広州市の隔離地域で導入された自動運転バス
広州市の隔離地域で導入された自動運転バス(広州市の広州衛生委員会の公式サイトより引用)
  • 隔離地域を除けば、大きな混乱は起こらず
  • WeChatやAlipayとひも付く健康コードでリスクを管理
  • 大手テック企業に加え、地元発企業による自動運転システムが活躍

日本でも報じられている通り、中国広東省の省都・広州市の一部地域でコロナイルスの感染被害が再確認されている。中国における感染症予防対策は大胆な対応で知られており、今、広州市では自動運転技術やドローンを用いた物資の輸送がスタートしている。現在も広州市に勤務する筆者が、現場の状況を伝える。

隔離地域を除けば、大きな混乱は起こらず

広州市は、日系の大手自動車メーカーが集中しており、日本企業にとって重要な戦略拠点だ。貿易展示会の「広州交易会」の開催をはじめ、中国の海外貿易の窓口と知られてきた巨大都市だ。人口約1600万人の広州市には、10万人を超えるアフリカ系住民やインド系住民、日本人も日系企業勤務者を中心に約1万人を超える滞在者を数えるなど、北京や上海と並ぶグローバル都市といえる。

6月4日現在、人口約1900万人の広州市と隣接する人口約900万人の佛山市、合計2800万人(いずれも2020年)の大都市圏での感染者数は70人前後と確認されており、感染者が滞在していた地域では居住区の完全隔離や交通封鎖が始まっている。地下鉄駅の出入り口封鎖のほか、該当地区住民の一斉PCR検査も開始されている。72時間以内の健康検査が終了していない場合は、高速鉄道駅や飛行場に入場できない。

筆者が見る限り、全体として市内の様子は落ち着いて対応しているように思える。もちろん「外出を控えるべき」という意識はあるものの、会社への出退勤や日常生活は滞りなく営まれており、筆者の周りでも混乱や問題は発生していない。

役場近くで急遽設けられたPCRの検査会場
役所の近くで急遽設けられたPCRの検査会場

WeChatやAlipayとひも付く健康コードでリスクを管理

今回広州の隔離地域、特に住宅地や下町が集中している荔湾(リーワン)区に投入されているのは、中国のテクノジー企業が投入した無人運転車両たちだ。広州市の感染症対策として、現在市内の中リスク地域に40分以上滞在すると、滞在者も感染症の隔離対象者と分類されることがある。

筆者の健康コード、上記緑色が状況によって変色する。下の72時間はPCR検査の有効時間。画像は加工済み
筆者の健康コードのスクリーンショット。上記緑色が状況によって変色する。下の72時間はPCR検査の有効時間。画像は加工済み

これは全市民がコミュニケーションアプリの「WeChat」や決済アプリの「Alipay」とひもづけて使用しているデジタル健康コード(健康码)で使用者の位置情報を取得し、管理しているためだ。

デジタル健康コードの表示は、健康であることを示す「緑」から、対象地域へ滞在したことが観測される「オレンジ」、さらに感染が確認された「赤」とカラーが変わる。

このデジタル健康コードでの追跡対象は現地の住民だけではない。隔離対象地域へ物資を運搬するトラックドライバーもその対象となる。対象地域に滞在したことでオレンジ色へ健康コードが変化してしまうと、ドライバーへの社会生活への負担が増加してしまう。

大手テック企業に加え、地元発企業による自動運転システムが活躍

この危機に対応するために現在進行形で活躍しているのが、各企業が実験してきた無人の自動運転車両たちだ。6月4日の広東省の大手通信社である中国南方網の報告によると、すでに複数企業の自動運転車両が広州市の現場に導入されている。

検索エンジンを中心とするデジタル企業である百度(Baidu)が開発した無人運転システム「Apollo」、ネット通販を展開する京東商城(JD.com)が無人倉庫物流から発展させた無人車両など大手企業も活躍しているが、無視できないのは広東省広州市を中心に成長してきた地元のハイテク企業・文遠知行(WeRide)億航智能(EHang)だ。

WeRideは2017年設立の企業で、開発や実験の場として本社のある広州市に根付いて活動してきた。日本では決して名の知れた存在ではないが、2021年2月には広州の郊外の黄浦区とバイオ企業が集中する生物島で、一般消費者も試乗できるレベル4段階(非常時には人間のドライバーが危機対応)の無人運転タクシーサービス「RoboTaxi」を開始している。

アプリによる呼び出しで無人運転を体験できる「RoboTaxi」
アプリによる呼び出しで無人運転を体験できる「RoboTaxi」

今回WeRideは、隔離地域向けに物資を届けるための自動運転バスを提供している。隔離地域外で物資を乗せたバスは隔離地域まで自動で移動し、到着地点で住民が物資を棚卸しする。そののち、バスは再び隔離地域の外まで移動する。

WeRideのウェブサイトのスクリーンショット。画面左の自動運転バスが、今回隔離地域向けの物資輸送に使われている
WeRideのウェブサイトのスクリーンショット。画面左の自動運転バスが、今回隔離地域向けの物資輸送に使われている

広州市発のドローン企業である億航智能(EHang)も無人運送の期待の星だ。すでに北米のNASDAQで上場している同社は、自動運転で空を飛ぶ都市型交通であるドローンタクシーを開発。まだタクシーとしての民間利用はこれからだが、今回の広州市だけでなく、僻地での宅配便や医療用品の緊急配送などで、中国全土13の地域での運用がはじまっている。

EHangのドローンのデモ

こういったハイテク企業の活動を伝えるのは、中国で人気のライブコマースの延長ともいえる、ライブ技術だ。前述の中国南方網をはじめとしたウェブ・紙メディアは、テレビの放送網を持っていない。だが自社のライブチャンネルを通じて広州の状況を生中継して伝えている。中継には、ドローンを活用した動画も採用されている。

現在隔離地域では約18万人が生活している。普段であれば人間を運んでいた無人運転のバスが、ドローンが、タクシーが次々と隔離地域の市民を支えるために現場に投入されつつある。各種報道によると、自動運転バスを活用して1.4トンの米、2.9トンの食肉、16トンの野菜が隔離地域に運び込まれているという。

日本のテック業界では、中国でも深圳や北京などの事情に注目が集まりがちだ。広州はこれまで、自動車や設備機械など重厚長大な産業の印象も強かった。だがWeRideやEHangのように、日本人が知らない気鋭企業が、テクノロジーで人々の生活を支えつつある。