リクルートホールディングス代表取締役社長兼CEOの出木場久征氏
リクルートホールディングス代表取締役社長兼CEOの出木場久征氏
  • 売上ではなく「便利」を追求し続ける
  • 会社と個人の関係性はどうあるべきか
  • 「ボタン1つで仕事に就ける世の中」とは何か
  • 30年続ける覚悟でやれば、成功しないビジネスはない
  • リクルートの社長にしかない盛大な“アドバンテージ”
  • 「日本はGAFAを目指さなくていい」

「社長になってから変わったことなんてないですよ。昔も今も常に30年後にどうなっていたら世の中がよくなるのかだけを考え続けています」

屈託のない笑顔でこう語るのは、2021年4月1日にリクルートホールディングスの代表取締役社長兼CEOに就任した出木場久征氏だ。

1999年に新卒でリクルートに入社した出木場氏は旅行サイト「じゃらん.net」、ヘアサロンなどの検索予約サービス「ホットペッパービューティー」の予約システムのオンライン化を推進。2012年には求人版Googleとも呼ばれる米国の求人情報サービス「Indeed」の買収を主導、買収後は同社のCEOに就任して業績を拡大させた実績を持つ。2012年当時、Indeedの名前を知る人はほとんどいなかったが、今や世界最大の求人情報サービスに成長。世界60カ国以上で利用され、月間ユーザー数は2億5000万人を誇る。

出木場氏が主導したIndeedの買収効果によって、2012年3月期に3%だったリクルートホールディングスの海外売上高比率は2021年3月期で45%になるなど、10年でグローバル化を遂げている。

リクルートホールディングスの2021年3月期連結決算は新型コロナの影響を受け、旅行予約サイトや飲食サイトを含むメディア&ソリューション事業が減収。売上収益は前年比5%減の2.2兆円、純利益は同27%減の1313億円となったが、Indeedを中核とするHRテクノロジー事業は成長を遂げ、今や全社の利益の3割近くを占めるようになっている。

リクルート変革の立役者でもある出木場氏は、新卒で入社以降、どんな考えで仕事に向き合ってきたのか。また社長に就任してから何を考えているのか。「ボタン一つで仕事に就ける」と語る、出木場氏の考えに迫った。


売上ではなく「便利」を追求し続ける

──リクルートホールディングスの社長就任から3カ月が過ぎました。ご自身にどんな変化がありましたか。

僕の仕事に対する姿勢が何か変わったかというと、何も変わっていなくて。まあ、日常で変わったことがあるとしたら「リスクがあるので株主総会の前のゴルフは控えてくださいね」と止められたり、「大企業の社長ってこういうことも気をつけなきゃいけないのね」と思うようなことが増えたくらいです。

社長になった前と後でやっていることは同じ。つまり、「30年後にどうなっていたら世の中がよくなるのか」を考え続けているだけです。

10年以上前に「じゃらんnet」や「ホットペッパービューティー」の予約システムをオンライン化したときから、ずっとそれしか考えていないんですよ。

──その頃の出木場さんが何をしたのか。あらためて教えていただけますか。

当時のホットペッパービューティーの予約システムは、「予約の申し込みを入れた後、24時間以内に店から確定メールが来たら予約が成立する」という仕組みだったんです。

僕は「こんなのあり得ない! 全然便利になっていない」と言って。「髪を切りたいと思ったその日に予約が確定できる"即時予約システム”じゃないと意味がない」と主張したんです。当時、社内の反応はネガティブでした。「即時予約のシステムを導入してくれる会社は数十社しかない。メール予約だと何千社と対応してくれる。売り上げが断然違う」と。

それに対して「売り上げの違いは関係ない。ユーザーにとってどっちが便利か。便利なほうがいいに決まっている」と言い続けたんです。

そもそも、会社がなぜ存在するのか。その会社がつくるプロダクトやサービスによって世の中が便利になるからです。つまり、人が喜んで使ってくれるものを生み出すからじゃないですか。スタートアップを創業する起業家の多くが、最初の頃に決意するはずの「世の中を変えてやるぞ」という、あの気持ち。

もっと便利なものを、もっと手軽に、もっと安く。それが世の中によっての会社の存在価値だってことを、創業から何年経っても毎日毎日考えないといけないのに、いつの間にか「今期の売り上げ目標を達成できたか」とか近視眼的になってしまう。考えるべきはこっちでしょ、と言い続けるのが今の僕の仕事だと思っています。

