
- 年間取扱高3.2兆円、前年比で2.6倍の成長
- 年800億円の営業損失を“ペイ”できる状況が間近に
- ベンチマークは中国・アリババ傘下の「Alipay」
- 依然として最大のライバルは“現金”
ソフトバンクグループはPayPay事業にこれまで数百億円規模の資金を投じ、コード決済サービス首位の規模へと育ててきた。そのPayPayが黒字化に向けた重要な転換点を迎えている。
年間取扱高3.2兆円、前年比で2.6倍の成長
PayPayは2018年10月にサービスを開始し、同年12月に実施した大規模な還元キャンペーン「100億円あげちゃうキャンペーン」をきっかけにスマホ決済サービスの雄として台頭してきた。ユーザー数を短期間で伸ばすとともに、中小規模の加盟店開拓も精力的に進めてきた。2019年に政府が実施した「キャッシュレス・消費者還元事業」も追い風となり、ユーザー数、加盟店数ともに倍々ゲームの成長を続けている。
5月11日のソフトバンク決算説明会では、PayPayの年間取扱高(GMV)を初公表。2020年度にはGMVが3.2兆円まで成長したことを明らかにした。決済回数は年間20億回に達している。
GMV3.2兆円という数字は、クレジットカードの中堅企業に匹敵する。カード会社の取り扱い額を参照してみると、たとえばエポスカードのショッピング取扱高は2兆1860億円(21年3月期)、セゾンカードは4兆9469億円(19年度)となっている。
そして、市場自体の成長が著しいスマホ決済(コード決済)の市場においても、他社を圧倒する規模となっている。スマホ決済で競合するNTTドコモの「d払い」も2020年の取扱高をほぼ倍増したが年間では8100億円にとどまっていることからも、PayPay“一人勝ち”の状況は明らかだ。
年800億円の営業損失を“ペイ”できる状況が間近に
まさに「垂直立ち上げ」の典型例となったPayPayだが、ここにきて岐路を迎えつつある。サービス開始当初から公表していた加盟店に対する「決済手数料無料キャンペーン」の終了だ。
スマホ決済のビジネス構造は、クレジットカードや電子マネーよりも決済手数料を低く設定しやすいものとなっている。PayPayはその上で、「中小規模の加盟店は手数料無料」という期間限定のキャンペーンを打ち出すことで、利用できる店舗を急速に拡大してきた。
加盟店向け無料キャンペーンは当初から「2021年9月末まで」という終了時期が定められていた。つまり、2021年10月以降、PayPayは加盟店決済の有料化に踏み切ることになる。
ただし、PayPayの加盟店手数料を“いつ”有料化するかについては、ソフトバンクの中でも迷いがあるようだ。ソフトバンク代表取締役社長執行役員兼CEOの宮川潤一氏は「10月以降の近い将来に“必ず”有料化に踏み切る」としつつも、その時期については明確な回答を避けている。
また、PayPayは収益化後の決済手数料率の水準についても、新型コロナウイルス感染症の流行による市場環境の変化を理由に公表を見合わせている。
ただし、11日のソフトバンクの決算発表では、宮川社長がそのめどについて示唆する一幕もあった。アナリストからの質問への回答で、PayPayの有料化シナリオの中で「1%~1.5%前後の手数料率」を想定していると明らかにした。
PayPayでは2020年から2021年にかけて、800~900億円前後の営業損失を計上している。仮に現在のペースで成長し、GMVが5兆~8兆円になれば、手数料率1.0~1.5%で黒字転換できるという計算だ。現在の成長ペースであれば、この2021年度後半には達成できるだろう。
一方で、直近では新型コロナウイルス感染症の流行があり、中小の小売店舗が経営面での打撃を受けている状況にある。現況下でPayPayが加盟店手数料を有料化した場合、無料キャンペーンで加入した中小規模の店舗のいくらかは加盟店から離脱する可能性がある。
宮川氏の慎重な発言からは“PayPay離れ”の影響を最小化するためのタイミングを見極めている状況が見て取れる。
ベンチマークは中国・アリババ傘下の「Alipay」
