• 創業から2、3年は焦りしかなかった
  • 「認めているから、期待している」と伝えられなかった
  • うちは「トップダウンな会社」じゃない
  • 怒りをぶつけることは、相手の怒りしか生まない
  • “怒り”が生まれる理由は「期待値とのギャップ」
  • 勝てる勝負かどうかを見極めるのも経営者の役割
  • 意思さえ強く持てば、会社はやっていける
  • 「2カ月でお金がなくなりますよ」
  • 不安に耐えるのではなく、仲間とシェアすればいい

資金調達にサービスの立ち上げ、上場や事業売却と、ポジティブな側面が取り上げられがちなスタートアップだが、その実態は、失敗や苦悩の連続だ。この連載では、起業家の生々しい「失敗」、そしてそれを乗り越えた「実体験」を動画とテキストのインタビューで学んでいく。第6回はマネーフォワード代表取締役社長 CEOの辻庸介氏の「失敗」について聞いた。(ダイヤモンド編集部副編集長 岩本有平、動画ディレクション/ダイヤモンド編集部 久保田剛史)

 個人向けの自動家計簿サービス「マネーフォワード ME」や法人向けのクラウド型会計サービス「マネーフォワード クラウド会計」などを展開するマネーフォワード。代表取締役社長 CEOの辻庸介氏は、ソニー、マネックス証券を経て、2012年に仲間とともに起業した(当初の社名はマネーブック株式会社)。

マネーフォワード代表取締役社長 CEOの辻庸介氏 写真提供:マネーフォワードマネーフォワード代表取締役社長 CEOの辻庸介氏 写真提供:マネーフォワード

 創業の地に選んだのは、東京・高田馬場のワンルームマンション。そこで、文字通り寝る間も惜しんで開発したサービス「マネーフォワード ME」は、900万人が利用するサービスにまで拡大した。2017年には東証マザーズ市場への上場を果たし、創業時6人だったメンバーも、700人にまで拡大している。

 一見、順風満帆にも思える同社。だが。ほかのスタートアップと同じく多くのハードシングスに直面してきた。その中でも最大の失敗は、「人」に関することだと辻氏は振り返る。プロダクトに集中するあまり、働き方や価値観の異なるメンバーとの関係が崩れてしまったことも少なくない。そんな苦境をどのようにして乗り越えたのかを語ってもらおう。

 なお今回は、マネーフォワードの広報部長やリーダー職のメンバーにも参加してもらい、座談会形式で撮影を行った。次ページ以降は、辻氏とメンバーによるQ&A形式でお伝えしていく。

創業から2、3年は焦りしかなかった

――今日はよろしくお願いします。辻さんが起業して、一番大きかった失敗をお伺いする会になります。具体的なことをぜひ教えていただきたいと思っています。

 いっぱい、失敗ばっかりしているんですけどね(笑)。一番覚えている失敗は「人」に関することです。マネーフォワードは6人で創業して、今は社員数が700人にまで増えたんですけれども、創業から2、3年の頃は、焦りしかありませんでした。

(当時は)すごいブラック企業だったんです。もちろん本人たちは楽しくてやっているので、「やらされている感」はないんですけれども。何もないところから結果を出さないといけないし、プロダクトを作らないといけない。ただただユーザーだけを見て、すごい集中力でやっていこうと考えている状況です。

 創業当時のオフィスはワンルームでした。そこから移転して20人、30人とメンバーが増えてくると、当たり前なのですが、熱量や思いの違う人も入ってきます。ですが当時は、焦っていて「いろんな働き方や価値観があるんだな」と理解できず、「なんでここまでしかやらないんだろう」「なんなんだこのコミットのなさは」とイライラしてしまうことがありました。

――会社がつぶれるかどうかというところで戦っているのに、「この温度感の差はなんだ」となったということでしょうか。

 もちろん、みんなも「やらないと会社がつぶれる」とは分かっているんです。ですが、どこまでやるか、どこまでこだわるかというクオリティーは人によって違います。極めて能力が高いメンバーで会社をスタートしたので、(新しいメンバーとの間で)ギャップが生まれてしまいました。僕の要求の仕方も上手じゃなかったんです。怒りをぶつけるみたいになってしまいました。

「認めているから、期待している」と伝えられなかった

 相手のことを理解してないのに、怒りを押し付けるコミュニケーションになってしまった。すると関係がうまくいかず、退職してしまう。“ベンチャー”という船なんて、いつ沈むかどうかも分からないじゃないですか。ですが、「沈みゆく船から逃げるのか。仲間だと思っていたのに。最後まで頑張るって言ったじゃないか」と思ってしまったんです。寂しくなるじゃないですか。みんなで新天地を見つけるために新大陸に向かっていたつもりが、自分だけ飛行機で帰ってしまうのか、と。

