スタディスト代表取締役CEOの鈴木悟史氏
スタディスト代表取締役CEOの鈴木悟史氏
  • ライバルはOffice製品、マニュアルの作成・共有をシンプルに
  • 2000社以上が導入、10万人規模で利用する事例も
  • 新規事業としてバーティカルSaaSに進出
  • 「ASEANでもいける」ようやく掴んだ海外展開の手応え
  • 10年やって気づいた「SaaSだけではダメ」

「今回の資金調達はキャッシュだけでなく、大きく事業をグロースさせるための顧客接点を得ることが目的です。ここから2倍、3倍の規模に成長させていく上でのターニングポイントになると考えています」

そう話すのはマニュアル(手順書)作成・共有プラットフォーム「Teachme Biz」を展開するスタディストの代表取締役CEO・鈴木悟史氏だ。

現在同社ではTeachme Bizを通じて約2000社の生産性向上を支援する傍ら、2020年11月からは小売企業向けに販促施策のPDCA管理サービス「Hansoku Cloud」の提供も始めている。

冒頭の鈴木氏のコメントは、両事業の拡大に向けて実施した5回目の資金調達ラウンドに対するもの。スタディストでは以下の投資家より新たに18.5億円を調達し、さらなる投資を行っていく計画だ。

  • 31VENTURES-グローバル・ブレイン-グロースI(三井不動産とグローバル・ブレインが共同運営する投資事業)
  • Pavilion Capital(シンガポール政府が所有する投資会社テマセク・ホールディングス傘下のPEファンド)
  • 博報堂DYベンチャーズ
  • DNX Ventures(既存投資家)
  • 日本ベンチャーキャピタル(既存投資家)
  • Salesforce Ventures(既存投資家)

スタディストは2019年4月にDNX Ventures、日本ベンチャーキャピタル、Salesforce Venturesを含むVC5社から総額約8.3億円を調達しており、今回はそれに続くラウンドとなる。

新たに加わった各投資家とは事業面での連携を進めていく方針。三井不動産グループや博報堂DYグループとは国内におけるサービス拡販において、テマセクとは東南アジアを軸にTeachme Bizの海外展開においてタッグを組んでいくという。

ライバルはOffice製品、マニュアルの作成・共有をシンプルに

マニュアル(手順書)作成・共有プラットフォーム「Teachme Biz」
スタディストが手掛けるマニュアル(手順書)作成・共有プラットフォーム「Teachme Biz」

スタディストは2010年3月、鈴木氏を中心にコンサルティングファームのインクス出身のメンバー数人が共同で立ち上げたスタートアップだ。

Teachme Bizを作るきっかけになったのは、前職時代に顧客へシステムを納品する際に必ずマニュアルの作成とトレーニングが求められたこと。多くの場合WordやPowerPointなどのOffice製品を用いて作ったマニュアルを印刷して使っていたが、それでは作成や検品に時間がかかってしまう。

創業メンバー自身が感じたマニュアル作成・共有の課題を解決すべく開発したのがTeachme Bizの前身となるサービスだった。

そこからブラッシュアップを重ね、2013年9月にTeachme Bizをローンチ。作り手と使い手双方の負担が大きかった“文字ばかり”のマニュアルではなく、画像と動画を軸としたビジュアルベースのマニュアルをスマホから簡単に作れる仕組みを作った。

使い方はシンプルだ。手持ちのスマホやタブレットで素材となる画像や動画を撮影し、クラウド上に取り込む。あとはその素材を業務プロセスに合わせて並び替え、説明文などを加えるだけ。「スナップショット機能」を使えば動画の一部をキャプチャ画像として切り出して活用することもできる。

必要に応じて画像を加工することも可能
必要に応じて画像素材を加工することも可能

近年はTeachme Biz以外にも画像や動画などを用いてマニュアルを作成できるサービスが広がってきているが、今でも「最大のライバルはOffice製品」だ。

Teachme Bizの顧客においても、もともとはWordやPowerPointで作成したマニュアルを紙に印刷して使っていた現場が多い。中にはそれが鍵付きのロッカーなどに保管されていて、苦労して作ったにも関わらず「有効活用されていない」こともあるという。

その点、Teachme Bizを活用すれば作成の負担が減るだけでなく、マニュアルへのアクセス性が良くなる点がポイント。閲覧権限のあるスタッフであれば誰でも、手持ちのスマホなどからいつでも簡単にアクセスできる。

スマホからでも簡単にマニュアルがチェックできる

その結果、従業員はある程度、自学自習できるようになり、育成コストを削減することが可能。マニュアルの浸透によってマルチに活躍できるメンバーが増えれば、余計な人材を採用する必要もない。

