
- 部屋探しのアプリシフトに勝機、累計ダウンロード数は100万件突破
- 数百社が導入、ウリはアプリで顧客接点を作れること
- 「不動産仲介に特化したSalesforce」で事業者のデジタル活用支援へ
日本でも一見“レッドオーシャン”に見える業界はいくつか存在するが、不動産賃貸サービスはその代表例だ。SUUMOやLIFULL HOME'Sを筆頭に複数の大手プレーヤーが存在し、検索エンジンを使ってウェブから物件を探せば多数のポータルサイトに行き当たる。
各サイトには豊富な物件情報が掲載されており、この牙城を崩すのは簡単ではない。だからこそスタートアップにとっては参入ハードルが高く難しい領域と言えるだろう。
ただ既存の事業者とは異なるアプローチからこの市場に入り込み、着実に成果を積み上げてきた企業もいる。物件探しアプリ「カナリー」を展開するBluAgeがそうだ。
同サービスは2019年6月にiOSアプリとして正式にローンチ。AIを活用しておとり物件などによる情報の重複を極力なくすとともに、アプリでの部屋探し体験に特化してプロダクトを開発することで細かい使い勝手を磨いてきた。
直近では毎月約10万件のペースで新規ダウンロード数を増やしており、累計ダウンロード数は100万件を超える。
現在はカナリーの展開に加えて不動産仲介会社の業務を支援するSaaSの開発も進めており、今秋にも一般提供を始める計画。BluAgeではさらなる事業拡大に向けてAngel Bridge 、NTTファイナンス、ABCドリームベンチャーズなどから約12億円の資金調達も実施した。
部屋探しのアプリシフトに勝機、累計ダウンロード数は100万件突破
BluAgeは2018年4月の設立。代表取締役を務める佐々木拓輝氏がメリルリンチ日本証券やボストンコンサルティンググループを経て、東京大学在学時からの友人でもある穐元太一氏と共に立ち上げたスタートアップだ。
なぜ佐々木氏たちは不動産賃貸の領域を選んだのか。1つは佐々木氏自身が“ユーザーとして”既存の情報サイトを駆使しながら部屋探しをする中で感じた不満が影響している。
「最初に感じたのが、掲載されている情報が正しくないということでした。ポータルサイトから問い合わせをしても『その物件は終了しました』と言われたり、(おとり店舗で)とにかく店舗に呼ばれたりする。部屋探しの根本となる『探す』という体験が満足にできなかったことに1番課題を感じました」(佐々木氏)

カナリーは言わば「佐々木氏自身がユーザー目線で欲しかったサービスを形にしたもの」でもあるわけだ。加えてマーケットの規模が大きいだけでなく、「ユーザーの部屋探しの手段」も含めて業界が変革期を迎えていた点も大きな要因となった。
「まさに部屋探しのアプリシフトが進んでいくような状況でした。もともと店舗に来店して担当者と一緒に部屋探しをしていたところから、タッチポイントがPCになり、今ではスマホへと移行している。スマホに関しても最初はウェブ(ブラウザ)が中心でしたが、特に20〜30代を中心にアプリが主流になり始めている。この世代の人たちは、不動産に限らず普段からアプリを使っているので、ダウンロード自体のハードルも下がっているように感じます」
「部屋探し自体はだいたい2年に1度くらいのイベントではあるものの、その期間は毎日のようにこだわりを持って情報収集をする方が多い。そうなると検索速度やお気に入りの登録、新着通知などを含めてアプリの方が使いやすいということもあり、その比率が高まってきています。実際に自分たちもその波にうまく乗る形で事業を広げることができました」(佐々木氏)