 もちろん、退職って会社や経営者に不満があって起こることなので、つまりは経営者の力量不足なんです。今思えばそう言える話も、当時は自分のせいにできない焦りがありました。そういう怒りをぶつけて、相手を傷つけることがありました。

 ベンチャーって“スピード”しかないんですね。ヒト、モノ、カネ、すべてがなくて、スピードしかない。だから、そのスピードで負けたら会社がつぶれるという危機感がすごいんです。今思えば「あなたを認めているから、期待している」と伝えるべきなのに、「認めている」ということを伝えられていませんでした。そこはすごく反省しています。

 何もないベンチャーに来てくれる人なんて珍しいじゃないですか。だからこそ、その時の1人の存在がめっちゃ大きいんです。それで、すごい寂しさと焦りと悲しさと――そういうものが混ざって、感情をぶつけてしまっていました。感情をぶつけたらロクなことはないですよね。もうね。ひどいですよ。

――そういう摩擦があったときは落ち込むんですか。

 めっちゃ落ち込みますよ。しかも10人、20人のメンバーのうち1人が辞めると、開発が止まるんです。なんか、今立っている地面が抜けるみたいな感じです。恐怖です。

 あるときに役員から、「新しく入ってきたばかりのメンバーは、(社長が直接新人と話すような)フラットな組織だと分からない。それでいきなり社長から直接怒られたら3日で辞めますよ」と言われました。それから、注意をする際は、人を介して伝えるようになりました。

うちは「トップダウンな会社」じゃない

――いろんな価値観が入ってくる中で、あえて期待値を下げるということはあるんですか。

 おっしゃる通りで、みんなに高い位置を求めていたわけです。100メートルを20秒で走る人に対して「10秒で走れるだろう」と言っていました。もっといろんなトレーニングをしないと絶対無理なのに、「今すぐ10秒で走れ」と言ってしまっていました。自分でも走れないくせにね。

 だから、相手の能力とか立場というものをすごく意識するようになりました。当社はジョブグレードや組織貢献力という評価軸があるんですが、そういうものを意識しながら、「この人にはどう伝えたらいいだろうか」と考えています。実は上場後、人がちょっと抜けた時期があるんです。そのときにいろいろ考えました。

――ですが一方で、経営者は「そんなの気にしてられない」という気持ちも必要だと思うんですが。

 それはあります。ですが、そこには矛盾もあって。経営者はトップダウンでやらないといけない。でも人は腹落ちしないことには動かないじゃないですか。そこにもすごい説明責任があるんです。トップダウンな会社は楽だなとも思います。でもうちの会社ってそういうところじゃないですから。

――でも、トップダウンの組織に憧れている時期もありましたよね。辻さんの机の上にはいつも本が置いてあるんですけど、あるとき独裁力(木谷哲夫『独裁力』(ディスカヴァー・トゥエンティワン))って本がありました。

 しかもね、間違えて同じ本を3冊買っていました。

――どんだけ独裁(笑)。

 独裁って、仕組みでできるんですよ。だからそれは勉強になりましたよ。

――その仕組みはなぜ取り入れなかったんですか。

 うちには向いてないなと思ったんで。文化が違うんです。

 でもたまにトップダウンに憧れます。たとえば当社が、「MFクラウド」というBtoB向けブランドの名前を「マネーフォワードクラウド」に変えたじゃないですか。

 あのときはもうね、めっちゃ反対意見が来ました。僕はブランドに対しての理解や会社の立ち位置、世の中からどう見られてるか、戦略がどうか、そういうことを総合的に考えて、「ブランド名を変えるべき」と意思決定をしました。

 ですがそれを……たとえば新卒の子に理解してもらうためには、僕が持っている情報を全部渡して、理解してもらわないといけない。かといって、説明しないわけにはいかないですから、大変でした。

怒りをぶつけることは、相手の怒りしか生まない

――昔怒りまくっていたという辻さんを、「想像つかない」と言う社員も多いです。そこは明確に変えられたんですか。

 変えましたね。怒りをぶつけることは、相手の怒りしか生まないんです。僕は、怒りをぶつけたいわけじゃなくて、問題を解決したいだけなんです。なのに、感情が先走ってしまっていた。これはもう、経営者として失格だと思ったんです。このやり方は長続きしないし、組織が大きくなる上で、これでは誰もついてこなくなる。コミュニケーションを変えるべきだと思いました。

 (気合を入れて)「行くぞー!」と言うときには感情を出すんですけれども、負の感情は出す意味がないなと思ったタイミングがあったんです。そこからコミュニケーションの方法が変わった気がします。

