
- 「知財」を構成する4つの権利
- “造語“のサービスが招いた、事業成長をくじく権利闘争
- 権利の「明らかなフリーライド」を疑う商標登録も
- スタートアップが提示した、権利が市場を開拓する可能性
- 知財を知ることは、より良い世界の実現に直結する
ある日突然、特許権の侵害や商標登録のトラブルで訴えられてしまう──スタートアップの経営者は知的財産(以下、知財)の重要性を理解していないと、経営に大打撃を受けてしまうことがある。訴訟以外にも、例えば実証実験中の技術内容を大手企業に開示した結果、当該技術の改良版を特許として出願されてしまうといったこともある。
しかしながら、知財と聞くと「自分たちとはあまり関係のない特別な技術のこと」と考えてしまう人が少なくない。だからこそ、この記事を読む読者には、「特別な技術を持たない創業初期のスタートアップであっても、気づかぬうちに数多くの知財を保有している」ということを伝えられればと思っている。
「知財」を構成する4つの権利
まずは、知財に関して簡単に説明しよう。デザインやブランド、文章などのコンテンツ、営業秘密など、それらすべてが知財に該当する。
具体的には発明は特許権、デザインは意匠権、ブランド(ネーミングやロゴ)は商標権、コンテンツは著作権といった感じだ。営業秘密も法律(不正競争防止法)で保護される。
- 特許権:プロダクトの構造や機構、アプリケーションのアルゴリズムやUI、これらを含むビジネスモデル
- 意匠権:プロダクトの外形の他、WebサイトのUI、販促品などのグッズの外形
- 商標権:会社名、商品名、サービス名、世の中にはまだ存在しない新しいコンセプト名
- 著作権:ブログ・動画・音楽などのコンテンツ、プログラム、最近ではデジタルアート
これらの知財権は「早いもの勝ち」で権利の保有者が決定される。特許や意匠に至っては、世の中に公開された時点で、権利取得の道が閉ざされてしまう。何が言いたいのかといえば、「より良い世界を実現しよう」とスタートアップを創業した経営者には、知財の知識が必要不可欠であり、知財を活用する術を持ってほしい、ということだ。
“造語“のサービスが招いた、事業成長をくじく権利闘争
そこで知財の重要性が痛いほど理解できる実例を、いくつか紹介したい。まずは、現在も係争中の「Re就活」vs.「リシュ活」訴訟だ。
第二新卒向け転職サービスの「Re就活」(リシューカツ)を運営する学情が、大学生が履修履歴を登録することでオファーが届く逆求人アプリ「リシュ活」(リシュカツ)を運営する履修履歴活用コンソーシアムを商標権侵害で訴え、2018年に始まったこの訴訟は、もう3年ほど係争が続いている。

学情はドメインの使用差し止めと1億円の損害賠償請求を訴え、2021年1月には大阪地裁で一審判決が出て商標権の侵害が認定。使用差止と44万円の支払いを命じられた。履修履歴活用コンソーシアム側はこれを不服として控訴している。
一定の時期に、似たような造語のプロダクトが立て続けに出てくると、その流行の中で衝突することがよくある。「Re就活」vs.「リシュ活」訴訟は、その典型例だ。
学情は「リシュ活」が2005年に商標登録したRe就活に名称が似ているとして商標の変更を要求していた。履修履歴活用コンソーシアムは「特許庁の判断を仰ぐ」として同月、リシュ活について特許庁に商標登録を出願し、2019年9月に登録された。

商標登録のトラブルは、土地の区画のトラブルに似ている。事前に区画整理がされ、かつ登記ができていれば、こうしたトラブルは起きないはずだった。
まさに、“法の不知”が招いたトラブルである。
権利の「明らかなフリーライド」を疑う商標登録も
また、悪意のあるパクリ(盗作)によって、事業成長にストップがかけられてしまうことも少なくない。実際に私が担当したクライアントで、高輪ゲートウェイ駅にある無人コンビニなどを運営するTOUCH TO GOが、「明らかなるフリーライド」と思われても仕方がない仕打ちを受けたことがあった。
法人の設立に合わせて商標権を取ろうとしたところ、なんと2週間くらいの差で、誰かが「TOUCH TO GO」で商標登録を出願していたのである。法人設立前にメディアで大きく取り上げられたことがきっかけだった。苦労した末に先願を拒絶へと導いたものの、これだけ素早く商標登録に動いたとしても、トラブルが発生するケースは往々にしてあり得る。
