
- スマートフォンの普及で韓国国外へも広がる
- ウェブトゥーンの強みはスタジオ体制での制作による“高い生産性”
- スタジオ体制で漫画家人口の拡大を目指す
- 日本のウェブトゥーンで世界市場を狙う
“縦スクロール”で“フルカラー”──韓国発でスマートフォンに特化した漫画の新しいかたち、「ウェブトゥーン」が近年、日本にも浸透してきている。
ネットフリックスが2020年にドラマ化し大ヒットした『梨泰院クラス』の原作は、韓国のカカオエンターテインメントが展開する漫画アプリ「ピッコマ」で配信されたウェブトゥーンが原作だ。『六本木クラス』として日本人向けリメイクも公開された同作品は、2022年にテレビ朝日系が連続ドラマとして放送する予定だと報じられている。

同じくネットフリックス作品の『Sweet Home ー俺と世界の絶望ー』も、原作は韓国のネイバーが展開する漫画アプリ「LINEマンガ」で配信されたウェブトゥーンだ。


漫画アプリの世界ではピッコマが圧倒的な王者として君臨している。カカオ日本法人のカカオジャパンによると、ピッコマはグローバルでも日本でも、App Store(ブックカテゴリ)とGoogle Play(コミックカテゴリ)の合計売り上げが1位の漫画アプリだ。ピッコマはユーザー数を公開していない。一方、LINEマンガの世界での月間ユーザー数(MAU)は7200万人規模だという。
ピッコマが拡大する背景にはウェブトゥーンの躍進がある。ピッコマの年間累計販売金額は、2019年の134億円から2020年の376億円まで、1年で約3倍ほどの規模へと急伸。従来の電子漫画や小説も配信するがウェブトゥーンの伸びは著しい。ウェブトゥーン単体での2020年の年間累計販売金額は157億円。前年対比で約6倍となり、年間累計販売金額全体の4割ほどを占める。

まさに“金のなる木”と言えるウェブトゥーン。2021年に入ってからは市場へ参入する日本のスタートアップも登場した。彼らがウェブトゥーンに見出した勝機とは。
DIAMOND SIGNALでは本記事を含む3本の記事でウェブ漫画ビジネスの“現在地”を特集する。
スマートフォンの普及で韓国国外へも広がる
日本のプレーヤーたちを紹介する前に、ウェブトゥーンが誕生し日本に到来するまでの背景を解説しよう。
ウェブトゥーンが韓国で盛り上がり始めたのは1990年代末〜2000年代初めころだと言われている。当時の漫画出版業界はインターネット時代の到来のあおりを受け不況の波。アマチュア漫画家たちは自分のウェブサイトを作成し、作品を載せた。当時の代表的な作品には「スノーキャット」や「マリンブルース」などがある。

その後、2003年ころからはポータルサイトを中心にウェブトゥーンが掲載され始め、2010年代以降はスマートフォン時代が到来。ネイバーやカカオといった韓国のプラットフォームがウェブトゥーンの配信を開始し、その後は韓国国内に留まらず、中国や日本、タイなどアジアを中心に、世界に広がり始めた。
日本では2013年にLINEマンガや「comico」がローンチ。後発のピッコマは2016年に公開された。中央日報がカカオジャパン代表取締役の金在龍(キム・ジェヨン)氏に実施したインタビューによると、公開から1カ月後、ピッコマの日本における1日の販売額はたったの200円だったという。だが、その後は前述のとおり、爆発的な成長を遂げた。
2019年に公開したウェブトゥーン作品『俺だけレベルアップな件』が大ヒットを記録し、2020年3月には単体での月間販売金額が1億円に迫った。月間販売金額が1年で約11倍に跳ね上がり、日本の出版業界でも話題になった。カカオジャパン広報によると、同作品の月間販売金額は2カ月後の5月には2億円を突破したという。そんなタイミングでウェブトゥーンに可能性を見出し、市場への参入を表明したのがスタートアップのソラジマだ。
ウェブトゥーンの強みはスタジオ体制での制作による“高い生産性”
ソラジマは2019年2月設立のスタートアップ。出版社のIPをもとにYouTubeアニメの制作・配信を手掛けてきたが、2021年8月にウェブトゥーン事業をスタートした。
「2020年3月、カカオジャパンが『俺だけレベルアップな件』のヒットを発表し、日本の出版業界では『ウェブトゥーンは無視できない存在だ』と話題になりました」
「そしてカカオジャパンは同年5月、600億円の資金調達を実施し、時価総額が8000億円を超える企業へと急拡大しました。出発業界の関係者らは当時、『3年前までは“私たちのプラットフォームに漫画を卸してください”と頼んできていたピッコマが、知らぬうちに世界最大の漫画アプリにまで拡大したのか』と驚愕していました」(ソラジマ代表取締役社長の萩原鼓十郎氏)

