
- 新事業では飲食店向けのアプリを開発
- 飲食店が得られるメリットは“ファン”との接点強化
- 2つのChompyは“合流”へ
巣ごもり需要の拡大で昨年より利用が急増しているフードデリバリーサービス。先行する「Uber Eats」だけでなく、フィンランド発の「Wolt」や米国最大手の「DoorDash」といった黒船サービスが続々と日本ローンチするなど競争が激化している。そのためフードデリバリー各社はユーザー獲得のために巨額の資金をマーケティングに投じているのが現状だ。
お笑いタレントの浜田雅功さんを起用したテレビCMでおなじみ、日本発の老舗サービス「出前館」は広告宣伝費や人件費が増えたことで、2021年8月期の連結最終損益が215億円の赤字になる見込みだ。直近四半期では35億700万円の広告宣伝費を使用した。
1月に550億円の資金調達を発表したWoltや、ドイツに本社を置き累計で66億ドル(6600億円)以上を調達したDelivery Heroの「Food Panda」も、有名タレントを起用したテレビCMを流している。
“札束の殴り合い”とも言えるマーケティング合戦の様相を呈する中、日本のフードデリバリースタートアップ・Chompyはピボット(方向転換)を決意した。同社は2020年2月(当時はベータ版)よりフードデリバリーサービス「Chompy」を展開。チェーン店ではなく、個人営業の人気店を中心に掲載することでユーザー数を伸ばしてきた。
Chompyの会員数は6.5万人、利用可能な店舗数は1100店舗を超えるが、競合には遠く及ばない。例えば、出前館のユーザー数は392万人(2020年8月期決算時)だ。そこでChompyでは新たな収益の柱として、飲食店のアプリを開発し、顧客との接点強化を支援する新規事業の「Chompy(既存のフードデリバリーサービスと同名)」を立ち上げた。
「(競合と比較して)資本力がありません。今後、数百億円規模の調達をするという選択肢もありますが、そうした場合、市場で必ずいいポジションにいないと許されません。もしそうだとしても厳しい戦いになるというマーケットの事情があり、このタイミングでのピボットを決意しました」
「この意思決定は、『莫大な集客量を獲得するチャレンジを諦めた』という言い方もできると思います。200〜300億円を投資しなければ今意味のある規模感の集客ができない。200~300億円を誰が負担するのかというと、結局、飲食店やユーザーの手数料に跳ね返ってしまう。それは本質的ではない、という考え方です」(Chompy代表取締役の大見周平氏)
上場企業のぐるなびでさえ、外部資本頼りでフードデリバリーサービスを新規で立ち上げる。同社は8月25日、楽天グループならびにSHIFTとの資本業務提携、そして第三者割当増資による約33億円の資金調達を実施した。
ぐるなびはこれまでも楽天から事業承継した「楽天ぐるなびデリバリー」を展開してきたが、同サービスは自社で配送機能を持つ、デリバリーを専業とする事業者向けのマーケットプレイス。そのため調達した資金をもとに、配送機能を持たない加盟店のデリバリーを支援するサードパーティー型のマーケットプレイスサービスを構築するという。
新事業では飲食店向けのアプリを開発
Chompyの新事業は、中小規模の飲食店むけに専用アプリを開発するというもの。アプリで事前に注文・決済を行うモバイルオーダー機能を実装し、イートイン、テイクアウト、デリバリーといった注文方式に対応する。クーポン、スタンプ、お知らせ配信といった販促機能、集計・分析機能を用意し、サブスクリプション機能を追加する予定だ。今後はアプリだけでなくウェブサービスにも対応していくという。
利用料金は初期費用と月額固定費は無料で、注文方法に応じた取引手数料(決済手数料込み)を取る。手数料率はイートインでは(税込の商品総額の)4パーセント、テイクアウトでは6パーセント、デリバリーでは16〜26パーセントとなっている。
フードデリバリーサービスのChompyではユーザーが注文した商品をオンラインで単発で業務を請け負うギグワーカーの配達員が届けるが、その配達網は新事業でも活用される。飲食店の場所がChompyの提供エリア内(東京都渋谷区・目黒区・新宿区・豊島区・千代田区・中央区・港区の全域、世田谷区・品川区・中野区・杉並区・文京区の一部のエリア)の場合、配達員によるデリバリーが可能だ。
