
- ベンチャー企業への出資を民主化する
- 独自の審査フローで案件を厳選、通過率は約5%
- 未上場株を「買う」だけではなく、「売買できる」場所へ
個人投資家がインターネットを介して未上場のスタートアップなどに出資ができる「株式投資型クラウドファンディング(以下、CF)」が徐々に普及し始めている。
株式投資型CFは、個人が10万円程度の少額から未上場企業に投資できるのが特徴。リターンとして商品やサービスを得られる購入型のCFなどとは異なり、気になる企業の普通株式や新株予約権を取得した上で“株主”として応援する。
日本では2015年5月に金融商品取引法が改正されたことで解禁となった比較的新しい仕組みではあるものの、「FUNDINNO」や「イークラウド」、「CAMPFIRE Angels」など複数のサービスが立ち上がってきた。企業側の年間の調達可能総額は1億円未満となっており、実際に株式投資型CFを通じて数千万円規模の資金を調達する企業も少なくない。
中でも国内においては先駆者といえるFUNDINNO運営元の日本クラウドキャピタルは早くから株式投資型CFに着目し、2017年4月に最初の案件を公開。2021年5月末時点でユーザー数は約6.6万人、成約したプロジェクトの数も約170件にまで増えている。
その日本クラウドキャピタルは6月16日、さらなる事業拡大に向けて複数の投資家を引受先とした第三者割当増資を実施したことを明らかにした。この調達は2020年11月から実施してきたもので、すでに発表済みのものも含めて期間内の調達総額は約21.7億円。2015年の設立以来の累計調達額も35億円を超えた。
<本ラウンドの第三者割当増資の引受先>
- いよぎんキャピタル
- i-Lab5 号投資事業有限責任組合
- 加賀電子
- 菊池製作所
- ちばぎんキャピタル
- 野村ホールディングス
- 東急
- Birdman
- Macbee Planet
- PE&HR
- Sun Asterisk
- VOYAGE VENTURES
- その他、機関投資家および個人投資家
野村ホールディングスとは業務提携も締結。新規の案件開拓などの面で同社と協業していく計画で、地銀系のベンチャーキャピタルなどとも同様の取り組みを模索していく構えだ。

ベンチャー企業への出資を民主化する
「創業前からスタートアップの環境を良くしていきたいという思いがありました。(そのための手段として)当時から着目していたのが、個人投資家からのベンチャー企業への出資を解放すること、民主化するということでした」
日本クラウドキャピタル創業者で代表取締役CEOを務める柴原祐喜氏は、事業を始めた理由をそのように話す。
リスクマネーの供給量が少ない、非上場株に関する情報の非対称性が大きい、非上場株の流動性が乏しい──同社ではスタートアップ企業を支援していく上ではこの3つが課題になると考え、それぞれについて解決策を開発している。
リスクマネーの供給量については「個人やVCを始めとする投資家からスタートアップへ流れる金額が中国やアメリカなどと比べても少ないことに加え、それらの資金がある程度不確実性の低いミドル・レイター層のスタートアップに集中している状況」(柴原氏)だ。
それに対して日本クラウドキャピタルが用いたアプローチはリスクマネーの循環構造を変えるというもの。主力事業であるFUNDINNOを通じて、個人投資家が10万円程度からという金額感で非上場企業に直接投資ができる体制を日本でいち早く構築した。
始めた当初は「日本にはリスクを負ってベンチャー出資するような個人投資家はいない」「ビジネスとして成り立たないのではないか」と言われることも多かったが、年を重ねるごとに事業も成長している。
企業側の調達額の合計は2019年10月期が約9億円、2020年10月期が約15億円、今期は30億円を見込むなど着実に実績が積み上がりつつある。新規の個人投資家の数も19年から20年にかけて5倍近くまで膨らんだ。

独自の審査フローで案件を厳選、通過率は約5%
事業を進める上では“目利き”にもこだわってきた。FUNDINNOでは投資家としてユーザーが登録する際に審査はあるものの、“エンジェル投資家”としてスタートアップへの投資経験が豊富な人はほとんどいない。案件数だけを追いかけて申し込みがあった企業を無条件に掲載してしまえば、ユーザーが不利益を被る可能性もある。
そこでFUNDINNOは初期から独自のプロジェクト審査フローを構築してきた。会計事務所とタッグを組み、大きく2段階の審査を行う。まずは事業計画書などを軸に対象企業の財務面やビジネスモデルを掘り下げる。売上高や販管費を細かく因数分解し、「案件化会議」を通じて各プロジェクトの妥当性を入念にチェックする。
第2段階では「審査会議」において、金融商品取引法に沿った審査・リスクの洗い出しを実施。FUNDINNOに掲載されるプロジェクトは、この一連のプロセスを通過した案件のみだ。柴原氏の話では通過率はだいたい5%程度なのだという。
この審査フローを採用していたため、当初は案件を集めるのにかなり苦戦した。「1件目をサイト上に出した後、次の案件を公開できるまでに3カ月くらいかかってしまうなど本当に大変でした」と柴原氏は当時を振り返る。
一方で案件を吟味することにより、解散・倒産企業の件数を抑えられたという利点もあったという。現在までにFUNDINNOで成約した企業の解散・倒産件数は4件。これがユーザーだけでなく、今回日本クラウドキャピタルに出資した投資家陣からの評価にも繋がったという。
また同社ではFUNDINNOと並行して、2019年より未上場企業の業務効率化を支援するクラウド経営管理ソフト「FUNDOOR」の提供を始めた。

