
「遅れてしまい申し訳ないです。日本では遅刻が厳禁なのは理解しているのですが」
情報共有ツール「Notion」を開発する米国のスタートアップ、Notion Labs。その創業者でCEOのIvan Zhao(アイバン・ザオ)氏は筆者とのビデオ取材に2分遅れただけなのにも関わらず、こう謝罪した。「日本ではバスの発車時刻でさえ1秒も遅れることは許されません」とザオ氏は言う。
Notionはキャッシュアウト目前だった2016年に京都で再構築したプロダクトだ。オフィスは土足厳禁で普段から下駄を愛用するなど、ザオ氏の日本愛は今でも本物だ。そんなザオ氏率いるNotion Labsは“第二創業の地”でもある日本での展開を本格化させる。同社は10月13日にNotionの日本語版を公開した。

ベータ版という立て付けではあるが、サービスに加えてコーポレートサイトも日本語化したほか、日本語でのカスタマーサポートも開始した。日本語化されているのは現状ブラウザ版のみだが、デスクトップアプリならびにモバイルアプリも今後数週間のうちに順次日本語化される予定だ。
冒頭の発言のとおり、ザオ氏が「数分の遅れも許されない」と語る日本市場での期待に応えられるよう、長きにわたり準備を進めてきたという。

Notionのユーザー数は過去18カ月で400パーセント増加、企業アカウント数も350パーセント増加した。国別でのユーザー数などは明かせないとしたが、特に米国、日本、韓国、イギリス、ドイツ、ブラジルでのユーザーコミュニティの成長が顕著だという。投資家からの熱視線を浴びており、10月9日にはSequoia Capitalなどから2億7500万ドル(約307億円)の資金調達を実施したことを明かした。
今回の資金調達を経て評価額が100億ドル(約1兆1200億円)を超えるデカコーン企業へと成長したNotion Labs。そんな同社は日本を「米国に次ぐ注力市場」と見ているという。
ザオ氏とNotionの日本第1号社員である西勝清氏はDIAMOND SIGNALの独占取材に応じ、日本での展望や、コロナ禍での経営、そして9月8日に発表したautomate.io(編集注:automate.ioはビジネス版のIFTTTともいえるサービス。SalesforceやTrelloといったSaaSをNotion上で統合し、ダッシュボードの作成などが可能になる)の買収について話した。
──9月にautomate.ioの買収を発表しました。買収の背景や意図を教えてください。
ザオ氏:(クラウド型ID管理・統合認証サービスの)Oktaでは企業がどれくらい多くのツールを使っているのか、「Businesses at Work」という年次レポートで公開しています。今年発表されたレポートによると、北米の企業は平均で88個のツールを使っている状況です。その数は年々増えている傾向にあります。
Notionは多機能で、働き方やワークフローに合わせて、まるでレゴブロックのように自在にカスタマイズすることが可能です。ですが、私たちのエンタープライズ顧客がNotion以外の87個のツールを使わなければならないケースに対応する必要があるのです。
単にほかのツールとインテグレート(統合)するだけではなく、全ての情報がNotionで見られるようにし、1日が「Notionで始まり、Notionで終わる」状況にしなければならないのです。
Notionにはデータベース機能があります。エンジニアの業務管理に使われる「Jira」や顧客管理(CRM)の「Salesforce」といった他のツールの情報をNotionで確認することができれば、あらゆる職種の従業員はNotionを離れる必要がなくなります。Notionは全ての情報を集約するハブになり得るのです。
automate.ioはすでに数百のツールとインテグレートしています。彼らには技術も経験があるので、あとはどのように(Notionとほかのツールを)繋ぎこむのかを考えていくだけです。
(買収を発表した)9月8日には全社ミーティングでautomate.ioのメンバーたちを迎え入れ、すでに作業を進めていた2つの繋ぎ込みに関するデモを発表しました。プロトタイプの段階ではありますが、JiraのリンクをNotionにペーストすればNotionにJiraのチケットを、GitHubのリンクをペーストすればGitHubのチケットをNotionに取り込むことができる、といったものです。
automate.ioはインドのハイデラバードにオフィスがあるため、国際的なスタートアップであるNotion Labの5つ目の拠点という位置付けでもあります。私たちの拠点は、米国のサンフランシスコとニューヨークに加えて、日本の東京、アイルランドのダブリンにあります。
──今回が初の買収案件ですか。
ザオ氏:その通りです。最後の買収じゃないと良いですね。
──日本のスタートアップも買収の対象になりますか。
ザオ氏:もし良い企業があれば教えてください。
──2020年はパンデミックで多くの人たちが苦しみました。前回取材したのは2020年7月でしたが、それ以降の1年はどのような年でしたか。
ザオ氏:当時はまだ50人ほどのチームでした。一般的に、スタートアップにとって一番大変な時期は50人規模から200〜300人規模に成長するフェーズだと言われています。
CEOである私が全てを把握するのは難しくなりました。しかし混乱や問題をおさえ込むために体制を整えられるほど規模は大きくありません。
つねに何もかもが崩壊しているように感じていました。ゲームでいう、ハードモードに次ぐハードモードでした。ですが、企業としての成長を遂げ、初の買収を発表することもできました。