2000社以上が導入、10万人規模で利用する事例も

こうした特徴が受け入れられ、現在は製造、小売、飲食、宿泊、物流、医療、金融など幅広い業界で2000社以上に使われるサービスになっている。

鈴木氏によると近年の変化としては3000店舗・約10万人が利用するすかいらーくホールディングスや、約2万人が使うカインズを筆頭に大型の顧客が増加。顧客数自体は2年前と比べて飛躍的に増えたわけではないが、顧客規模が拡大したことに伴ってARPU(顧客あたりの平均収益)やMRR(月次のリカーリング収益)が着実に伸びた。

実際に2021年3月のMRRは2019年4月と比べ約140%成長しているという。

直近では昨年8月に実装した「トレーニング機能」を目当てに、既存顧客のアップセルも増えてきている。

トレーニング機能の画面イメージ
トレーニング機能の画面イメージ

この機能では複数のマニュアルを組み合わせて“コース”を作成できる。教育担当者はスタッフの業務に合わせて必要なコースを配信し、その受講状況をリアルタイムに把握することが可能。特にコロナ禍では対面の集合研修などを実施するのが難しく、トレーニング機能のニーズが高まっているのだそうだ。

Teachme Biz自体はミニマムで月額5万円から使うことができるが(初期費用などは別)、トレーニング機能は月額10万円からのプランが対象。この機能の登場が顧客単価の向上に一役買っているわけだ。

「企業数ではなく企業規模を重視し、まずは月額10万円以上のプランを満足して使ってもらえる顧客を増やすことに注力してきました。これは以前、顧客の数を追っていた時期からの気付きです。特に小規模の企業では運用定着にかけられるリソースが限られている場合もあり、導入したけれども使いこなせずチャーン(解約)に至るということがありました」

「今は中小企業であっても営業担当がきちんと個別で提案書を作り対応しています。定着率が上がりチャーンレートも落ち着いてきた一方で、今の体力ではある程度件数を絞らざるを得ません。まずは(Teachme Bizを使うインパクトが大きい会社に)選択と集中をしている形です」(鈴木)

大口の顧客が増えることでMRRが拡大している
大口の顧客が増えることでMRRが拡大している

新規事業としてバーティカルSaaSに進出

2020年11月にはTeachme Bizに続く新サービスとしてHansoku Cloudもローンチした。きっかけはTeachme Bizの活用シーンが広がる中で、顧客から業界特有の悩みを聞く機会が増えたことだという。

昨年11月にローンチした新サービス「Hansoku Cloud」
昨年11月にローンチした新サービス「Hansoku Cloud」

Teachme Bizは(業界特化型のバーティカルSaasに対して)幅広い業界で使える“ホリゾンタルSaaS”に当たるが、それとは別にマニュアルという切り口から業界ごとの課題解決に向けたバーティカルSaaSを展開できるのではないか──。

Hansoku Cloudはその第1弾として立ち上げたものだ。

同サービスの対象はTeachme Bizの既存顧客の中でも2番目に多い小売企業。特にスーパーやドラッグストアといったチェーン店では商品の陳列について本部から店舗に指示が送られるが、その指示書がわかりづらいといった課題があった。

結果としてスーパーバイザーが各店舗を巡回して修正指示などを実施しても、正しく実行される店舗の割合(店頭実現率)は70%前後に留まっていたそう。残りの店舗では商品販売の機会損失が発生していることになり、これを無くしていくのがHansoku Cloudの役割だ。

同サービスでは本部側がTeachme Bizなどで作った指示書を店舗に配信。店舗は実際に陳列した様子を写真に撮影して完了報告をする。Hansoku Cloud上で店舗の陳列状況を一元管理し、全店舗の店頭実現率の推移を常時モニタリングできるようになる。

店舗での利用イメージ
Hansoku cloudの店舗での利用イメージ

「売上規模が約800億円ほどのとあるスーパーでは店頭実現率が改善され、約90%からいい時には100%を記録しています。確実に成果に繋がることが検証できてきていて、もともと飲料部門で始めたところを先方の商品部長から横の部門にも展開したいと言ってくださった。単に販促施策を打つだけでなく、蓄積されたデータから売上をさらに伸ばすための気付きが得られることに対しても評価いただきました」(鈴木氏)

現在は大手企業を中心に数社と完全定着を目標に現場での取り組みを進めている段階。効果検証が進む中で、6月にはメーカーを巻き込んだ追加機能の発表も計画しているそうだ。

