(左から)DONUTS取締役の根岸心氏、代表取締役の西村啓成氏
(左から)DONUTS取締役の根岸心氏、代表取締役の西村啓成氏
  • 起業前夜、“ビジネス書”の貸し借りがきっかけで共同創業
  • 資金が底をつかないように、受託開発で食いつなぐ
  • アルバイトが開発したゲームが想定以上の大ヒット
  • 数千万単位の広告費投下でサービスをグロースさせる
  • 買収がきっかけで誕生した「ミクチャ」
  • みんなが反対することにこそ、大きなチャンスがある
  • 純粋にプロダクトのことを考えて勝負できる環境がある

ゲーム、SaaS、ライブ配信──異なる領域の事業を連続して立ち上げ、グループの売上高160億円(2021年6月期)の規模にまで成長を遂げた異色の企業がある。それが「DONUTS(ドーナツ)」だ。テック業界やスタートアップ関係者であれば、一度は耳にしたことがある社名ではないだろうか。

同社は現在、DJリズムゲーム「D4DJ Groovy Mix」や暴走族バトルゲーム「単車の虎」といったゲームを提供するほか、バックオフィス業務を効率化するクラウドサービス「ジョブカン」シリーズ、ライブ配信アプリ「ミクチャ」などを展開している。2021年3月には主婦の友社から女性ファッション誌「Ray」の関連事業を買収し、出版メディア事業にも参入したほか、同年6月には会計ソフト開発のビズソフトも買収した。

スタートアップ黎明期の2007年に創業し、今年で15年目を迎えたDONUTS。同社は創業から一度も外部からの資金調達は行わず、自己資本による経営を貫いてきた。

「外部からの意見を一切聞く必要がなかった。これが成功の要因だと思います」

DONUTS共同創業者でもある代表取締役の西村啓成氏、取締役の根岸心氏は口を揃えて、このように語る。同社はいかにして160億円の売上高を記録するほどの企業になったのか。“プロダクト・ファースト”という一貫した考えのもと、ほとんどメディアに露出せず、プロダクト開発に取り組み続けてきた2人が、今回DIAMOND SIGNALに創業からこれまでの歩みを語った。

DONUTSの売上高の推移 提供:DONUTS
DONUTSの売上高の推移 提供:DONUTS (拡大画像)

起業前夜、“ビジネス書”の貸し借りがきっかけで共同創業

西村氏と根岸氏のキャリアは同じ会社からスタートする。2人は2004年に新卒として入社したディー・エヌ・エー(DeNA)で同期として出会った。当時のオフィスは東京・笹塚にあり、まだ従業員数は百数十人ほど。DeNAの東証マザーズ上場は2005年。まだまだ成長途中のスタートアップ企業だった頃だ。

「2人とも理系の大学院卒でバックグラウンドが同じだったこともあり、けっこう話が合いました。よくランチをしながら、ウェブサービスに関する話を話していました」(根岸氏)

“ウェブサービス”という共通の関心ごとで仲を深めていった2人だったが、将来のキャリア設計に対する考え方は180度違っていた。根岸氏は昔から「起業したい」という思いがあり、いわば修行のためにDeNAに入社していたが、西村氏の頭の中には“起業”の2文字はなく、ずっとDeNAでキャリアを積んでいこうとしていた。

実際、西村氏は入社から2年目ほどのタイミングで、自ら考えた新しいウェブサービスの企画を会社に提出する。その企画内容が当時の代表取締役社長だった南場智子氏(現・代表取締役会長)に認められ、プロダクトマネージャーとして、チーム組成やサービス開発に取り組んでいた。

そんな2人が、なぜ共同創業するに至ったのか──きっかけとなったのが、1冊の“ビジネス書”だった。当時、根岸氏は読んでいた『奇跡の経営一週間毎日が週末発想のススメ』(総合法令出版、リカルド・セムラー著)を西村氏に貸したのだという。それを読み、西村氏も起業を志した。

「入社から3年くらい経ったタイミングで起業の準備を始めました。当時から起業は基本的には2人でやるべきだと思っていて、ずっと仲間を探していたんです。ただ、まわりに起業に関心のある人はおらず、仕方ないから1人でやるかと思っていたところ、西村から『一緒にやろう』と声をかけられ、共同創業することにしました」(根岸氏)

また、西村氏は起業すること決めた理由について、こう語る。

「僕は『起業したい』と思っているのに起業しないのはダサいと思っていました。貸してもらった本を読んで起業に興味を持ってしまった以上、起業するしかない。それで根岸に声をかけたんです」(西村氏)

