常時約30種類をそろえるPostCoffeeのスペシャルティコーヒー Photo by Wakako Mukohata常時約30種類をそろえるPostCoffeeのスペシャルティコーヒー Photo by Wakako Mukohata
  • ウェブ診断で好みのコーヒーが届くサブスクサービス
  • 試飲・抽出体験で「コーヒーのある暮らし」をイメージしやすく
  • “メディアとしての実店舗”で濃いユーザー体験を提供
  • スペシャリティコーヒーは「家で飲む」時代に
  • 複数店舗の展開を計画、独自ハードウェアの開発も視野に

サードウェーブコーヒーの台頭で日本でもおなじみになった、高品質な豆の味を楽しむスペシャルティコーヒー。そのサブスクリプションサービス「PostCoffee(ポストコーヒー)」が2月6日、正式版サービスを開始した。あわせて東京・目黒に焙煎所を併設する実店舗も開設する。デジタルならではのデータを駆使した定期購入サービスとリアル店舗開設の狙いについて、サービスを運営するPOST COFFEE創業者の下村領氏に聞いた。(ライター ムコハタワカコ)

ウェブ診断で好みのコーヒーが届くサブスクサービス

 産地、栽培方法を吟味した高品質なコーヒー豆を使い、焙煎方法や淹れ方などにもこだわった「スペシャルティコーヒー」。そのスペシャルティコーヒーのサブスクリプションサービス「PostCoffee」を運営するスタートアップ・POST COFFEEは、創業者でCEOの下村領氏、CCO(Chief Creative Officer)の下村祐太朗氏が2018年9月、兄弟で起業した会社だ。2人はもともとデザイナー、エンジニアとして働いていた。だがコーヒー好きが高じ、本業と並行してバリスタとしてコーヒーショップを3年間経営していた。

 PostCoffeeは2019年3月にベータ版のサービスを開始した。当初は、ユーザーがコーヒー豆を買い、その豆がなくなりそうになったらアプリから注文するという、オンデマンドECのサービスだった。ベータ版として11カ月間サービスを運営する中で、ユーザーインタビューを通じての定性的なデータ、購買行動という定量的なデータをためていく中で、データを活用した「コーヒー診断」機能を開発。2月6日より正式版としてサービスを開始した。なおベータ版のサービスはスマートフォンアプリで提供してきたが、正式版はウェブサービスのみで提供する。

 代表の下村領氏(以下、下村氏)によれば、コーヒー診断は「味の好みというよりは、ライフスタイルについて聞いている」という。診断結果では「ユーザーに最も合うコーヒー」ではなく、「ユーザーに最も合うコーヒーライフ」を提案すると説明する。

 具体的には、ユーザーごとに10項目のランダムな質問を表示する。コーヒーに関する質問だけでなく、お酒の飲み方・種類や趣味、旅行先の好みを選んでいくと、ユーザーにおすすめのコーヒー豆の種類と淹れ方、一度に届ける量や頻度、価格をパーソナライズして提案する。

好みのテイストをコーヒー以外の情報からも診断Photo by W.M.好みのテイストをコーヒー以外の情報からも診断する Photo by W.M.

 PostCoffeeではスペシャルティコーヒーは、年間を通して、旬に合わせたシングルオリジンとオリジナルブレンド、合計約30種類を用意する。この中から診断で選ばれたおすすめ3種類のコーヒーを組み合わせて、ユーザーに届ける。ユーザーは毎月届くコーヒーに対して、好みのフィードバックを繰り返していくことで、より自分好みのコーヒーが届く仕組みだ。

 サブスクリプション登録メンバーの利用料金は月額1480円から。最小単位は、3種類のコーヒーがそれぞれ約3杯分ずつ、合計で約140グラムからとなっており、量と頻度に応じて料金が変動する。豆の種類による金額の違いはないそうだ。送料は無料で、初回注文後、最短で翌日には商品が投函される。初回登録時には折りたたみ式のオリジナルドリッパーも付いてくる。登録ユーザーはバリスタにLINEでコーヒーに関する相談をすることも可能だ。

