
- 投資家が応援団になる“応援投資型クラウドファンディング”
- 欧米では投資型CFを活用して急成長を遂げる企業も
個人が未上場のベンチャー企業に“エンジェル投資家”として投資ができる、株式投資型クラウドファンディング(CF)。2020年7月にこの領域でサービスを始めたイークラウドが、約3億円の資金調達を実施してさらなる事業拡大を見据えている。
第三者割当増資の引受先となったのはジェネシア・ベンチャーズとセレスの2社。同社はこれまでXTechとFintertech(大和証券グループ本社とクレディセゾンの合弁会社)から資金を調達しており、累計の調達額は約7億円になる。
投資型CFは個人が10万円ほどから未上場企業に投資ができる仕組みだ。購入型や寄付型と呼ばれるタイプのCFとは異なり、“株主”として株式を持ちながら気になる企業を応援する。
企業にとっては自社のサービスや展望に共感するさまざまな個人から資金を集められるのがポイント。日本では1年間に1億円まで(1億円未満)の金額を調達することが可能で、実際に投資型CFを通じて数千万円規模の資金調達に成功する事例も珍しくなくなってきた。
国内のプレーヤーとしては成約案件の数が200件を超える「FUNDINNO」を筆頭に、「ユニコーン」や「CAMPFIRE Angels」など複数サービスが存在する状況。その中でも「イークラウド」は“後発”として約1年前からサービスを開始した。
これまでイークラウド上では8社が資金調達を実施。同サービスを通じて1000人以上の個人がエンジェル投資家となった。代表取締役を務める波多江直彦氏は「累計の調達金額や案件数は競合に比べればまだ少ないものの、濃い事例が生まれてきている」と手応えを語る。
投資家が応援団になる“応援投資型クラウドファンディング”

波多江氏によるとイークラウドではスタート時から「ベンチャー企業のSR(Shareholder Relations)」に力を入れており、これがサービスの1つの特徴になっているという。
SRとはベンチャー企業が投資家向けに実施する情報発信やコミュニケーション施策のこと。具体的には活動報告や株主優待、株主限定イベント、SNSコミュニティを活用した交流といった「ベンチャー企業と投資家との関係性作り」を手厚くサポートしてきた。
「(投資型CF事業者にとっては)ビジネスの源泉になるため、案件数を増やすことを追求してしまいがちです。ただ自分たちは最後発として、それだけでは健全なマーケットはできないという考えで事業を始めた経緯があります。だからこそ投資家には案件の質を担保していい投資機会を提供しつつ、自分が投資した資金によって会社がどのように進んでいるのかがわかる仕組みを整えてきました」
「サービスを運営する中で気づいたのは、投資家に対してリターンだけではない成功体験を提供することの重要性です。具体的には投資先の応援団としての楽しみ方を提供することが、投資家の満足感にも繋がるのだと感じるようになりました。自分たちの役割はその関係性作りをサポートし、投資家の熱量を温めて応援団へと変えること。この1年でその効果が検証できてきています」(波多江氏)
たとえば1号案件の地元カンパニーは、地域の名産品や旬の生鮮品をストーリーと共に贈れるカタログギフト事業を手がける。同社はイークラウドを通じて全国の株主と関係性を作り、その株主の紹介経由で各地の生産者(出品者)の獲得に成功した。
パーソナライズ入浴剤を手がけるFLATBOYSでは、芸能関係の株主の協力によってタレントを起用したプロモーションが実現。植物性の冷凍食品を開発するGrinoでは、食品会社に勤める株主の力添えによって新メニューの共同開発に向けた商談が生まれている。
このように従来のベンチャー企業と投資家では珍しかったようなコラボ事例が積み上がってきたこともあり、現在イークラウドでは自社サービスを説明する際に“応援投資型クラウドファンディング”という言葉を積極的に活用しているそうだ。

波多江氏も当初は個人投資家の多くが「値上がり益」に期待しているのではないかと考えていたという。ところが実際にアンケートを実施してみると、6割を超える投資家が「中長期でベンチャー企業の応援をしたい」という理由でサービスを使っていたことがわかった。
また“株式投資型”という表現は、場合によっては必要以上に流動性に対する期待感を生み、実際の流動性の無さとのギャップから投資家に不満を抱かせてしまう可能性がある。未成熟なベンチャー企業が多いため、すでに実績のある会社に投資をする上場株への投資とは性質も異なる。
こうした背景からサービスの世界観と株式投資型という言葉の印象が乖離していることに課題を感じたことも、応援投資型という言葉を使うようになった大きな理由だという。
欧米では投資型CFを活用して急成長を遂げる企業も
投資型CFに関しては、日本以上に英国や米国で先進的な事例が生まれている。
英国のプラットフォームとしてはCrowdcubeやSeedrsが有名。ユニコーン企業にもなったチャレンジャーバンクのMonzoやRevolutは、拡大期にこれらのサービスを活用しながら事業を加速させていった。
米国ではWeFunderが急速に成長している。近年は世界トップクラスのアクセラレーターとして知られるY Combinatorの卒業企業にエンジェル投資ができる機会なども提供。VC投資と組み合わせてこのサービスが使われる例も増えてきており、直近ではフィンテック企業のMercuryがシリーズBで著名VCなどから1億2000万ドルを集める際、その一部をWeFunderを通じて調達すると発表したことも話題を呼んだ。
米国の場合は2021年の法改正によって、投資型CFを通じた年間の調達額の上限が107万ドルから最大500万ドルまで拡張されたことがさらなる追い風となった。日本でもここ数年で事例が増える中で「市場が変わりつつある」と波多江氏は話す。
波多江氏自身、イークラウドの創業前にはVC2社で投資家として働いていた。「当時は投資型CFが新しくて異質なものに見えていて、株主が増えたら(管理やコミュニケーションを)どのように対応するのだろうかなど懸念もあった」と振り返る。

イークラウドでは株主の大和証券グループの力も借りて、株主の属性を確認する仕組みを構築。初期から電子契約やオンライン株主総会のようなテクノロジーを取り入れ、オンライン上で株主とのコミュニケーションが円滑に進む体制を整えながら事業を広げてきた。
今回の資金調達は、この流れをさらに加速させることが目的だ。採用を強化して案件数の拡充を進めるほか、投資家と株主の関係性構築を支援する機能開発などにも取り組む。
日本でもVCのファンド規模の拡大やCVCの増加、海外機関投資家の日本進出などによって資金調達環境が整い始めている。その一方で収益化までに時間のかかる研究開発型ベンチャーや、社会貢献と利益の両立を目指すゼブラ企業などを中心に「既存の仕組みだけでは埋められていない資金ニーズはまだまだ存在する」と波多江氏は話す。
「そのギャップを個人投資家のパワーで埋めることができるようになれば、挑戦の総量自体を増やしていくこともできます。VCとは異なる物差しでベンチャー企業を見ていきながら、個人投資家に対して良い投資機会を提供していくことが自分たちの役割。個人が共感したベンチャーを中長期にわたって応援するような世界観をもっと広げていきたいです」(波多江氏)