こうして2人は2007年2月にDONUTSを設立した。

資金が底をつかないように、受託開発で食いつなぐ

創業後、まずは自社サービスの開発に着手する。毎日のようにどんなサービスがいいかと話し合っていた2人は、現在のスマートフォンに搭載されているメモ帳とGoogleカレンダーが組み合わさった「システム手帳」のようなサービスを思いつく。

「ガラケー(当時主流だったフィーチャーフォン)向けにシステム手帳のようなサービスを開発すればニーズがあるんじゃないかと思った」と根岸氏は当時を振り返るが、すぐにその考えは甘いことを痛感した。

「とりあえずサービスを開発してみたものの、あまりにも(サービスとしての)クオリティが低く、うまくいかないことが分かりました。当時はビジネスモデルやマーケティングを一切考えず、開発さえすればなんとかなるだろうと思っていたんです。いま振り返ると、すごい甘い考えで事業に取り組んでいたな、と思います」(根岸氏)

当時のDONUTSの資本金は2人がひねり出した350万円。「とにかく稼がなければ資金がなくなる」という危機感を抱いた西村氏と根岸氏は自社サービスの開発をストップし、受託開発でまずは収益を稼ぎ、経営基盤を固めることにする。

「その頃は今のように起業する環境は整っていなかったので、ベンチャーキャピタル(VC)から資金調達する考えも一切ありませんでした。とにかく受託開発で食いつなごう、ということですぐに方針転換し、自社サービスの開発は一旦ストップしました」(西村氏)

そんな経緯で始まった受託開発だが、すぐに軌道に乗り始める。当時、社内は西村氏、根岸氏、アルバイトが数人という体制で人件費がかからなかったため、通常の開発会社よりも10分の1ほど安い価格で開発の初期費用を提案したところ、何件もの契約を獲得できた。そこには、現在手がけるSaaS的な発想もあった。

「初期費用は安くし、保守・運用の費用は一般的な価格にする。そういう契約内容にした結果、1年くらい経った頃には受託開発の収益だけで、会社の毎月のランニングコスト(維持管理費)をまかなえるようになりました」(西村氏)

安定して収益が上がるようになったことで、DONUTSは再び自社サービスの開発に取り組み始める。その結果、誕生したのが女性向けハウツーサイト「​ハウコレ」とクラウド型の勤怠・シフト管理システム「ジョブカン(現・ジョブカン勤怠管理)」だった。

アルバイトが開発したゲームが想定以上の大ヒット

自分たちの会社に必要な勤怠管理のシステムを自分たちでつくってみる──そんな考えで、ジョブカンは生まれた。その後、知人や友人の会社に無料で提供してみたところ好評だったため商品化したが、全く売れない日々が続く。

「今であれば、競合企業がどのくらいいるのか、市場規模はどれくらいか。いろいろ調べた上でサービスの開発に取り組みますが、その頃は何も考えずに『とりあえずやってみよう』という感じで始めてしまったんです。売り始めた後に競合が100社ほどいることに気づき、『さすがにまずい』となりました。実際、年間で1〜2件の契約しか獲得できませんでした」(西村氏)

ジョブカンが全く売れない中、DONUTSの転機となったのが2011年にリリースしたゲーム「単車の虎」の大ヒットだった。西村氏は当時をこう振り返る。

「ジョブカンが全くうまくいかなかったので、他のこともやろうと考えてました。そうした中、あるアルバイトのエンジニアがメインとなり、5人ほどのチームで開発したのが単車の虎だったんです。開発費は500万円ほどでまったくプロモーションしなかったにもかからず大ヒットしました」(西村氏)

「単車の虎」公式サイトのスクリーンショット
「単車の虎」公式サイトのスクリーンショット

小さなチームで作った単車の虎はこれまでに累計100億円以上の売り上げを生む“ドル箱事業”となった。だが大ヒットの裏ではトラブルも数多く発生した。当初はデータベースの設計に問題があり、サービスが頻繁に止まった。毎日1000件以上の問い合わせが来る日々が1カ月ほど続いた。

「当時は本当に大変でした。ですが、問い合わせのおかげでユーザーが何を考えているのかということが分かるようになり、すごく勉強になりました」(西村氏)

数千万単位の広告費投下でサービスをグロースさせる

単車の虎が大ヒットするかたわら、西村氏の頭の中には「ゲーム事業のみの一本足打法だけで会社を経営していくのは危険だ」という考えがあった。2000年代後半から2012年5月の消費者庁による「コンプガチャ規制」までは、いわば“ソーシャルゲームバブル”の時代。数多くの会社がモバイル・スマートフォンでのゲーム事業に参入したが、バブル後には撤退や買収、倒産の憂き目にあった。