3種の豆とペーパーフィルター、初回特典の折りたたみ式ドリッパーのセット。挽豆を選択すると配送直前に挽いたものをパックしてくれる。 画像提供:POST COFFEE3種の豆とペーパーフィルター、初回特典の折りたたみ式ドリッパーのセット。挽豆を選択するとコーヒー豆は配送直前に挽いたものをパックしてくれる 画像提供:POST COFFEE

試飲・抽出体験で「コーヒーのある暮らし」をイメージしやすく

 POST COFFEEでは、正式版サービスリリースとともに、東京・目黒の目黒通りに焙煎所を備えたリアルのコンセプトストアを開設。完全招待制のプレオープンを経て、2月10日よりグランドオープンする。

店舗外観 Photo by W.M.店舗外観 Photo by W.M.

 サービスを使ったことのない顧客が店頭を訪れた場合は、まずコーヒー診断を受ける。データから得た“カルテ”をもとに、バリスタが好みを調整して、機械学習とは違った視点でコーヒーをレコメンドする。試飲や淹れ方といった実店舗での体験を経て、顧客にとっての「コーヒーのあるライフスタイル」をイメージしやすくすることをねらう。

バリスタが淹れ方をレクチャーした後、実際に抽出を体験 Photo by W.M.バリスタが淹れ方をレクチャーした後、実際に抽出を体験 Photo by W.M.

 すでにPostCoffeeを利用している場合は、会員画面ごとに発行されるQRコードをバリスタに見せればいい。バリスタはコーヒー診断やこれまでの購買履歴を確認した上で顧客の要望を聞いたり、別の購買履歴にはないおすすめのコーヒーを紹介したりする。また、エアロプレスやフレンチプレスといった、ハンドドリップとは違う淹れ方の体験なども可能だ。

 下村氏は「ハンドドリップでコーヒーを淹れるのは、意外と面倒ではない。洗い物はドリッパーだけで、ペーパーフィルターを捨てたら水でざっと洗えばいいし、淹れ方もそう難しく考えなくても、適当でもよい」という。ただし「コーヒーを淹れるのが面倒」と思う面倒くさがりのユーザーのためには、紅茶のティーバッグ式のドリップパックも用意しているそうだ。今後は家電メーカーと協業し、年内に独自のコーヒーメーカーを開発する計画もある。「スペシャルティコーヒー専用のメーカーを、IoT製品として開発できればと考えている」(下村氏)

“メディアとしての実店舗”で濃いユーザー体験を提供

 PostCoffeeの正式サービスを開始するにあたって実店舗も構えた狙いについて、下村氏は次のように説明する。

 ひとつは、ユーザーにリーチするチャネルとしての価値だ。「D2C(Direct to Consumer:メーカー直販EC)の文脈では、2017~18年まではSNS広告がユーザー獲得のための主なチャネルだった。それが2019年ぐらいから高度化して、CPA(ユーザー獲得のために必要な単価)が上がっている。SNSでも引き続きアプローチはしていくけれども、よりチャネルを増やしたいと考えた」(下村氏)

 米国の例でも、ベッドマットレスのD2C事業を営むIPO目前のユニコーン企業Casperが、すでに北米で約60の実店舗を開き、今後数年で200店舗の展開を予定している。日本でもアパレルなど、D2Cブランドが商業施設にポップアップストアなどを出店する流れは最近、加速している。「PR、マーケティングを考えたときに、実店舗を展開することが一番フィットした」という下村氏は、実際にコーヒー店を経営した経験も踏まえて「店舗はメディアになる。ここに挑戦したいと考えた」と語っている。

