
- 2つのファンド合計で500億円近くのサイズに
- カーブアウト案件3社に投資、「仕組み化」が次のテーマ
- 4大学共催で支援プログラム、他大学発ベンチャーへの出資も
- 大学横断で国内最大級のインキュベーションプラットフォーム目指す
東京大学を軸にスタートアップとVCや民間企業、アカデミアとの連携を生み出す拠点の実現を目指し、2016年に設立された東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC)。同社がファンド規模を拡大し、スタートアップの育成および投資を加速させる。
2020年に約28億円規模でスタートした「オープンイノベーション推進1号投資事業有限責任組合(AOI1号ファンド)」で増資を行い、ファンド総額が240億円を超えた。
これまで同ファンドでは「大企業からのカーブアウト案件」と「東大関連ベンチャーを中心としたシード案件」を軸に投資をしてきたが、規模の拡張により数千万円のシード投資から20億円を超える大型投資まで、より幅広い案件に対応できるようになるという。
また東大関連ベンチャーを育てる目的で展開してきたインキュベーションプログラム「東大 IPC 1st Round」の名称を大学横断型のプログラム「1st Round」へと変更。今後は筑波大学、東京医科歯科大学、東京工業大学とタッグを組み、4大学共催のプログラムとして運営する。
これによって大学の枠を超えて有望なスタートアップを育成・輩出する仕組みを作るとともに、AOIファンドから東大以外の国立大学関連ベンチャーへの出資も行う計画だ。
2つのファンド合計で500億円近くのサイズに
東大IPCは「東京大学周辺のイノベーション・エコシステムの発展を目指す投資事業会社」として、2016年1月に設立された東大の子会社だ。

同社パートナーの水本尚宏氏によると「唯一東大がLP出資しているファンドであり、投資先から成功するスタートアップが生まれれば東大にもリターンが還元され、その資金を元手にまた新たな大学発スタートアップが創出される」。このサイクルを目指すのが民間のVCとは異なる特徴だという。
現在東大IPCでは2つのファンドを運営しており、その1つが民間VCとの連携を目的として2016年に設立した協創1号ファンドだ。
250億円規模(そのうち230億円が東大からの出資)の同ファンドからは約20社へ投資を実行している。ミドル・レイターステージの投資先が多いこともあり、すでにウェルスナビ、QDレーザ、モダリスの3社が東証マザーズに上場。医薬品開発ベンチャーのアキュルナも昨年ナノキャリアとM&Aを迎えた。