宮川氏はまた、PayPayの事業展開についても、ヒントとなりうる言及をしている。そのビジネスモデルについて「Alipayのビジネス構造を見ていただくと、我々のやりたいことが分かるだろう」と発言したのだ。
Alipay(アリペイ・支付宝)は中国・アリババグループの金融関連企業・アントグループが展開する決済サービスで、スマホ決済の元祖の1つだ。
そのAlipayから技術支援を受けたインドのスマホ決済サービスにPaytmがあり、PayPayはそのPaytmから技術支援を受けている。
AlipayとPayPayはそれぞれ独立したサービスで、中国からの観光客向けに提携しているだけのつながりだが、宮川氏いわく、Alipayのビジネス構造は大いに研究したという。
Alipayは当初、ECサイト「Alibaba」の加盟店向けに決済代行サービスとしてスタートし、QRコード決済サービスで実店舗での決済に進出。クレジットカードが普及していなかった中国で大きなシェアを持つに至った。
一方で、アントグループの現在の収益源は決済手数料だけではなく、小口ローンや後払いサービス、小口投資信託といった金融サービスに拡大している。いずれのサービスもAlipayアプリから気軽にアクセスでき、Alipayの決済頻度などに応じて与信枠や金利の優遇が受けられる。
アントの場合、当初は決済サービスから収益化しているが、2020年に提出された上海・香港の両証券取引所への上場目論見書(上場は延期となった)によると、小口金融サービスの収入が決済収入の倍近くに達し、現在の収益の柱となっている。決済サービスで蓄積したユーザー基盤と顧客の信用データを活用して、小口金融のリスクを回避しつつ成長させてきた格好だ。
PayPayは今後の展開として「スーパーアプリ化」と「金融サービスのハブ化」の2つを標ぼうしているが、これはAlipayの戦略をそのままなぞったものとも言える。
AlipayはAlibabaというECモールを母体に成長したが、PayPayには親会社に「Yahoo!ショッピング」やグルメ予約の「Yahoo!ロコ」を抱えるZホールディングスが存在する。
また、ソフトバンクは金融サービスで、ジャパンネット銀行やYahoo! JAPANカード、スマホで買える投資信託のOne Tap Buyなどを抱えていたが、2020年秋以降にいずれもPayPayブランドに改称し、現在はPayPay銀行、PayPayカード、PayPay証券などとなっている。
つまり、すでにソフトバンク自身に揃っていた関連サービスを、PayPayというスマホ決済機能に集約する形で再ブランディングするというのが、PayPayの成長戦略だ。見方を変えると、Yahoo! JAPANが担ってきたポータルサイトの役割を、PayPayの決済機能を軸にオフライン展開させる戦略とも言える。

依然として最大のライバルは“現金”
さらにソフトバンクでは、2021年にLINEをZホールディングスと経営統合し、傘下に収めている。LINEはメッセンジャーアプリを中軸に成長してきたが、決済サービスのLINE Payを中心に小口金融サービスへの展開を図ってきたという点ではPayPayとよく似ている。
中国市場を見るとAlipayのライバルとしてスマホ決済でしのぎを削るWeChat Payがある。これはLINEと同じく、メッセンジャーアプリ発祥だ。LINEの戦略はWeChat Payをたどるものと言えるだろう。
PayPayとLINEの両方を手中に収めたソフトバンクは、ECサイトとメッセンジャーアプリの両面からスマホ決済を拡大する体制が整ったことになる。
日本の場合、すでにクレジットカードや電子マネーが普及しており、スマホ決済にすべてが置き換わるということはないだろう。とは言え、政府を挙げたキャッシュレス推進キャンペーンがあった2019年でも、7割の決済は現金で行われている。PayPayの進出余地はまだ残されている。
PayPayが取り得る戦略としては、2021年度後半から黒字化は可能なものの、あえて加盟店手数料を低く抑え、まずは決済市場での存在感を高め、金融サービスから攻めるというやり方も考えられるだろう。