mplusplus代表取締役社長の藤本実氏 Photo by Hiroki Morimplusplus代表取締役社長兼CEOの藤本実氏 Photo by Hiroki Mori
  • YouTubeで発表した作品にEXILEからのオファー
  • 「ブレイクダンス」と「ウェアラブルコンピューティング」の意外な共通点
  • ライブでファンが振る「旗」をアップデートする
  • 「受注型」より、「伴走型」のビジネスモデルで事業を成長
  • 5Gでさらに加速する、ダンス×テクノロジーの世界

ダンサーがLEDのウェアラブルスーツをまとった「SAMURIZE from EXILE TRIBE」や、大型ビジョンのように制御可能な映像が光りはためくフラッグ「LED VISION FLAG」など、光とダンスを重ね合わせたプロジェクトを数多く手がけるクリエイティブカンパニー・mplusplus。音楽やアートなど、さまざまな業界に活動の幅を広げている。自らもダンサーとしての経験を重ねながら、「ダンス×テクノロジー」の領域で研究を続け、工学博士まで取得するという異色の経歴を持つ代表取締役社長兼CEO・藤本実氏に、起業のきっかけ、そして製品開発の舞台裏を聞いた。(ライター 長谷川きなみ)

YouTubeで発表した作品にEXILEからのオファー

 2012年に神戸大学大学院で博士(工学)を取得後、東京工科大学での教員経験を経てmplusplusを設立した藤本氏。

 大学・大学院では「ダンス×テクノロジーの融合」をテーマに研究を続け、卒業後も教鞭を執りながら日々作品づくりに励んでいた。あるとき、2010年にオーストリアの芸術祭「アルスエレクトロニカ」で披露した、ダンサーの動きと同期して光るLED付きの服「Lighting Choreographer(ライティング・コレオグラファー)」をYouTubeにアップしていた藤本氏のもとに、思いもよらぬ人からの相談が飛び込んできた。

 当時EXILEのパフォーマーとして活躍していた(現・LDH JAPAN会長)HIRO氏から、パフォーマーとして勇退する2013年のツアーの演出を手伝ってもらえないかというオファーがあったのだ。前述のLEDダンサーチーム「SAMURIZE from EXILE TRIBE」はここで生まれた(以下動画は「SAMURIZE from EXILE TRIBE」の楽曲「Killer Instinct」のミュージックビデオ)。

「ブレイクダンス」と「ウェアラブルコンピューティング」の意外な共通点

 同じ2013年、藤本氏は開発に専念すべくmplusplusを設立した。

「ダンスは、まだ閉じられた世界。たとえば『シルク・ドゥ・ソレイユ』は、サーカスが好きでなくても多くの人が観に行きますが、ダンス好き以外の人も来るようなダンスのイベントはありません。ダンスに何かを掛け合わせて“新しい芸術”にすることで、より多くの人が興味を持ってくれる場を作りたいという想いで、起業に踏み切りました」

Photo by H.M.Photo by H.M.

 ダンサーでもあった藤本氏が「ダンス×テクノロジー」をテーマに研究を始めたのは、大学4年、ウェアラブルコンピューティングの研究室に入った時だった。

 研究にのめり込む毎日の中で、中学時代から続けてきた「ダンス」と「大学研究」の間に、思いもよらないシナジーが生まれたという。

「中学時代に始めたブレイクダンスは、決まった振り付けを踊るのではなく、独自の技やネタを発明して、世の中にないモノを作るという特殊なジャンルです。大学でウェアラブルコンピューティングの研究室に入った時に、研究ネタを考える作業がブレイクダンスと一緒で、とにかく楽しかったんです。言われたことをやるのではなく、ゼロから何かを生み出すのが好きだったので」

 研究に没頭し、日々ひたすら新しいアイデアを出し続ける学生生活を送った藤本氏。ダンスとテクノロジーを結びつけた新たな作品を考え、作り続けた当時をこう振り返る。

「日本におけるヒップホップのそう長くない歴史の中で、ストリートダンス経験者で、かつダンス領域の研究者として博士になった人は自分以外にまずいないだろうと。自分にしか考えつかないことは絶対あると信じて、テクノロジーの力でダンスを面白くしようと思い、その領域を極めていきました」

ライブでファンが振る「旗」をアップデートする

 昨年発表した、mplusplusの最新作の1つが「LED VISION FLAG」。一見無地のフラッグに見えるが無数のLEDが配置されており、そこに映像を流すことで、鮮やかな光の演出でライブなどの演出を盛り上げることができる。

