画像提供:THE FIRST TAKE
画像提供:THE FIRST TAKE
  • THE FIRST TAKE立ち上げの裏にある「音楽業界の変化」
  • 1人目のアーティストが女優・上白石萌歌だった理由
  • 大事にする「世界観」と「距離感」へのこだわり
  • コロナ禍で「バイラルヒット」を意識し始める
  • THE FIRST TAKEのサムネが「1本線」の理由

一発撮りで、音楽と向き合う──そんなコンセプトのもと、様々なアーティストによる一発撮りパフォーマンスを収録した動画を毎週公開するYouTubeチャンネルがある。

THE FIRST TAKE(ザ・ファースト・テイク)」だ。YouTubeチャンネルの開設は2019年11月。約1年半でチャンネル登録者数は463万人を記録しているほか、これまでに公開された動画の総再生回数は12億回を突破するなど、大きな注目を集めている。

また、LiSA「紅蓮華」やDISH//(北村匠海)「猫」、YOASOBI「夜に駆ける」のパフォーマンス動画は1億回再生を突破。今やTHE FIRST TAKEの動画はSNSでのバイラルヒットを生み出すきっかけになるなど、音楽業界の新たなヒットの方程式を生み出す役割も果たしている。

最近では、次なる才能を見つけるプロジェクト・一発撮りオーディション「THE FIRST TAKE STAGE」のほか、音楽配信サービスで音源のみのプレイリストを公開するなど、積極的に活動の幅を広げている。なぜ、THE FIRST TAKEの動画は人々をここまで熱狂させるのか。

THE FIRST TAKE運営スタッフ(以下、運営)とクリエイティブディレクターの清水恵介氏に、チャンネルを立ち上げたきっかけや現在の立ち位置、そして、今後の展望について話を聞いた。その内容を前後編2回にわたってお届けする。

THE FIRST TAKE立ち上げの裏にある「音楽業界の変化」

──今では1億回再生を突破するような動画もあるTHE FIRST TAKEですが、どのような経緯で立ち上げに至ったのでしょうか。

運営:立ち上げのきっかけは、音楽業界の“構造”自体の変化です。音楽業界は定額制(サブスクリプション)の音楽ストリーミングサービスが登場したことで、CD全盛の時代からストリーミング全盛の時代になりました。それに伴って、多くの人はApple MusicやSpotifyといったサービスで音楽を聴くようになりました。

ストリーミングサービスが普及する以前は、握手会をやるアイドル、人気アニメの主題歌を歌うアーティスト、大規模な音楽フェスに参加するロックバンド、K-POPアーティストなど、大きなファンベースを持つアーティストしか、オリコンを代表とするヒットチャートにランクインしていない状況でした。

ストリーミング全盛の時代になり音楽の“ヒットの法則”も変わりました。約20年前は、地上波の音楽番組の出演やドラマタイアップをきっかけにCDが売れたり、楽曲がダウンロードされたりして、ヒット曲になっていきましたが、最近では、音楽もデジタルシフト化をしはじめ、今までとは違った場所で、人々が音楽と出会うようになっていました。

海外では、ビリー・アイリッシュさんのようにミュージックビデオ(MV)から派生したカバー動画などのショルダーコンテンツで楽曲を長くヒットさせるアーティストも登場し始めていました。それを知ったときに、ストリーミングによって音楽が聴かれる期間も長くなっていて、よりロングタームで愛されるものになっていると感じました。

そうした変化にならって、今の時代に適した純粋に音楽を楽しむ方法は何かを考え、たどり着いた答えがTHE FIRST TAKEでした。それをどういう風にプロモーションしてくかとなったときに、当時MVを筆頭に音楽動画が多数投稿されており、視聴習慣ができ上がりつつあるYouTubeがハブになると考えました。

