
- パンデミックで卵子凍結する女性が急増
- 自宅検査の需要が拡大、女性の健康分野でもテレヘルスが成長
- 研究先、投資先としても見逃されていたフェムテック領域
日本でも少しずつ耳にする機会が増えてきた「フェムテック」という言葉。フェムテックとは女性の健康をサポートする技術を用いたソフトウェア、診断、製品、サービスのことを指す。
米調査会社CB Insightsが今年発行したレポートでは、現在のフェムテック市場は350億ドル(約3.8兆円)で、2025年までに500億ドル(約5.5兆円)にまで拡大すると予想されている。また、米国のフェムテック専門ファンド「Coyote Ventures」は、2027年までに1.18兆ドル(約129兆円)にまで成長するとしている。

実際、フェムテック領域のスタートアップの資金調達額も急増している。デジタルヘルス専門ファンドの米Rock Healthの統計によると、米国においてフェムテック領域のスタートアップは2021年8月までに13億ドルを調達しており、2020年の通年の7.7億ドル(約840億円)の約2倍となっている。
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によって、欧米を中心にフェムテック領域の中でも卵子凍結技術、女性向け自宅検査、テレヘルスが盛り上がりを見せている。
パンデミックで卵子凍結する女性が急増
パンデミックによって、不妊治療医院も不況に備えたが、実際には卵子凍結をする女性が増えたという面白い報告がある。コロラド州デンバー、ジョージア州アトランタ、ワシントン州シアトルなど米国の主要都市にある54のクリニックに向けて米Times誌が2020年に行った調査によると、卵子を凍結する女性の数は前年比で増加している。
36の拠点を持つ東海岸のとあるクリニックでは、卵子凍結の件数が50%以上も増加。また、不妊治療専門クリニック「Seattle Reproductive Medicine」では、2019年の242件に対し、2020年には289件の卵子凍結サイクルを実施しており、20%近く増加している。
なぜ、卵子を凍結する女性の数が増えているのか。その理由として考えられるのは、パンデミックによってパートナー探しができず、そもそも卵子凍結のニーズが拡大したことがある。また出張や出勤がないため、頻繁な来院が可能となり、卵子凍結時に必要となるホルモンショットによる副作用が出ても、(リモートワークが中心のため)日常生活に影響が出にくくなったことなどが挙げられる。
一般的に年齢が若ければ若いほど卵子の数は多く、卵子凍結の成功率も高い。多くの女性は妊娠率が下降線をたどる「35歳」という節目を恐れている。そのため、パンデミックによって、パートナー探しが出来ず、生物学的な時計を一時停止したい女性が増えたのだ。
コロナ禍でのニーズの高まりを受け、成長を遂げる卵子凍結領域のスタートアップをいくつか紹介する。1つ目は、ミレニアル世代をターゲットにした不妊治療クリニックのKindbodyだ。

同社の特徴は、マーケティング戦略と顧客の獲得方法にある。Kindbodyの黄色の移動式ポップアップトラックが街中に現れ、ウォークイン形式で簡単にAMH値(卵胞数を評価するもの)の血液検査(無料)ができる。
結果を受け取るためには、オンラインのアカウントを作成する必要があり、そこからリードを獲得し、来院に繋げている。ニューヨーク発の会社だが、2019年にサンフランシスコにも上陸し、金融街の中心部に旗艦店ともいうべきクリニックを設けている。

筆者も実際に、ポップアップトラックで血液検査をしてみたが、おしゃれなコーヒー移動販売店のような外観で、外には白いテーブルとイスがあり、同社の医師と軽いコーヒーチャットができるようになっている。結果を受け取った後、ヨガスタジオとのコラボレーションイベントや、「卵子凍結とは何か」を説明してくれるイベントなどの案内が送られてきた。
何度か無料イベントに参加しているうちに、自然と300ドル(約3万3000円)の“妊娠可能性検査(Fertility Assessment)”プランを購入していた。院内は、おしゃれなカフェやコワーキングスペースを想像させるようなデザインで、病院に来ている感覚が全くなかった。
不妊治療ホルモン検査、卵巣の超音波検査など本格的な検査で、その後には検査の結果を踏まえ、不妊治療専門家との相談の時間もある。年齢と現在の卵子数を入れると、卵子凍結の成功確率がわかるようなシュミレーターもあり、卵子凍結をする適切なタイミングを相談できる。

