Photo:mikkelwilliam/gettyimages
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  • 国内市場向けだけのゲームソフトビジネスはとっくに終わっている
  • 国内でソフトが売れず、人件費は高騰──メーカーの次の施策は
  • AAAタイトルも複数ハードで同時発売が当たり前に
  • PC版ソフトに潜む「改造リスク」
  • 「ソフト+サブスク」に進む家庭用ゲーム機

「来年か再来年にはPC向けと専用機向けの販売割合を同等にしたい」

ゲーム業界の秋の風物詩の1つとなっているイベント、「東京ゲームショウ」。今年も昨年に続きオンラインでの開催となった。イベントにあわせて日本経済新聞が実施したカプコン代表取締役社長・辻本春弘氏のインタビュー記事の内容が、業界全体に大きな衝撃を与えた。

ファミコン、スーパーファミコン、PlayStationと常に最新のゲーム機向けにソフトを発表し、成功を収めてきたカプコン。これまでもPC向けソフトを発売してきたことはあるが、販売の50%をPC向けにするというような戦略を明言したことはなかった。カプコンといえば2021年3月に発売した『モンスターハンターライズ』が、ニンテンドースイッチ専用ソフトながら730万本という大ヒットを記録したばかり。ゲーム機向けソフトが好調の中で、業界関係者の多くが想定していなかった内容だ。

では、世界的ヒットを飛ばすカプコンが注目するPCゲームのマーケットはどうなっているのか。今回はその最新事情を解き明かしていく。なお現在、PCでのゲームの販売と言えば、現在はほとんどがSteamEpic Gamesストアに代表されるプラットフォーム(ストア)でのダウンロード販売のことを指す。本記事ではSteamを前提にPCゲーム販売の説明を進める。

PCゲームストアの代表格の1つであるSteam(運営は米Valve Corporation)は、月間1億2000万人のアクティブプレーヤー数を誇る。PCゲーム・コンテンツ販売のほか、デジタル著作権の管理やユーザー交流を補助する機能などを提供する。こういったストアを通じての販売は、ゲームメーカー(パブリッシャー)から見て一体どんな利点があるのか。以下に挙げてみよう。

・全世界を相手に販売できる
・パッケージ(物理メディア)が不要なので、売価に対する利益率が高い
・在庫リスクがない
・「最低ロット」という概念がなく在庫切れがない
・全購入者はネット環境がある前提なので、アップデートの配布が容易
・WindowsとMac、Linuxという、ほぼ全てのPC向けに配信できる
・販売価格を即時にコントロールできるため、売上が落ちてきたら半額~90%オフセールなどを実施して、需要が低下したソフトの売り伸ばしができる(これまでコンソール機では一定期間経過後に廉価版パッケージを発売してきた)

日本国内においてはニンテンドースイッチやPlayStation 4/5のようなコンソール機向けゲームソフトの方がメジャーであり、Windowsパソコンなどを使って遊んでいるゲーマーは少数派というのが大多数の肌感覚だろう。ところが世界に目を向けてみると、高性能パソコンでゲームをたしなむゲーマーが増加傾向にある。近年プレイ人口が急増しているeスポーツジャンルにおいても『League of Legends(LoL)』『Fortnite』『Call of Duty(CoD)』『PlayerUnknown's Battlegrounds(PUBG)』といったタイトルで「勝つために」相手よりも少しでも優れた性能のマシンを使いたいというニーズにより、世界中でゲーミングPCの需要が増えているほどだ。

今やSteamはニンテンドースイッチやPlayStation 4/5などを超えるような規模のユーザー層を抱えるプラットフォームの1つとして成長している。

Steamの2020年の実績 Steamサイト「2020年を振り返って」より

国内市場向けだけのゲームソフトビジネスはとっくに終わっている

ゲーム機やパソコン性能の向上に伴い、ゲームソフトもグラフィックなどを中心に進化を遂げている。

映像の解像度が高くなるほどグラフィックを描き込む手間が増え、人件費は高くなり、収益性はどんどん悪くなっていく。それこそ4K解像度に対応したPlayStation 5専用ソフトを作ろうとしたら、膨大な開発費を要してしまう。その一方で家庭用ゲーム機ソフトの世界では最近、メガヒット級のタイトルが出づらくなっているため、ソフトの開発費を回収しづらくなっているのだ。

ゲームソフトの国内販売数ランキングを見ると、上位は任天堂(およびポケモン)が独占している。前述の2メーカーを外したトップ10のタイトルを、公表されている数値で並べてみたものが以下の表だ。