以前のオフィス(前回の記事で写真を掲載)は引き払いましたが、新たなオフィスをサンフランシスコに開設しました。出勤は自由ですが、今日(取材当日)はサンフランシスコにいる約100人の従業員のうち、60〜70人ほどが出社しています。私はオフィスで働くのが好きですし、住んでいるアパートをリノベーション中なので毎日出勤しています。
オフィスで働いた方が問題解決を迅速に行うことができます。ホワイトボードも使えるし、顔も見える。気軽に話しかけることもできます。
──デジタルホワイトボードやSlackの「ハドルミーティング」のようなリモートワークに適したツールもあります。それでもフィジカルのホワイトボードやオフィスにこだわるのですか。
ザオ氏:Notionもリモートワークに最適なツールの1つです。ナレッジを管理し全ての情報を集約することができる。ですが、ツールを“使う”のと“作る”のでは話は違います。
もちろん、ZoomやSlackのハドルミーティングのようなツールを使った方が良いケースもあります。一方で、プロダクトデザインにおける戦略を練る上では直接話した方が話を早く進めることができますし、信頼関係を構築する上でも重要です。
同僚とランチに行くなどして対面でディベートをすれば、関係は深まり、より熱のこもった議論ができる。同僚を1人の人間として見ることができ、正直に意見を言い合うことが可能です。Slackでは投稿内容についてとても慎重になる必要があります。誤解を生むような内容ではいけないからです。
──Notionの日本語化を行いました。
ザオ氏:ベータ版を10月13日にリリースしました。Notionが日本語化されるだけでなく、日本語のウェブサイトが公開され、カスタマーサポートも日本語での対応を開始します。
2020年に韓国語版も提供を開始しましたが、あくまでもテストです。韓国でのテストを除けば、初の他言語版という位置付けです。
韓国語版ではNotionを“翻訳”するだけでは駄目なのだと思い知らされました。文化や言語を深く理解する必要があります。日本はバスが定刻から1秒もずれずに発車する国です。そのためNotionの日本語版にもとても高いクオリティが求められています。サポート体制も完璧にする必要があります。
──Notionは京都で生まれたツールですが、日本のオフィスは東京です。
西氏:今は東京にオフィスを構えていますが、今後についてはまだ未定です。日本法人の設立時期や拠点をどこに置くかなどは、今後決めていきます。
日本でもNotionユーザーのコミュニティが拡大しており、今では東京だけでなく、福岡や京都、仙台、札幌などにコミュニティがあります。コミュニティ内での情報共有だけでなく、SNSやYouTubeなどでの情報発信も多く、感激しています。
──法人利用はどのように進んでいますか。以前、サントリー食品インターナショナルにNotionの活用事例について取材しましたが、大企業での導入も進んでいるのでしょうか。
西氏:1年ほど前はスタートアップや大企業内のチームなど、スモールチームによるNotionの活用が目立ちました。今ではより大きなチームがNotionを使っている状況です。
例えばラクスルやプレイドといった上場スタートアップもNotionを使っています。そして、エンタープライズ企業のデジタルトランスメーション(DX)を担う部門やイノベーションチーム、子会社などによるNotionの導入も進んでいます。一例として、SOMPOグループのデジタル事業子会社、SOMPO Light VortexがNotionを使っています。
ザオ氏:このトレンドは米国や欧州でも同様です。エンタープライズ企業の導入が進んでおり、彼らからの収益が増えているため、個人のユーザーや学生には無料で提供できるようになります。
────日本でのビジネス戦略は。日本市場の重要性についてあらためて教えてください。また10月に調達した資金の使途は。
ザオ氏:私たちにとってエンタープライズ企業の獲得は非常に重要です。エンタープライズ企業から収益を得るのが私たちのビジネスモデルですし、ビジネスが抱えている細かな課題を網羅的に解決していくために、Notionは存在しているのです。
日本は米国に次ぎ世界で2番目に大きいエンタープライズ市場。私たちにとって非常に重要な市場です。ですが、言語の壁が非常に大きい市場でもあります。そのため、サポート体制を含めて完璧を追求し、準備を進めてきました。
西氏:エンタープライズ企業への導入を進める上で、日本語化は非常に大きなインパクトを持つと考えています。今後もエンタープライズ企業からのフィードバックをもとに改善を進めていきます。調達した資金はプロダクト開発や米国外での体制強化にあてます。
──とはいえ、エンタープライズ企業の情報管理ツールとしてはGoogleの「G Suite」やMicrosoftの「Microsoft 365」といった選択肢もあります。Notionの勝算は。
ザオ氏:私たちはスタートアップなどの急成長中の企業が情報管理においてどのツールを使っているかを常にチェックしています。日本においては、40〜50%のスタートアップがNotionを導入しています。米国では(アクセラレータープログラムを運営する)Y Combinatorに参加するスタートアップの半数以上がNotionを活用しています。Google ドキュメントやMicrosoft 365は見向きもされていません。
将来「Fortune 500」(編集部注:米国のフォーチュン誌が年に1回発行する、総収入に基づいた上位500社のランキング)に載るような企業に導入されることで、私たちのグロースは約束されるのです。既存のエンタープライズ企業にはNotionのバリュー・プロポジション(提供する価値)や、なぜGoogle ドキュメントから移行するべきなのかを説明し、導入を進めています。