──会社の存在価値を常に問い続ける。どんな視点が必要でしょうか。

今まで何をやってきたかは関係なく、“本当に喜ばれる姿は何か”だけを考える。僕が「じゃらんnet」の開発を担当したときも、当初は「現地の情報を聞いたり、いろんな条件を相談したりして予約できる旅行カウンターのほうがいいんじゃないか」という反対意見が多かったんですよ。「ネットで簡単にピッと予約できるなんて、旅行の楽しみを奪うことにならないか」と。けれど実際には、即時予約を実現したことで、旅行マーケットは格段に広がったわけです。

もちろん、時間をかける良さが価値になる分野もあるでしょう。僕はそれを否定しません。けれど、そうじゃない可能性は十分にある。選択肢として世に出せば、あとはユーザーが決めてくれる。3日煮込んだスープを使って1日500杯限定のラーメン屋を出すのか、世界中で1億人が食べるカップラーメンをつくるのか。どっちも正しいし、どっちも価値です。

会社の強みや規模によって提供できる価値は変わります。では、自分たちはどういうかたちであれば、その会社が社会に喜びを提供できるか。喜びが最大限になるにはどうあるべきかを毎日考える。そんな議論を1日中できていれば、自然といい会社になっていくはずです。

だから僕は会議の途中で話をさえぎってでも、「今までの議論の中に、僕たちの価値をどう増やすかという視点は1ミリでも入ってた? 95%はどうでもいい話だったよね」と言っています。

会社と個人の関係性はどうあるべきか

──2012年には米Indeedの買収を牽引し、CEOとして業績を大きく伸ばして、HR分野を開拓。リクルートを「海外で稼げる会社」へと導かれています。大胆な改革へとつなげる決断力、リーダーシップをどのように発揮しているのでしょうか。

そこまで会社を背負っている感覚はないんですよ。ただ純粋に、自分が「これだ!」と信じられるもの、情熱を注げるものに出会ったときに素直に行動するだけ。「こっち来いや!」とまわりを引っ張るのではなくて、「この指とまれ!」的な巻き込み方をしていると思います。

「僕はこのやり方でやりたいんだけど、一緒にやりたい人はいますか」と世界中で言って回っている感覚ですね。やっぱり、会社の原動力になるのは、一人ひとりの情熱。同じ思いを持って同じゴールを目指せる人をサークルメンバーにしていくことが僕の役割だと思っていますし、それぞれの持ち味や強みを伸ばすことに時間を使える会社でありたい。結果的には、Indeedの初期メンバーは今もほとんど残ってくれているのは嬉しいですね。

逆に、もしも違和感があるならいつでも辞めてくれて大丈夫だとも伝えています。その人の能力や持ち味が最も発揮できる場がここではない他にあるであれば、そっちで頑張ってくれるほうが、本人、会社、世の中の3者にとってハッピーじゃないですか。会社と個人の関係は、本来そうあるべきだと思っています。

──働き方、そして個人と会社の関係について強い思いを感じます。

僕も若い頃から「いつでも辞められる自分でいたい」と思っていました。実際、今日辞めても生きていけるという実感があれば、思ったことをなんでも生意気に言えるようになるんですよ。親父から教わった「肉魚戻れないの法則」というのがあって、「いい肉、いい魚の味を覚えたら、二度と安い肉には戻れなくなる」と。

確かにそうだなと思って、若い頃は生活費を倹約しました。西葛西の家賃12万円のマンションに家族で住んで、食費は2万円に切り詰めてもらって。この生活を維持できれば、いつ会社をクビになっても生きていけるだろうと思えていたから、先輩や上司にも「こんなのあり得ませんよ!」と言いまくれたわけです。

新入社員時代も日報を書くのを3日で諦めて上司にめっちゃ怒られましたけれど、「本当にできないので、すみません」と言っていました。それでクビになるなら仕方ないし、そのための準備として生活費の節約。おかげで妻も節約グセが染み付いていて、役員になった後に移ったアメリカで「久しぶりに山芋を食べたいな」と言ったら「無理。5ドルもして高いんだから」と返ってきました(笑)。

「ボタン1つで仕事に就ける世の中」とは何か

──今後もHR事業に注力し、「ボタン1つで仕事に就ける世の中を目指す」という方針を打ち出しています。どんな未来をイメージしていますか。

全然難しいことは考えてなくて、「もっとこうだったらいいのに」と思い描けるものを実現したい。例えば、宮本さん(筆者)は今フリーランスとのことですが、その前はどこかに勤めていましたか?

──はい。出版社に10年ほどいました。

なぜ転職ではなく独立を選んだんですか? もちろん希望があってのことだとは思いますが、おそらく先輩や周りの様子を観察して、「なんとなくそういうものかな」と選択したのではないですか。もしも、当時の宮本さんに僕が会って「実は、うちの会社の広報誌をグローバル展開する予定で、その開発を一緒にやってくれませんか。年収は今の1.2倍くらいなんだけど、とりあえず話を聞いてみてくれませんか」と言われたら、話を聞きました?

