CRISP代表取締役社長の宮野浩史氏
CRISP代表取締役社長の宮野浩史氏 すべての画像提供:CRISP
  • 面白くないのは、外食産業にはびこる“摩擦”
  • テクノロジーを駆使してデータを得たい本当の理由
  • トラッキングデータを売上へつなげるサイエンス

1つ1000円以上する“高級サラダ”──そう揶揄する人たちすらファンに変え、6年経った今や年間約11億円の売上を誇るのがクリスプ・サラダワークスだ。その運営元であるCRISPが2021年6月にOne Capitalから約5億円の資金調達を発表。2020年に実施した三菱商事からの資金調達と合わせて、累計の調達額は約10億円となった。

クリスプ・サラダワークスの1号店となる麻布十番店がオープンしたのは2014年。30種類以上あるトッピングを自分好みにカスタムできるカスタムチョップドサラダ専門店として人気となった。

注目すべきはサラダだけではない。アクティブ率や購買金額から来店客ごとのLTV(ライフタイムバリュー)を算出して顧客体験をさらに上げるため、2017年に開発会社のカチリを設立(2020年11月にCRISPへ吸収合併)。同年には、事前に注文・決済ができるモバイルオーダーアプリ「CRISP APP」と、それらのデータを店舗側で管理するシステム「PLATFORM」を導入し、半年で累計3万件以上の決済実績を積み上げた。2019年6月からはCRISP APPの開発・運用ノウハウをもとにした飲食店向けのモバイルオーダー運用ソリューション「CRISP PLATFORM」の提供も開始した。

現在、年商約11億円のうち、93%がデジタル経由(そのうち35%がモバイル経由での事前注文)での注文になっている。これまでの外食系スタートアップは、主事業として飲食店向けのソリューションを提供するところがほとんどだった。しかし、CRISPは顧客体験を上げるためすべて内製している。

今回の資金調達も自社のテクノロジーへ投資されることは明白だが、その意思決定の根底にはどんな感情があるのか。代表取締役社長の宮野浩史氏に尋ねると、返ってきたのはこのひと言。

「このままでは、面白くないと思ったから」

高級サラダでファンの心をつかむCRISPの誕生、そして内製でのシステム開発で目指す同社のこれからについて聞いた。

麻布十番店の店内。右側に決済端末が見える
麻布十番店の店内。右側に決済端末が見える

面白くないのは、外食産業にはびこる“摩擦”

宮野氏の起業家としてのデビューは、ロサンゼルスでの天津甘栗の販売だった。15歳で渡米し、ホスト先の主人に誘われて経営パートナーとして参加したのだ。帰国後はタリーズコーヒージャパンへ入社し、5年ほど働いてから独立。メキシコ料理店をオープンさせた。メキシカン料理店を譲渡したのち、2014年にオープンさせたのがクリスプ・サラダワークスだった。

「周りの方々のおかげで、いろいろな経験ができました。ただ、当時の僕は自己中心的な“嫌な奴”で……反省も多いです。メキシコ料理店を譲渡し、気持ち新たに何か始めたいと考えて思いついたのが、アメリカに住んでいた頃から好きだったサラダでした」(宮野氏)

チョップドサラダやサラダボウルを販売する「サラダ専門店」は、アメリカで多く見かける。しかし、日本ではあまりなじみがない。周囲から「サラダ専門店なんて。せめてパンなどを置いては?」とまで言われたが、いざオープンしたところ、当初想定していた売上の5倍になるほどの好調ぶりを見せた。

クリスプ・サラダワークスの定番サラダの1つ「THE CAL-MEX」
クリスプ・サラダワークスの定番サラダの1つ「THE CAL-MEX」

事業は順風満帆。だが、宮野氏自身はその状況に顔をしかめていた。

「自分でも驚くほどに、面白くないと思っていました。僕としては、『いいお店』を作りたかった。いいお店とは、顧客体験が優れている店を指します。料理人やサービスマンのキャリアを持っているわけではない私ができるのは、経営者の目線でいいお店に必要なポイントを洗い出すことでした。そうすると、料理だけにこだわらず、かつ属人的にならない経営を目指したいと思ったんです。そこでぶつかったのが、飲食店と来店客の間で起こる“摩擦”でした」(宮野氏)

宮野氏がいう“摩擦”とは、飲食店側と来店客の期待値のズレを指す。飲食店側も来店客も「飲食物に対価を払っている」と感じている。しかし、実際には飲食物そのものよりも「空間やサービスなどの顧客体験へ対価を払っている」と宮野氏は語る。そのズレが飲食店と来店客の関係を悪くしてしまう。料理や空間、サービスともにすばらしい飲食店でも、人気店になればなるほど従業員が対応に追われるため空間やサービスなどの「顧客体験」に手が回らなくなり、利益率も下がってしまいがちだ。その結果、客足は遠のいていく。

「飲食店というのは繁盛していれば、1店舗で月商1000万円も実現可能です。しかし、20店舗以上になると利益率が下がる傾向にあります。本来なら、たくさんのお客さまに評価され、売上が上がるのはいいことのはず。しかし、飲食店はそうなるほど顧客体験も利益率も下がる。この事態を解決する手段が、テクノロジーだと思いました」(宮野氏)

