
- セレブ向けオンライン講座「MasterClass」の日本版を目指すも、事業をピボット
- オンラインのカルチャーセンターであえて「アナログな教材」をつくる理由
芸術や語学、手芸、教養、ダンスなどの知識・スキルが習得できたり、受講生と新たな交遊ができたりする社会人向けの教養講座、「カルチャーセンター」。
世間一般ではカルチャースクールや文化教室とも呼ばれており、その多くは新聞社や放送局などのマスコミ、百貨店などの小売業が運営している。例えば、NHK文化センターや朝日カルチャーセンターなどがそうだ。文部科学省が2015年に行った調査によれば、カルチャーセンターに通う受講者の数は約1175万人いると言われている。
もともとは自分が住んでいる地域に教室があり、気軽に通いやすい場所として機能していたカルチャーセンターだが、コロナ禍で状況が一変。新型コロナの感染拡大防止に伴う休講などにより、受講者数や売上高が大きく落ち込んだ。
前述したNHK文化センターの2021年3月期の売上高は前年同期比48.3%減の33億1900万円と半分近くに減ったほか、受講者の数は前年同期比42.9%減の31万8000人となった。各社、オンライン化を推進するなど、新たな講座のあり方を模索している。
コロナという外圧で業界が変化する中、新たに市場に参入するスタートアップも現れた。そのスタートアップの名は「SPICY(スパイシー)」だ。
SPICYは9月9日、スキルアップや資格取得のためではない、趣味としての知識、人生を豊かにする智恵を得られるオンラインのカルチャーセンター「Classmate(クラスメイト)」を開始したことを発表した。同社は先日、ANRIをリード投資家として、サムライインキュベートのほか、国内外の個人投資家から総額約1億100万円の資金調達も実施している。

セレブ向けオンライン講座「MasterClass」の日本版を目指すも、事業をピボット
Classmateは自宅に届くオリジナルの教材をもとに、4〜7人で構成されるクラスのメンバーと一緒に月3回のオンラインレッスンを受講するプラットフォームだ。
ローンチ時は「コミュニケーション理論」と「はじめての株・投資」、「ファッションコーディネート」の3つのコースが用意されている。価格は1コースあたり月額6050円。そのほかに教材費として2600円(いずれも税込)がかかる。今後、サービスの拡大とともに提供するコースの種類も増やしていく予定だという。
そんなClassmateを立ち上げたのは、動画制作会社・ONE MEDIAでニュースメディアの編集長を務めていた経験を持つ疋田万理氏だ。
もともとは「アクションにつながるような情報を届けること」を軸に動画の制作をしていたが、途中で追い求めるコンテンツの方向性の違いから2019年5月にONE MEDIAを退職。その5カ月後の2019年10月に疋田氏は現在の会社を設立した。その2カ月後の2019年12月には第一子を出産した疋田氏だったが、子育てと同時並行で当初はONE MEDIAでの経験をもとにNHKやTBS NEWSの動画コンテンツ、企業の動画広告などの制作を行った。
いわゆる動画コンテンツの受託制作会社としてスタートを切ったSPICY。だが、コロナ禍でテレビ局での収録も厳しくなり、制作できる動画コンテンツの幅が狭まっていったことから、疋田氏は新たに自社事業の立ち上げを決意する。
「もともと、受託制作をずっと続けていこうとは思っていませんでした。ちょうど2020年の12月頃には子育ても落ち着きを見せはじめ、また周りにはコロナ禍をきっかけに新しく事業を立ち上げる人たちもいたので、私も『新しいことに挑戦しよう』と思ったんです。それで自社の事業アイデアを出していった結果、教育事業に行き着いたんです」(疋田氏)
まず、疋田氏が目をつけたのがセリーナ・ウィリアムズのテニス教室など、セレブが教えるサブスクリプション形式のオンライン講座「MasterClass(マスタークラス)」だった。「最初はMasterClassの日本版をつくろうと思った」という疋田氏だったが、サービスの詳細を考えていくうちに、日本でのMasterClassの需要に懐疑的になる。
「MasterClassの日本版はサービスのポジショニングとしては、国内のオンラインサービスと差別化が図れるとは思いました。ただ、実際にサービスを自分が使ってみたいかと言うと、正直『使ってみたい』とは思えなかったんです」(疋田氏)
MasterClassの日本版も検討するかたわら、疋田氏が同時並行で検討していた事業アイデアが現在のClassmateだった。疋田氏の祖母と母親はお稽古ごとの先生をやっているが、コロナ禍で開催する教室の数が減少した。そうした2人の姿を見ていた疋田氏は「地元の習い事やお稽古ごとをオンラインに置き換えられないか」と考え始めた。
「また私自身が母親になり、子どもが私のもとを巣立っていった後に自分がどんな趣味や習い事をやりたいか考えたときに、なかなか思いつかなかったんです。それで私が50歳になったときに学びたいと思える場所も作りたいと思いました。コロナ禍で孤独を抱える人も増えているからこそ、新しい居場所を作ることは価値があると思ったんです」(疋田氏)
そうした考えから、疋田氏が立ち上げたClassmateはメインのターゲット層を「子育てが終わって、お金や自分の時間にゆとりがある層(45~69歳)」に設定している。「私の母はオンラインで英会話レッスンを受けたり、Zoom飲み会をしたり、メルカリやCreemaを使ってものを売り買いしたりしているんです。その姿を見て、すでに40〜50代の人たちはデジタルツールへの抵抗感がなくなってきていると思いました。それなら、習い事をオンラインでやってもいけると思いました」(疋田氏)