ソラジマも『俺だけレベルアップな件』の爆発的なヒットに衝撃を受け、ウェブトゥーンの事業化を意識し始めた。その中で同社が勝機を見いだしたのが、ウェブトゥーンの制作体制だ。実はウェブトゥーンの多くは、「スタジオ型」の制作体制を採ることで、作品を「早く、多く」生産できるのだという。
「ウェブトゥーンは従来の横読み漫画とは全く異なる体制で制作されています。(今までの)横読み漫画は1人の漫画家と編集者がペアとなり、アシスタントによる補助もありながらコンテンツを制作しています。一方、韓国で成功している作品はスタジオ型の制作体制です。トップにはディレクターがいて、そのもとに原作者、ネーム作家、イラストレーターなどが配属し、チームによる分業体制でコンテンツを制作しているのです」
「僕たちがこれまでやってきたYouTubeアニメもまさにスタジオ型の分業体制で制作しています。この強みを持っている会社はほかにはないと思い、参入を決めました」(萩原氏)
ソラジマのウェブトゥーンスタジオでは、ディレクターのもと、原作者やネーム作家、線画イラストレーター、着色イラストレーター、背景イラストレーターらを配属。現在は5チームが構成されており、スタジオの合計人数は30人ほどだ。
ソラジマでは8月よりウェブトゥーン作品の『婚約を破棄された悪役令嬢は荒野に生きる。』をcomicoで配信しているが、分業体制での制作により「comico史上初めて、フルカラーであるウェブトゥーンの週2連載を成し遂げた」(萩原氏)という。

「読者は物語が盛り上がってるタイミングで『今すぐにでも読みたい』と考えているため、週2連載を試してみました。漫画アプリ側からすると、収益ポイントが2倍になるため、積極的にプロモーションしてくれます。読者とプラットフォーム、双方のニーズに応えられたのは、スタジオ体制により『早く、多く』コンテンツを出せたからです」(萩原氏)
スタジオ体制で漫画家人口の拡大を目指す
スタジオ体制でウェブトゥーンを制作するもう1社のスタートアップが、2021年6月設立のLOCKER ROOMだ。同社はゲームやアプリ開発支援、IP創出およびプロデュースなどを行う1LDKの子会社で、金額は非公開だが、ゲーム会社のアカツキから資金を調達している。
来年中の作品公開を目指し、現在はコンテンツ制作とクリエイター採用の最中だというLOCKER ROOM。同社では、スタジオ体制でのコンテンツ制作により「漫画に関わる人口の拡大に寄与したい」(LOCKER ROOM代表取締役の朝岡優太氏)と考えている。
「日本には漫画家と漫画家志望の専門学生や大学生を合わせて数万人ほどのクリエイターがいると言われていますが、漫画だけで生計を立てられている人は1000人ほど。困っている漫画家を助けられればとも思っています。従来の漫画の制作プロセスと比較すると負荷は劇的に下がると思っています。例えばネームだけ、線画だけ、着色だけ、という業務内容になるからです。漫画業界における“働き方改革”とも言えるのではないでしょうか」(朝岡氏)

