
- 「ノーコード」と「AIによるメンテナンス」でテスト自動化を後押し
- 顧客のバーニングニーズを見つけたことで事業が好転
- 「誰でも使えるサービス」であることが重要
- 正しいアプローチができれば、確実に大きな事業を作れる
ウェブサービスやモバイルアプリを手がける企業にとって、開発したものが自分たちの期待通りに動くかを検証する「ソフトウェアテスト」は不可欠な仕事だ。
テスト市場は世界で1.3兆ドルにも及ぶ巨大市場であり、IT予算の3分の1をテストが占めるとも言われる。その反面、いまだに70%以上もの企業が時間と手間のかかる“手動テスト”に頼っている状況で、変革できる余地も大きい。
その市場に“AIを活用したテスト自動化”というアプローチで挑むのがAutifyだ。「誰でも簡単にノーコードでテストシナリオを作成し、テストを自動化できるようにしたい」。代表取締役を務める近澤良氏の思いから生まれた「Autify」は、日本企業を中心に300社以上で活用されている。
今後はグローバル展開に本格的に着手するほか、新サービスとなる「Autify for Mobile」を通じてモバイルアプリのテスト自動化への対応にも取り組む計画。そのための資金として以下の投資家を引受先としたエクイティファイナンスや金融機関からの融資により、新たに1000万米ドル(約11億円)を調達した。
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Archetype Ventures(既存投資家)
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Salesforce Ventures(既存投資家)
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Tably(既存投資家)
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WiL
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Uncorrelated Ventures(デベロッパー向けサービスを多く支援している米VC)
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Jonathan Siegel氏
2019年3月のクローズドベータ版公開から着実に事業を拡大してきたAutifyだが、現在のサービスにたどり着くまでの数年間は苦戦が続いた。そんな中で顧客の「バーニングニーズ(頭に火がついていて、今すぐにでも消す必要があるような重要度の高い課題のこと)」を特定できたことが、会社が好転する大きなきっかけになったという。
「ノーコード」と「AIによるメンテナンス」でテスト自動化を後押し
近年はアジャイル開発の普及によって、ソフトウェア開発のサイクルがどんどん短くなってきている。開発サイクルが早くなればテストの頻度も増えるため、従来主流となっていた人手に頼る方法では時間がかかり、開発のボトルネックにもなりかねない。
だからこそ、打開策としてテストの自動化へのニーズが増してきている。
もっとも、この自動化には2つの課題が存在していた。1つは自動化を担う人材の不足。一般的にテストの自動化は、エンジニアがテストコードを書いて対応する。ただし多くの企業はサービス開発に貴重なエンジニアの力を使いたいため、テスト自動化に彼ら彼女らのリソースを用いることが難しい。
そしてもう1つネックになるのが、メンテナンスコストだ。せっかく作ったテストコードも、ソフトウェアのUIや仕様が変わるとすぐに動かなくなってしまう。その度に修復する作業が必要になり、この負担が大きいのだ。
Autifyではこの課題を「ノーコード」と「AIによるメンテナンス」という切り口で解決する。

冒頭で触れた通りAufityを使えばコードを書かずにテストシナリオを作成できるため、エンジニアでなくてもテストの自動化ができる。またAIがリリースの度に変更されるUIの変化をモニタリングし、その影響を受けるテストシナリオを自動で書き換えるため、メンテナンス作業の手間がない。