1人目のアーティストが女優・上白石萌歌だった理由

──立ち上げから約1年半が経ちましたが、プロジェクトが軌道に乗り始めたと感じたのはどのタイミングでしたか。

運営:「これはいけるかもしれない」と手応えを感じたのは、adieu(アデュー:上白石萌歌)さんとLiSAさんに出演して頂いたタイミングですね。

adieuさんはTHE FIRST TAKEを立ち上げてから、最初にパフォーマンス動画を公開させていただいたアーティストです。当時、大枠の企画内容は決まっていたものの、最初ということもあり、僕らも、アーティストも「本当に形になるのかな」という不安は正直ありました。

ただ、2017年に公開された映画『ナラタージュ』の主題歌はRADWIMPSの野田洋次郎さんが作詞作曲を手がけていて、歌っているadieuのプロフィールも“当時17才の女性アーティスト”という情報以外、明らかになっていませんでした。それが2019年9月にadieuの正体が上白石萌歌さんであることが明らかになり、そのタイミングでパフォーマンス動画を出したら話題になるのではないかと、一番最初に彼女に出演をオファーしました。

この動画の再生回数は、チャンネル開設直後だったこともあり1週間で10万再生ほどでした。ただ、アーティストや業界の人たちが動画に対して「面白い」と反応してくれるなど、数字以上の反響があったことで、THE FIRST TAKEとしても良いスタートを切ることができたと思っています。

また、LiSAさんが「紅蓮華」をパフォーマンスした動画では、最初に彼女が「今年は色々あったじゃないですか?」と1年を振り返り始めるのですが、あれは演出ではなくご本人自らお話してくれたことだったんです。

もともと、THE FIRST TAKEは、ただのパフォーマンス動画ではなく、ドキュメンタリーの要素も兼ね備えた動画をつくろうと思ってスタートしているので、LiSAさんのパフォーマンスを見たときは、それが実現できたと思いました。

大事にする「世界観」と「距離感」へのこだわり

──白い背景やアーティストの歌唱力が伝わる"一発撮り”のコンセプトは、どのようにして生まれたのでしょうか。

清水:THE FIRST TAKEを企画するにあたって大事にしたいポイントとして、"真実性/予定不調和である"、"高解像度/音楽を豊かに体感できる"、"純粋で簡素/少ない要素で本質を際立てる"ということを提案しました。 高画質・高音質でなるべく加工せず、そのままを真空パックしたような状態で届けるということです。

また、アーティストの口元などの近い視点を撮影することで臨場感や没入感、鳥肌が立つような感動が生まれるのではないか、という話もしました。 そうした中、背景を白バックに統一することで余計な要素を排除してアーティストのパフォーマンスに一点集中できる。ほかの音楽コンテンツとの差別化となるTHE FIRST TAKEならではの価値になると考えました。

コンセプトに関しては、“一発撮り”にすることで、アーティストの感覚が研ぎ澄まされ、ライブパフォーマンスに近い瞬間が生まれるはず、という考えがきっかけで生まれています。「テレビの生放送のような臨場感をYouTubeで表現したら、どうなるのか?」という発想も一発撮りのコンセプトにつながっています。

──キャスティングにはどのような基準が設けられているのでしょうか。

運営:ヒットチャート、テレビの出演状況、ラジオのオンエア状況、YouTubeの再生回数など細かいチェックポイントを設け、それらの情報を参考にしながらアーティストに出演を打診しています。また、海外のチャンネル登録者も3割くらいいるので、海外で人気のあるアーティストというのも基準にしています。

例えば、TK from 凛として時雨の「unravel」は、Spotifyの「海外で最も再生された国内アーティストの楽曲」の上位にランクインしています。そういったチャート分析をした上でキャスティングすると、やはりTHE FIRST TAKEにご出演してくださった時も大きな話題になります。

そういった化学反応みたいなことを意識しているからこそ、同じようなことの繰り返しに見えますが、実は同じにはならないんです。そういう意味では当初から考えていたキャスティングとコンテンツのマッチングは上手くできてきていると思っています。

