令和トラベルはLoco Partnersの創業者である篠塚孝哉氏が4月に創業した新会社だ
令和トラベルはLoco Partnersの創業者である篠塚孝哉氏が2021年4月に創業した新会社だ 画像提供 : 令和トラベル
  • 旅行産業はデジタル活用の余白が大きい
  • 経営者がプロダクトに集中しているスタートアップが強い
  • 海外旅行が回復したタイミングで多くの人が使いたくなるサービスへ

旅行産業は新型コロナウイルスにより大打撃を受けた業界の1つだ。中でも海外旅行は深刻な状況で、需要自体がほとんどなくなってしまった。

一方でそのような状況を「新規参入を目指すスタートアップには大きなチャンス」と捉え、4月に新会社を始めた起業家がいる。ホテル・旅館の宿泊予約サービス「Relux」を運営するLoco Partnersの創業者であり、新卒入社したリクルート時代から数えて10年以上にわたり旅行ビジネスに携わってきた篠塚孝哉氏だ。

その篠塚氏が「海外旅行予約のアップデート」に向けて立ち上げたDTA(デジタルトラベルエージェンシー)・令和トラベルが、創業約3カ月で22.5億円の資金調達を実施した。投資家は下記の通り。

  • ジャフコ グループ
  • ANRI
  • グローバル・ブレイン
  • 千葉道場ファンド
  • アカツキ
  • 重松路威氏(令和トラベル社外取締役)
  • 竹内真氏(同技術顧問)
  • 染原友博氏(同非常勤監査役)
  • 本田圭佑氏(KSK Angel Fund)
  • 西川順氏
  • 高橋祥子氏

令和トラベルでは創業に先駆け第一種旅行業免許を取得しており、8月にも消費者向けのモバイルアプリを展開する計画。まずはハワイツアーの予約機能からスタートし、順次サービスを拡大する。

この状況下で海外旅行事業を選んだ背景や、同社が目指している方向性については4月にも紹介しているが、今回改めて22億円を用いてこれから何をしていくのか、その展望について篠塚氏に聞いた。

旅行産業はデジタル活用の余白が大きい

日本だと医療や創薬、宇宙といった研究開発型のスタートアップを除き、創業直後のシードラウンドで20億円を超える資金を集める事例は珍しい。令和トラベルのようにプロダクトもない状況ではなおさらだ。

「(コロナの影響で)海外旅行産業は一度完全なるリセットボタンが押されたような状態です。それによって従来はほとんどなかった新規での参入余地が広がり、新興企業でも挑戦しやすくなりました。チャンスのある大規模なマーケットに、(旅行スタートアップを経営した)経験のある起業家が乗り込んでいくケースはそこまで多くはない。プロダクトもない状況ではありましたが、投資家の方々としてはそこに期待をして、出資を決めていただけました」(篠塚氏)

現時点では海外旅行産業は厳しい状態ではあるものの、マーケットサイズ自体が大きくコロナ収束後には需要の回復が見込まれ、なおかつ他の領域と比べてもデジタル化できる余白が大きい──。

それが篠塚氏および投資家陣に共通する考え方であり、そこに旅行ビジネスに精通した起業家が挑むという点が、いきなり多額の資金を集めることができた要因となった。

調達資金は主に「技術(DX)」「採用」「マーケティング」への投資に用いるという。

特に技術への投資は令和トラベルのプロダクトに直結するところだ。上述した通り同社では早ければ8月にも旅行者向けのモバイルアプリをローンチする計画。詳細はこれから煮詰めていく段階だが、ツアーの予約はもちろん「アプリの画面を見せることで飛行機の搭乗や宿へのチェックインがスムーズになる仕組み」も検討している。

海外旅行ツアーの業務オペレーションはアナログな部分も多く、旅行者に対しても紙の予定表などが送られることも珍しくない。一連の工程をデジタルで置き換えることで新しい体験を作るというのが令和トラベルの軸となる考え方であり、実際にこの3カ月で複数の事業者と話をする中でも一層可能性を感じているようだ。

現在は旅行者が直接触れるモバイルアプリ(iOS、Android)と並行して、裏側のトラベルマネジメントシステムの開発を進めている。これが各地の宿や交通手段、アクティビティの在庫・料金などを管理する「コアとなる仕組み」(篠塚氏)であり、複数の外部システムとシームレスで繋がることがユーザーの利便性向上に繋がるという。

