福岡県・嘉麻市の浄土真宗本願寺派明善寺で住職を務める安井廣由氏
福岡県・嘉麻市の浄土真宗本願寺派明善寺で住職を務める安井廣由氏 画像提供:安井廣由氏

Facebook、Twitter、InstagramといったSNSの台頭により、友人や知人だけでなく、サービスを利用する世界中の人々と気軽に繋がり交流を持てるようになった。だが便利である反面、不用意な発言による炎上や、匿名・なりすましアカウントからの心ない誹謗中傷に細心の注意を払う必要が生じたのも確かだ。

そんな今だからこそ、ユーザーが悩みや困りごとを吐き出して、心休まる場所を目指すSNSがある。スタートアップのくうるが提供する「Sion(しおん)」だ。

SNSは通常、登録ユーザー同士が交流できるサービスだ。Sionでは投稿にリアクションするなど以外にユーザー同士の交流は発生しないが、その代わりにさまざまな「お坊さん」と交流でき、彼らがユーザーの悩みや困りごとに対してメッセージを寄せてくれる。他のユーザーによる投稿や、約20人のお坊さんのコメントが見られるというSNSとしてはゆるいつながりで、さまざまな人生の瞬間を垣間見ることができる。

くうるは1月、外部のアドバイザーとして、福岡県・嘉麻市の浄土真宗本願寺派明善寺で住職を務める安井廣由氏をCBO(チーフ・坊さん・オフィサー)として迎え入れた。安井氏は上場企業で広報・マーケティング、独立系IRコンサルティング企業で上場支援・ベンチャー育成など、さまざまな経験をした上で、2020年に49歳で住職に就いたという異色の経歴を持つ人物だ。

お坊さんアプリSionの魅力について、そしてチーフ・坊さん・オフィサーとしての活動について、安井氏に話を聞いた。

お坊さんと行動経済学「ナッジ理論」の共通点

Sionは2020年12月8日、釈迦が悟りを開いた日とされる成道会(じょうどうえ、「おさとりの日」とも呼ぶ)にアプリ(iOS、Android)をローンチした。このSNSアプリでは、108文字以内で悩みや疑問について投稿すると、お坊さんがユーザーに寄り添い「傾聴」したコメントを返してくれる。文字数の108文字は、仏教で言う「人の煩悩の数」にちなんだもの。利用は無料だ。

Sionでは他のユーザーの投稿やそれに対するお坊さんのコメントを見られるが、前述のとおり通常のSNSとは異なり、投稿への回答はお坊さんに限定されているため、ユーザー同士の交流は発生しない。加えて匿名制のため、批判や炎上に悩まされる心配はない。

Sionではユーザーに対して(1)個人を特定・攻撃しない、(2)アプリ外で直接やりとりしない、(3)悩みのタネから大きな悩みまで気軽に投稿してほしい、(4)あなたの大切な人にも紹介してほしい──という「4つのお願い」を掲げている。

Sionに投稿される内容はさまざまだ。「仲の良い4人組のグループが最近、それぞれの悪口を言っていて辛いです。どうすれば仲の良かったころに戻れるのかな」といった悩みもあれば、「YouTubeにある癒やされる音源でホッとしている」といった独り言のようなものもある。

それに対して、お坊さんは「その場にいない人の悪口を言ってストレスを発散。良くないですよね。4人組の全員がいれば悪口を言えないと思うので、なるべく4人、誘い合わせて遊ぶと良いかもしれませんね」、「良い音源に会いたいという気持ちが実ったのですね」などとコメントを返している。

ユーザーが抱えるさまざまな悩みや困りごとにお坊さんが応じる
ユーザーが抱えるさまざまな悩みや困りごとにお坊さんが応じる Sionのスクリーンショット  (拡大画像)

「これでは悩みの解決には繋がっていないのでは」と思うかもしれない。だが安井氏は「お坊さんの役割は“答える”のではなく“応える”こと。『そうですよね』とうなずくことを大事にしています」と説明する。

「新聞の投書欄、ラジオの相談番組、いのちの電話、Yahoo!知恵袋やOKWAVEのようなQ&Aサイトなど、悩みを吐き出すための窓口は昔からいろいろとありました。そんな中、なぜSionなのか。それは『お坊さんアプリ』だからこその強みがあるからです。オーソライズされた専門家が質問に答えるQ&Aサイトもあります。一方でお坊さんはその道の専門家ではありません。例えば債権回収について質問されたとしても、的確なアドバイスはできません。ですが、日々さまざまな方々とお付き合いをしているからこそできる役割があります」

「『お坊さんは何をするのか』を説明する上でカギとなるのはナッジ理論(行動経済学における概念で望ましい行動をとれるよう人を後押しするアプローチのこと)です。悩みを抱える人々の背中を少しだけ押してあげる。これこそがお坊さんの役割だと考えています。悩める人々に寄り添うのは仏様や仏様が説かれた教えであり、お坊さんはその側面支援をする立場だと思います」(安井氏)

若手のお坊さんが「力をつける」場所に

Sionは4月末の時点で約3600人の登録ユーザーを獲得した。現在は20人のお坊さんがコメント対応している状況だが、投稿が増えてきているため増員を予定している。前述のとおり利用料金は無料で広告表示も行っていないため、アプリの新バージョンで有料コンテンツを提供することで収益化を目指す。

Sionに協力するお坊さんの多くは20〜30代の若手だ。そのため安井氏はSionを「若手のお坊さんが力をつけるための場所にしていければ」と考えているという。

「最近では僕を含めて、(音声SNSの)Clubhouseでの配信を行うお坊さんが増えています。アプリだけあれば利用できるので簡単ですが、世の中の多くのニーズに応えられているかというと、そうではありません。Clubhouse自体がアーリーアダプターという領域からキャズムを越えられておらず、ポジティブで“イケイケドンドン”な人たちしか集まっていないからです。このように、インターネットの世界で活動していたとしても、人々が抱えている悩みや困りごとに本気で向き合う機会はあまり多くないのです。Clubhouseは人々の話を聞くところ。Sionでは人々の声に応えるところという立ち位置です」

「現在は若手のお坊さんにコメント対応をしていただいている状況です。世の中にある悩みや困りごとについて考える機会にしています。お寺との付き合いがなかったら、お坊さんに話を聞いてもらう機会なんてあまりないじゃないですか。テレビに出ているようなタレント系のお坊さんではなく、あなたのお家のそばにあるお寺のお坊さんだったらこう応えますよ、というのをみなさんに知って欲しい。そんな想いからチーフ・坊さん・オフィサーを引き受けています」(安井氏)

くうるは代表取締役の武智氏を含む2人で運営(安井氏は現状、外部アドバイザーとなっている)し、資金調達も行っていない。Sion自体もプログラミング不要なノーコードツールで作られているため、運用は安価なものの、アプリとしての荒削りさも目立つ。お坊さんからの返事も時間がかかっている状況だ(アプリ上の説明では平均10日ほど)。

米国発の瞑想アプリ「Calm」が昨年12月に上陸し、日本のスタートアップも擬似サービスを立ち上げるなど、心を和らげるサービスは徐々に注目を集め始めている。日本ならではの「マインドフルネス」と言えるお坊さんと交流できるSionのニーズも、これから加速度的に増えていくかもしれない。そんな状況に備え、くうるではまずお坊さんの確保を急ぎ、少しでも多くのニーズを満たしてく必要がある。