――なんとなく辻さんに退職の意思が漏れ伝わって、退職をやめたような人はいますか。

 もちろん、それはいます。

――何を言ったらその人はとどまったんですか。

 辞める理由が、「会社のステージが変わったから」といった場合はもう仕方がないですよね。もっと小さいベンチャーに行きたいとか。

 でも、十分に活躍できていないとか、不満があるというときは「じゃあ、こういうポジションはどう?」といった提案をすると、「別にマネーフォワードが嫌いなわけじゃないから、続けたいです」と言ってくれることがあります。

 僕がすごいハッピーなのは、会社が大きくなったので、社内に異動先があることです。それがすごい。BtoBの事業もBtoCの事業もあるし。グループ全体では、小さい会社も大きい会社もあるんで。それはすごくいいことだなと思っています。

“怒り”が生まれる理由は「期待値とのギャップ」

――怒っちゃいけないのは分かっている。でもなぜ怒ってしまっていたんでしょうか。

 大体の怒りを分析したら、理由はやっぱり「期待値とのギャップ」なんですよね。高い期待をしているのに、低いアウトプットだったとき、本人はこの辺(高い期待より、少し低いあたり)だと思っているんですよ。だから、「(自分のアウトプット高さで)なぜ辻さんは怒っているんだろう」と感じている。

 これを解消するすごくいい方法が1on1なんですよ。1on1ミーティングはやっぱすごい。毎月お互いのギャップを埋めていく作業によって、相互コミュニケーションの回数を増やしていくと、お互いの期待値のギャップが縮まっていきます。

 もう1つ、怒りって「信頼関係の欠如」からも生まれます。ではその信頼関係とは何かというと、やっぱり過ごした時間の長さが結構大きいんですよね。大企業やすごい勢いで伸びてる会社って、社長はむちゃくちゃであっても、その下でエグゼキューションするメンバーとの信頼関係がすごいんですよ。それって過ごした時間――よくゴルフに行ったり、一緒にメシを食ったりしていて。そういうことが大事なんですよね。

 前者の期待値は1on1でかなり解決できます。後者の信頼関係は、互いの人間性を理解する必要があるんで、一緒にいる時間を増やします。僕らは、経営会議を月2回、2時間くらいかけて、メシを食いながらやるんです。特にトピックも決めずに、「最近どう?」みたいに話す。そうするとみんなボロボロと課題が出てくるんです。食事や夜のお酒は結構大事。そういうものの回数を増やすと信頼関係が作れるので、怒りが生まれる土壌が減るんです。

 あと経営者は……最後はもう、「成長がすべてを癒やす」です。事業が成長するかどうかですよ。事業が成長していたら、いろんなものは癒やされます。何のために事業をやっているのか? このままみんな経営者の言っていることに従っていたら僕たちはハッピーになるのか? メンバーは絶対に見ています。そこで信頼されることがすごく大事だと思っています。

――そんなメンバーへの信頼関係、「愛の伝え方」について教えてください。

 そうですね。やっぱり経営者としての愛の伝え方はコミュニケーションすること。そして賞与や金銭的報酬と、組織のプロモーション的な報酬や評価ですよね。評価をきっちりフェアにするというのはすごく大事だと思っています。

勝てる勝負かどうかを見極めるのも経営者の役割

――若い人に責任を与えるのも愛なんでしょうか。信頼と愛を同時に伝えるというか。

 そうそう、権限委譲ですよね。でも権限委譲は僕の中ではまだ試行錯誤なんです。いっぱい失敗してきたので。権限委譲は手段であって目的であってはいけません。僕らは経営者として、事業をうまくやることが責任なので、その手段として機能するなら、権限委譲をしましょうと。

 たとえば10の能力の人に100の仕事を与えたら壊れてしまいます。だから10の能力の人に12くらいの仕事を与える。そうすると、ストレッチしてくれてうまくいくんです。その人の能力と環境、そしてやってもらう課題の大きさを適切に判断して権限を委譲しないと、逆につぶれちゃうところはあります。

 でも本当にね、結局は人なんです。課題があるチームに、会社にフィットして能力が高い人が来れば、それで課題は終わるんですよね。僕たちが採用に力を入れているのも、人が一番大事だと思っているからです。チームを強くしていくしかないので、能力ある人を採用して、適切なポジションに就いてもらうことが、「回る仕組み」を作るのに一番早い気はします。

 組織の力が100しかないときに200の課題をやれば、どうやっても失敗します。もう無理なんですよ。だから、チーム力がないと勝てない。根性でどうこうしても無理なんです。冷静に勝てる勝負かどうか見極めるのも経営者の役割な気がしています。