シナリオ作成方法は簡単で、テストをしたいサイトのURLをAufity上に入力し、実際にブラウザを操作しながら一連の流れを記録するだけ。それが自動テストのシナリオとして保存され、さまざまなブラウザやデバイスで動かすことができる。
ブラウザやデバイスはクラウド上に用意されているので、実際にインストールしたり、複数の端末を管理する必要もない。


手動で行ってきたE2Eテスト(End to End:ユーザーインターフェースのテスト)を自動化したことで実際に「40時間以上の時間短縮」や「年間600万円以上のコストの削減」に成功した事例も生まれている。現在は小規模なスタートアップからディー・エヌ・エーのようなメガベンチャーやエンタープライズ企業まで、IT業界を中心に300社以上に導入されるまでになった。
顧客のバーニングニーズを見つけたことで事業が好転
テスト自動化サービスは、グローバルで見てもここ数年で一気に盛り上がってきた領域だ。Autifyも創業自体は2016年だが(当時の社名はLocki)、当初からこの領域に目をつけていたわけではない。
もともと近澤氏はディー・エヌ・エーやシンガポールのViki、米国のスタートアップなど複数社で、10年以上にわたりエンジニアとしてソフトウェア開発に携わってきた。世界中で使われるようなプロダクトを作りたいという思いが強く、サンフランシスコでAutifyを立ち上げた後も翻訳系のサービスなど複数の事業にチャレンジしたが、望むような成果を出せずにいたという。
近澤氏にとって転機となったのが、2018年に米国の著名アクセラレータープログラム「Alchemist Acceralator」に合格したこと。このプログラムはBtoBスタートアップに特化していることもあり、市場の成長が期待されるテスト自動化領域で勝負することを決めた。
とはいえ、すぐに現在のAutifyのアイデアが生まれたわけではなかった。最初の3カ月は別のプロダクトを開発していたが、100社に営業をしても一向に売れない状態が続く。このままではプログラムも卒業できないかもしれない。焦った近澤氏は、商談時のヒアリング内容をまとめていたノートに答えを求めた。
顧客の悩みのタネになっている課題を抽出し、表にまとめ、言及される回数が多いものから並び替えてみる。すると、近澤氏はあることに気づく。8割以上の会社が同様の課題を感じていたのだ。
それこそがAutifyが解決しようとしている「自動化を担うエンジニアの不足」と「自動化に伴うメンテナンスコスト」だった。

解決策として近澤氏はAutifyの原案となるサービスを考え、プレゼン資料を練り直すと共に、まずは簡単な紙芝居のデモアプリを作って動画に収めた。これを持って翌日の営業にいくと、担当者は今までと打って変わった反応で、即決で「買います」と言われたという。実際に動くプロダクトがまだなかったのにも関わらずだ。
「スタートアップの失敗の原因としてありがちなのが、ソリューションから入ってしまうこと。自分たち自身も過去の事業を振り返ると、顧客の課題が深掘りできる前にソリューションを作り始めてしまっていました。いざ作ってから売りに行っても、全く売れない。そもそも作るところから始めること自体が間違っていたんです」
「BtoBのプロダクトであれば、スタートアップを始めて最初に注力すべきなのはコードを書くことではなく、お客さんのところに行ってバーニングニーズを特定することです。それが1番のキモであると同時に、時間もかかるし苦しい。作ることの方が楽しいのでついつい逃げてしまいがちですが、バーニングニーズを見つけられたことが過去の事業との最大の違いでした」(近澤氏)
2018年内には正式に契約を獲得し、翌年3月にAutifyのクローズドベータ版をローンチ。メディアや既存ユーザーの口コミなどを介してインバウンドで問い合わせが増え、導入社数も拡大していった。
「誰でも使えるサービス」であることが重要
近澤氏は初めからグローバル展開を見据えてはいたものの、これまでは意図的に日本市場にかなりのリソースを割いてきたという。
「日本は諸外国と比較してもテスト自動化の取り組みが遅れています。その一方でソフトウェア企業は増えていて、間違いなくニーズも高まっている。コンペティターも少なく確実に取れる市場だと感じましたし、プロダクトが成熟していない状態でも(顧客の課題を解決しながら)一緒に事業を育てていけると思いました。まずは日本に注力し、準備が整った段階でグローバルにいくのが正しい戦略だと考えたんです」(近澤氏)