例えば、当時二大ソーシャルゲーム会社と言われていたDeNAやグリーは“コンプガチャ全廃”によって、それまでの高い成長率を維持できず減収・減益に陥った。

「当時、名だたるゲーム会社ですら失敗するニュースを耳にしていたので、『ゲームだけをやっているのは危ない』という思いがありました。ゲーム以外にも安定して収益を稼げる事業をつくり、会社のランニングコストをすべてまかなえるようにしようと思いました」(西村氏)

そんな考えのもと、DONUTSは単車の虎で稼いだ収益をすべてジョブカンに投資していく。毎月、2000〜3000万円ほどの広告費を投資したという。

「今だと広告費に2000〜3000万円を投資するのは普通のことだと思いますが、当時、SaaS事業にそれほどの広告費をかけている企業はいなかった。だからこそ、大量の資金を投下することでサービスを伸ばしていくことができました。最初はリード獲得の効率が悪かったのですが、2000万円も広告費を投資するとかなりPDCAがまわせるので、試行錯誤を重ねた結果、少しずつリード獲得できるようになっていったんです」(西村氏)

ゲーム事業で稼いだ収益を他の事業に充てる──その過程で得たノウハウをもとに、ジョブカンは勤怠管理から始まり、ワークフロー、経費精算、給与計算など横展開していく。

「一般的に企業はマーケティングをする際、まずはサービスを開発し、リリースした後にどうプロモーションしていくかを考えると思います。ただ、僕たちはリリースする前から、いくら広告費を投資したら、どれくらいリードが獲得できるのか、また営業体制はどうすればいいのか、すべて分かっています。そのノウハウを活用することで、中には初月で100社の有料契約を獲得したサービスも生まれています」(西村氏)

買収がきっかけで誕生した「ミクチャ」

DONUTSの公式サイトより
DONUTSの公式サイトより

そうしたグロースの手法はほかのサービスにも活用されている。2013年12月にリリースした、動画共有SNS「MixChannel」(現在はライブ配信アプリ「ミクチャ」にリニューアルしている)もそのひとつだ。このサービスの誕生は、2012年12月にDONUTSが就活生に特化したランチマッチングサービス「ソーシャルランチ」を運営していたシンクランチを買収したことがきっかけとなっている。

「福山くん(シンクランチ共同創業者の福山誠氏)は過去にDeNAでインターンしていた時期があり、もともと顔見知りだったんです。彼から『ソーシャルランチの売上があまり伸びないので、カジュアルゲームをつくってそこに広告入れて稼ごうと考えている』と相談されたときに、それをやるくらいならDONUTSに入って、新しいサービスを開発した方がいいと言ったんです。そこからシンクランチの買収が進んでいきました」(西村氏)

DONUTSの傘下に入った後、福山氏が西村氏に提案した新サービスのアイデアが「動画」と「ヘルスケア」の2つだった。ヘルスケアはデバイスの開発など参入のハードルが高いことから、最終的に動画で新サービスを開発することにする。

「その頃、米国で6秒動画アプリの『Vine』(のちにTwitterが買収し、2017年にサービス終了)がはやっていたこともあり、短尺動画という切り口であれば成功するのではないか、と思いました。最初はクローズドな短尺動画サービスを開発したんですが、その1週間後くらいにLINEから似たようなサービスがリリースされ、『これは絶対に勝てない』と思い、そのサービスは1カ月でクローズしました。そこから何かアイデアはないかを考えた結果、当時のMixChannelに行き着きました」(西村氏)

リリース後、ジョブカンと同様に広告費を大量に投下し、プロモーションをかけていく。西村氏によれば、当時始まったばかりのセルフサービス式のTwitter広告(Twitterアカウントを持っているユーザーであれば誰でも気軽に出稿・運用が行えるというもの)に毎月5000万円ほどの資金を投下し、新規ユーザーを獲得していったという。

その後、順調に成長を遂げていったMixChannelだが、西村氏は「このまま同じ形でサービスを続けていても面白くない」と考え始める。

「個人的に女子中高生向けのサービスは3年で飽きられるという感覚があって。これまでにも『Decolog』や『前略プロフィール』などがすぐに飽きられて衰退していきました。当時のMixChannelは年間で売上10億円、利益2〜3億円くらいのサービスになる見込みはありましたが、今の状態を続けていても良くないと思い、方針転換することにしました」(西村氏)

当時、西村氏は偶然にも中国へ出張する機会があり、現地でライブ配信アプリ「17LIVE」を筆頭にライブ配信がはやっていることを知る。それがきっかけとなり、ミクチャは動画共有SNSからライブ配信アプリへとサービスの方向性を変えた。

「最初の頃、ライブ配信は今ほど盛り上がっていなかったですし、視聴者に“投げ銭をする”という感覚もありませんでした。ただ、参入のタイミングが早かったので、ライブ配信市場の主要のプレーヤーになれました。今では年間10億円以上の売り上げを記録しています」(西村氏)