──聞いてみたかもしれないですね。

そうですよね。僕の場合は歴史がすごく好きだから、リクルートの社長を辞めた後にやりたいことの1つとして、「歴史に名を残す偉人たちの決断の物語を、世界中の子どもたちに伝える仕事ができないかな」とぼんやり思っているわけです。

でも、今の転職サービスで、「歴史」「仕事」「パートタイム」とか検索すると、全然希望と違う職業を提示されてしまう。どんなに優れたベテランエージェントでも、膨大なデータベースのすべてを分析するのは不可能ですし、どれだけいい情報を持っていたとしても、提示するベストタイミングを探るのは難しい。

仮に「そろそろ転職考えているでしょ? 世界中の情報を全部リサーチしてるんだけどさ、インドで始まる歴史教育改革のアドバイザーの募集がさっき出たよ。興味ある?」と言ってくれたらすぐに話を聞きたいのに、そういうレコメンデーションは全然来ない。仕事って、1人の人生の幸福度をいくらでも高められる素晴らしいものなのに、その最適な提案すら全然まだできていない。僕は本当に悔しいですし、申し訳なくてたまらないんですよ。

そんなことすらできていないのに、「(Indeedは)世界一ユーザーのいる求人サービスです」なんて言うのは恥ずかしいくらい。そんなこと言っている暇があったら、僕に今すぐ最適なレコメンドメールをよこせ! と本気で思うんです。「そろそろ転職かな」と思った瞬間に、最高にワクワクするようなオファーが届く。そんな世の中を実現したいんです。

──AIの力で、本人さえ気づいていないニーズを掘り当てて、ジョブマッチングするということですね。

技術的なピースはすでに揃っていて、本気で実現しようと思えば、そんなに難しいことではないはずなんですよ。

車の自動運転技術も、その一部を構成する速度制御の技術は30年くらい前にすでに完成していたそうです。ただその時に「高速道路で車を走らせるときに、時速80kmをキープする技術をつくるぞ」というビジョンで止まるのか、「いつか自動運転にまでしてやるぞ」と思えるのか。後者のほうがずっと楽しいじゃないですか。“ボタン一つで仕事に就ける”に関しても、僕はIndeed買収に関わった10年前からずっと言い続けていること。みんな鼻で笑っていましたけれど、着実に近づいている手応えは感じていますよ。

Photo:SOPA Images /gettyimages
Photo:SOPA Images /gettyimages

30年続ける覚悟でやれば、成功しないビジネスはない

──多くの人は「確実にできそうなことからチャレンジする」という癖がついてしまっているのかもしれません。今見えている風景から飛躍した未来を描いて、そこに挑む。そのために何が必要だと思いますか。

たとえうまくいかなかったとしても「少し早過ぎたな」と思えばいい。そもそも、失敗と確定するにはスパンが短過ぎる場合が多いと感じますね。10年、20年とやり続けたら、いずれは必ず成功するんですよ。

いかに今の風景のずっと先にある未来を描き、本気でつくれるか。ホットペッパービューティーの予約システムをオンライン化しようとしたときも、顧客である美容室側も現状で満足していて、営業も「予約の99.9%は電話で入る。ネット経由はわずか0.1%。そのわずかの枠のためにシステムを導入してくださいと説得するのは無理」と消極的でした。

だからこそ、「いつ参入するの? 今でしょう」ということです。どこかのベンチャー企業が始めて、他社も始めて、インターネットをみんなが使うようになって、全部お膳立てができてからようやく腰を上げるのでは遅い。だったら、インターネット予約という文化をつくってしまう。ルールチェンジできる側に立ったほうが面白いじゃないですか。

当初はすぐには結果が出ずに、「ほら、何も知らない出木場がいい加減なこと言うから」と悪口を言われましたよ。ホットペッパーの前にやった「じゃらん」も、最初は青森県内で予約できる宿が1件だけというひどい状況からのスタートです。

2003年頃は、そもそもパソコンにネットをつないだ旅館が少なかったですからね。「じゃあ、僕たちがつなげるしかないじゃん」と言って、全国の旅館を回って、まずADSLの説明から始めましたもん。「今、NTTでADSLの2本引きキャンペーンやってますよ。あと、パソコンはジャパネットたかたが安く買えますよ」とか言って、一体どこの営業か分からない(笑)。そうやって地道に即時予約という新しい習慣を旅行業界に広げていったんです。

その後にホットペッパーの部署に移ったら、「出木場さん、美容室はパソコン導入率30%です。100%入っている旅館とは違うんです」と抵抗されて。「いやいや、俺が始めた時は30%以下だったから!」と。できない理由なんてどこにもないって話です。

