
- 海外に遅れを取る国内スタートアップM&A、国も後押しへ
- 未上場スタートアップの「成長手段」としてのM&A
- Win-Winの関係が作りやすい、M&Aからの子会社IPO
- SaaS企業が牽引する市場で、M&Aは「必修科目」になる
国内スタートアップを対象としたM&Aが近年、増加傾向にある──EY Japanの分析によれば2016年時点で53件だったM&Aの数が、2019年には95件に増加。2020年はコロナ禍だったにも関わらず90件と堅調に推移している。
それに伴い、M&Aの内容も多様化している。未上場スタートアップが“成長手段”としてスタートアップを買収するほか、最近ではM&Aで大企業の傘下に入ったスタートアップがIPOを目指す「2段階イグジット」といった方法も生まれている。
かつては、M&Aに対してマイナスイメージを持つ人も多くいたかもしれないが、が、ここ数年でそのイメージは変化。M&Aが企業の「成長戦略」として株式市場から認められるようになってきているのだ。
実際、上場ベンチャーを支援するグロース・キャピタルが一橋大学と共同で2021年3月に公開したレポートによると、エクイティファイナンスの案件を資金使途別に見ると、M&A目的でファイナンスした企業の30.39%は、発表から120取引日が経過した時点で株価上昇している。これはその他の資金使途でファイナンスをした場合の株価上昇を合計した値(22.94%)を上回っている。
筆者はオンラインM&Aプラットフォーム「M&Aクラウド」を展開しているが、売り手・買い手ともにM&Aという手段を成長のための戦略として捉えるプレーヤーが増えてきているように感じている。
国内のM&Aを取り巻く環境がどのように変化しており、今後どうなっていくのか。日本のM&A市場について解説していく。
海外に遅れを取る国内スタートアップM&A、国も後押しへ
2021年4月に、経済産業省がまとめた「中小M&A推進計画」では、初めて「成長志向型」のM&Aについて言及があった。そこには中小企業の成長戦略の観点から、自社より大規模な事業者の豊富な資源を活用するための“ポジティブなM&A”が注目されている、と書かれている。
その背景には国の危機感もあるのだろう。実際、JETRO(日本貿易振興機構)が2020年にまとめた「世界の地域別スタートアップにおけるエグジット(イグジット)の傾向」を見ると、米国(90.2%)、東南アジア(93.2%)、インド(97.8%)と9割以上がM&Aであるのにに対し、日本は33.0%と圧倒的に少ない。GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)など、世界的なテックカンパニーがM&Aによって成長を遂げているトレンドからは、だいぶ遅れている数値だ。
そういった背景もあり、それは経産省に限らずさまざまな省庁の政策には「オープンイノベーションを進めたい」という意向が見て取れる。さらにスタートアップ側も、M&Aへのモチベーションも高まりつつある。前出の数値では、M&Aでイグジットしない日本のスタートアップの割合は67%となっており、すべてとは言わないが多くのスタートアップはIPOによるイグジットを目指すことになる。
世界取引所連盟(WEF)によると、日本の上場企業数は3700社と世界で最も多い。しかしながら、市場からの評価が低く、上場時が株価のピークとなってしまう「上場ゴール」と揶揄(やゆ)される企業もあり、小規模な上場は国際競争力を失わせるという指摘もある。
実際、時価総額300億円以上で上場しなければ、機関投資家の投資を受けづらい。そうなると上場後の成長が描きづらいことは、ミクシィ元代表取締役で現在投資会社シニフィアンの共同代表を務める朝倉祐介氏も「ポストIPO問題」として語っている。

未上場スタートアップの「成長手段」としてのM&A
そうした背景がありながらも、ここ数年でスタートアップも“成長するため”にさまざまな手段を模索している。かつてはオーナーシップを重視し、成長のために株式を手放す選択肢は一般的ではなかった。しかし、事業の成長や社会的なインパクトを重要視する起業家が増加する中、「M&Aでも良いのではないか」と意識が変化してきている。
例えば2021年4月、YouTuberをはじめとするクリエイタープロダクション事業などを手がけるBitStarがD2Cブランドを手がける「FASHIRU(ファシル)」と「JISTORY(ジストーリー)」の2社を買収した。インフルエンサーやD2C領域のスタートアップはすでにレッドオーシャン化しているので、M&Aを活用することで頭ひとつ抜きん出た存在になろうとした結果だと筆者は考えている。
市場の課題が明確な領域は、スタートアップが乱立しやすい。その結果、競争が激化し、純粋なプロダクトの力のみで市場を取りに行くことは難しくなっている。