特に卵子凍結に興味がなく、年齢が20代の筆者の友人たちにも声をかけたところ、自分の妊娠可能性が無料で検査できるということで、興味を持ってポップアップに立ち寄ったという人もいた。Kindbodyは移動式のポップアップトラックという手段を使い、卵子凍結をするか迷っている層、興味がある層を取り込むことに成功している。
2021年5月、同社は出産前から出産後までの一括サポートサービスの「Kindbody 360」を発表した。カウンセラー、代理出産ドナー、産後復職コーチなど、あらゆるニーズに対応するプランだ。妊娠より前の段階の卵子凍結、不妊治療で得た客に無事妊娠した後向けのサービスを出すのは、自然な流れだと感じた。
また、卵子凍結コンシェルジュのLiliaは女性に専門家やクリニックを紹介し、オーダーメイドの卵子凍結パッケージを作成している。

1回500ドル(約5万5000円)の会費を支払うことで、卵子凍結に関する科学的な情報、不妊治療クリニックの紹介や予約、精神的なサポートなどのサービスを受けることができる。サービスは2020年1月に開始され、カナダとアメリカの両国で利用可能。提携クリニックの大半はカナダのトロントと、サンフランシスコに拠点を置いている。
Elanza Wellnessは、卵子凍結を検討する人のためのコミュニティを提供している。ファウンダーは、自身も卵子凍結を行った2人の女性。彼女たちは、実際に卵子凍結をするためのリサーチに苦労した経験から、副作用の管理や良い病院の探し方などを話し合えるコミュニティを提供している。

自宅検査の需要が拡大、女性の健康分野でもテレヘルスが成長
パンデミックで成長する分野の2つ目が、自宅検査だ。パンデミックで急成長した遠隔医療領域だが、これはフェムテックにも広がっている。Forbesでも2021年のフェムテック注力領域として、自宅での健康管理を挙げている。
女性の5人に1人がなる尿路感染症(UTI)を対象にしたサービスを展開するScanwellは、自宅にいながらにして、臨床レベルの検査が可能で、検査結果が出たら(所要時間2分)、スマートフォンを介して遠隔医療機関に直接接続し、治療のための処方箋を受け取ることができる。

昨年末には、Amazonで検査キット販売も開始している。これまで、尿路感染症になった場合、患者は病院に行って、検査を受け、抗生物質を受け取る必要があった。同社では、慢性腎臓病、マラリア、COVID-19の原因となるウイルスなどの検査にも取り組んでいる。
Modern Fertilityは、女性が自分で指先の血液を採取するだけで不妊の検査ができるキットを開発している。このキットではホルモンをチェックし、卵子の数、閉経するタイミング、卵子凍結や体外受精への適性を見極めることが可能だ。D2Cのビジネスモデルから始まり、現在では小売大手のターゲットでもキットが販売されている。
同社は2021年5月、遠隔医療を提供する米ユニコーン企業のRoに買収された。2017年の創業時、男性向けのウェルネスブランド「Hims」のように、勃起不全(ED)を対象とするサービスを展開していたが、現在は、女性の健康、禁煙にも手を広げ、セクシャルヘルスだけでなく、減量やアレルギーに至るまで、20以上の症状を対象としている。
今回の買収により、Roは、すでに展開をしている女性の健康に関する一連のサービスに、不妊検査など妊活要素を加えることになる。
研究先、投資先としても見逃されていたフェムテック領域
フェムテックは人口の半分がターゲットの成長領域だが、研究面、ビジネス面でもUnderserved(数字が追いついていない、サービスを受けられていない)な状況が問題視されている。
主な理由は、1977年にFDA(米国食品医薬品局)が、「出産の可能性のある女性」の臨床研究への参加を禁止するガイドラインを発表して以来、女性は医学研究に参加してこなかった(筆者注:1985年には、女性の研究参加を促す新しいガイドラインが発行されている)という規制の問題と、フェムテック領域のファウンダーの大半を占める女性起業家への投資額が極めて低い投資側の問題がある。
例えば、女性起業家への投資は、2019年のVC資金の2.8%に止まっているほか、男性ばかりのVCから資金提供を受けた女性主導のスタートアップは、(買収やIPOによる)エグジットの成功確率が大幅に低下する可能性があるとも言われている。
このような背景から、取り残されてきた女性の身体や健康に対して、今、注目が集まっている。莫大なデータが取れるようになった今、データを活用し、現代の女性がより生活しやすくなるようなサービスが、これからも出てくることだろう。パンデミックで成長がさらに加速するフェムテック領域。米国在住の筆者としては一消費者としても、最新動向を追っていきたい。