結果が出るまでには時間はかかりましたけれど、たまたまスティーブ・ジョブズがiPhoneを作ってくれたのが超ラッキーでユーザーが一気に増えました。でも、それは運が良かったのであって、「◯◯年後にはアップルがスマホを作るはずだから」なんて予測はもちろんしていないわけです。30年続ける覚悟でやれば、成功しないビジネスはないでしょう。その間の金回りと、関わる人たちが報われる評価の仕組みだけをセットすればいいだけ。まあ、無責任といえば無責任ですけどね(笑)。

リクルートの社長にしかない盛大な“アドバンテージ”

──出木場さんは学生時代に起業もしていて、リクルートを辞めて自分の事業に専念することも考えたこともある、と。リクルートに残ってよかったと思いますか。

稼ぐことだけ考えれば、サラリーマンを辞めて自分の会社をやっていたほうがよかっただろうと、今でも思いますよ。1000億円とか5000億円を1人で稼げる道はあった。でも、なぜ儲からないほうを選んだのかというと、やっぱり世の中にインパクトを与えられる規模の違いですよね。偉大なる先輩たちが築いてきた資産を受け継いで使えるという、盛大な“アドバンテージ”。これ、すごい価値だと思うんですよ。

大企業で働くメリットは、このアドバンテージを使える権利です。この権利を与えられているんだから、上司がうるさいのは当たり前でしょう。それが嫌なら全部自分でやってみれば、と言いたい。大変ですよ、全部を自分でやるのは……。

僕はリクルートは大きな規模の価値を出せる会社だと思っているから、そこに懸けて夢中になれるし、面白がれる。10年以上前の社内報に出て目標を聞かれたときに「(Indeedで)5億ユーザーを目指したい」と言ったんです。軽くみんなに笑われたんですけれど、僕は正気でしたよ。

仕事をしていて一番嬉しいのは、街中を歩いていて、ふと「このお店、ホットペッパービューティー使って予約できるよ」みたいな会話が聞こえてくる瞬間です。ああ、届いているなぁと実感できるわけです。

最近は「Indeed」のロゴ入りTシャツを着てアメリカに入国しようとすると、結構高い確率で入管職員から声をかけられるんですよ。「Indeedで働いているのか? いいよな、あのサービス。実は俺もそれで転職したんだぜ」って。すかさず「知ってる? 書類にも書いた通り、僕がトップなんだ」と言うと、「オーマイガー! おい、みんな、ここにIndeedのトップ がいるぞ!」と盛り上がったり(笑)。僕にとっては、喜ぶ人を今日も増やすことができていると思える日常が、大金を稼ぐよりもずっと重要なんです。

「日本はGAFAを目指さなくていい」

──世界を舞台にビジネスを成功させてきた出木場さんから、日本企業、そこで働く人たちがもっと力を発揮するためのメッセージをお願いします。

「日本からGAFAはなぜ出ないのか?」とよく語られますが、日本がダメだと勘違いしないでほしいと、まず言いたいですね。よくシリコンバレーと比較して語られますが、あのエリアは世界の中でも特別な場所。アメリカの東海岸からも特別視されているくらいです。

ウィンブルドンにテニス選手が集まるように、シリコンバレーという場所に世界中から人が集まっているだけ。実際、非アメリカ人がたくさん活躍しているわけです。だから、日本人はそれぞれのやり方で、それぞれが「この未来をつくりたい」というビジョンに向かって着実に進んでいけばいい。

スタートアップ業界が成熟するのも、もう少し時間が必要でしょう。日本は起業時点の年齢が若過ぎると思います。20代で起業する若者がもてはやされがちですが、本当は30代半ばから40代くらいで起業するほうが絶対に成功確率は高くなる。知識と経験を積んで、ネットワークも広がっているんだから、若い時より成功確率が下がる理由がないじゃないですか。リクルート出身者は若くして起業する文化があるけれど、10年くらい経つとみんな「今やるほうが絶対うまくやれる自信がある」って言ってますから(笑)。

僕もいくつか起業のアイデアはあります。でも、別に急がなくてもいつでもやれるという気持ちでいます。その時は「食ってくために」とあくせくせずに、与太話の延長で純粋にやりたいことができるんですよ。

売り上げのために受託仕事に依存する必要もないし、リスクを取る余裕があるからイノベーティブなサービスを生み出せる可能性も高い。ある程度のビジネス経験を重ねた層の起業がもっと促進されると、日本は世界に向けてユニークな価値を発信できる国になるんじゃないかと期待しています。僕の目の前はまだまだ宿題だらけです。少しでも早く便利な日常を世界中の人に届けられるように頑張ります。