
- 6G/Beyond 5Gは「空」がフロンティアに
- ソフトバンクは6Gで「空」に強み
- 成層圏で基地局網を構築する「HAPS」
- 競合ひしめく衛星ブロードバンド
- 電波利用も未知の領域に
日本では2020年に5Gの商用サービスがスタートしたばかりだが、携帯キャリア各社はすでに次世代の通信技術に向けて開発を進めている。
「6G」や「Beyond 5G」と呼ばれる次世代技術でスマホはどのように変わるのか──ソフトバンクの例を引きつつ概観してみよう。
ソフトバンクは技術展示会「ギジュツノチカラ」において、5Gの次世代に向けて開発している通信技術を公開した。そこからは10年後のテクノロジーの姿を垣間見ることができた。
6G/Beyond 5Gは「空」がフロンティアに
モバイル通信はおよそ10年ごとに新技術に世代交代し、そのたびに加速度的な高速化を進めてきた。6G/Beyond 5Gも現世代の5Gの登場から10年後、すなわち2030年頃の商用化が見込まれている。

現時点で6G/Beyond 5Gの国際標準規格は存在せず、その全貌をつかむことはできない。しかし、6Gの技術標準に向けて開発を進める各国の通信キャリアや機器メーカーにはある程度共通した将来像が見えているようだ。
5Gが最大10Gbpsまでの高速化を見据えているのに対し、6G/Beyond 5Gでは100Gbps~1Tbpsと10~100倍の高速化を見込む。加えて地上の人がいる場所だけでなく、森林や砂漠のような人がいない地帯、さらには上空や海中といった、これまで携帯電話がつながらなかった場所までエリア化される可能性がある。

4G LTEまでのモバイル通信は基本的には「ヒトが持つ携帯端末」のための技術だったが、5GではIoTや自動運転、ロボット、ドローンなど、モバイル通信でモノを制御するような用途も増えていく。6G/Beyond 5Gではそうしたモノごとに必要な機能を提供できるように、ネットワーク側の機能も拡張される。
例えば、センサーのような小さな機器を大量に設置する際には、低速で安価な通信方法が用意される。ネットワーク側にAPIによる機能連携が用意され、人を介さず契約から決済まで可能となる。こうした機能はKDDIとAWSやソラコムが提供しているが、6G/Beyond 5G時代にはより当たり前になっていくだろう。

ソフトバンクは6Gで「空」に強み
6G/Beyond 5G時代で描かれる未来像はまるでSFのような大きな物語であり、本当に2030年からの10年間で実現できるのか判断しがたいものも含まれている。いくつもの技術的挑戦を乗り越えたうえで、初めて実現する世界と言えるだろう。
2021年の今は、この基礎となる技術の開発を巡って、通信キャリアや機器メーカーがそれぞれしのぎを削っている状況だ。
ソフトバンクでは6G/Beyond 5Gのコア技術のうち「上空からのエリア化」と「超高速通信」の2つの要素技術を重点的に開発している。

上空からのモバイル通信エリア構築をめぐっては、大きく2つの方法が有望視されている。「成層圏プラットフォーム(HAPS)」と「衛星ブロードバンド通信」だ。ソフトバンクはその両方に関与している数少ない企業となっている。
成層圏で基地局網を構築する「HAPS」
HAPSとは、宇宙との境界面上にある成層圏で無人の飛行機や飛行船を飛ばし、地上に通信サービスを提供する仕組みのこと。成層圏は高度20キロメートルというモバイル通信の電波が届きやすい位置にあり、雲よりも高い高度を飛行するため、太陽光発電で長時間滞空可能という条件がそろっている。
HAPSを巡ってはソフトバンクが業界をリードしている状況にある。同社は米AeroVironmentと合弁でHAPSモバイルを設立し、実際にモバイル通信ができる無人航空機を開発。2020年10月に成層圏で5時間38分滞空し、Zoomによるビデオ通話にも成功している。

HAPSで必要となる技術は、成層圏で長時間滞空可能な無人航空機と、そこに搭載するペイロードだ。前者の無人航空機は「Sunglider」という翼長78mのグライダー型航空機が開発された。翼にぎっしりと敷き詰めた太陽光パネルを動力とし、自動制御で旋回飛行を続ける。モバイル通信の基地局整備を含む重さ約30kgのペイロードを抱えて、6カ月間滞空可能な性能を備えている。
ペイロードは、HAPSとスマホなどの端末をつなげるモバイル通信用アンテナ設備と、地上の固定局と接続するための無線通信設備、制御用のWi-Fiアンテナなどで構成される。

従来型の地上基地局のカバーエリアが最大でも直径キロメートルにとどまるのに対して、1つのHAPS基地局がカバーできるエリアは直径200キロメートルに及ぶ。ユーザーが少ない山間部や海上も、HAPSなら効率的に通信サービスを提供できる。
HAPSが飛行する高度20キロメートルの成層圏は、これまで人類が利用してこなかった空域だ。既存の機器では動作が難しい気象環境であるため、それを乗り越える工夫が必要になる。
成層圏の下部では気温がマイナス70度まで気温が低下する空域もあるが、上昇するほど気圧が低くなるため、熱がこもりやすくなるという性質もある。この相反する課題を解決するため、HAPSのペイロードには耐寒シールドを備えつつ、必要な機器だけを温める小さなヒーターが50個ほど配置されている。