「ASEANでもいける」ようやく掴んだ海外展開の手応え

鈴木氏に前回調達時からの2年間での心境の変化を尋ねたところ、大きく2つのトピックに対して手応えを得られるようになったという。

1つはTeachme Bizが軌道に乗る中で、その事業を他のメンバーに任せ、自身は新規事業にリソースを集中できるようになったこと。マニュアルを起点とした“ホリゾンタルSaaSからバーティカルSaaSへの拡張”は同社の今後を占う重要なテーマの1つだ。

「第一弾としてHansoku Cloudを立ち上げられたのは将来的にもすごく大きかったです。小売で実証できれば、同じパターンで他の業界に展開することも検討できる。実際に成果がで始めたことで、(他の業界への進出が)具体的に見えるようになりました」(鈴木氏)

代表の鈴木氏

もう1つが2018年からタイの子会社を通じて進めてきたTeachme Bizの海外展開だ。

「この2〜3年は撤退もありえると考えていたので、正直すごく怖かった」と鈴木氏は話すが、日系企業の現地法人を中心に少しずつ顧客が広がり現在は70社以上が導入。コロナの影響を受けながらも収益は前年度比で70%成長しており、通期黒字が狙える水準になってきた。

「ようやく『これはASEANでもいける』と手応えを掴めてきた。今回海外投資家から資金調達をしたのも、拡大できる兆しが見えてきたからです。次のステップでは現地企業への本格展開を目指していくことになります。現地の有力企業や財閥にコンタクトできるようになるという観点で、テマセクから出資を受けられたことは非常に大きい」(鈴木氏)

10年やって気づいた「SaaSだけではダメ」

スタディストでは調達した資金を用いて組織体制を強化し、国内外での取り組みを加速させる計画。今回のラウンドでは事業上のシナジーを見据えたCVCが新規の投資家として加わっており、テマセクに限らず株主とは事業面での連携も進めていくという。

また新たな動きとしては5月からコンサルティング事業を本格的に開始する予定で、資金の一部はそのための人材採用にも用いる。

鈴木氏によると昨年8月よりTeachme Bizの導入において実施していた「PoCサービス」が顧客から好評だったため、コンサルティング事業という形でさらに力を入れていくことを決めたのだという。

PoCではサービス正式導入前に3カ月の期間を設け、「顧客がどのような業務でTeachme Bizを活用したいのか、それによってどんな結果を出したいのか」をコンサルタントが伴走しながらすり合わせていく。

スタディスト側でマニュアルを数点作成代行し、それを実際に現場で試してもらった上で「どのぐらいの効果を見込めるか」を試算。広範囲に導入してもコストが見合うことが検証できれば、正式契約に移行する。

この期間がオンボーディングと効果検証も兼ねているので、導入後の立ち上がりも早いそう。東証一部上場企業を中心に12社で実施したところ、10社で正式導入に結びついた。

「以前売上8000億円規模の企業に導入してもらう際に『ものすごくたくさんの手順書があって、どこから手をつけていけばいいかわからない』という悩みを聞きました。その時に、これは単にSaaSを提供するだけではうまくいかないなと思ったんです」

「膨大な数の手順書が存在していて、どこに何があるかわからない。そういった場合はまず手順書の仕分けからサポートし、必要なものをTeachme Bizでビジュアルベースに変えていく工程が必要です。ぐちゃぐちゃなものが、ぐちゃぐちゃな状態でデジタル化されても活用できません」(鈴木氏)

もともとスタディストはコンサル出身のメンバーが立ち上げたこともあり、その点でも自分たちの強みを活かせる。コンサルティング事業の立ち上げは同社にとって「必然だった」というのが鈴木氏の考えだ。

テーマは「CS(カスタマーサクセス)の先にいくこと」。今も大手企業を中心にPoCを進めており「ゆくゆくはコンサルティングの子会社を作りたいくらいのイメージ」だという。

「10年間事業をやってきた中での気付きは、SaaSをやっているだけではダメということです。DXもまさにそうですが、結局ツールを入れたからといってすぐに組織が変われるわけではない。どうやって現場実装するかが大事なんです。一方でそういう人材は希少だからこそ、プロダクトとサービスをセットで提供できる仕組みが重要だと感じています」(鈴木氏)

現在スタディストの月次収益の約96%はSaaSが生み出していて、(PoCサービスなどそれ以外の)サービスの収益は4%ほどにすぎない。ただ鈴木氏はこの割合を25%くらいまで伸ばしていけると考えているそうで、今回の調達を機にそれに向けたチャレンジを加速させていきたいという。