
- 大学時代に生まれた「こっぺ食堂」というアイデア
- 3ヶ月で約200件の取材に対応、海外へ旅立った本当の理由
- 習いごとのCtoCサービスを経て、再び「食」の領域に
- お母さんが「家庭の食卓」を担う時代でなくなった
- レシピの会社から、料理の会社へ
社会人7年目──“29歳”という異例の若さで、東証一部上場企業の日本事業の総責任者に就任した人物がいる。クックパッドJapan CEOの福崎康平氏だ。
料理レシピの投稿・検索サービス「クックパッド」や生鮮食品のネットスーパーサービス「クックパッドマート」などを展開するクックパッド。2013年から海外展開し、現在は76カ国・地域、34言語でサービスを展開している同社だが、収益の9割以上を稼いでいるのは日本事業。福崎氏はそんなクックパッドの日本事業のトップとして、2020年9月から会社の舵取りをしている。
クックパッドは2016年に創業者であり取締役兼執行の佐野陽光氏と穐田誉輝氏(現:ロコガイド代表取締役)が率いる旧経営陣との経営方針をめぐる“お家騒動”によって、株価が低迷。2019年度には上場以来、初の赤字に転落した。そうした背景もあり、クックパッドが日本事業の総責任者に“29歳の若手”を抜てきしたことは世間から大きな注目を集めた。
だが、同社はいま壁にぶつかっている。2021年度は第1四半期(1〜3月)の最終損益が3億4900万円の赤字だったのに続き、第2四半期(4~6月)も6億7000万円の赤字だったと発表した。月額308円(税込)のプレミアムサービス会員は第1四半期と比較して、約9.2万人減少するなど、“クックパッド離れ”が進んでいる。

会社の立て直しに向け、福崎氏は「クックパッドは今後、『レシピ』の会社から『料理』の会社へと変わっていきます」と語る。クックパッド復活に向け、事業を統括する福崎氏は会社の未来をどう描いているのか。「食堂」の運営から始まったキャリアをもとに、彼が考えるこれからの「食のあり方」をひもといていく。
大学時代に生まれた「こっぺ食堂」というアイデア
「ルールって本来、人が自由に活動するためにあると思うんです」
取材の冒頭、福崎氏は飲食業界への危機感を口にする。
「人が思うように活動できるのは、『ルールの中であれば自由に動いていい』という状況があるからです。ところが、コロナ禍における飲食店に課されたルールは、逆に飲食店を縛り付けてしまっている。営業時間の短縮。酒類の提供禁止。それが何度も繰り返される。このままでは、飲食店という生態系が崩壊してもおかしくありません」(福崎氏)
人が能力を自由に発揮できる“枠組み”とは何か──福崎氏がそんな思いを巡らせるようになったきっかけは、高校時代にさかのぼる。
「学生時代、何をしても許されたのが文化祭でした。もちろん最低限のルールがありましたが、それさえ守ればあとは本当に自由だった。『ここまではいいけどここまではダメ』というルールによって、人はその中でいろんなものを生み出せる。それを知った瞬間、自分の能力が解放されたような気がしたんです」(福崎氏)
文化祭を除けば、ずっと勉強中心の日々だった。高校を卒業し、福岡から上京して慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(以下、SFC)に進学した福崎氏は、一芸に秀でた同級生たちから大きな刺激を受けた。
「SFCの同級生たちを見て、これまでの自分は“枠組み”の中で暮らす側だったんだと思い知らされました。自分も“枠組み”をつくる側になりたい。そう思って、もがきながら生み出したのが、『こっぺ食堂』だったんです」(福崎氏)
こっぺ食堂とは、福崎氏が学生時代に手がけた飲食店だ。飲食店をレンタルして、月に1回開催していた。当時主流だったSNS・mixiのコミュニティで宣伝してみると、数十人の友人が来てくれた。最初は月に1回のつもりだったが、評判が広がり、店を開く頻度はどんどん増えていったという。
「身近な人がつくった料理をみんなで楽しむ場ができ、それが広がっていくのはすごくいい体験だなと感じました。最初は『非連続』だったものが、その場所で生まれた楽しみによって『連続』に変わっていく。食事を楽しみにする“枠組み”の一つの発明をしたような気がしました」(福崎氏)
友人に囲まれ、福崎氏はさまざまな料理を振る舞った。この活気あふれる「こっぺ食堂」から、福崎氏の物語は大きく展開していく。
3ヶ月で約200件の取材に対応、海外へ旅立った本当の理由
こっぺ食堂は営業日数の増加とともに、楽しみが増していくという訳ではなかった。
「この活動でわかったのは、飲食店の運営は楽しいけど辛すぎるということ。ほぼ毎日働いていると、『おいしいものを作りたい』や『楽しみを生み出したい』という気持ちを忘れて、店をまわすことばかりに一生懸命になってしまうんです。世の中の週6日営業の飲食店も、みんなこういう状況にあるんじゃないかと思いました」(福崎氏)
それならば、やりたい時だけ飲食店をできる“枠組み”があれば良いのではないか。脱サラをし、数百万円の借金を背負って店を始める。従来はそれが飲食店を開業するセオリーのひとつだった。しかし、少額の投資で飲食店を開業できて、営業したい日だけ営業する。そんな方法があれば、料理の“楽しみ”は失われずに済むはずだ。
そう気づいた福崎氏は、こっぺ食堂の仕組み化に取りかかった。目指したのは、飲食店が定休日や空き時間に場所を貸し出せるCtoCのウェブサービスだ。飲食店と飲食店をやりたい人を結びつけるこのサービスは、きっと新しい“枠組み”として受け入れられるはず──そんな期待に胸を膨らませていると、ある日突然、足元が大きく揺れた。東日本大震災だった。
「あと約1カ月でリリースできると思っていたときに、震災が発生したんです。これは飲食店向けのサービスをつくっているどころではない。まずは自分にできることをやろう、という想いに純粋に駆られました」(福崎氏)