たとえばカナリーでは業界データベースや管理会社から最新情報を集めつつ、おとり物件などはAIを用いて排除しながら、正しい情報を絞り込んで掲載している。これができるのはスマホアプリを前提に設計していることも深く関わっているという。
ウェブサービスの場合はSEO(検索エンジンでいかに上位表示されるか)がカギを握り、それには掲載している物件の数も重要になるため、物件数を減らすインセンティブが働きづらいからだ。
カナリーに搭載されている機能に関しても決して特殊なものはないが、アプリに最適化することによって利便性を高められていると佐々木氏は話す。
物件の検索や閲覧はもちろん、内見予約までアプリでスムーズに完結。物件によっては360度パノラマの機能を使って室内の様子を詳しく見ることも可能だ。希望条件に合った仲介会社とカナリー上でマッチングされ、そのまま効率良く部屋探しを進められる。
もちろん既存の事業者にはウェブ版とは別にアプリを提供しているところもあるが、ウェブの需要も大きいからこそ、アプリだけに振り切ったUI/UXを開発するのは簡単ではない。
数百社が導入、ウリはアプリで顧客接点を作れること

一方の不動産仲介会社側はカナリーをどのように捉えているのか。そもそも仲介会社は基本的に複数のサービスを並行して利用するかたちになるので、カナリーはそのうちの1つという位置付けになる。
その上で佐々木氏いわく、明確に刺さっているのが「アプリで部屋探しをしているユーザーと接点を作れること」だ。仲介会社としては、特に若い世代にこれからリーチしていくためにはアプリのチャネルを持っておく利点は大きい。
中には「ウェブはSUUMOやHOME'S、アプリはカナリー」といったようにチャネルに応じて使い分けている仲介会社も存在するという。
上述したとおりカナリーはユーザーと仲介会社が1対1でマッチングする仕様のため、顧客の取り合いのために担当者が疲弊することもない。また360度パノラマビューや内見予約などの機能を用いて、無駄を減らしつつユーザーに最適なサポートを提供できる基盤もある。
こうした特徴から、今では数百社の仲介会社がカナリーを活用している。2020年7月にシリーズAラウンドで3億円の調達を発表した際には首都圏エリアに絞って提供していたが、プロダクトの成長を踏まえて年末に全国展開をスタート。現在は仲介会社とのネットワークの拡充に力を入れているところだ。
もちろん細かい機能設計なども含め、実際にやりながら見えてきたことを軸にその都度軌道修正を加えてきた。当初カナリーは不動産賃貸における「ギグワークの活用」のような文脈で、個人のエージェントに焦点を当てようとしていた。
ただ実際に2年強にわたってサービスを展開してわかったのは、一定の専門性が必要になることに加え、売買と比べても単価の低い賃貸でこのモデルを広げていくのは難易度が高いということ。そこからは研修制度なども整った仲介会社と連携を強化する方向へとシフトしながら成長してきた。
「不動産仲介に特化したSalesforce」で事業者のデジタル活用支援へ
今後はカナリーを通じた集客のサポートに限らず、テクノロジーを活用しながら仲介会社の業務を後押しするSaaSの展開も計画している。
現在はクローズドベータ版を十数社の事業者にテスト利用してもらっている状況。最初は「不動産仲介に特化したSalesforce」のような形で、顧客管理(CRM)機能やマーケティングオートメーション機能などを提供していく計画だ。

導入企業はメールやLINEなどに分散していたやりとりを一元管理し、顧客のデータなども踏まえながら効果的なコミュニケーションができるようになる。中長期的には電子契約や決済にまつわる機能なども加えていく方針だという。
今回の資金調達は組織体制を拡充し、SaaSやカナリーの展開を加速させていくのが大きな狙い。カナリーに関してもAppStoreのレビューを見ているとアプリのUIUX自体には良い反応も多い反面、マッチングした仲介会社のサービスが悪かったという反応も見受けられる。
佐々木氏も「まだまだ改善すべき点はたくさんある」と言い、今後は実際の制約データの活用やユーザーによるレビュー機能の導入などにも取り組みながら「結果的に質の高い仲介会社がよりマッチングされやすいような環境」を整えていきたいと話す。
またユーザーの体験を高めるという観点においても、SaaSが一役買うというのが佐々木氏の考え。SaaSを通じて仲介会社の業務をサポートしていくことが、最終的にはカナリーを活用するエンドユーザーの利便性向上にも繋がっていくという。