トップ10のうち半分が『ドラゴンクエスト(ドラクエ)』シリーズ。次いで『モンスターハンター(モンハン)』シリーズが3作。そして『ファイナルファンタジー(FF)』シリーズが2作という内訳だ。また注目すべきなのは、一番新しいタイトルでも2013年であるということ。実は2013年以降、日本国内の販売本数でトリプルミリオンのソフトは出ていない(冒頭で触れたモンスターハンターライズもグローバルでの販売本数だ)。つまり国内市場だけに向けてゲームソフトを作ってビジネスとして成立する時代は、とっくに終わっていたのである。

国内でソフトが売れず、人件費は高騰──メーカーの次の施策は

国内でのソフト売り上げが下がっているのに、ソフトに求められるクオリティが高くなるばかりの現在。そこで日本国内向けにソフトを売っていたメーカーは、世界に目を向けることにした。

記事冒頭で発表があったカプコンの動きに注目してみると、家庭用ゲーム機向けに発売していたソフトをSteam(PC)で発売することは以前から行っていたが、『バイオハザード7』で初めてPS4版とXbox One版、そしてSteam版を2017年1月に同時発売した。

一般的なニュースなどで報じられるゲームソフトの売上本数は調査会社のメディアクリエイトなどが、小売店で売れたパッケージ版ソフト(DLカード販売含む)の数をカウントしたもの。PS4版『バイオハザード7』の結果を確認してみると、34万本だった。

しかし2021年10月8日にカプコンが発表したPS4とXB1のパッケージ版と、それぞれのダウンロード版、そしてSteamのダウンロード版を合計した全世界の販売数の(パッケージ版は出荷数)合計は1000万本に達した。日本国内よりも世界で売れることを意識したコンテンツ作り、そしてPS4など特定のプラットフォームに限定せず、Steamを含めたマルチプラットフォーム展開を行ったことで、収益性を大きく改善させたのである。

カプコンはその後も、2018年1月に発売した『モンスターハンター:ワールド』では、PS4とXB1(XB1版は日本未発売)版の発売から約半年後の8月にSteam版を発売。2021年3月に発売したニンテンドースイッチ版『モンスターハンターライズ』は、10カ月後の2022年1月にSteam版を発売すると発表した。

AAAタイトルも複数ハードで同時発売が当たり前に

先ほど、「PS4とXB1、Steamで同時発売」と書いたが、古くからのゲームファンであればここに違和感を覚えた人もいるのではないだろうか。

家庭用ゲーム機は、たとえば任天堂Wiiであれば「Wiiリモコン」、ニンテンドーDSはタッチパネルといったように、特徴ある独自の入力デバイスを備えている。そのため、ハードの性能を生かしたゲームを作ろうとするとそのまま他のハードには移植できないことがほとんどだった。

デバイスの話だけではない、ハードの設計思想もある。PlayStationは極論すれば、ファミコン以前から当たり前だったバックグラウンド(背景)の上に、スプライト(セル画のようなもの)で描いたキャラクターを重ねて表示するというこれまでのゲーム機の常識を捨て、3Dポリゴンの表示機能「のみ」に割り切った、尖ったハードだった。

そのため、ゲームソフトは基本的に発売するハードを決めてから開発を進め、そのゲーム機に特化したソフトを作るのが当たり前だった。その結果、発売されるソフトの価値がイコールでハードの価値となった。1996年には、『ファイナルファンタジーVII』がPlayStationに出るという報道が出た結果、年末商戦でセガサターンの売上が鈍り、PlayStationの売上が増加したという事態も起こった。

しかし任天堂以外のゲーム機はバージョンを重ねるごとに、よりグラフィック性能を強化していくことを最重要視していたため、いつしかPS5やXbox Series X/Sは「安価な高性能ゲーミングPC」とも呼べるようなハードウェアに進化していった。誤解を恐れずに言うと、PS5は15万円相当のゲーミングPCを大量生産することで5万円強の価格で売っていると考えればいい。

ニンテンドースイッチ以外の現行機種は特殊な仕様(スイッチのみ解像度が低いというのも特殊性ではある)がないため、「AAAタイトル」と呼ばれるような大作を含めて、制作したゲームソフトは複数プラットフォームで発売するのが当たり前となりつつある。もちろん、ハードウェアの宣伝目的で「PS4版を出したあと1年間は他機種で発売しない」という独占契約を結び、ハードウェアメーカーから対価が支払われることもある。