このときに福崎氏がつくったのが、家を提供する人と家が必要な人を結びつけるサービス「roomdonor.jp(ルームドナー)」だ。先に着手していた飲食店向けのCtoCサービスの土台を活用したため、開発に時間はかからなかった。リリースは震災からわずか5日後。災害時にCtoCの支援を促す新しい仕組みとして、一気に広がっていった。
ところが、その陰で福崎氏の心は悲鳴をあげていたという。
「ローンチから3カ月間で、国内外のメディアや政府関係者から約200件ほど取材を受けました。投資家からもたくさん連絡がきて、いろんな人に『こうしたほうがいいよ』と言われるうちに、誰の言うことを聞くべきかわからなくなってしまったんです」(福崎氏)
当時はまだ19歳。ほとんど寝ずに対応していたこともあり、メンタルの不調を感じるようになった。「このままではいけない」と思った福崎氏はroomdonor.jpを畳み、休学して海外へ放浪の旅に出かけた。
「半年間、我を捨ててがんばってきました。でも、自分がやりたかったのは飲食店のサポート。おいしいものを食べたい、つくりたいという気持ちがあふれ出してきたんです」(福崎氏)
習いごとのCtoCサービスを経て、再び「食」の領域に
1年間で35カ国を周り、海外でもこっぺ食堂を開いてきた。現実から距離を置くための旅だったにもかかわらず、帰国後もサービスづくりへの想いは不思議と衰えていなかったという。現在はエンジェル投資家として活動する有安伸宏氏が立ち上げた、個人レッスンのマーケットプレース「サイタ」を運営するコーチ・ユナイテッドでインターンを始め、同時に知り合いだったクックパッドの佐野氏にも仕事の相談をしていた。
2013年9月に発表されたクックパッドがコーチ・ユナイテッドを買収する、というニュースは福崎氏にとってまさに青天の霹靂(へきれき)だった。
「習い事のCtoCプラットフォームの会社とCGMの会社が繋がるということは、『クックパッドは本気で料理のCtoCの会社になろうとしているのかな?』と想像しました」(福崎氏)
まずはプラットフォームを運営する企業で自分のスキルを磨き、将来的にそのスキルを自分が好きな“食”の分野に生かそう──コーチ・ユナイテッドに入社したのは、そんな考えからだった。その後、福崎氏は2016年2月に代表を退任した有安氏の後を継ぎ、コーチ・ユナイテッドの代表に就任。
そして2018年、コーチ・ユナイテッドがクックパッドに吸収合併されるタイミングで、同社に入社を決意。その約3年後、福崎氏はクックパッドのJapan CEOとなった。
お母さんが「家庭の食卓」を担う時代でなくなった
福崎氏のCEO就任後、会社を取り巻く環境は大きく変化している。先述したとおり、クックパッドは2021年1~3月期・4〜6月期ともに連結決算で、最終損益が赤字に転落。さらに、コロナ禍で人々のライフスタイルも変わった。
そうした変化を踏まえ、現在クックパッドが注力しているのが、生鮮食品のネットスーパー「クックパッドマート」だ。クックパッドマートは、精肉店や鮮魚店などの専門店や地域の生産者が販売する「こだわり食材」を送料無料で1品単位で注文できるサービスである。
注文した商品は、自宅近くの駅やコンビニなどに設置されている「マートステーション」に届けられるので、好きな時間に商品をピックアップできる。2018年にサービスを開始し、3年間でマートステーションの数は首都圏の駅やコンビニ、マンションを中心に500を超えている。直近では東京モノレールと連携するなど、鉄道会社との連携に力を入れている。

