KiteRaのメンバー。代表取締役CEOを務める植松隆史氏(写真左上)は、社会保険労務士として事業会社で働いていた経験を持つ
KiteRaのメンバー。代表取締役CEOを務める植松隆史氏(写真左上)は、社会保険労務士として事業会社で働いていた経験を持つ
  • 勤務社労士時代に感じた「煩わしい作業」をなくすべく起業
  • 設問に回答するだけで規定のドラフトが自動生成
  • 約300の社労士事務所が導入、3億円調達でさらなる事業拡大へ

日本でも特定の業界や産業の課題解決を目指す“バーティカルSaaS”を手掛けるスタートアップが広がってきている。

こうした企業の創業者には、もともと自らが業界内で働く中で直面した壁や痛感した煩わしさを打破するべく、起業を決断した人も少なくない。たとえば医師が医療機関の課題を解決するためのシステムを立ち上げる、弁護士が契約にまつわる業務の負担を軽減するSaaSを開発するといった形だ。

2019年4月創業のKiteRaもまた、そのような背景から設立された。同社の創業者で代表取締役CEOを務める植松隆史氏は、前職の事業会社で社会保険労務士(勤務社労士)として働いていた経験を持つ。

勤務社労士時代に感じた「煩わしい作業」をなくすべく起業

端的に言えば、KiteRaは社労士である植松氏が社労士の負担を軽減するために立ち上げた会社だ。

「前職時代に社内規定類の整理業務に携わっていたのですが、その作業が非効率で手間がかかっていました。規定はWordで作成されるケースが一般的なのですが、契約書と同じように独特な作り方になっているため、細かい編集作業が多い。しかも一度作って終わりではなく、法改正や会社の働き方、ルールが変わる度にメンテナンスが必要になります」

「自分だけでなく、同じような煩わしさを感じている人が世の中に何人もいるはず。この課題を解決できる仕組みが欲しいと考えるようになったのが、創業のきっかけです」(植松氏)

社労士の規定業務を圧倒的に効率化したい──。そのような思いから植松氏はKiteRaを創業し、2019年7月に社労士向けSaaS「KiteRa-Pro-」をローンチした。

社労士向けSaaS「KiteRa-Pro-」

当初は対象を限定せず社労士向けのプロダクトとして全方位に展開していたが、しばらくすると特に社労士事務所の利用が増えていることに気づく。実際にユーザーの元を回って話を聞いてみてわかったのは、「顧問先の規定管理をする上で重宝されている」ことだった。

社労士と一口に言っても、事業会社の勤務社労士と社労士事務所とでは全くニーズが異なる。まずは利用の多かった事務所向けに特化することを決め、直近の約1年間は社労士事務所向けのSaaSとして機能拡充を進めながら運営してきた。

対象を明確にしたことで事業の成長スピードも向上し、現在は約300の社労士事務所にサービスを提供している。

KiteRa-Pro-は月額定額制で、ID数に応じてプランが分かれる仕組み。現時点では最も安いパーソナルプラン(1IDの個人事務所向け)が月額2万9700円から利用できる。

設問に回答するだけで規定のドラフトが自動生成

サービスの特徴は就業規則を始めとする社内規定の作成や編集から管理、顧問先への共有に至るまでの一連の業務がクラウド上で完結することだ。

用意されている設問に回答していくだけで規程のドラフトが自動生成されるので、後はエディタを使ってちょっとした編集を加えればいい。

設問に答えていくだけで規定のドラフトが自動で生成される
設問に答えていくだけで規定のドラフトが自動で生成される
社内規程の編集に特化したクラウドエディタ
社内規程の編集に特化したクラウドエディタ

このエディタも規程の編集に特化したものになっていて、条文をドラッグ&ドロップで移動したり、条番号も自動的に変更したりできる機能を搭載。サービス上に保存している他の規程の条文を検索して取り込むことも可能で、新旧対照表の作成もワンクリックで済む。

完成した規定はKiteRa-Pro-の共有機能を使えばWordなどに出力する手間もない。クライアントに権限を付与し、共同で規定を編集する仕組みも昨年12月に追加した。

また作成した規定を運用していく上では法改正情報をキャッチアップし、その内容を反映していくことも欠かせない。Kiteraには植松氏を含めて社内に複数名の有資格が在籍しており、通達や判例なども含めて法改正情報と規程改訂のポイントを配信している。

通常社労士が顧問先の規定を新しく作成する際には「ヒアリングシート」を用いて状況を把握し、その内容を基にWordで文書を作ることが多い。

植松氏によるとKiteRa-Pro-の設問機能は「まさにこのヒアリングシートをシステム化したようなもの」。対面やビデオ会議時に顧客と画面を共有しながら一緒に回答をしていけば終了後にはすぐにドラフトが生成されるため、作成にかかる時間の大幅な短縮が見込める。

冒頭で触れたように社内規定は契約書とも性質が近く、条番号やインデント(字下げ)の調整など細かい作業に時間が取られやすい。植松氏自身がこの作業に大きなペインを感じていたため、KiteRa-Pro-では極力自動化できるようにエディタを作り込んだ。

法改正情報と規程改訂のポイントを配信する機能も備える
法改正情報と規程改訂のポイントを配信する仕組みも備える

約300の社労士事務所が導入、3億円調達でさらなる事業拡大へ

KiteRa-Pro-を使えば社内規定のアップデートや管理もスムーズになるので、最近では導入先の社労士が「就業規則の管理委託サービス」を顧問先にオプションとして提供する事例も出てきているのだそう。要はKiteRa-Pro-がアップセルに一役買っているわけだ。

社労士の業務は社会保険労務士法第2条で規定されており、1号業務〜3号業務の3つに分類できる。1号業務と2号業務には申請書や書類の作成といった手続き・事務の代理が該当し、これは現在も社労士の独占業務となっている。

ただ、植松氏の話ではSmartHRを筆頭に近年優れたUIUXを持つ安価なプロダクトが台頭してきたことで「これらの業務がコモディティ化され、差別化が難しくなってきている」のが業界の大きな変化なのだそう。

一方で人事労務の相談やアドバイザリーなどいわゆる“コンサルティング”に当たる3号業務は、社労士の独占業務でないものの付加価値が出しやすい領域。社労士業界でも「今後は3号のところでご飯を食べていかないといけない、というのが共通の考え方になっている」という。

「就業規則は会社の制度やあり方を唯一定義しているドキュメントであり、賃金制度や人事制度とも密接に関わるものです。KiteRa-Pro-を通じて社労士の業務をサポートしていきたいと考えています」(植松氏)

KiteRaではさらなる事業拡大に向けて、4月19日には第三者割当増資と融資を含めて総額3億円の資金調達を実施した。同社にとって3回目となる今回のラウンドには既存投資家であるライフタイムベンチャーズのほか、新たにXTech Ventures、DIMENSION、三井住友海上キャピタル、匿名の個人投資家が株主として加わった。

新日本法規出版が日本法務システム研究所と共同開発する「スマート規定管理」など近しいプロダクトも出てきてはいるものの、社労士の業務を支えるプロダクトはまだまだ少ない。

KiteRaとしては調達した資金で組織体制を拡充し、プロダクトの機能拡充を進めていく計画。今後は使い勝手やデザインなどを刷新したKiteRa-Pro-の新バージョンの提供を予定しているほか、事業会社向けのサービス開発なども進めていくという。