飲食店が得られるメリットは“ファン”との接点強化
Chompyでアプリを作ることで飲食店はどのようなメリットを得られるのか。大見氏は「手数料が安い」ことと「顧客との接点を強化できること」が強みだと話す。
「Uber Eatsや出前館は37〜38パーセント程度の手数料を取ります。利益を出すには商品価格を高くするしかありません。ユーザーにとっては買いづらいですし、ブランドイメージも毀損(きそん)します」(大見氏)
一方、専用アプリは開発のハードルが高く、マクドナルドやスターバックスといった大手や、スタートアップのCRISP SALAD WORKS、TOKYO MIX CURRYなど、一部の飲食店のみが提供するものにとどまっている。
だが専用アプリで得られるメリットは大きい。例えばマクドナルドの2021年12月期第2四半期決算によると、テイクアウト、ドライブスルー、デリバリーの売上が増加し前年比増収となった理由の1つは、デリバリーやモバイルオーダーを可能にするアプリの提供にある。CRISP SALAD WORKSやTOKYO MIX CURRYではアプリを提供することで、顧客体験を向上させている。
そのためChompyでは、資本力や技術力が不十分な飲食店でもアプリの恩恵を受けられるようにすることを目指す。
「Uber Eatsのようなプラットフォームを利用すると、飲食店は個人情報を取得できません。我々の作ったアプリでは購買データを顧客管理システムにひも付けることで、各顧客に合わせた販促施策を実施することが可能です。例えば(自社でアプリを開発する)TOKYO MIX CURRYでは、一度来店した顧客を『●●さん(ユーザーの名前)ですか』と呼んだり、前回の注文データを元に『こちらもおすすめです』などと伝えます。テイクアウトという1つのチャネルに絞ってもできることは多いと思います」(大見氏)
Chompyのユーザー208名を対象にアンケートを実施したところ、多くのユーザーは決まった飲食店でのみ料理を注文していた。継続的にデリバリー注文する店舗数を聞いたところ、45.8パーセントのユーザーが2〜3店舗、34.7パーセントが4〜5店舗と答えた。これらのアンケート結果からフードデリバリーサービスでは認知を獲得し、その後は独自のアプリでファンとの接点を強化することが重要だと確信した。高額な手数料が発生しないため、価格も適正なものとなる。
2つのChompyは“合流”へ
実はChompyではこれまでにスープカレーの「SUAGE」やカレーチェーンの「ゴーゴーカレー」、サラダ専門店「イテウォンボウルズ」などのアプリを開発している。現在も週に2つ程度のアプリを開発しており、50社以上が導入を検討しているという。5月に公開したある飲食店のアプリは約3カ月で4000回以上ダウンロードされた。
Chompyがこれまでに提供してきたフードデリバリーサービスの名はChompy。新たに展開するアプリ開発時事業もChompy。2つのサービスについて大見氏は、「ゆくゆくは合流する予定です」と説明する。当面はフードデリバリーであるChompyの提供は続けるが、登録店舗をすべて表示するのではなく、ゆくゆくはユーザーがフォローする好みの飲食店だけを表示するポータルアプリのようなサービスにしていく予定だ。
そのイメージとして同氏が挙げたのは、カナダ発のECプラットフォーム・Shopifyが提供する「Shop」アプリだ。このアプリではお気に入りのストアをフォローして新着情報を受け取ったり、位置情報に基づいて店を探したり、配送情報を確認したりできる。
「フードデリバリーのChompyを集客エンジンとして強化するための投資はしません。あくまでもアプリ開発の新規事業に合わせて進化させていくイメージです。ShopifyのShopアプリでは、気に入った複数のブランドをフォローすることができ、各ブランドの商品やセールの情報を受け取れるなど、さまざまな要素が1つのアプリにまとまっています。そういうポータルアプリを将来は作っていきたいと考えています」
「Chompyのミッションは『多様な食』がニーズに合わせて多様に届く新しい流通インフラを作り、日常の食生活を豊かにすること」です。今後も魅力的な中小規模の飲食店をエンパワーメントし、彼らの思いや可能性を顧客に届けることが我々の役割です」(大見氏)