オンラインのカルチャーセンターであえて「アナログな教材」をつくる理由
前述のとおり、Classmateでは「コミュニケーション理論」と「はじめての株・投資」、「ファッションコーディネート」という3つのコースを提供している。コミュニケーション理論はAmazonの書籍ランキングで“人間関係”や“コミュニケーション”に関する書籍が上位にランクインしていることからニーズが高いと判断した。
また、株・投資に関しては事前にヒアリングをしたところ、資産運用の興味関心が高いことも見えてきたため、最初のコースに入れることにしたとのこと。
「この2つに関しては(資格講座の)ユーキャンや(教えたい人と学びたい人をマッチングする)ストリートアカデミーなどでも人気上位のコースになっているので、一定の需要は見込めています。ただ、ファッションコーディネートに関しては講座自体は少ないのですが、テレビのワイドショーなどでコーディネートチェックの企画は数多くやっており、40〜50代の人はよく見ていると思うんです」
「また洋服は毎日身につけるものですし、人からの印象を気にする人は多いと思うので、コーディネートの知識に興味を持つ人は一定数いるのではないか、と思っています」(疋田氏)

レッスンで使用する教材は、それぞれのコースの専門家や大学教授が監修し、それぞれ共同制作している。当初、Classmateは動画視聴型のレッスンを想定してサービス開発を進めていたが、動画視聴型ではユーザーがすぐ飽きてしまい、離脱してしまうことが多かったため、あえて“アナログな教材”を用意することにしたという。
「他にもスライドを用意した一般的なオンラインレッスンをやってみたら、多くの人が手元の紙にメモを書きながら、スライドを見ていたんです。それで色々とヒアリングしてみたら、手元に教材があって、音声を聞きながらメモをとっていく。もし何かあれば顔を上げて先生の顔を見る仕組みにした方が一番ユーザーの負担も少ないと思いました。また、教材というかたちで自分が学んでいることが可視化されることに喜びを感じる人も多くいたので、オンラインのカルチャーセンターであるものの、あえて教材をつくりました」(疋田氏)
ClassmateはZoomのSDK(ソフトウェア開発キット)を活用し、独自の会話ツールを開発。ウェブサイト上ですぐにレッスンを受けられるようにしている。「ミーティングIDやパスコード、ダイヤルインなどが分からない人たちも、ウェブサイト完結でカメラとマイクだけが繋がっていればOKという設定になっている」(疋田氏)という。
SHEが提供する「SHElikes」やNewsPicksが提供する「NewsPicksアカデミア」など、20〜30代向けのオンラインスクールを提供するプレーヤーが増えつつある中、40〜50代をターゲットにしたClassmate。“人生100年時代”とも言われ、生涯学習の需要が高まってきているからこそ、疋田氏は「いまサービスを展開するべき」と言う。
今後、Classmateは調達した資金をもとに、人材採用やマーケティング、開発費、コースの拡充などに投資していき、ユーザーを獲得していく予定だという。
「Classmateは従来のオンラインスクールのように、ただ単にスキルを身につけるための場所にするのでなく、自分の好きを増やしていったり、好きを共有しあえる仲間に出会えたりするための場所にしていけたらと思っています」(疋田氏)