この協創ファンドと並行して、2020年よりAOIファンドを運営。「企業とアカデミアとの連携によるベンチャーの育成・投資」をコンセプトに、カーブアウト案件や大企業のジョイントベンチャー(JV)への投資に加え、東大関連スタートアップへのシード投資を実行してきた。
今回はこの取り組みをさらに加速させるべく、ファンドサイズを約28億円から約241億円規模へと大幅に拡大した。東大と共に既存のLPである三菱UFJ銀行、三井住友銀行からの追加出資に加え、新たにSBIグループ、ダイキン工業、日本政策投資銀行グループ、博報堂、芙蓉総合リース、三菱地所らが新規のLPとして参画している。
カーブアウト案件3社に投資、「仕組み化」が次のテーマ
カーブアウト案件およびJVについては、直近半年で以下の3社に投資をしてきた。
- ファイメクス : 武田薬品工業からカーブアウト。創薬ベンチャー
- Onedot : ユニ・チャームからカーブアウト。中国で育児メディア「Babily」運営
- BIRD INITIATIVE : 日本電気などとのJV。AI技術などを活用したコンサル、プロトタイプサービス
水本氏の話では創薬とITがカーブアウトと相性が良く、本体企業から一部の部門を切り出し、単独でIPOを見据えて成長を目指していく際に東大IPCに声がかかるという。
特に国策に関わるような事業を展開する企業の場合、一部の民間VCのみから出資を受けるという選択肢が取りづらい場合もあるそう。そもそもカーブアウト案件やJVへの出資を積極的にやっているVCが少ないことに加え、東大の顔と投資会社の顔を合わせもつ東大IPCだからこそサポートしやすい案件もあるとのことだった。
支援の仕方としては単なる出資に留まらず、母体の企業との細かい交渉やスタートアップとして事業をグロースさせるための知見の提供など幅広い。
カーブアウトベンチャーは投資先にCFOがいないケースも多く、一緒に資本政策を作っていくところから伴走できる存在が求められる。スタートアップエコシステムの中に入り込んでいるわけではないため、資金調達のやり方や契約の進め方など「スタートアップのイロハ」の提供も必要だ。
こうした点はこれまでVCとしてスタートアップ投資を行ってきた経験を活かせる分野。また東大IPCとしてはアカデミアの技術を使った企業へ投資をする方針のため、創薬であれば関連する研究室をマッチングする、メディアであればコンテンツを監修できる東大の専門家を繋ぐといったように、大学機関との協業も後押ししてきた。
「大企業が新規事業を立ち上げる場合、(子会社などを通じて)自分たちでやるか、他社とJVを立ち上げるか、スタートアップに投資をするかのいずれかが王道です。子会社やJVでチャレンジする場合、上手くいけばIPOという話になる。特にこの1年はコロナの影響もあって本体から十分な投資をすることが難しい場合もあり、今まで以上に外部調達のニーズが高まっているように感じています」(水本氏)
東大IPCにとっての次のチャレンジは「カーブアウトベンチャーを生み出す仕組みをいかに作っていくか」。現時点ではシード投資ほど仕組み化できておらず、「正直に言って運の要素も大きい」(水本氏)という。
4大学共催で支援プログラム、他大学発ベンチャーへの出資も
一方でシード投資については1st Roundが軌道に乗り始め、AOIファンドを通じた卒業生への投資事例も3件生まれている(協創ファンドからの出資も含めると5件)。
このプログラムは水本氏が米国スタンフォード大学出身者によるアクセラレータプログラム 「StartX」をベンチマークとして立ち上げたもので、東大関係者を含むチームや大学関連のシードベンチャーを対象に、6カ月にわたりハンズオン支援を行う。
採択先は最大で1000万円の活動資金が提供されるほか、パートナー大手企業との実証実験の機会や資本政策を始めとした各種サポートを得られるのが特徴だ。
過去3年半の間に累計34チームを採択し、採択から1年以内の資金調達成功率は約90%。技術力が強みのチームが多く、NEDOのSTSが助成しているスタートアップの約3割が1st Roundの卒業生だという。
また採択企業とパートナー企業との協業も増えており、資本業務提携を始めとしたオープンイノベーションの事例は10社を超える。
「約半数の採択先については登記前の段階からサポートしており、ある意味『共同創業者』に近い立場で一緒にゼロから事業を作っていく感覚に近いです。(シード投資については)1st Roundを通じて年間数百件の案件が集まり、その中から採択したチームに伴走しつつ、出資を通じて継続的に支援するという流れがようやく作れてきました」
「パートナーの事業会社に伝えているのは『自分たちが育てた』と思って欲しいということ。実際に彼らは審査員として採択企業の選定にも関与していただいています。自分たちが期待した企業が活躍すると愛着が生まれ、それが事業連携や出資にも繋がる。そのような事例を能動的に生み出していきたいんです」(水本氏)

今回ファンドの規模を拡張させたのも東大IPCが培ってきたインキュベーションノウハウを他大学にもシェアし、「大学横断でイノベーションを推進していく」ことが大きな狙いだ。
具体的には冒頭でも触れた通り1st Roundに筑波大学、東京医科歯科大学、東京工業大学が参画し、今後4大学が共同でインキュベーションプログラムに取り組む。
プログラム採択後はこれまで同様に大手企業との協業を支援していくほか、AOIファンドからの出資を含め、ベンチャーキャピタルなどによる資金調達もサポートする。
大学横断で国内最大級のインキュベーションプラットフォーム目指す
水本氏によると従来大学は縦割りで、今回のケースのように複数の大学間が連携し共同でインキュベーションプログラムを実施する例は稀だ。
成果に繋げていく上ではまだまだ未知数な部分も多い。今までは土地勘のある東大の中でやっていたからこそ順調に進んでいた反面、「他大学の場合はそれに比べて圧倒的に人脈が乏しく、このプログラムをどこまで広げていけるかが目下の課題」だという。
一方で日本のアカデミアから優れたスタートアップを輩出するためには、東大だけに注力していては不十分で、他大学を巻き込んでいく必要があるというのが水本氏の考えだ。
「スタンフォードの場合は単独でも規模が大きく、強力なエコシステムが根付いています。アメリカはいろいろな大学がそのような力を持っていますが、日本の大学は規模が小さい上に東大に偏っている側面もある。個人的にはその範囲をもっと広げていかなければという思いが強いです」
「これは極端な例ですが、全ての大学が共同で1つのインキュベーションプログラムを運営しそこに各大学から生まれた有望なベンチャーが集結すれば、海外の投資家なども含めて多くのパートナーや投資家も巻き込めるかもしれません。自分たちの役割は、大学発の技術系ベンチャーがどんどん輩出される仕組みを作っていくこと。社名が『協創プラットフォーム開発』というくらいなので、しっかりプラットフォームを作っていきたいです」(水本氏)