例えば、HRTech領域では採用管理システムを手がけるスタートアップのイグナイトアイとインフォデックスがThinkingsという新社名のもと経営を統合。大型の資金調達を行っているHERPやHRBrainなどの競合に対して採用管理システム市場のシェアを取りにかかった。また、オンライン予約システムを持つクービックは、ECサイト構築や決済を手がけるヘイの傘下に入ることでより幅広い業種のデジタル化を目指すなど、スタートアップ側もM&Aを軸にした高度な経営戦略を取るようになっている。
Win-Winの関係が作りやすい、M&Aからの子会社IPO
さらに、M&Aで大企業の傘下に入ったスタートアップがIPOを目指す「2段階イグジット」の流れも今後増えてくるだろう。冒頭に紹介した成長志向型M&Aの延長線上にある話だが、起業家は大企業のリソースを使って事業をグロースさせるため、株式の過半数を手放す。しかし、一定の株式を持った状態で会社に残り、一緒にIPOを目指す──それが2段階イグジットという方法だ。
例えば、IoTプラットフォームを提供するソラコムは、創業から2年半でKDDIに200億円で買収された。2017年の買収から3年でIoT向けデータ通信サービス「SORACOM Air」の回線契約数が8万回線から200万回線にまで伸びたことで、ソラコム代表取締役の玉川憲氏は「スウィングバイ・IPO」という言葉を使い、次の飛躍を宣言している。
ソラコムのサービスは2020年現在、約140カ国で利用可能となっているが、上場後もグループに留まり、さらなるグローバル展開を進めていく見通しだ。そのほかにも、ZOZOとyutori、ワールドとラクサステクノロジーズなど、子会社IPOを見据えたM&Aの数は着実に増えてきている。
2段階イグジットは売り手と買い手の双方にメリットがある。売り手側はIPOを目指すので、上場想定でのバリュエーションでM&Aができる。ソラコムの場合、KDDIにM&Aされた当時の契約回線は約8万回線で、グローバル展開とは程遠い位置にいた。売上前提のバリュエーションロジックでは、到底200億円という値段はつかなかっただろう。
一方の買い手側にもメリットがある。ソラコムの場合、売却ゴールではなく、起業家の玉川氏も株式を持ち続けている。株主は利益を確定するまで辞めることはほとんどないし、信頼関係や共創関係が築けていれば大きなシナジーを生み出し続けやすい。これで、M&A後の事業リスクを大きく減らすことができる。
SaaS企業が牽引する市場で、M&Aは「必修科目」になる
ここまで、主に売り手側と買い手側のトレンドを見てきたが、最後に市場について触れておく。市場では間違いなくSaaS企業に注目が集まっている。海外ではプライベート・エクイティ・ファンドがこぞってSaaS企業に投資しているし、日本国内のSaaS市場も2024年に1兆円規模になる、という試算もある。
SaaS市場への注目度が高まったことで、時価総額が上がった上場済みのSaaS企業は資金調達がしやすく、その資金を使って新たにM&Aを行うことも可能だ。実際そうした流れが出来つつある。例えば、マネーフォワードがSaaS情報サイト「BOXIL」を運営するスマートキャンプ、freeeが電子契約「NINJA SIGN」を運営するサイトビジットを子会社化するなど、こうした流れはさらに加速していきそうだ。
このM&Aのポイントは、もともとスタートアップだった企業(マネーフォワードやfreee)が買い手だからこそ、スタートアップのバリュエーションロジックで行われていることにある。前者の買収額は約20億円、後者は約28億円だが、いずれも買収当時は赤字であり、昔であればこれほどの価値はつかなかったと考えられる。SaaSを中心にスタートアップの成長戦略を熟知した企業が買い手側の立場になる、という市場の循環が起きている結果と言えるだろう。
このトレンドが続くならば、上場企業も今まで以上にM&Aに資金を投じることが予想される。スタートアップに対してのノウハウも蓄積されてきているほか、上場企業がかつてのスタートアップであり、M&Aに積極的であることも珍しくなくなった。その反面、スタートアップ側も競争が激化している中で、プロダクト一本で勝てる、という時代は終焉を迎えつつあると言える。
そうなってくると、スタートアップにとって重要なのは成長のキーマンとなる上場企業といかに手を組むかだ。前述のとおり、米国や東南アジアと比較すると、日本はイグジットにおけるM&A比率は非常に低いが、逆に言えばフロンティアだとも言える。そうした背景も踏まえ、起業家にとって、M&Aは必修科目になってきている。
上場企業とスタートアップが融合し、一丸となってシナジーを生み出していくことで、海外に負けない経済成長を支えていく──M&Aは、そうした未来を成し遂げられる手段のひとつであるのだ。