
- まずは立川からスタート、実証実験のためヘルメットは“任意”
- 地元密着で生まれる独自のビジネスモデル
- 「ハードまで自社設計」だから実現した遠隔制御技術
- 目指すは「新たな時代の公共交通」
2017年後半に米国で生まれ、あっという間に世界中へと広がった電動キックボードのシェアリングサービス。日本ではLuupをはじめとする事業者が2021年4月から実証実験という位置づけでシェアリングサービスを開始。東京、横浜、大阪、京都、福岡などの都市では街中で走行する電動キックボードを見かける機会も増えている。
そんな電動キックボードのシェアリングサービス世界最大手のひとつが「BIRD」を手がける米Bird Ridesだ。2017年に創業し、現在では世界28カ国の300都市以上でサービスを展開している。
そのBIRDが、月内にも日本に上陸する見込みだ。大本命ともいえるサービスの国内展開を手がけるBRJ代表取締役の宮内秀明氏に、BIRDの強みや日本での展開予定について聞いた。
まずは立川からスタート、実証実験のためヘルメットは“任意”

まずは東京都立川市の一部地域で小規模にサービスをスタート。早ければ2022年3月には立川市全域にまでエリアを広げる計画だ。立川でのサービスは、「LUUP」などと同様に電動キックボードを小型特殊車両と位置づけた実証実験という形でスタートする。つまり「ヘルメットは任意だが普通自動車免許が必要、最高速度は時速15kmで車道に加え自転車専用レーンを走行できる」といった条件だ。
BRJは、電動キックボードのシェアリングサービスBIRDの国内での営業権を取得し、国内展開を担う。ただし米Bird Ridesと資本関係はない。「米国の支社という形で進める選択肢もあったが断った」と宮内氏。その理由は「このビジネスは地元に根付くことが大切だから」という。
海外資本を入れると、どうしても早いタイミングで結果を出すことを求められる。だが宮内氏は、地元に密着しながら、じっくりとこの事業を進めていきたいと考えている。それは宮内氏が電動キックボードのシェアリングサービスを「新たな時代の公共交通」だと捉えているからだ。
「公共交通は地域の人に利用され、地元に愛される存在でなくてはならない」と宮内氏は考える。地元の人が使ってくれなければビジネスとして採算は取れず、公共交通としての責任は果たせない。そこで宮内氏はBIRDのサービス開始にあたり、6カ月間立川エリアに通い、自治体や商工会議所、町内会の会長まで、多くの人に会って意見を聞いた。
地元密着で生まれる独自のビジネスモデル
地元密着にこだわるのは、BIRDのユニークなビジネスモデルにも関係がある。それが「Fleet Manager Program」という制度だ。電動キックボードのシェアリングサービスでは、毎日「電動キックボードの回収」「充電」「メンテナンス」「再配置」という作業が発生する。BIRDではこれをすべて自社で行うのではなく、「Fleet Manager」と呼ばれる地元のパートナー企業に任せることで効率的なオペレーションを可能にしているのだ。
宮内氏は、国内においても地元企業と組んでオペレーションすることを考えている。倉庫に空きスペースがあれば、そこを充電場所として提供してもらう。あるいは自転車店やバイク店、ガソリンスタンドなどに機体のメンテナンスを任せることで、オペレーションにかかる経費を削減することでき、地元企業に新たなビジネスを提供することにもつながる。「実際に街に住み街をよくしたいと考えている人たち、BIRDの理念に共感してくれる人たちと一緒に進めていきたい」と宮内氏は考えている。
「ハードまで自社設計」だから実現した遠隔制御技術

競合他社と比べたときのBIRDの強みは、「圧倒的なテクノロジー」だと宮内氏はいう。例えば、機体に内蔵したGPSを使ってエリアごとに走行ルールを設定する「ジオフェンシング」と呼ばれる技術に対応している。混雑したエリアで最高時速を制限したり、サービスエリア外に出ると徐々に速度を下げて停止させるといった制御が可能だという。これはソフトウェアだけでなく、電動キックボードのハードウェアも自社設計しているからこそ実現できる機能だ。
実はBRJは、2021年10月7日から米軍横田基地内ですでにサービスをスタートしている。基地内は原則として米国の交通ルールが適用されるため、最高速度は時速25kmに設定されているが、ショッピングセンターや幼稚園、小学校のそばでは最高速度を時速12kmに制限した。実際に電動キックボードでエリア内を走ってみて、「まるで空気の壁があるみたいにすっと減速して感動した」と宮内氏。現在、このように電動キックボードを遠隔制御できるのはBIRDだけだという。
さらに米Bird Ridesは、2021年10月にGPSや複数のセンサーを組み合わせ、数センチという高い精度で動作する歩道走行防止技術を発表。ライダーが歩道に侵入すると、自動的に停止させ、歩いて車道に戻ることを促すという。こうした最先端のテクノロジーを持つのが、BIRDの強みだ。
目指すは「新たな時代の公共交通」


宮内氏は、もともと長距離トラックのドライバーをしていたという異色の経歴を持つ。その後、大手物流会社のセンコーに入社し、運送や倉庫、流通、通関などを経験した。企画開発や事業開発を経て、33歳のとき「物流の力を使ってライフサポートをしたい」と起業。買い物代行サービスや、日常生活の困りごとを解決する家事代行サービスなどに挑戦した。
だがライフサポート事業を手がける中で、「結局、一番のペインポイント(顧客の悩みの種)はラストワンマイルだ」と気づく。そこで、「いずれは人の移動や、それに伴うモノの移動を手がけたい、と考えていた」と宮内氏は振り返る。そんなときにシンガポールで目にしたのが、電動キックボードだった。「このすばらしい乗りものを、ぜひ日本に導入したい」と動き出した。
数あるプラットフォームの中から宮内氏が目を付けたのがBIRDだ。電動キックボードシェアリングサービスのパイオニアであり、ライド数や資金調達額、時価総額も世界でナンバーワン。約1年かけて米Bird Ridesと交渉し、国内展開のライセンス契約を得た。
「電動キックボードを普及させるのは第1章。第2章では、それを誰にどう使ってもらうかを考えたい」と宮内氏。例えば、フードデリバリーなどの配達や家事代行、訪問介護ヘルパーなど、ラストワンマイルの移動を必要とする仕事はたくさんある。もちろん生活のための移動手段が必要な人も数多くいる。「そういった方々にマイクロモビリティによる移動を提供し、地域を活性化していきたい」と宮内氏は意気込む。そのために、電動キックボードだけでなく、3輪や4輪のモビリティの展開も視野に入れている。
2020年12月に発足したBRJは、2021年9月にシードラウンドとしてB Dash Venturesやフューチャーベンチャーキャピタルなどから4億円を調達。まずは埼玉県所沢市、さいたま市、千葉県野田市、千葉市など、関東エリアにある人口30万人規模の都市に照準を絞って展開を進める。それが軌道に乗れば5年後には、全国の都市で2万台規模を展開し、地域に根付く新たな時代の公共交通を目指す。
なお、米電動キックボードシェアのLimeも日本でのサービス展開を目指しており、2019年11月に日本法人の設立を発表している。だが今のところ日本での実証実験のメドは立っておらず、同社広報は取材に対して「日本での展開に興味はあります。今後も引き続き、国内そして地域における規制緩和の状況を観察していきます」と答えるにとどまった。