HAPSの実現にはモバイル通信技術においても、従来の基地局では生じないない課題が存在する。その1つが「フットプリント固定制御」の問題だ。通常の携帯電話基地局と異なり、HAPSは旋回飛行をし続けている。特定の範囲を携帯電話エリア化するためには、HAPSの動きにあわせてアンテナの方向を調整する必要があるという。そこでソフトバンクでは、下部の任意の方角に電波を送れるシリンダーアンテナを開発、試作している。


また、携帯電話基地局からアンテナを固定する部分には、通常は有線接続で電波をやり取りするが、HAPSのアンテナ部にはケーブルが絡まってしまうため、すべて有線化することはできない。そのためソフトバンクでは、無限回転可能なコネクターを通して電波を送信する仕組みを開発している。

ソフトバンクで先端技術の開発を統括する湧川隆次氏によると、HAPSは2023年頃までに基礎的な技術を完成させ、2025年頃から赤道に近い地域での運用を目指しているという。緯度が高い日本での常時運用は、現在の太陽光発電技術では難しいため、2030年頃をターゲットに開発を進めるとしている。

競合ひしめく衛星ブロードバンド
衛星通信自体は古くから存在するが、近年、地球低軌道(LEO)衛星を大量に打ち上げて、地上からの基地局並みに高速な通信を目指すという新しいプレイヤーの参入が続いている。

この分野で存在感が大きいのはイーロン・マスク氏が率いるSpaceX社で、すでに1800機もの衛星を打ち上げ、8月から北極と南極を除く全世界での衛星通信サービスを開始すると宣言している。
楽天モバイルは米AST & Science社に出資し、「スペースモバイル計画」を進めている。衛星から直接モバイル通信に利用する。同社の計画は高度700キロメートルから携帯電話向けの周波数帯を直接届けるもので、実現すれば衛星2基で日本国内をカバーできる一方で、モバイル通信の周波数帯では技術的に困難な挑戦も含まれている。
衛星ブロードバンド事業の困難な点はサービスを開始するまに大量の衛星を打ち上げる必要があることで、イーロン・マスク氏はMWC2021のインタビュー講演の中で「我々が今目指しているのは破産しないことだ」と冗談めかしく語っている。Facebookも計画を進めていたが、The Informationは7月13日付けの記事にて、Facebookが同事業で競合するAmazonへ売却したことを伝えている。

衛星ブロードバンド分野でソフトバンクグループはOneWebに出資したが、同社は2020年に資金繰りに行き詰まり、連邦破綻法11条(日本の民事再生に相当)が適用された。その後、ソフトバンクなどによる出資を受け入れて再度衛星の展開を進めている。
ソフトバンクはOneWebの衛星がHAPSを補完できると期待しているようだ。湧川氏は「OneWebとHAPSとの連携の議論を社内で進めている」と明かす。具体的な連携の方法については未定としているが、OneWebの衛星網とHAPSをつなぎ、HAPS経由でモバイルサービスを提供するといった連携が考えられる。
電波利用も未知の領域に
モバイル通信に利用できる電波資源には限りがあるため、電波を利用する携帯電話キャリアやテレビ局は免許制で割り当てを受けている。一方で電波の中にも、使われていない周波数帯が存在する。

5Gでは「ミリ波帯」の30GHz~300GHz帯が新たに規格化され、高速通信を実現するカギとなると見込まれている。6Gではミリ波よりさらに高い周波数帯、「テラヘルツ帯」の利用が見込まれている。テラヘルツ帯とは300GHz~3000GHz帯のことで、5Gで使われるミリ波帯の10倍の容量を備えている。

テラヘルツ帯はほぼ未開拓の領域だ。まずテラヘルツ帯ほど高い周波数ともなると、電波を作り出すこと自体が難しい。そのため現状ではほとんど利用が進んでいないという。
さらに、実用性の問題もある。一般に電波は周波数帯が高いほど遮蔽物に弱く、指向性が強くなる。離れた場所の端末と電波をやり取りするモバイル通信の場合、ビームのような通信信号を、端末に対して正確に当てるためのアンテナ技術が必要となる。

ソフトバンクでは前者の指向性の問題について、ユニークな解決策を提案している。「回転アンテナ」だ。原理はシンプルで、360度に回転するアンテナをパラボラアンテナのような反射版で拡散させる。壁などに当たると電波は減衰するため、端末が受け取る信号の総量は減ってしまうが、多くの帯域が使えるテラヘルツ帯なら十分な速度が出せるという。


現時点ではテラヘルツ帯の電波を作り出せるパワー・アンプが存在せず、アンテナもスマホに収まるようなサイズではない。テラヘルツ帯の実用化には半導体の高機能化を待つ必要があるだろう。ソフトバンクでは岐阜大学、NICTとともにテラヘルツ帯の超小型アンテナの開発を進めている。

また、テラヘルツ帯が実用化されると、モバイル通信に新しい機能が追加される可能性もある。テラヘルツ帯は指向性が高いため、モノに当たった反響波を分析することで、そのモノの形状を推測できるという。このテラヘルツ帯の性質は、空港などで不審物を判別するボディスキャナーとして実用化されている。

ソフトバンクでは6G/Beyond 5Gでのテラヘルツ帯の実用化によって、空間センシングワイヤレス電力伝送といった新しい機能が導入できないか期待しているという。