
- 羽田空港の狙いは「将来的な人手不足を補う」こと
- 行き先を選ぶだけで搭乗ゲートまで自動運転
- 世界中の空港や国内の病院で導入が進むWHILL
電動車いす型モビリティのシートに座り、目の前の画面で行き先をタッチすると、するすると走り出し、自動運転で目的地まで運んでくれる。利用者が降車すると、電動車いすは自動的に乗降場所まで戻り、次の利用者を待つ。そんな新しい乗り物が羽田空港で本格稼働を始めた。
電動車いす型のマイクロモビリティや自動運転システムを開発するスタートアップのWHILLは6月10日、自動運転の電動車いすで乗客を保安検査場から搭乗ゲートまで運ぶ「次世代型パーソナルモビリティ自動運行サービス(以下、自動運行サービス)」を、羽田空港国内線第1・第2ターミナルで全面展開すると発表。22日には羽田空港のターミナルビルを管理運営する日本空港ビルデングと共同でメディア説明会を開催した。
羽田空港の狙いは「将来的な人手不足を補う」こと
自動運行サービスは昨年7月に羽田空港の第1ターミナルに試験的に導入され、安定性や安全性などを検証した上で、今回の全面導入へと進んだ。6月14日からは第1ターミナル全域と第2ターミナルの北エリアまで展開の幅を広げ、7月中旬を目処に両ターミナル全域での運用を目指す。
また、今年度中にそれぞれのターミナルに4カ所ずつのステーションを設置し、各ステーションに3台ずつ、計24台の電動車いす型車両を配置する計画だ。日本空港ビルデングに加え、各ターミナルで国内線を運行するエアライン6社(日本航空、全日本空輸、スカイマーク、AIRDO、ソラシドエア、スターフライヤー)の協力のもとでサービスを運営していく。
自動運行サービス導入について、日本空港ビルデング事業開発推進本部 事業開発部 事業開発課長の倉富裕氏は「理由は3つあります」と説明する。
「まず1つ目は、次世代型のストレスフリーな空港内移動を実現すること。2つ目は、空港係員との接触を回避できる非3密の移動手段を提供するため。そして3つ目は従業員の負荷を軽減するためです。これまでの車いすのオペレーションは人を介していました。将来的に人手不足が想定される日本の状況に先んじた打ち手として、導入を進めました」(倉富氏)

行き先を選ぶだけで搭乗ゲートまで自動運転
自動運行サービスは午前8時から午後8時まで提供され、国内線に搭乗する旅客なら誰でも無料で利用可能だ。使用する車両はWHILLの電動車いす「Model C2」をベースにした「自動運転モデル」。使い方は、各保安検査場の近くにある「WHILLステーション」で車両に乗り込み、アームレストの前方に設置されたスマートフォン型のタッチ画面で行き先の搭乗ゲートを選んでスタートボタンを押すだけ。車両は自動的に走り出し、自動運転で目的地まで連れて行ってくれる。到着して利用者が降車すると、シート下のセンサーがそれを感知し、60秒後に車両は無人走行でステーションに戻る。

走行速度は時速2.5キロメートルと、ゆっくり歩く程度のスピードだ。これは数多くの検証から導き出した速度で、「若者から年配の方まで、誰が乗っても安心で快適に乗れる速度」(WHILL MaaS事業本部執行役員本部長の植田剛之氏)だという。
左右のアームレストに搭載する2対のステレオカメラを利用し、前方の障害物や歩行者などを検知する。さらにシート下にはLiDARセンサーを設置し、後方の状況を監視する。

メディア説明会当日、当初はオープン前の第2ターミナル国際線出発ロビーでデモ走行を実施し、各社による撮影が行われる予定だった。だがうまく動作せず、デモ走行は実際にサービスが稼働中の国内線第2ターミナルで行われた。
@WHILLJapan が羽田空港で提供はじめた自動運転、自動返却のモビリティ、一仕事終えてとぼとぼ帰る姿がかわいい#WHILL pic.twitter.com/ygimqYEiUa
— Toru Izumoi (@izumoi) June 22, 2021
世界中の空港や国内の病院で導入が進むWHILL
今回の自動運行サービスを提供するWHILLは、2012年5月に日産自動車のデザイナーだった杉江理氏(現・代表取締役兼CEO)ら3名が創業。「100メートル先のコンビニに行くのをあきらめる」という車いすユーザーの声を聞いたのをきっかけに、デザインとテクノロジーの力で、誰もが乗りたくなるパーソナルモビリティづくりを目指している。
2014年には最初の製品である「Model A」を発売。従来の車いすの概念を覆す未来的なデザイン、アプリによる遠隔操作をはじめとする先進的なアイデアが話題となり、95万円という高額だったにもかかわらず最初の50台は発売と同時に完売した。20年9月に発表した最新モデルのModel C2は47万3000円と一般的な電動車いすの価格帯に近づき、レンタルサービスも提供。日本以外に米国、欧州、中国など世界23の国と地域でも展開している。
製品の販売・レンタル事業と並行してWHILLが注力するのが、今回の自動運行サービスのようなMaaS事業だ。羽田空港のほかに、19年から米国のダラス・フォートワース空港やジョン・F・ケネディ国際空港、オランダのアムステルダム・スキポール空港、アラブ首長国連邦のアブダビ国際空港、カナダのウィニペグ国際空港などで実証実験を続けている。
さらに新たな領域として、病院内での自動運行でも実証実験を進めている。すでに大阪大学医学部附属病院、慶應義塾大学病院、国立成育医療研究センターに導入済みで、慶應義塾大学病院外来病棟では、累計利用者が20年9月以降4000人を突破したという。

「すべての人の移動を楽しくスマートにする」というミッションを掲げるWHILL。「電動車いす」という既成概念の枠を超え、誰もが使える移動のインフラとなることを目指す。