FUNDOORには事業計画や資本政策など資金調達に関連する書類の作成をサポートする機能に加えて、株主名簿の管理や株主との書類共有、コミュニケーション(IR)を円滑化する機能を備える。
作成したデータを株主に簡単にシェアできれば「非上場株に関する情報の非対称性が大きい」という課題の解決にも繋がる。そのような考えから立ち上げた同サービスはコロナ禍にオンライン株主総会のニーズが広がったことなども影響し、約1300社が登録しているという。
未上場株を「買う」だけではなく、「売買できる」場所へ
日本クラウドキャピタルでは今回調達した資金を活用して組織体制を拡充し既存事業を強化するほか、新サービスとなる未上場株のセカンダリーマーケット(個人間で売買できる流通市場)の構築にも取り組むという。今後さらに国内で株式投資型CFを広げていくべく、特に「投資(案件)の多様化とエグジット手段の多様化」を進めていく方針だ。
柴原氏によるとFUNDINNOの初期ユーザーは富裕層が中心だったものの、ユーザー数の拡大に伴ってユーザー層自体も徐々に広がってきた。
「ギラギラしたスタートアップが好きな人もいれば、ESG投資への関心が高い人もいます。また下町ロケットのように新しい挑戦をする中小企業の案件も人気です。自分たちは非上場株式市場全般を捉えているので、スタートアップ関連企業だけでなく、低成長で今までは投資対象として不向きであると考えられていたような企業も扱うことで、投資家の多様化に対応していきたいと考えています」(柴原氏)
そこで重要になるのが、現在開発を進めているセカンダリーマーケットだ。
通常スタートアップの投資家は投資先がIPOやM&Aをした際に、自身の持つ株式を売却することで利益を得る。ただFUNDINNO上に「そもそもIPOを目指さない、もしくはIPOまでにかなりの時間を要する」タイプの企業が増えていけば、別のエグジットの手段も必要になるだろう。
柴原氏によると、早ければ9月頃にも未上場株を個人間で売買できるプラットフォームをローンチする予定。「投資家に対して今までは未上場ベンチャーの株が買えますよと伝えていましたが、今後は(買うだけでなく)売買できますよという世界観を実現していきたい」という。
未上場株を売買する仕組みにはすでに株主コミュニティ制度が存在するが、そのやりとりにはアナログな部分も多い。日本クラウドキャピタルとしてはユニークな未上場企業の株式を、オンライン上でスムーズに売買できる場所を目指していく。
「IPOを目指さなくてもエクイティファイナンスを実現するような会社を増やしていきたい。たとえば近年は社会的な課題の解決に挑戦する企業が増えていますが、成長曲線を考えると大きく成長するような分野は意外に少ないのかなという印象も受けています。(短期のIPOやM&Aの展望を示せない時でも)セカンダリーマーケットが存在すれば、長期軸で応援してくれる投資家が集まってくれる可能性もある。株式投資型CFと組み合わせることで、資金調達を検討する企業の多様なニーズにも応えていきたいと考えています」(柴原氏)
サービスローンチからは約4年が経過したが、日本で株式投資型CFをさらに広げていくためにはまだまだ乗り越えるべき壁も少なくない。イギリスやアメリカを筆頭に海外と比べると市場規模も小さく、規模を拡大していくには法制度の見直し(年間の調達上限額や投資家の投資上限金額など)が必要な場面もありそうだ。
またクラウドファンディングを実施した企業を後押ししていくという観点で、VCや事業会社との連携も欠かせないという。特に日本で株式投資型CFが増え始めた頃、「CFで資金調達したスタートアップがその次のラウンドで(VCからの)資金調達に苦戦する」という話を何度か耳にすることがあった。
案件の妥当性はさておき、これには「多数の個人投資家が入っていることで反社チェックが難しい」など、いくつかVC側にとっての懸念点があることも理由となっている。
柴原氏自身もそれについては以前から認識していて、法体制に基づいたチェック体制を強化してきたほか、2019年から「FUNDINNO型新株予約権」の取り扱いを始めるなど、VCとの連携を見据えた仕組み作りも行ってきた。
今でも懸念を示されるケースはあるというが、徐々にVCからも共感してもらえるようになってきたとのこと。「プラットフォーマーとして常に中立な立場を貫く」(柴原氏)というスタンスを維持しつつ、連続した資金調達環境の整備に向けて外部のプレーヤーとの連携も進めていく構えだ。