレース当日は、毎回祈るような気持ちでゲートオープンを待っている。
編集部より:初出時から(1)3段落、株価に関する表記をCygamesからサイバーエージェントに、(2)17段落、アプリ配信時期に関する表現を、「アニメ第2期が佳境に入った2月24日、事前登録から3年を経てついにアプリの配信が始まった」に、(3)27段落目、メジロマックイーンに関する表記を「祖父に」、(4)39段落、サイレンススズカに関する表記を「粉砕骨折」に、(5)43段落、ウマ娘の育成に関する表現を「実質的にいったんの引退(育成のやり直し)」、(6)4段落、i-Gameの説明を「App Storeのセールスランキングを分析し、売り上げ予測を公開するサイト」にそれぞれ修正しました。関係者の皆さまには大変ご迷惑をおかけいたしました。おわびして訂正いたします。(2021年4月20日17時59分)