
- “最大数億円の限度額”で成長企業を後押し
- 上場企業や上場準備企業からも評価される理由
- 「UPSIDERを選ばない理由がない状態」を作る
- 法人カードの先にある「コーポレートファイナンステック」の可能性
個人の決済だけでなく、企業の決済領域においてもデジタル化の土壌が整い始めている。中でも複数のフィンテック企業が事業を展開し、市場が広がってきているのが「法人カード」を軸とした金融サービスだ。
UPSIDERやHandii、クラウドキャストといったスタートアップに加え、直近では上場企業もこの領域に参入。マネーフォワードが9月より事業用プリペイドカード「マネーフォワード ビジネスカード」の提供を開始したほか、freeeは今秋よりビジネスカード「freeeカード Unlimited」のベータ版をローンチすることを発表している。
特徴やコンセプトは各サービスによって異なるが「限度額が低くて用途が限定される」「決算漏れや不正利用などガバナンスの観点で使いづらい」など、従来の法人カードでは必ずしも十分には満たせなかったニーズに応えることで、利用者の獲得を見込む。実際に米国では企業向けに法人カードを提供するBrexやRampが急速に事業を成長させ、ユニコーン企業の仲間入りを果たした。
日本でも今後この領域の拡大が期待されるが、その中で存在感を高めつつあるのが2018年設立のUPSIDERだ。
「上場のための法人カード」をうたう同社のサービスは、ITスタートアップから上場企業まで数百社で導入。2020年9月の正式ローンチから規模を拡大し続けており、直近半年間でも決済額は月次で30%以上の成長率を維持し、解約率も0.5%以下の水準を保っている。
UPSIDERでは2021年3月にシリーズBラウンドで10億円の資金調達を実施していたが、同ラウンドにおいて追加の資金調達を実施。リード投資家を務めたWiLを筆頭に既存投資家のグローバルブレインや米国のGreenoaks Capitalから新たに資金を集め、金融機関の融資枠も含めるとシリーズBラウンド総額の調達額は38億円となった。
新規投資家のGreenoaks CapitalはBrexやStripe、Robinhoodといったフィンテック系のユニコーン数社に出資していることでも知られる。同社ではBtoB決済の課題を「グローバルアジェンダ」として考えており、その上で「グローバルの水準で見ても成長性や戦略が評価されたことが今回の投資に繋がった」(UPSIDER代表取締役CEOの宮城徹氏)という。
UPSIDERではこの資金を活用してさらなる事業拡大に向けた人材採用を強化するほか、利用企業へのポイント還元を含むマーケティング活動への投資を一気に進める計画だ。
“最大数億円の限度額”で成長企業を後押し
「顧客からはUPSIDERを活用することで事業の成長を加速できる点を評価いただけています。それが顧客の間でも話題になり、現在も新規顧客の半分以上は既存顧客の口コミやVCなどからの紹介経由です。IT企業やスタートアップにおいては、徐々にデファクトスタンダード(な法人カード)に近づきつつあると感じています」
宮城氏はUPSIDERの現状についてそのように話す。
特にスタートアップでは急成長する事業に対して、使用できるカードの限度額を拡大することが間に合わず「事業が軌道に乗って取引自体は増えているのに、カードを使えない」という悩みに直面しやすい。つまり法人カードによる制約自体が、事業成長の足かせになってしまうわけだ。
前述したBrexなどはまさにそうした課題に目をつけて事業を始めたが、UPSIDERでもこれまで法人カードを限定的にしか使えなかった成長企業に対して、柔軟性に優れた新しい選択肢を提供することで事業を伸ばしてきた。

同社のサービスでは、ウェブ上から数分で部門や利用者、利用用途などの“単位”ごとに複数枚の法人カードを即時発行できる。