 これは、昨年久々にツアーを行ったEXILEの「活動復帰に合わせて伝説的なライブにしたい」という依頼がきっかけで生まれた。藤本氏は、EXILEのライブで、ステージ上での演出やファン向けのグッズとして長年親しまれてきた「旗」に注目した。

「旗を光らせたら面白いのではないかと思い、思いついた次の日には、プロトタイプを作り始めていました。どんな見た目になるかもわからないまま、事務所のカーテンを剥がし、LEDを貼り付けて、カーテンレールを持ち手にして作ってみました」

 半年ほどの試行錯誤を経て、布素材やLEDのピッチ数などを調整し、現在の形に仕上がった。EXILEのツアーはもちろん、横浜みなとみらいで開催されたイベント「ピカチュウ大量発生チュウ!」での演出や、K-POPアーティスト・SEVENTEENの「Mnet Asian Music Awards」(アジア最大級の音楽授賞式)でのパフォーマンスなど、早速幅広いステージに登場することになった。この反響に「(Lighting Choreographer以降作ってきたものに続く)2つ目の概念を作りだせたという感覚があって嬉しかったです」と語る藤本氏。一見アナログな旗の柄が、LEDによって鮮やかに変わるという視覚的なインパクトは見る者を引きつける。

 昨年9月のラジオ局・J-WAVE主催のイベントでは、AKB48による「恋するフォーチュンクッキー」のパフォーマンスにあたり、改良版のフラッグも製作した。

 通常のLED VISION FLAGは大型で黒い生地を採用していたが、生地を白くし、女性が片手で持てるサイズに改良した。LEDの数を増やすことで、映像が荒くなることも防いだ。LEDに表示される柄もハートなど楽曲の世界観に合わせたものとし、プロダクトの新たな活用法を提示した。

Photo by Tetsuya Yamakawa,Miki AnzaiPhoto by Tetsuya Yamakawa,Miki Anzai

「受注型」より、「伴走型」のビジネスモデルで事業を成長

 アーティストとのコラボレーションを中心にしながらも、予想もしていなかった業界や企業からのオファーも多いというが、あらゆる案件を受けるのではなく「こんなステージを作りたい」という強い想いがある人と話し合いながら新しいものを作れる仕事に全力投球するのが、藤本氏のポリシーだ。

「自分自身、ダンスの経験があることから『こんな演出をしたい』という強い想いだけで作品づくりをしているので、バズワードだけが並んでいるようなものは作らないようにしています。アーティストや演出家の方は、ステージづくりのために日々新しいものを探し続けているので、YouTubeなどで見つけた本人たちから『ぜひ使いたい』と直接連絡をもらうことが多いです」

Photo by H.M.Photo by H.M.

 そんな思いで事業を展開する藤本氏。事業や会社の成長以上に大事なものがあるという。

「僕たちの目標は、あくまでもダンスの世界を開いていくことで、会社の規模を大きくしたり、上場したりというところがゴールではありません。もし、社員300人の組織になってしまったら、社内にその意識が浸透できなくなるしクリエイティブに関わらない人も増えてしまいます。誰かに何かを言われて作るのではなく、自分や社員が作りたいダンスのステージに必要なものだけを作るという目標を貫くために、想いを同じくしたチームで動いています」

 こんな背景から、社外からの資金調達も行っていない。大きな資金が必要な案件についても、国の助成金などを活用して開発している。投資家目線での成長よりも、自分たちが興味を持ったプロダクトを、スピード感を持って開発することを心がけているという。事業は1期目から黒字を継続している。

5Gでさらに加速する、ダンス×テクノロジーの世界

 老若男女が観に来てくれるダンスの舞台を作りたい――。藤本氏のかねてからの想いを実現するべく、昨年12月末からmplusplus所属のダンサー募集を開始。ダンスとテクノロジーを融合させた公演を、自社で主催していく。

 今年は、各通信キャリアが主導となり、5G(第5世代移動通信システム)の実用化もスタートする。この変化もmplusplusにとっては追い風だ。フラッグ上の映像をリアルタイムで変化させるなど、観客それぞれに向けたパーソナライズな演出も可能になる。より質の高いコンテンツを届けられる時代を見据えて、ロボット(機械工学)の専門家もチームに加え、LEDを超える革新的な演出に挑戦するという。

「これまではフラッグを大きくしたり、LED粒を増やしたり、まず『拡大』を目指していました。次の段階としては、リアルタイム化や高精細化など、『体験・質の向上』を目指して新しい価値を作っていくというフェーズを目指します」

 ダンスへの強い思いと進化するテクノロジーを味方に、藤本氏の挑戦は続く。

Photo by H.M.Photo by H.M.