そのためにこれから2〜3年をかけて数十人〜100人規模のエンジニアチームを組成する方針で、技術及びエンジニア採用には大きな投資をしていく構えだ。

経営者がプロダクトに集中しているスタートアップが強い

篠塚氏にとってはLoco Partnersに続き2度目のスタートアップ(投資家から外部調達をして経営する企業という意味において)となるが、1度目の経験や国内外で実績を残している企業を調べた結果を踏まえて「経営者がプロダクトにコミットしているスタートアップが強い」という結論に至ったそう。それが今回の大型調達にも繋がっている。

特にスタートアップの経営者にとって「人材(採用)、お金(資金調達)、経営管理」は悩みのタネになりやすい。「経営上重要だからこそ、場合によってはほとんどの時間を使ってしまうこともある」(篠塚氏)という。

令和トラベルの場合は、創業時からチームとしてうまく対応するための体制を整えてきた。

人材に関してはすでに執行役員CHRO(最高人事責任者)として専任のメンバーを採用。経営管理についても先輩企業の知見を借りるべく、昨年マザーズに上場したニューラルポケット代表取締役社長の重松路威氏を社外取締役に、同社元CFOの染原友博氏を非常勤監査役として招いた。

昨今のファイナンス施策としてはPMF(プロダクト・マーケット・フィット)する前に必要最低限の資金を調達して、PMF後に大きく調達するというのがセオリーだが、数年間プロダクトにじっくり集中できる環境を整えるため、最初にまとまった資金を集めたかたちだ。

「海外旅行はフリークエンシー(頻度)が低く、事業の立ち上がりに時間がかかります。どんなにいいアプリやツアーでも『じゃあ明日行ってみよう』とはならない。(篠塚氏が昨年立ち上げた)TASTE LOCALのようなECと比べても息が長いビジネスです。最初に大きく調達をすれば、しばらくはプロダクトに完全集中できます。プロダクトをないがしろにすることはもっとも避けたかった」(篠塚氏)

海外旅行が回復したタイミングで多くの人が使いたくなるサービスへ

今の状況下では8月にプロダクトをローンチしたとしても、すぐにユーザーが殺到するというのは考えにくい。一方で、ワクチン接種率の増加に伴い旅行産業が回復し始めている地域もある。

篠塚氏は現在ハワイに渡って事業者とのコミュニケーションを進めているそうだが、現地は徹底した感染症対策の影響もあり、ホテルやレストランがすでに混雑しているとのこと。もっとも、ほとんどはアメリカ本土からの旅行者であり日本を含めた他国からはごく一部だ。

日本でもまさにワクチンの接種率が広がり始めている状況だが、この接種率の進捗に加えて重要なポイントになるのが「日本帰国後の14日間の隔離期間」だという。

「2週間の隔離期間が必要な限り、旅行自体が数日間だったとしても仕事の調整などが難しいです。(隔離期間が緩和される)Xデーがいつになるのかはわかりませんが、自分たちとしてはその前にサービスを出して、認知を広げておく必要がある。海外旅行のニーズが戻ってきたときに使いたいと思ってもらえる状態を作っておきたいと考えています」(篠塚氏)

初期の利用者としてはデジタルツールを普段から使っている若い世代を中心に、海外旅行にあまり慣れていない人たちを見据えている。

アプリの使い勝手にこだわり、サクサク動くものを作る。その上で「それだけでは意味がないので、しっかりと価格面でもお得なツアーを提供していく」。また海外旅行になじみがない人でも使いやすいように、準備物や保険、カスタマーサポートなど利用者の不安を取り除くような要素をアプリ上に加えていくことも考えているそうだ。

価格面では大手旅行代理店など既存事業者の方に分があるようにも思えるが、業務オペレーションを徹底的にデジタル化することで人件費などを抑えられるほか、店舗を構えないことでもコストを削減できる。また今回調達した資金についても、その一部を販促費に回す。

「アプリとして使いやすくて、ツアーの品揃えが良い上に、安くて質も高い。合理的に考えれば、使わない理由がないようなサービスを作ります」

「1つの目標として掲げているのが5年で流通額が1000億円規模。Reluxでは丸6年かけて200億円ほどでしたが、その5倍の数字をもっと短い期間で達成するくらいでなければ、2回目のチャレンジとしてやる意義は薄いのではという思いがありました。海外旅行をより身近なものにしていきたいですし、やるからには社会に大きなインパクトを残せるような事業を本気で目指します」(篠塚氏)

篠塚氏が創業時のインタビューでも話していたように、海外旅行産業は大手事業者など複数の既存プレーヤーが存在するなど、新規の参入ハードルが高い市場だった。コロナで挑戦の芽が出てきたとはいえ、スタートアップにとってチャレンジングな領域であることは変わらないだろう。その中で、業界の知見がある篠塚氏らがどのようなアプローチを仕掛けていくのか。