最大数億円の高い限度額が特徴の1つで、前払いに加えて後払いの限度額も設定可能。ウェブ上では残りの利用可能額がいつでもわかり、利用可能額の引き上げ依頼もスムーズだ。カードの種類は物理的なカードとオンライン決済に使えるバーチャルカードの2タイプで、VISA加盟店での決済に使える。
上場企業や上場準備企業からも評価される理由
カードの利用を進めていく上で「会計業務の効率化」や「ガバナンスの強化」を実現する機能も提供しており、これが上場企業や上場を見据えた企業からも支持を集める大きな要因となっている。
「どの保有者が何のためにカードを使用していて、月間の利用上限のうちどのくらいの金額を使っているのか。それがプラスチック(の物理的なカード)で存在しているのか、バーチャルで存在しているのか。このような情報を経営層や管理者が一元管理できる『ソフトウェアサービス』になっています」(宮城氏)
UPSIDERでは裏側のシステムを内製化することで、決済情報がすぐに利用明細として反映される仕組みを構築。あらかじめ単位ごとにカードを発行しておけば、細かい粒度で自社にまつわる決済の状況を瞬時に把握できるようにした。

実際に従業員数が200〜300人規模のとあるIT企業では、月末月初に行っていた膨大な量の経理業務がUPSIDER導入後は大幅に削減。体感値ではあるものの「年間100時間分の削減効果があった」という。
予算の上限などはカードごとに管理が可能で、事前に承認が降りていない場合には一時的に利用をロックする仕組みも搭載。不正利用があった場合の保険も最大1000万円まで用意している。

コロナ禍ではバーチャルカードのニーズが高まったが、画面上に番号を表示するのはリスクが大きい。これに対応する形で2要素認証などセキュリティ面の強化にも力を入れてきたこともあり、直近では上場企業からの問い合わせも増えてきているという。
「利用限度額が大きいという点は特に経営層やCFOの方にとってわかりやすい特徴として、導入や問い合わせのきっかけになっています。一方で管理部の方々の間で口コミとして広がっているのは、会計処理のやりやすさや上場に向けたガバナンスの強化の観点です。UPSIDERを入れておけば(監査法人や証券会社などに対して)対外的な説明がつきやすいという点に価値を感じていただけています」(宮城氏)
「UPSIDERを選ばない理由がない状態」を作る

UPSIDERは宮城氏とCOOの水野智規氏が共同で設立したスタートアップだ。宮城氏は前職のマッキンゼー・アンド・カンパニーで商業銀行を中心とした金融機関のサポートに従事。その当時から法人カードにまつわる事業者の悩みを聞く機会も多かったという。
一方の水野氏はユーザベースに初期のメンバーとして入社し、NewsPicksの立ち上げなどに携わった後、グループ全体のマーケティング責任者も担った。その際に自身がユーザーとして法人カードの課題を感じたことが、宮城氏ともにUPSIDERを立ち上げた大きな理由になっている。
サービス開発にあたっては約100社にヒアリングをしながら、核となる機能や細かい仕様を磨き込んだ。当初は利用限度額の課題を中心に考えていたが、実際にさまざまな企業に話を聞く中で決算の早期化やガバナンス強化のニーズが大きいことにも気づいた。
法人向けの金融サービスということもあり機能開発やクローズド版の試験運用には入念に時間をかけ、正式ローンチを迎えたのは創業から2年以上が経過した2020年9月のこと。そこから急ピッチで事業を拡大し、決済規模は1年間で15倍強に成長した。
宮城氏と水野氏が起業した頃に比べると、冒頭でも触れた通り日本でも法人カードの領域に参入する企業が増えてきているが、「マーケットを広げていく上ではポジティブな流れ」であるというのが2人の見解だ。
「これまで法人カードに対しては、経営者個人がステータスや付帯のサービスを求めるような時代が長かった。そうではなくて事業課題を解決するソフトウェアであるという考え方を、マーケット全体で作っていかなければならないと考えています。その大きな流れを生むには他にも協力者が必要で、これをスタートアップ1社だけで進めていくのは難しいと感じていました」(宮城氏)