LOCKER ROOMのスタジオは現在、10人弱の規模だ。ウェブトゥーンという新しい漫画のかたちに興味を持った若手の漫画家などが所属するという。とは言うものの、日本にはまだウェブトゥーン制作の経験がある漫画家はいない。そのため同社ではウェブトゥーンに特化した漫画家の育成に力を入れており、ヒットするシナリオの考え方や、既存の横読みとは異なる「ネームの書き方、視線誘導(読者の視線を意図的にコントロールする手法)、間の作り方といったウェブトゥーンならではの表現を学び、型を作る」(朝岡氏)といった作業をしている。

またLOCKER ROOMでは10月、日本アニメ・マンガ専門学校との産学連携も締結した。この連携により、漫画を学ぶ学生たちにウェブトゥーン制作を知る機会を提供し、未来のウェブトゥーン作家を創出することをもくろむ。
日本のウェブトゥーンで世界市場を狙う
日本でウェブトゥーン作品を見るにはピッコマやLINEマンガ、comicoなどのプラットフォームを利用するが、プラットフォームによっては韓国や日本以外でもウェブトゥーンを配信している。
そのため、ソラジマでは「この先1年でまずは日本においてソラジマのウェブトゥーン作品の存在感を高めていきたい」(萩原氏)としつつも、Netflixドラマ化され、世界的なヒット作品となった梨泰院クラスのようなコンテンツを生み出したいと考えている。
ソラジマでは7〜8割のコンテンツを「ある程度ヒットが約束された」(萩原氏)既存IPをもとにした作品にすることで収益を生み出しつつも、自社製の独自コンテンツで世界的なヒット作品を生み出したいと萩原氏は言う。
「ソラジマではYouTubeアニメを制作してきましたが、YouTubeには意外にも国境が存在します。ミュージックビデオなどは別ですが、例えばヒカキンさんのチャンネルを観る人のほとんどは日本人なのではないでしょうか。一方、カカオやネイバーは各国で漫画アプリを展開しています。自社に翻訳機能を持っているため、ヒット作品はほぼ自動的に翻訳され、海外にも展開してくれる。YouTubeにはない“国境のない世界”です」(萩原氏)
では、日本発のウェブトゥーンが世界的にヒットするにはどのような作品である必要があるのか。萩原氏は「強力なキャラクターを作れる」ことこそが日本のプレーヤーの強みだと説明する。
「ピッコマやLINEマンガを見ると、多くのウェブトゥーン作品のキャラクターは“普通の人”です。韓国は、ドラマや映画などを観れば分かりますが、“実写での演技”が強い国です。そのため、漫画の二次展開先としてドラマや映画を考えています。そのため、ウェブトゥーンの主人公はドラマや映画で演じやすいキャラクターであることが多いのではないでしょうか」
「一方、日本は多くの強力な漫画キャラクターを生み出してきました。『ONE PIECE』にしろ『ドラゴンボール』にしろ、シルエットを見ただけでどのキャラクターかが分かります。日本はアニメが強い国なので、キャラが強く特徴的であれば二次展開がたやすい。日本発のウェブトゥーンで世界的ヒットを成し遂げるには、設定の強い人気キャラクターの登場が不可欠です」(萩原氏)
集英社は自社の漫画アプリの「マンガMee」でウェブトゥーンの『サレタガワのブルー』を配信するほか、LINEマンガにも日本発のウェブトゥーンは掲載されている。だがその数はまだ少なく、韓国発作品には遠く及ばない。

日本の大手出版社はまだウェブトゥーンに本腰を入れていないが、手探りながらも可能性を模索している。一部大手はウェブトゥーン制作の委託やスタジオへの出資を模索しているようだ。