みんなが反対することにこそ、大きなチャンスがある

数千万円単位の広告費をかけて、サービスを伸ばす──これがジョブカンとミクチャの共通点だが、実はもうひとつ重要な共通点がある。それが過去に社内外を含め、多くの人から「絶対にうまくいかない」「失敗するからやめた方がいい」と言われていたことだ。

「ジョブカンとミクチャの部署は数年前まで赤字で、いわば“お荷物部署”でした。社内外から『なんでこんなサービスやっているの?』とも言われましたし、一時期は毎月のように、部長、副部長クラスの人材が辞めて退職率が上がったこともあります。ただ、結局はとらえ方次第だなと思っていて。もうダメだと思ったらそこで思考が停止してしまいますし、どうにかしようと思えばどうにかなる。とにかく淡々とやるべきことをやっていきました」(根岸氏)

DONUTS取締役の根岸心氏
DONUTS取締役の根岸心氏

とにかく淡々とやるべきことをやる。なぜ、DONUTSは目の前の“コト“に向き合うことができたのか。その背景には外部から一度も資金調達せず、自己資本による経営を貫いてきたことが関係している。

今や起業したら、VCなどから資金調達する選択肢が一般的になった。急成長・急拡大を目指すために外部から資金調達することは1つの選択肢であり、スタートアップの世界では1つの正解と言っても過言ではない。だが外部からお金を預かる以上、当初の事業計画に沿った成長が求められるし、事業がうまく回らなければピボット(方向転換)や役員の交代、場合によっては株式の買い取りなども求められる。

その結果、100%自分たちの思うとおりの意思決定を下せないスタートアップも少なくない。だが、DONUTSは自己資本経営を貫いたからこそ、外部の意見を聞く必要がなかった。

「何か新しいことをやろうと思ったときに、みんなが反対するのは当たり前のことなんです。だからこそ、反対の声は無視すればいい。自分たちが信じたやり方を貫き通し、無視できる環境だったことが、成功の要因だと思います」(西村氏)

「プロダクトにはそれぞれ成長のために必要な期間、必要なお金があると思うのですが、それがいろんな形でいつの間にか歪められてしまう。そうした中、僕らはプロダクトのことを第一に考えて、成功のために突き進める。それが他社との違いだと思います」(根岸氏)

純粋にプロダクトのことを考えて勝負できる環境がある

それぞれの事業で培ってきたノウハウを生かすことで、成長を遂げてきたDONUTS。売上高は160億円を突破する規模になったが、さらなる成長を目指し、新たな一手にも打って出ている。主婦の友社から女性ファッション誌「Ray」の関連事業を買収したこと、会計ソフト「ツカエルシリーズ」を開発するビズソフトを買収したことがその一例だ。

「ビズソフトが開発するツカエルシリーズはすごく良いシステムなのですが、広告費は年間100万円しかかけておらず、営業体制も整っているとは言えませんでした。システム自体はよくできているので、僕らのマーケティング力を掛け合わせれば、(競合サービスを提供する)マネーフォワードやfreeeにも勝てると思っています。また、Rayを買収したのも、出版領域でも事業を伸ばす自信があるからです」(西村氏)

ゲーム、SaaS、ライブ配信。全く異なる事業を手がけているように見えるが、「実はシナジーがある」と根岸氏は語る。

「1つ例を挙げれば、ジョブカンのCMを撮影しているのはミクチャの撮影チームだったりします。全然つながっていないように見えて、実はつながっているんです。資金調達して、ひとつの領域を突き詰めていくのもひとつのスタイルだし、自分たちみたいに資金調達しないからこそ、いろんな領域で事業を展開でき、いろんなつながりをつくることができる。社内にいくつもスタートアップをつくっているようなものです」(根岸氏)

社会を変える、世界で勝負する──起業したときにそう語っていた起業家であっても、いつの間にかイグジット、すなわち上場や売却をゴールにしているのではないか。そうやゆされることは少なくない。DONUTSは上場という選択肢を積極的には考えていないという。

「正直、上場のタイミングを逸してしまったところもあるのですが、市場は複数の事業を展開するコングロマリット企業を過小評価するところがあります。また上場することで外部への説明責任も増えてしまい、自由にやりたいことができなくなる可能性もあるので、DONUTSにとって上場することはあまりメリットがないと思っています」(西村氏)

スタートアップ黎明期に誕生し、15年目を迎えたDONUTS。今後も新規事業の立ち上げやM&Aなども積極的に展開し、さらなる成長を目指していくという。

「外野が余計な口を出しをせず、本当にプロダクトのことを考えて勝負できる環境がDONUTSにはある。今後も新しい事業をどんどん仕掛けていきます」(西村氏)