先行する海外市場を見ても、この領域は1社だけが市場を独占するWinner takes all(1人勝ち)にはなりづらい。日本においても複数の事業者がそれぞれの特色を打ち出しながら、顧客を獲得していく戦いになりそうだ。
UPSIDERとしては調達した資金を用いて人材採用を強化し、サービスの機能拡充を進めていく方針。合わせて非IT系の上場企業や中小企業などへと顧客セグメントを拡大するべく、マーケティング施策を一気に強化する。
一定の条件を満たした企業に対して月額基本料を無料で提供するほか(通常は発行枚数に応じて1枚1500円からの月額利用料を支払う)、 決済額あたり1.5%の還元施策などを実施する予定。これまでは「資金繰り、便利さ、安心」といった機能的な特徴を主に訴求してきたが、そこに“お得さ”を加えることで「UPSIDERを選ばない理由がない状態を作っていく」(宮城氏)という。
まずは法人カードの新たなスタンダードとしての地位を確立し、2023年までに月間数百億円規模の決済額を目指す。
法人カードの先にある「コーポレートファイナンステック」の可能性
今回DIAMOND SIGNALではリード投資家のWiL(同社は日米のスタートアップに投資を行っている)でパートナーを務める久保田雅也氏にも、法人カードを軸としたBtoB決済市場についての見解を聞いた。
同氏によると米国でさえもいまだにBtoB決済の60%はアナログな決済だと言われており、デジタル化することで利便性を高められる余地は残されているという。それに対して日本はさらに遅れている状況で、約1000兆円規模とされる法人決済市場のうち、カード決済の比率はわずか0.2〜0.3%にすぎないと言われてきた。
2021年9月にビザ・ワールドワイド・ジャパンが発表したレポート「中小企業の事業間決済におけるキャッシュレス化・デジタル化推進(PDF)」を見ても、中小企業の支払額におけるカード決済のシェアは全体の1%にすぎない(個人カードでの事業用決済も含めた数字)。これは米国の26%や韓国の9%と比べても、大きな差がある。
今後日本でも米国が先行する「法人キャッシュレスやペイメントのデジタル化」の流れを追いかけていくかたちになり、その波に乗ってこの領域の課題解決に取り組むスタートアップの成長も見込めるというのが久保田氏の見立てだ。
また法人決済はあくまで「コーポレートファイナンステック」の1つの領域にすぎないと同氏は言う。現在米国のプレーヤーはそこで蓄積したデータを融資や与信を始めとした他の領域に展開し始めている。
「これまで財務やファイナンスにまつわる情報は、デジタルマーケティングや広告の指標とは異なり、経営者のもとに上がってくるまでにタイムラグがありました。これがBrexやUPSIDERなどのサービスによって『誰が何にいくら使ったか』をリアルタイムで取得できるようになると、CFOが将来の計画をダイナミックに微修正できるようにも変わっていく。実際に米国では『CFOをデジタル武装する』文脈のスタートアップがどんどん増えてきています」(久保田氏)
実際にBrexも2021年8月にスタートアップ向けの融資サービス「Brex Venture Debt」を発表するなど、法人カードを起点に事業を拡張し始めている。
「言ってみれば『法人版のチャレンジャーバンク』のようなものです。BrexにしてもUPSIDERにしても、単なる法人カードの会社とは見ていません。そこを入り口にコーポレートファイナンステックの領域に拡大したり、従業員向けにはペイロールのような方向性に広げたりすることもできる。特に日本の法人向けの金融サービスは非効率や情報の非対称性が多く残っており、変革できる可能性も十分にあると考えています」(久保田氏)
久保田氏も宮城氏たちと同様、この市場は1社だけが勝ち残るわけではないと考えている。なおかつ各社のアプローチはいくつかの類型に分かれ、棲み分けが進んでいくという。
米国では複数のユニコーンが誕生し、それぞれが独自の路線で成長を続ける。日本でもこれから法人カードを軸に飛躍を遂げる企業が生まれるかもしれない。