
- 不確実な時代をどう生き抜くか
- 起業のパラダイムシフトが起きている
- スタートアップはあくまで起業のひとつの形態に過ぎない
- 「1人起業」という選択肢がある
- 「1人起業」を始める上で押さえておくべきポイント
- 「ハイリスク・ハイリターンな起業」だけではない
「資金調達しました!」──こんな起業家の言葉とともに、SNSなどを通して日々流れて来るスタートアップのニュース。ベンチャーキャピタル(VC)の増加やファンド規模の拡大、エンジェル投資家の台頭で資金の“出し手“が増えたことで、スタートアップへの資金の流入は加速した。2020年の国内スタートアップの資金調達額はコロナ禍でも大きく変化せず、その総額は4611億円(INITIAL調べ)まで拡大した。スタートアップによる数億円規模の資金調達は、決して珍しいニュースではなくなったと言っても過言ではない。
だが起業家が選択する資金の調達手段は、何もベンチャーキャピタルやエンジェル投資家からのエクイティファイナンス(株主割当、第三者割当などによる増資)だけに限られた話ではない。金融機関などからの借入(デットファイナンス)も昔からある手段だ。また最近ではクラウドファンディングなどの新しい手段も活用が進みはじめている。
起業や資金の調達手段が拡がる今だからこそ、「安易に資金調達や規模の拡大を前提とした起業をすべきではない」と語るのが、And Technologies代表取締役の勝木健太氏だ。コンサルティング会社や監査法人経験を経て起業した勝木氏は、現在自己資本で事業を行っている。不確実性の高い危機の時代こそこれまでのスタートアップとは異なる起業論も必要だと主張する勝木氏に、1人起業に関する考え方やその実践のポイントを聞いた。
不確実な時代をどう生き抜くか
起業して会社を立ち上げる場合、できるだけ多くの売上を上げるべく、従業員を増やして会社としての規模を拡大することが望ましい、と考える風潮が社会全体にはある。
しかし、規模の拡大は必ずしもすべての企業に対して中長期的な繁栄をもたらすとは限らない。それどころか闇雲に規模の拡大を目指せば、さまざまなビジネスやガバナンス上のトラブルをもたらす結果にもなりかねない。
特に、新型コロナウイルス感染拡大以降、一見すると盤石な経営基盤を備えているように見える規模の大きな会社が“実は危機の時代においては深刻な脆弱性を抱えている”という現実が浮き彫りになりつつある。仮に現在の状況が収束に向かったとしても、次なる危機は予想もしない形でやってくる可能性が高い。
そんな不確実な時代を私たちはどのようにして生き抜いていけば良いのだろうか。
上記の問いに対する答えのひとつとして、ステイ・スモールという価値観に重きを置いた「1人起業」という選択肢がある。今回は、この1人起業を始める上で押さえておくべき重要なポイントについて整理していく。
起業のパラダイムシフトが起きている
一般には、起業・独立は極めてハイリスクな行為であると捉えられている。しかし、実際のところ、現在ほど低リスクで簡単に起業できる時代はない。
最低資本金制度は撤廃され、会社登記は資本金1円からできる。オフィスは格安のレンタルオフィスが利用可能で、バックオフィス業務についても便利なクラウド型のツールを使いこなせば大幅な効率化を実現することができる。アプリやECサイトを構築したければ、便利なノーコードツールが用意されている。最初の入り口さえ間違えなければ、起業の成功確率は間違いなく上がっている。まず、このことを認識しておきたい。
スタートアップはあくまで起業のひとつの形態に過ぎない
世の中に存在する起業形態の中でも、前例のないビジネスモデルを生み出すことによって世の中に新たな価値を創出するスタートアップはとても華々しい存在である。
特に、ベンチャーキャピタルから多額の資金調達を実施したスタートアップは世間からの大きな注目の的となる。我が国の産業育成の文脈において、彼らが極めて重要な役割を担っていることは間違いない。