クリスプ・サラダワークスの店内。左上に見えるのはモバイルオーダーの状況を示すモニターだ
クリスプ・サラダワークスの店内

テクノロジーを駆使してデータを得たい本当の理由

摩擦を避け、外食企業として成功するために宮野氏が掲げたのは「料理(商品力)」「人(接客力)」「空間(業態力)」の3つ。CRISPではこれらを突き詰めることで、非連続な成長と高い収益率の実現を目指す。

「クリスプ・サラダワークスの場合、サラダという商品力があります。これを前提に『サラダだけでなく顧客体験を売っている』と考えを改め、お客さまとの接点になる部分以外のすべてをシステム化。コネクティッド・レストランとして、この3つの本質的価値をテクノロジー、デザイン、ヘルス、ロボティクス、ロジスティクスの5つの領域でアプローチします」

「なかでも、僕らが注目しているのがお客さまの情報です。そもそもいい接客は、お客さまの情報がなければ実現できません。一人ひとりの好みがわかれば、違う店舗へ行っても『◯◯店ではこういうカスタマイズでしたよね?』と注文時に話しかけることもできる。そういった高い水準の顧客体験を提供できるようにしたいのです」(宮野氏)

実際に来店客の行動履歴をトラッキングしてわかったことがある。それが「2回目以降の来店でいい接客を受けた人のリピート率が高い」だった。ここに、売上をアップするためのヒントがあると宮野氏は考えた。

「一般的に、飲食店は店舗ごとのKPIを『1日の売上』に置いています。というのも、凄腕店員がいれば売上を伸ばせるイメージもありますが、実際は雨が降れば来店数は減るなどの外部要因も多い。つまり、1日の売上からわかる成功要因なんてほとんどないのです」(宮野氏)

だからこそ宮野氏が重要視するのはLTVと、3回目と5回目の来店率(それぞれ同社ではSMILE率、LIKE率と呼んでいる)だ。複数回の来店、つまりいかにファンになってもらえるか。そしてその結果、いかにLTVを上げることができるかを大事にする。「来店客とのタッチポイント」に集中できるようにテクノロジーを導入し、他の業務の効率化を進めている。メルカリ出身のエンジニアをCTOに置き、約8名の開発チームも社内に作った。またデリバリーも自社で配達員を雇用した(現在はUber Eatsなどのデリバリーサービスにも対応している)。

宮野氏がLTVを指標にして高めたいのは顧客体験だけではない。取得したデータで従業員をより正しく評価できるようにしていくのだという。

「外食産業には優秀な人材が多いです。ところが、先ほどお話ししたような摩擦の影響で利益率を上げられず、彼らの多くは低い賃金で働いています。そして、LTVに貢献している人とそうじゃない人が同じ賃金で働いているケースがほとんどでした。CRISPでは、店舗ごとのグロースの比率から数字を出し、真に評価すべき人材がわかるようにしました」(宮野氏)

トラッキングデータを売上へつなげるサイエンス

「売上だけを求めるなら、資金調達はしなかった」と宮野氏。外食産業はスタートアップとは真逆で、事業がうまくいけば最初から多くの資金を手にすることができる。だからこそ『1店舗で月商1000万円』という数字も出てくるわけだ。しかし宮野氏が挑みたいのは、外食産業と向き合い続けてきたからわかる摩擦を解消し、「いい店」を作ることだという。そのためには、売上以外の資金が必要だった。

「僕らが本質的な価値を生み出すには、テクノロジーは必要不可欠。そこには、それなりの資金を投資しなくちゃいけない。今回の資金調達は、自社で顧客体験を良くするための開発を加速させるために実施しました」

「また、CRISPの事業はSaaSの知見がある方に投資家として参加してほしいと考えていました。幸運な巡り合わせのおかげで、オーナーシップのある投資家の方々に参加してもらっている手応えがあります」(宮野氏)

資金調達を発表後、CRISPがKPIとして追っている売上や客数、LTV、アプリの離脱率などをリアルタイムで見られる「CRISP METRICS」も公開。細かい数字まで公にしたことから、Twitter上では「社内データが流出しているんじゃないか」と心配の声もあがっていた。

CRISPが公開した「CRISP METRICS」
CRISPが公開した「CRISP METRICS」

「CRISPには比較対象がありません。だからこそ数字を公開して現状を伝えたいと思ったんです。それに、我々の今のフェーズでは、情報を開示するメリットのほうが大きいです」(宮野氏)

比較対象という意味では、クリスプ・サラダワークスのフォロワーとも言える高価格帯のサラダ専門チェーンは複数登場している。だが単純に商品での勝負ではなく、テクノロジーを組み合わせた事業形態の企業は他にないという自信の現れだろう。

宮野氏は今後は来店客のトラッキングデータをもとに、売上につなげるための“サイエンス”を追求していくと語る。コネクティッド・レストランになるため、2022年末までにオフィス向けの配送サービス「CRISP BASE」を300拠点に拡大。さらに、注文したサラダを受け取る機能に特化した小型拠点としてピックアップステーション「CRISP STATION」も年内にローンチ予定だという。外部の資金を得て、5年後の上場を目指す。

「上場はゴールではありませんが、実現したい気持ちはあります。事業規模とともに収益も上がっている状態にするめにも、どんどんとテクノロジーで可能性を広げていきたい」(宮野氏)