実験室のようなコンセプトショップの什器、内装 画像提供:POST COFFEE実験室のようなコンセプトショップの什器、内装 画像提供:POST COFFEE

 また、サブスクリプションサービスでは、いかに継続購入してもらうか、いかにアップセルできるかがサービス成長の指標となる。実は、これらの数値は実店舗での体験と相性が良い。「オフラインで接触した顧客のLTV(Life-Time Value:顧客生涯価値)は、オンライン顧客の3倍以上になるというデータもある。実店舗を訪れた顧客は、体験濃度が濃くなる」(下村氏)

 下村氏が、店舗開設の一番の狙いとして挙げたのが、「濃いユーザー体験を提供する」ことだ。「店舗で試飲や淹れ方の体験を通じて『コーヒーって面白い』と思ってもらい、さらにSNSにアップして共有してもらえればいい」(下村氏)

スペシャリティコーヒーは「家で飲む」時代に

 大量生産のファーストウェーブ、スターバックスなどシアトル系コーヒーチェーンで広まったセカンドウェーブに続き、ブルーボトルコーヒーなどの台頭で、日本にも広まったサードウェーブコーヒー。下村氏はサードウェーブコーヒーが「米国でははやりでなく、当たり前、普通のものになっている」という。

「D2Cの流れもあり、大量消費からエシカル、エコ、QOL(Quality of Life)を意識した消費がミレニアル世代を中心に広がっていて、これをさらにパーソナライズする動きへつながっている。コーヒーもライフスタイルに合ったものを、家で飲むようになってきている」(下村氏)

 コーヒーマシンの市場規模も世界的に右肩上がりで年に数%ずつ伸びており、「家で好きなものを選んで飲む流れになっている」と下村氏。「サードウェーブ好きな人も自分の好みが分かってきて、自分から選んで飲んでいる。日本にも米国の数年遅れでトレンドが来ると思う」と話す。

複数店舗の展開を計画、独自ハードウェアの開発も視野に

 コーヒー自体については、サードウェーブで謳われた「フェアトレード」から「ダイレクトトレード(フェアトレードが公正な価格での買い付けを指すのに対して、生産者からの直接買い付けを指す)」への動きがあるという。「フェアトレードの『フェア』な部分は、大手が参入することで浸食されて、実はフェアじゃないことが多くなっている。PostCoffeeでも、ダイレクトトレードになるべく注力したい」(下村氏)

 しかもダイレクトトレードにはメリットがある、と下村氏は説明する。「おいしいコーヒーの97~98%は、家族経営などの小規模農家で作られている。大手が集めて販売するようになると、どこで生産されたのかが分からなくなるが、ダイレクトトレードなら、どこのファミリーが作った豆なのかまで分かる。単一畑のブドウで造られたワインのように、農家によって味の違いもはっきり分かるし、個性も出る。ワインと違ってコーヒーでは零細農家が多く、これまでは農家による違いまでは訴求できなかったが、ダイレクトトレードに乗せることで、それも可能になる」(下村氏)

 今後PostCoffeeでは、店舗のメディア化によりユーザー数増を目指すとともに、「日本の複数の都市部でメディア型店舗を展開したい」(下村氏)ということだ。コーヒーメーカーやドリッパー、ミルなどの「ハードウェア」開発も視野においているという下村氏は「ソフトであるコーヒーとハードをセットで売るモデルを確立したい」と述べている。

「ハードウェアはグローバルに進出しやすい。アジア圏ではお茶文化が強かったが、近年、中国のLuckin Coffee(瑞幸珈琲)をはじめ、コーヒーが飲まれる流れが出てきていて、伸びしろも大きいと考える。中国のほか、インドネシア、タイといったアジア圏を中心に、グローバル進出にも挑戦してみたい」(下村氏)

左からPOST COFFEE CEO 下村領氏、CCO 下村祐太朗氏 Photo by W.M.左からPOST COFFEE CEOの下村領氏、CCOの下村祐太朗氏 Photo by W.M.