しかし、実際のところ、ベンチャーキャピタルからエクイティファイナンスを受けるに値する真の急成長スタートアップの割合は全体で見れば本当にわずかだ。それにもかかわらず、外部からの資金調達を早い段階から検討する起業家が少なくない。
言うまでもなく、外部からの資金調達にはプラスの面もあるが、一定のマイナス面も確実につきまとう。起業家育成を支援する米国の財団・カウフマン財団の調査によると、長期的に成功している企業の多くはベンチャーキャピタルの資金を利用していないことが明らかになっている。
また、米国の名門アクセラレーター「Y Combinator」の創設者であるポール・グレアムは、「ベンチャーキャピタルが企業に大量の資金を投入するのは、それだけの額の資金が企業に必要だからなのではなく、ベンチャーキャピタル側が自分たちのポートフォリオを大きくするために、多くの収益をもたらす企業を大きくする必要があるからだ」といった意見も述べている。
このような事例を念頭に、「スタートアップはあくまで起業のひとつの形態に過ぎない」ということを理解しておくべきである。
「1人起業」という選択肢がある
会社の規模を大きくして、数多くの社員を抱えると、当然ながら雇用を守る必要性が生まれる。上手くまわっているのであれば、それ自体は非常に立派なことだと言える。しかし、起業初心者にとってはやや難易度が高い。加えて、新型コロナ危機のような有事が発生した際には甚大な影響を被ってしまう結果になりがちである。
一方で、「1人起業」の場合は人件費やオフィス賃料といった固定費がわずかであり、損益分岐点が非常に低く設定されるため、仮に売上が半分になったとしても、大きな痛手を受けることは比較的少ない。
これからもさまざまな形で危機がやってくることは間違いない。悲観的に計画しておけば、危機的状況が発生した場合でも、会社経営を存続させることができる。小さければ小さいほど危機に強いと考えることもできるのだ。
「1人起業」を始める上で押さえておくべきポイント
上記を踏まえ、以下では、起業・独立を考える上で押さえておくべきポイントを整理する。
1. 徹底的に経費を削減する
1つ目は、「徹底的に経費を削減する」ということである。経営の基本は、売上を最大化し、経費を最小化することにある。経費の中でも、毎月かかる固定費には特に注意を払う必要がある。実際、オフィスを借りるとなると、敷金や礼金、保証金などのイニシャルコストがかかることに加えて、毎月の家賃や共益費も必要になる。それに、オフィスは一度契約したら簡単には解約できないことも多い。
そもそも、リモートワーク前提社会においては、「オフィスすら必要ない」と考える風潮もある。大企業の中でもオフィスをなくす方向を打ち出す企業が現れている。筆者自身、オフィス賃料は月額3万円に満たない。
変動費についても、できる限り抑えるべきだ。経営者の中にはまだ売上が上がっていないにも関わらず、ミッション・ビジョン・バリューの策定に必要以上にコストをかけたり、見た目の凝ったコーポレートサイトをつくろうとするケースが見られる。
もちろん、事業成長に寄与しているのであれば全く問題はないのだろうが、世界有数のコングロマリット企業である、ウォーレン・バフェット氏が率いるバークシャー・ハサウェイのコーポレートサイトが依然として非常に簡素なつくりになっているという事実は頭の片隅に置いておきたい。
2. 安易に社員を採用しない
2つ目は、「安易に社員を採用しない」ということである。「社員を増やせば売上が上がる」と思いがちだが、必ずしもそうとは限らない。採用にコストをかけ、育成に手間暇をかけ、十分な休暇を与えたところで、思っている以上に社員は簡単に離職してしまうものだ。
社員数が多くなればなるほど、人間関係のトラブルも指数関数的に増えていく。また、現行法では、正社員を解雇するには高いハードルが設けられているため、解雇を言い渡すのも決して簡単ではない。従業員の意思で自然に辞めるタイミングを待つパターンもあるが、思わぬトラブルが発生するリスクもある。