意思さえ強く持てば、会社はやっていける

――20人くらいのとき、本当に追い詰められていた状況があると思うんです。その話を改めてお伺いしてもいいですか。

 僕らの場合、プロダクトを作ってもマネタイズにはすごい時間がかかるんです。まずそんなP/Lも立ってないし、キャッシュばっかり出て行くし、目標に到達できなければ会社は倒産するし……。

 いまだに覚えていますけれど、当時会議室もないオフィスだったんで、喫茶店で会計士の先生と話していたことがあるんです。

 当時は僕も焦っていて、「もう(会社は)ダメかもしれません」って言ったんですよ。お金もないしサービスもうまくいかないし……と。そしたら先生は「会社はつぶれないんだ」と言いました。会社に入ってくれた人に頭を下げて辞めてもらって、創業メンバーなど残る人だけ残って、給料をゼロにしたら会社はつぶれないんだと言うんです。

 今考えたらむちゃくちゃな話なんですけれど、なぜか僕はそのときすごく救われたんですよ。あ、そうか。会社をつぶすっていうのは「意思」なんだと。自分が意思さえ強く持てば会社はつぶれなくて、なんとかやっていけるんだって思ったんです。

「2カ月でお金がなくなりますよ」

――「つぶしちゃいけない」という気持ちが強かったってことですね。

 そう。つぶしちゃいけないし、このままだとダメだと思って。もう真っ暗闇にいる感じですよね。僕らが唯一成功する方法は、プロダクトを世の中に出してユーザーさんに認めていただいて、お金払っていただくことしかなかったんです。今もそうですけど。

 あともう1つ話があります。僕らの一番大事にしているバリューって「ユーザーフォーカス」なんです。ユーザーさんに受け入れられるプロダクトを作らないと僕らは存在できないと思っているので、それだけ集中して、ユーザーだけを見て、とにかくユーザーが使うサービスを作ろうと。

 ですが当時、そのことばかりに注力しすぎて、お金のことを忘れてたんですよ。CFOとして来てくれた人間がいるんですが、あるときその彼に会議室に呼び出されて、「2カ月でお金がなくなりますよ」と言われました。

 うそみたいな話ですけれども、自覚がないんですよ。もうプロダクトに集中しているから。そこから本当に会社がつぶれるかもと思って、必死にVCさんに会いまくって、なんとかギリギリ資金調達が間に合いました。

 これもう笑い話ですけれど、本当にお金が振り込まれるかどうか分からないから、払込日に、恵比寿の銀行のATMで、ずっと通帳の記帳をしていました。何回も何回も……。

 やっと通帳に記載された金額を見て、「生き残ったー!」と思ったのをいまだに覚えています。本当に何回も記帳に行きました。怪しい人ですよね。それはすごく覚えています。スタートアップには、そういうハードシングスが結構あると思うんですよ。言っても格好悪いんで、あんまり言わないんですけど。

 あと僕たちは、いいメンバーが来てくれて、資金調達やプロダクト作り、デザイン、営業と強くなっていった。本当にいい人が来てくれれば、生き残れるかどうかが変わりますね。

不安に耐えるのではなく、仲間とシェアすればいい

――コミュニケーションの問題は信頼と期待値だという話がありましたが、次の世代の起業家は、それをどう学んでいくべきでしょう。

 僕がたかだか(起業からの)7年で学んだことなんで、参考なるかどうか分からないんですけど。起業家って不安だと思うんですよ。みんな辞めていくかもしれないし、プロダクトもうまくいくか分からない。不安との戦いなんですけど、負の感情をメンバーにぶつけてもロクなことはないんです。不安に耐える必要はないので、シェアすればいいと思うんですよ。

「こういうことで不安に思っている」と話せば、みんなうすうす分かっているから「そうだよね」となる。「じゃあここは僕が助けようか」と話し合うことで、“共通の前提”が生まれてチームになっていくんです。チームとして強くなっていって、信頼関係ができて、お互い理解し合うと期待値も合ってくるので、「この人はこれが得意だから頼もう」とか「これは苦手だからこっちでやろう」となります。

 不安を隠すとか、怒りをぶつけるんじゃなくて、不安を共有して信頼してやるっていうのが、本当は結局うまくいく一番の近道です。あんまり感情をぶつけるとか、自分1人でやらないといけないと思いすぎないほうがいいんだと思います。

辻 庸介(つじ・ようすけ)
マネーフォワード代表取締役社長 CEO
京都大学農学部を卒業後、ペンシルバニア大学ウォートン校MBA修了。ソニー株式会社、マネックス証券株式会社を経て、2012年に株式会社マネーフォワード設立。新経済連盟の幹事、経済産業省FinTech検討会合の委員を歴任。