
- バーガーにもスープにも合う「シルクフード」
- 世界的なタンパク質危機見据えて蚕で起業
- 環境のためではなく、『普段から食べたい』と思ってほしい
植物を使った人工肉や昆虫食など、動物を使わない「代替食料」の注目が増している。米国では昨年5月に代替肉メーカーのBeyond Meat(ビヨンドミート)が上場。その商品はすでに大手スーパーマーケットでも取り扱われている。日本でもそんな“新しい肉”を楽しめる場が少しずつ生まれつつある。蚕(かいこ)の食品利用を研究するスタートアップ企業のエリーは1月、東京・表参道に蚕を原料にしたシルクフード専門店を期間限定でオープンした。(編集・ライター 野口直希)
バーガーにもスープにも合う「シルクフード」
蚕を原料にした食品を提供するエリー。同社が東京・表参道にある屋外型フードコート「COMMUNE」内にオープンした「シルクフードラボ」は、同社とプロの料理人が共同で開発したシルクフード(蚕料理)を提供する店舗だ。取扱商品はハンバーガー、スナック、スープ、シフォンケーキの4種類。エリー代表取締役の梶栗隆弘氏は、設立の背景を「まだ口にする機会が少ないシルクフードに触れてもらい、それに対する意見を集める場にできれば」とオープンの意図を説明する。
今回筆者は、シフォンケーキを除く3商品を試食した。筆者は過去に、蚕同様に新たなタンパク源として注目を集める「コオロギ」を食べたことがあるが、そのまま食べた際の食感や香りは、エビに近い独特のものがあった。一方で蚕は、コオロギと比較するとマイルドな味わい。ナッツに近い独特な香りがあるものの、食べにくさはほとんどない。
シルクバーガーは、蚕のさなぎをペーストにして牛肉と半々で練り込んだパティを使用している。一般的なハンバーガーに比べると牛肉のジューシーな肉汁が減り、パティ単体で食べた際に豆腐ハンバーグのようなモサっとした後味が少し感じられる。とはいえチーズやレタスと一緒に食べると全く気にならず、全体としては「牛肉100%のハンバーガーと比べて、少しヘルシーな食感だな」と感じる仕上がりだ。価格は単品で1100円(以下、価格はすべて税込み)。スープやポテト、ドリンクから1品を選べるセットは1500円だ。
シルクスープは、蚕の粉末を溶かしたスープだ。蚕のコクによって従来のミネストローネよりも少しマイルドな味になっており、スパイシーな香りが苦手な人には、こちらの方が美味しく飲むことができるだろう。価格は650円だ。
シルクスナックは、蚕を使わない既存のパスタスナックとの違いがほとんどない商品だ。パスタスナックに蚕の粉末を10%程度練り込んだもの。軽い塩味もあっていくらでも食べることができる。こちらの価格は600円となっている。
シルクフードラボの営業時間は平日休日ともに9時30分~20時までで、3月末まで営業を続ける予定(営業期間は延長の可能性あり)。また、営業資金を募るクラウドファンディングを近日中に実施する予定だ。
世界的なタンパク質危機見据えて蚕で起業

エリーは、持続可能な食を探究するために蚕を使った「シルクフード」を開発する2018年創業のスタートアップ。京都大学イノベーション事業化プログラムで最優秀賞を受賞した際のアイデアをもとに創業しており、現在シードステージの資金調達を進めている段階だ。伊藤忠商事やキリン、大正製薬などのアクセラレータプログラムにも参加している。
彼らがシルクフードを開発する背景には、世界的な「タンパク質危機」がある。これは世界的な人口増加や乱獲により、全人口に対して安定的な食料の供給が難しくなるとされる問題。特にこれからは穀物や植物を中心とした食事から、肉や魚を中心とした食事が基本の中流層以上の人口が増えるため、動物性タンパク質の摂取が難しくなるといわれている。
「2025年から30年頃には食糧の需給バランスが逆転し、供給量が足りなくなるといわれています。現在の日本ではあまり実感しづらいですが、アメリカのBeyond MeatやImpossible Foods(インポッシブル・フーズ)などの人工肉は、すでに大手スーパーマーケットやハンバーガーチェーンにも並んでいます」(梶栗氏)
前述の人工肉は豆類などを原料にしたものだが、2013年には国際連合食料産業機関(FAO)が昆虫食を推奨する声明を発表して以降、昆虫食スタートアップも増えつつある。日本でも、京都に拠点を置くスタートアップのBugMoが「コオロギバー」を販売しているが、知名度は決して高くない。そんな昆虫食の中でエリーが蚕に注目した理由は、日本人が長らく関わってきたという歴史があるからだ。
「牛や魚に比べて水や餌などの資源をあまり使わずに飼育できるのが昆虫食の大きなメリットですが、中でも蚕はすでに飼育技術が確立されている珍しい昆虫です。特に日本人は、江戸時代には農家の約3分の1が蚕を育てていたこともあるほど親しんでおり、育成のノウハウを蓄積しています。5~10年で一般的な牛肉よりも安く市場販売できる見込みです」(梶栗氏)
蚕は栄養面でも優れた点が多い。タンパク質の含有量は100gあたり10~17g。これに対して牛は19~26g、コオロギは9~25g、バッタは35~48g(出典:FAO報告書)。ほかのタンパク質補給源と比較して圧倒的に多い含有量を誇るわけではない。だが、血糖値を下げる効果を持つセリシンを含有するほか、抗酸化作用を持つ成分も豊富だ。
環境のためではなく、『普段から食べたい』と思ってほしい
環境への負担を減らし、栄養面でも優れた蚕だが、それでも多くの人にとっては実際に食べてみるまでのハードルは高いだろう。エリー は、これからどのようにして蚕を普及させるつもりなのか。「代替肉や昆虫食は環境やビーガンなどとセットで語れることが多いですが、こうした利他的なメリットだけでは多くの人に手に取ってもらうのは難しいでしょう」と梶栗氏は話す。
「一番大切なのは、普段使いの食材として『食べたい』と思ってもらうことではないでしょうか。普段のレシピに組み込みやすく、健康にも良ければ、環境へのアピールをしなくても自ずと蚕に興味を持つはず。シルクフードラボで一流のシェフとともにバーガーやスープ、ケーキなど多様なメニューを用意したのも、まず蚕を使った料理が美味しいこと、そしていろんなレシピと相性が良いことを知ってもらうためです」(梶栗氏)
今後もシルクフードラボでは餃子やピザ、ドリンクなど多様なメニューを提供する予定だ。シェフとの連携で「栄養価の高いちょっと高級な料理」として人気を獲得するつもりだという。外食での提供に限定するつもりはなく、今年中にスーパーマーケットなどでの一般流通も目指すなど多面的な展開を予定しているようだ。
「まだ海外に比べれば日本に昆虫食のトレンドはありませんが、いずれ人気が出てくるはず。その時、日本人と深い関わりがあって、アジアでも古くから食べられてきた蚕は、選択肢として非常に有力です。現状では日本の食料自給率は高くないですが、養蚕業という日本の強みを上手く発揮することで、将来的に世界のタンパク質供給を支える国になれれば思っています」(梶栗氏)