むしろ、今は社員を採用せずとも優秀なフリーランスと業務委託ベースで仕事を進めることができる時代である。筆者自身、フリーランスの方々と協力しながら事業活動を展開している。クラウドソーシングなどのサービスについても、必要に応じて活用することがある。
キラキラした経歴の持ち主を「非常に優秀である」と面接で判断して採用したものの、「大企業とスタートアップでは求められる動き方が異なるため、入社してみたらまったく機能しない」という話を知人の経営者から聞くことがある。
社員の採用を考える前に、「雇わない経営」で事業成長を図る選択肢が存在することについて認識しておきたい。
3. 生半可な気持ちで外部資金調達をしない
3つ目は、「生半可な気持ちで外部資金調達をしない」ということである。短期間での上場を狙う場合や巨額の資金調達を実施しなければ競合との競争に破れてしまうといった特殊な状況下においては、エクイティファイナンスは非常に有効な手段となり得る。しかし、それは起業全般を考える上では極めて例外的な状況でもある。
ブートストラッピング(Bootstrapping:自分の靴ひもを自分自身で締め上げることから転じて、創業者が自己資本で起業することを意味する)という言葉があるように、できるだけ株式を放出しない方針を取るべきだという議論がある。仮に、株式を放出する場合でも、何らかのサービスやプロダクトをつくって、ユーザーが集まり、売上が立っている状態まで自己資本で粘った上で資金調達を行うことが望ましいとされる。
日本の著名投資家である、グロービス・キャピタル・パートナーズ代表パートナーの高宮慎一氏も過去の「なんとなくでVCから資金調達は絶対にしちゃダメ!」というタイトルの記事でそのように述べている。
お金は稼ぐよりも上手に使う方がはるかに難しい。厳しい話だが、資金調達したところで、「1万円を100万円にできない人間が何をレバレッジできるというのか」という意見もある。外部資本に過度に依存して、何回も「(投資の)おかわり」を求めると、結果として経営の難易度が上がってしまい、複雑性の海に溺れることにもなりかねない。
いわゆる“スタートアップコミュニティ”ではあまり知られていないが、スマホゲームを運営する「coly(コリー)」をはじめとして、外部資本ゼロで上場を果たすテック企業も少なくない。言うまでもなく、資金調達はあくまで手段である。手段の目的化に陥っていないかについては常に自問自答を繰り返す必要があるだろう。
「ハイリスク・ハイリターンな起業」だけではない
今回は「1人起業」を始める上で押さえておくべきポイントについて述べてきた。改めて強調しておきたいのは、筆者はスタートアップという起業形態を全く否定していないということである。
むしろ、繰り返しになるが、我が国の産業育成の文脈においてスタートアップが極めて重要な役割を担っていることは間違いない。海外に比べると、国内のスタートアップエコシステムはまだまだ厚みが不足しており、イノベーション創出に向けた素地を作るべく、スタートアップの育成を図っていくことは極めて重要な取り組みだ。
しかし、当然のことながら、スタートアップが起業の全てではないし、誰もがイノベーティブなビジネスアイデアを着想し、形にできるわけではない。それに、スタートアップを起業する際に求められるリスクテイクは決して万人向けとは言えないだろう。
多くの人々が起業に対して「ハイリスク・ハイリターン」という印象を持つ傾向にある。「成功すれば巨万の富が手に入るが、失敗すると多額の借金を抱えて悲惨な人生を送ることになる」という両極端な印象が世の中に浸透していると感じる機会が少なくない。
しかし実際には、最小限の費用で自宅で起業し、充実した毎日を送っている「1人起業家」が多数存在していることもまた事実である。我が国における起業を盛り上げていくためにも、「ハイリスク・ハイリターンな起業」ばかりでなく、安定・着実なスモールビジネスの魅力も広く伝えていくべきだ。不確実性の高い危機の時代においては、その必要性はますます高まっていくだろう。