
- ECコンサルタントを経て、29歳でキャピタリストに転身
- 新しい産業を作る起業家を創業前から伴走支援
「最初の伴走者として、創業直後はもちろん創業前の起業家を積極的にサポートしていきます。事業プランの立案からチーム組成、ファイナンスまで一緒に手を動かしながら、汗をかきながら起業家を後押ししていくことで、自ら新しい投資案件を創出するようなチャレンジをしていきたい」
そう話すのは前職であるインキュベイトファンドを経て、新たに独立系ベンチャーキャピタル(VC)「ゼロイチキャピタル」を立ち上げた種市亮氏だ。
同社では2021年5月にゼロイチキャピタル1号投資事業有限責任組合を設立し、インキュベイトファンドLP投資事業有限責任組合から約5億円の出資を得た。今後は最大で10億円規模のサイズを目指していくという。
主な投資対象は創業前からシード期のスタートアップで、1社あたり平均3000〜4000万、15社程度への投資を見込んでいる。特に“ゼロイチ”という社名にもある通り、起業前や起業を検討しているような人材と積極的にディスカッションを重ね、一緒に事業を立ち上げる段階から伴走していく計画だ。
領域については大学や研究機関の研究成果の社会実装を目指す研究開発型のスタートアップとインターネットスタートアップ双方へ投資していく。
直近では新型コロナウイルスの影響で人々の価値観や行動に変化が生まれているほか、SDGsの実現などに向けて企業の意思決定が変わりつつある。このような変化により「各セクターで歪みや新たな機会が生まれている」(種市氏)からこそ、社会に大きな変革をもたらすテーマにゼロから取り組む起業家を支援していくという。
具体的には以下のテーマを重点的に扱っていくそうだ。
- E-Commerce(Eコマース)
- Entertainment(エンターテインメント)
- Digital Health(デジタルヘルス)
- Industry Dx(産業の高度化・効率化)
- DeepTech(ディープテック)
ECコンサルタントを経て、29歳でキャピタリストに転身
種市氏がVCとしてのキャリアをスタートさせたのは29歳の時。新卒入社した楽天のCVC部門である楽天キャピタルの立ち上げ期に異動し、スタートアップ投資に関わるようになった。今は20代前半でVCに関わるような人も珍しくないこともあり、「VCとしては比較的遅いキャリア」(種市氏)だ。
楽天に入社したのも、当時からインターネットやベンチャーにものすごく興味があったからというわけではない。もともと就職活動時にはスポーツ系のライターになりたかったこともあり、卒業後は地元青森県の新聞社に進む予定だったそう。ところが卒業前に同じ単位を2回取得していたことが発覚し、留年が決まってしまい進路の変更を余儀なくされた。
結果的には秋採用の枠で、外国籍のメンバーや留学帰りのメンバーがほとんどを占める中、楽天に入社することになる。
「学生時代、地元に帰ると(商店街などが)どんどんシャッター街になっていくことに危機感を持っていて。地元を盛り上げる1つの手段として『楽天市場』のようなECマーケットプレイスを通じてエンパワメントできないか、という思いは当時からぼんやりながら持っていました」(種市氏)
入社後の約5年間はECコンサルタントとして出店企業のサポートをした。顧客の楽天市場内での売上をいかに最大化できるか。戦略を一緒に練りながら「今でいうカスタマーサクセス職に近い立場」で顧客に寄り添った。
実は当時ECコンサルタントとして感じていた仕事のやりがいと、現在VCとして感じているやりがいは近しいという。
「経営者やそれに近い立場の人たちと同じ目線に立ち、外部のサポーターとして伴走する。しかもそれを1つの会社だけではなく、同時並行で複数社を支援できる。そこにECコンサルタントとしての仕事のやりがいを感じていました」
「ただ、その後楽天キャピタルに行ってVCの仕事を知った時、キャピタリストになればこれまで自分が考えていた以上の伴走ができると思ったんです。楽天の持つさまざまなアセットを使って投資先に寄り添える。誰かに伴走するという仕事の中で、最も自由度が高く、なおかつ本質的な伴走ができるのがキャピタリストなのではないかと」(種市氏)
種市氏は楽天キャピタルに在籍した約1年半で2社へ投資を実行した後、2018年4月に前職のインキュベイトファンドにアソシエイトとして参画。パートナーの村田祐介氏と共に新規投資先の発掘や既存投資先の支援、他社アクセラレーションプログラムの支援などを行った。
独立系VCへの転職を決めたのは「目の前のスタートアップに対して、自分自身が手を動かしながらあらゆる支援ができうる」と考えたから。楽天キャピタルのようなCVCは会社のアセットを活用できるという利点がある反面、投資対象や支援内容などに制約が生まれる可能性もある。異なる環境の独立系VCでキャピタリストとして挑戦したいという思いもあったという。
インキュベイトファンドの村田氏は2017年にForbes Japanの「JAPAN's MIDAS LIST(日本で最も影響力のあるベンチャー投資家のランキング)」で第1位を受賞するなど、当時から名の知れたキャピタリストだった。「彼のもとで学んで、一人前になっていきたい」ーー。そう決意し、種市氏は2018年に同社の門を叩いた。
新しい産業を作る起業家を創業前から伴走支援
インキュベイトファンドでの3年間ではピクシーダストテクノロジーズ、AIメディカルサービス、Linc'well、TERASSなど約30社の出資先企業の支援を担当。並行して年間500名を超える創業前後の起業家と面談を実施し、アイデアの壁打ちや事業プランのディスカッションも行った。
特に認定VC担当者として携わっていた新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を筆頭に、研究開発支援機関や各地のコワーキングスペース、各社のアクセラレーションプログラムと連携し、「最初の壁打ち相手」として積極的にコミュニケーションをとることに力を入れてきたという。
たとえばNEDOの場合には支援プログラムに採択される前後の研究者と共に、事業化に向けたプランのブラッシュアップから伴走。その出会いを起点として、最終的にインキュベイトファンドからの出資が決まった案件も4件ある。
すでにゼロイチキャピタルの1号案件として出資が決まっている宇宙関連スタートアップのPale Blueもそのうちの1つだ。
近年創業期のスタートアップの資金調達環境は大きく変わりつつある。IPOやM&Aを経験した経営者を中心にエンジェル投資が活発になってきているほか、VCの増加・ファンドサイズの拡大といった動きも見られる。
ゼロイチキャピタルのファンドサイズは決して大きいものではないが、前職時代に培った知見や繋がりも活用しながら、ゼロから案件を創出することで自らのポジションを確立することを目指すという。
「タイミング的に、今は市場に大きなチャンスがあると感じています。直近の新型コロナウイルスの影響に加えて、気候変動を始め社会が大きく変化し始めている。これまでの価値観や基準とは異なるライフスタイル、産業のあり方が生まれていけば、そこにはスタートアップがトライしているテーマがたくさんあると思うんです」
「たとえばSaaSやAIのようにメガトレンドになりつつある領域は、VCだけでなく機関投資家やPEファンドも含めて大きな資金を調達しやすい状況になってきています。自分のようなシードVCとしては同じようなテーマに投資をするのではなく、(投資を通じて)次のイノベーションのテーマや新しい産業を作ることにトライしていかなければいけない。特にディープテックにシードで投資をするプレーヤーはまだまだ少ないですが、そういった起業家にも積極的に投資をしていきたいと考えています」(種市氏)