Autifyが日本を中心に300社を超える顧客を獲得できたのは、当初からこだわってきた「ノーコードで、誰でも使えるサービス」であったことも大きい。
テスト自動化サービスは国内外でも増えているものの、近澤氏によるとその中にはエンジニア向けに開発されているものも多いという。一方でAutifyが重視したのは「レスコードではなく、ノーコード」。解決したい課題の1つが自動化を牽引するエンジニアの不足でもあるため、コードが書けないユーザーでも使えるようにすることは必須だった。
現在Autifyを使っているユーザーを職種別に大雑把に分けると、半分くらいがエンジニアであり、次に多いのがQA部門の担当者で全体の3〜4割ほど。そのほかがプロダクトマネジャーやビジネス部門のメンバーになるという。
「(コードを書ける人と書けない人の)両者に使われることを意識して作りました。特にある程度の組織規模になるとQA部門が開設されるのですが、その中にはコードを書けない人もいます。その人たちにも使いこなしてもらえることが大事である反面、QA担当者だけではなくエンジニアにとっても使いやすい必要がある。実際に顧客からも『誰にとっても使いやすい』という点を評価いただくことが多いです」(近澤氏)
正しいアプローチができれば、確実に大きな事業を作れる

マーケットのサイズが大きく、日本でも米国でもシンガポールでも同じような課題が存在する。その上ソフトウェア産業の拡大に伴ってこれから自動化のニーズが高まることが予想され、自身のエンジニアとしてのバックグラウンドや知見も存分に活かせる──。
近澤氏はAutifyをローンチした当初から手応えを感じていたと話すが、この2年半でそれはさらに強くなっているという。
「本当にニーズが大きく、市場が急速に拡大していることを実感しています。正しいやり方を選ぶことができれば、確実に大きな事業や会社が作れる。本気でユニコーンも狙えると考えています」(近澤氏)
実際に国内外でもプレーヤーの数は増え、その勢いは増している。noteなどが導入し、日本展開にも力を入れる米mablなど、グローバルでは累計で数十億円規模の資金を集める企業が続出。日本でもAutifyと同じくノーコード×ソフトウェアテストの自動化に取り組むTRIDENTが7月に3億円の資金調達を実施した。
ただ、市場自体が新しいからこそ「自分たちより少し先を進んでいる企業はいるものの、圧倒的な勝者はまだ存在しないのがポイント」(近澤氏)だという。
「アプローチは異なるものの(ブラウザテストをサポートする)BrowserStackが6月に40億ドルの評価額で資金調達をしたのは大きな出来事だったと思います。米国の投資家と話をしていても、これまでテスト自動化はそこまでホットな市場であるとは捉えられていませんでした。それが今、急速に変わり始めています」(近澤氏)
Autifyでは今回集めた資金を活用して組織体制を強化しながら、グローバル展開とさらなるプロダクト拡充に力を入れる計画だ。2023年末には海外売上比率50%を目指しており、今回の調達でもそれを見据え、海外VCを含めた株主構成とした。
プロダクトについては大きく2つの軸で強化していく方針。1つは対応できるアプリーケーションのタイプを増やすという観点で、今回新たにローンチしたAutify for Mobileを筆頭に、モバイルアプリや2D・3Dのゲーム、AR/VRなど守備範囲を広げていく考えだ。
もう1つの軸は“ソフトウェアの開発ライフサイクル”において、テストのフェーズ以外にも拡張していくという観点。たとえば開発の早い段階からテストを組み込むことで、サービスのリリース速度を早める。同時にリリースした後のサービスの最適化についてもサポートする。
「シフトレフト」や「シフトライト」と言われるように、テストフェーズを軸にその前段階と後段階にも徐々にプロダクトを拡張することで、開発プロセス全体を包括的に後押ししていきたいという。
「もともと起業志向で世界で通用するものを作りたいという気持ちが強く、その領域を15年ほどずっと探していました。(テスト自動化は)もはや僕のためにあるんじゃないかと思ってしまうくらい、やりがいも感じているし、ここでなら勝てるという手応えもある。マーケットにも確実に受け入れられてきているタイミングだからこそ、この市場を本気で獲りにいきます」(近澤氏)