清水:YouTubeで視聴者が見たいのは「個人の見解や表現の発信」だと思います。それを見て視聴者同士が繋がって交流していく感覚が大事なんです。そのためTHE FIRST TAKEでは、「大物アーティストが出てきてスゴい」という感覚よりも、例えばLiSAさんがいち個人としてYouTubeに出演するというような距離感をすごく大切にしています。

コロナ禍で「バイラルヒット」を意識し始める

──THE FIRST TAKEから人気が出る曲にはどのような傾向があるのでしょうか。

運営:色々な要因があるとは思いますが、どんなアーティストであっても、あのシンプルな空間に打ち勝つというか、自分たちの思いを視聴者に伝える歌の熱量があるかどうかだと思います。

──これまでにYOASOBIのようなSNSでのバイラルヒットがきっかけになってブレイクしたアーティストも出演されていますが、当初からTHE FIRST TAKEのコンテンツをSNSでのバイラルヒットに繋げることは意識されていたのでしょうか。

運営:今はヒットチャートやストリーミングサービスでの人気を反映したものになっていますが、企画がスタートした時はオリコンランキングが主流だったので、そういったことは意識していませんでした。

ただ、2020年4月に緊急事態宣言が発令された頃から、バイラルヒットしているアーティストや楽曲も意識をし始めました。そのタイミングでアーティストの自宅やプライベートスタジオから、一発撮りパフォーマンス動画を届ける新企画「THE HOME TAKE」を始めたのですが、そこにはTikTok経由で人気に火がつき、バイラルチャートの上位にランクインしていたYOASOBIさん、Rin音さんのような当時まだフレッシュだったアーティストに出演してもらっています。

緊急事態宣言中はTHE FIRST TAKEだけでなく、地上波のテレビや映画なども感染拡大防止の観点から撮影を進めることができませんでした。

テレビなどは過去の人気作を放送していましたが、私たちは知恵を絞り、アーティストの自宅に録音機材を送り、自宅やプライベートスタジオで撮影してもらうことで、多くのアーティストのコンテンツをいち早く配信することができました。バイラルチャートの動向を素早くキャッチアップして、地上波が扱えない時にコンテンツをきちんとユーザーに届けることができたのも大きな節目になりました。

THE FIRST TAKEのサムネが「1本線」の理由

──緊急事態宣言が発令されたタイミングでチャンネルのフォロワーも100万人増えています。その要因についてどう分析されますか。

運営:コロナ禍で新しい生活様式に移り変わっていくなかで、Netflixの韓流ドラマ、YouTubeのバラエティなど、スマートフォンの中で回遊するアーカイブやコンテンツが一気にトレンドの中心になりました。もともと、THE FIRST TAKEは、高音質・高画質でありながらスマートフォン上で楽しめ、なおかつ没入感のあるコンテンツという、モバイルファーストなクリエイティブをコンセプトにしていたことが功を奏した、と考えています。

やはりアーティストの考えや思いから発生する歌の力は、音楽フェスやコンサートがなくなった状況では、非常にクローズアップされやすい。それがTHE FIRST TAKEの白バック、ヘッドフォン、マイクだけのシンプルな環境によって、より一層加速されていったように思います。

清水:THE FIRST TAKEのクリエイティブの力もあるのかな、と思います。YouTubeはUGC(ユーザー生成コンテンツ)の動画と、プロの制作した動画が一緒に並ぶ場所です。だからこそ、企業のプロモーション要素が感じられる動画は絶対に異質なものとして捉えられてしまうので、なるべくUGCのような状態で見せられる方がいい。

そういった考えもあり、サムネイルの1本線にしても、ロゴにしても、あえて大人から子供までわかりやすく、真似されやすいデザインにしています。

それと「この一本線て、あの一発撮りのやつだよね?」とTHE FIRST TAKEを瞬間的に理解して覚えてもらえるような記号を作りたかったというのもあります。この感覚がTHE FIRST TAKEを視聴者のみなさんに受け入れていただけた理由のひとつだと考えています。

後編では、THE FIRST TAKEが一発撮りオーディションプログラム「THE FIRST TAKE STAGE」を開催した狙い、そして今後の展開について話を聞いている。