本件では何とか難を逃れたものの、非常に例外的なケースである。通常は資本力がある大手の日用品メーカーなどがすでに全国で販売し、かつ大々的に広告宣伝しているようなものの商標でなければ、先願を退けることは難しい。
「こうした事態を避け、意志を持って事業を立ち上げる人たちが、事業成長に打ち込める環境の整備が必要だ」と感じたことがきっかけのひとつとなり、弊社のサービス「Cotobox」は誕生している。私は「知識が乏しかったために、価値ある事業が世に出ない」などということは、絶対にあってはならない事態だと考えている。
スタートアップが提示した、権利が市場を開拓する可能性
逆に、知財を活用して市場を開拓するスタートアップも存在する。
例えば、弊社の顧客でもある、CX(顧客体験)プラットフォーム「KARTE(カルテ)」を運営するプレイドがそうだ。彼らは“ちょっと意外な商標権の使い方”で、事業を成長させてきた。プレイドは、プロダクトをローンチする前の2014年に商標を出願している。
その際に、社名やプロダクト名だけでなく、彼らが作り出した「ウェブ接客」というコンセプトも商標登録していた。
プレイドはページビューやクリック、コンバージョンといった数字だけで顧客を理解するのではなく、まるで本当に対面しているかのような、きめ細やかな対応を可能にする未来を目指しており、独自にウェブ接客の商標権を取得していたのだ。
ウェブ接客という市場を創造し、正しい世界観を広めたかった。それと同時に、ウェブ接客が違った意味合いで使われるのを防ぎたかった、というのが彼らの狙いである。
今ではGoogleでウェブ接客と検索すると、「ウェブ接客のおすすめツール5選」のような記事が出てきたり、ウェブ接客をうたう競合のスタートアップも表示されたりする。
しかし、プレイドは今のところ「ウェブ接客」という言葉の使用を差し止めてはいない。その背景には、ウェブ接客をうたうプレイヤーが増えることでその概念を広め、市場を盛り上げるという意図があるそうだ。
もちろん、ウェブ接客をあからさまに用いた顧客誘引や悪意のある利用については、権利を行使することも可能だ。ウェブ接客という言葉の主導権はプレイドが握っている。商標を利用して権利を守るだけでなく事業創造に生かしている点が秀逸なポイントだ。
また、スタートアップではないものの、最近の注目すべき動きとして、Zホールディングス傘下のヤフーが、1785億円を支払って「Yahoo!」および「Yahoo! JAPAN」に関連する日本での商標権を取得したというものがある。
金額規模からしても、商標をはじめとする知財に莫大な価値があると理解できる事例だ。権利を保有していたVerizon Mediaによる事業再編の流れによるものだと思われるが、これによりヤフーは日本国内において知財(商標)戦略を自由に策定・実施できるようになる。
Zホールディングスとしては、グループ全体でより機動的な事業展開が可能になるため、これはとても良い動きだったと言える。
知財を知ることは、より良い世界の実現に直結する
企業規模の大小やどういったビジネスモデルかに関わらず、事業に携わる以上、必ず知財とは接点を持つことになる。例えば、あらゆるビジネスのスタート地点には、必ずネーミングが存在する。これから世界に放たれていくブランドに名前を授けるタイミングは、ビジネスと知財が最初に結びつく瞬間だ。
ネーミングが商標権として保護されないのであれば、ブランドにはなりえない。むしろ、競合他社に付け入る空きを与えてしまう。知財を知ることは、グローバルな事業成長、ひいてはより良い世界の実現に直結することなのだ。
また、NFT(Non-fungible token)やデジタルアートが盛り上がりを見せているように、知財を絡めた事業の存在感は今後も増していくだろう。商標や特許などの知財の価値を可視化したり、それを人に貸し出せるライセンス付与や売買のプロセスを簡略化したり、そこから得られる収入を正しく得られる仕組みができていくはずだ。
そうすると、プレミアムドメインの価格が上下するように、権利の価値をリアルタイムで可視化できるようになる。知財を担保にした融資や、知財価値を含めた企業価値算出も可能になる。そうした未来を先取る意味でも、経営者・事業家として、なるべく早い段階で知財に触れておくことをオススメしたい。