では将来的に家庭用ゲーム機の需要は減っていくかと言えば、そうはならないはずだ。

2021年9月下旬以降、ビットコインのマイニングに使われていたPC用グラフィックボードの高騰が落ち着いたおかげでゲーミングPCの価格も下がりつつある。ただ、それでもゲーマーが納得のいくゲーミングPCを買おうと思えば15~20万円となる。ゲーミングPCはPS4からPS5というような明確な世代交代こそないものの、各パーツスペックは日々進化している。3年もするとグラフィックボードやCPUなどを最新のものへ交換したくなり、PS5本体が買えてしまう程度の出費が生じる。

PC版ソフトに潜む「改造リスク」

PC版はスペックに応じて4K以上の解像度やフレームレート(動きの滑らかさ)を変更できるため、PS5などの家庭用ゲーム機で出ているゲームソフトよりも美麗な画面で楽しめるのが特徴だ。しかし、その対価としてパーツ交換の出費は伴う。結果として、そこまでお金は払えない──というミドルクラスのゲーマーは、リーズナブルな家庭用ゲーム機を選ぶことになるだろう。

しかしPC版ソフトにもリスクはある。一番は改造リスクだ。

例えば対戦型ゲームの場合、自分の性能を強化するソフトを仕込む抜け道がないわけではない。一般的に「チート」と呼ばれる行為だが、家庭用ゲーム機に比べて圧倒的にチートを行うユーザーが多くなる。

改造といえば、MOD(Modification)と呼ばれる、お手軽な改造手段があり、これをメーカー側が回避するのはかなり難しい。とはいえ、主なものはキャラクターのグラフィックを書き換えるようなものなので、メーカーも「見て見ぬ振り」をしているところが多い。MODを使うかどうかはエンドユーザーに委ねられているため、「使いたい人だけ使えばいい」という風潮となっている。

2021年9月24日にセガが発売した、『LOST JUDGMENT 裁かれざる記憶』は主人公キャラにタレントの木村拓哉さんをキャスティングしたことでも話題になった。このソフトはPC版を発売していない。あくまで筆者の想像だが、PC版でMODが流行した結果、所属するジャニーズ事務所ですら想定していないようなプレイ動画が公開されることを嫌がったのではないかとも思うことがあった。

「ソフト+サブスク」に進む家庭用ゲーム機

ここまではPCでのゲームビジネスについて触れてきた。では家庭用ゲーム機はこのPCゲームに淘汰されていくのだろうか。

ソニーグループが4月に発表した2021年3月期の決算発表によると、ゲーム&ネットワークサービス分野の売上高は2兆6563億円(前期比34%増)、営業利益は3421億円(同43%増)。好調な業績の背景には、ソフトウェア販売の増収と並んで「PlayStation Plusを中心としたネットワークサービスの増収が上回った結果」という説明があるほどに、ゲーム事業においてPS Plusというサブスクリプションサービスが大きな収益の柱になっていることがわかる。

おそらくSIE(ゲーム部門であるソニー・インタラクティブエンタテインメント)の狙いはこの収益を拡大することだろうから、引き続き「ソフトウェア+サブスクリプション」を軸にしたビジネスモデルを継続したいはずだ。どうやってPlayStation 6へと繋いでいくのか。それとも別の方法を採るのか。今後の方針に注目したい。

SIEが発売しているPS4の人気タイトル『Days Gone』や『Horizon Zero Dawn』を、PS4版の発売から3年ほど経ったあとにSteam版を発売しているのも特徴的だ。さらに「PS Now」と呼ばれるクラウドゲーミングサービスをPS4だけでなく、WIndows PCでも遊べるようにしたという動きもある。

そんなSIEの社長兼CEOであるジム・ライアン氏は、2021年10月8日に開催されたイベント「GI Live:London」の基調講演で気になるコメントを残している

ライアン氏は「PlayStationの素晴らしいソフトは1000万人から2000万人が遊ぶことができる。これに対して音楽や映画は、全人類が楽しめるメディアだ。我々が作っている素晴らしいエンターテインメント作品の対象を、1000~2000万人で門戸を閉ざしてしまうことが不満だ。何億人もの人に、我々の作った作品を遊んでほしい」と語ったのだ。

同氏はこれに加えて「2022年3月期中に、PlayStationを象徴するタイトルのいくつかをモバイルに持ち込む」とも語っている。

これらのコメントから、PS5のようなコンソール機によるゲームビジネスから、近い将来にはモバイル端末や、SteamをはじめとするPC市場へソフトウェアを提供する企業としての方針変更を行おうという強い意思が感じられる。

SIEトップが語った方針変更と、本記事冒頭で説明したカプコン辻本社長の方針変更との関係は、同じ未来を見据えたものに違いない。