もともと、レシピ検索のサービスとしてスタートしたクックパッドが、生鮮食品のネットスーパーに力を入れる理由──その背景には、世帯構造の変化がある。
総務省が発表している「人口動態・家族のあり方等社会構造の変化について」によれば、単独世帯は増加の一途をたどっており、2050年には全世帯の4割を占めるという。また、核家族世帯の比率も右肩上がりで増え続けている。
「これまでの世帯構造は“夫婦と子ども”からなる世帯が主流。お母さんが家庭の食卓を担い、毎日の献立を考えて料理をつくっていました。そうした時代において限られた時間、予算の中で家族が喜ぶ料理をつくるために“レシピ検索”は受け入れられてきました」
「ただ、今は単身世帯や核家族世帯の比率も増えたことで、そもそも『今日の食事をどうするか?』と考えるようになってきている。毎日献立を考えて料理することが当たり前ではなくなり、外食したり、商店街などでお惣菜を買って食べたりする体験が増えているんです。だからこそ、レシピの会社から料理の会社になるべきだと思いました」(福崎氏)
レシピの会社から、料理の会社へ
レシピから料理へ──福崎氏がイメージするのは、レシピという料理の“仕様書”を提供する会社から、こだわり食材を流通させることで料理の“体験”を提供する会社へ変わっていくということだ。「マートステーションを家の冷蔵庫がわりにしていければ」と福崎氏は語る。
「コロナ禍でも居酒屋メニューをつくってみたり、SNSなどではやっているメニューをつくってみたりする動きはありました。そうした新しい“料理の楽しみ方”を生み出しているのは、飲食店や食のつくり手です。マートステーションを通じて、飲食店や食のつくり手と消費者をつなげることができれば、料理の楽しみが広がっていくと思います」
「例えば、小型のマートステーションを飲食店に設置して、そこに届いた食材で料理してもらう体験も面白いでしょうし、その逆で外食で美味しかったメニューがクックパッドマートから注文できて、同じ食材が買えるといった体験も面白いと思います」(福崎氏)

クックパッドマートが目指すのは、道の駅にある産直市場のような立ち位置だ。地域の農家などがつくった、さまざまな“こだわり食材”をオンラインで注文できるようにする。そこそこの価格と品揃えで勝負する従来のスーパーマーケットとは異なる方法で消費者にアプローチしていく。
「自分は休日などに道の駅にある産直市場に足を運ぶのですが、いつも混んでいます。また最近は鮮魚専門店『角上魚類』や、食料品主体のスーパー『オオゼキ』などが人気です。オリジナルのコンテンツを持っているところは強い。だからこそ、クックパッドマートでも他で比較されない食材をどんどん買えるようにしていきたいと思っています」(福崎氏)
また、クックパッドマートは流通の仕組みも独自で構築。具体的には、クックパッドマートの配送ドライバーが共同の集荷ステーションから商品を集荷して、対象エリア内のマートステーションと呼ばれる受け取り場所に納品する。販売者・生産者は注文内容に従って商品を準備し、決められた集荷用ステーションへ出荷するだけでいい。
中間業者を介さず、販売者・生産者と消費者のあいだを取り持つような仕組みをつくった。「仕組みさえつくってしまえば、サービスの展開はしやすくなる」と福崎氏は語る。
「販売者・生産者が増えれば増えるほど商品は増えますし、マートステーションを置けば置くほど利便性が高い状態になる。今後、マートステーションの数をさらに増やしていければと思っています」(福崎氏)

人の活力を奪うのではなく、活力を与えるためのルールを作りたい。その想いは、大学時代からもうずっと変わっていない。取材を通じて、福崎氏の根底には「人生の幸福度を上げる」ことへの強いこだわりがあるように感じた。
「今の時代はキッチンのスペースがどんどん小さくなっています。料理する環境が小さければ小さいほど、つくる人が減っていくのは当たり前です。単身世帯や核家族世帯が増えていく時代において、自宅からキッチンのスペースをなくしてしまい、マンションの共有部や駅前に片付けしなくていいキッチンなどをつくった方が、料理する人が増えると思います」
「例えば、スペイン・バスク地方には“ソシエダ・ガストロノミカ(美食倶楽部)”という会員制のキッチンがあります。コロナ禍で新しく飲食店を立ち上げようと思う人は減ったと思いますが、料理をしたい人の数はすぐには減らない。単身世帯や核家族世帯、そしてシェフの人たちの受け皿としても会員制キッチンのような場所があるのはいいと思いました」(福崎氏)
毎日の料理を楽しみにする──そのミッションに福崎氏が込める想いの大きさは、想像をはるかに上回っていた。新しい“枠組み”がどのように人々を幸せにするのか。彼の“純粋な使命感”は、厳しい状況が続くクックパッドをV字回復に導くことができるのだろうか。