CureApp代表取締役社長で医師の佐竹晃太氏 Photo by Katsuhiro HondaCureApp代表取締役社長で医師の佐竹晃太氏 Photo by Katsuhiro Honda
  • 医師が始めた「治療アプリ」開発スタートアップ
  • アプリが高騰する医療費を削減する
  • 降圧剤の投薬前の患者を対象に生活習慣を改善
  • 医学的エビデンスと技術という両軸の強み

医師が薬ではなく、アプリを処方する時代が近づいている。2022年には市場規模3000億円超と予想されるヘルスケア領域。2014年に改正薬事法(医薬品医療機器等法)が施行され、医療機器に単体プログラム、つまりソフトウェアが追加された。法改正を追い風に、存在感を日に日に高めているのが医療スタートアップのCureApp(キュア・アップ)だ。これまでニコチン依存症治療用アプリを開発してきた同社は、1月末に高血圧治療用アプリの治験を開始した。治験段階では米国企業を凌駕する同社代表・佐竹氏に話を聞いた。(フリーランスライター 本多カツヒロ)

医師が始めた「治療アプリ」開発スタートアップ

 医師がアプリを処方する――そんな絵に描いたような未来がもうすぐ日本でも実現する可能性が高い。CureApp(キュア・アップ)は、1月31日に記者会見を開き、自治医科大学内科学講座循環器内科部門の狩尾七臣教授らと共同開発した高血圧への治療用アプリの治験を開始したことを明らかにした。今回の結果次第で、薬事申請が承認され、保険適用となれば、医師がまだ降圧薬を服用していない患者に対しアプリを処方する時代がやってくる。

 キュア・アップは代表取締役社長で医師の佐竹晃太氏と、医師でエンジニアも兼ねる取締役CDO(Chief Development Officer)の鈴木晋氏が2014年に設立した。これまで、第一生命保険、森トラストなどから、累積で約41億7000万円の資金を調達している。

 佐竹氏は、国内の総合病院で呼吸器内科医として勤務後、中国の中欧国際工商学院(CEIBS)でMBAを取得。その後、米国ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院で公衆衛生学、中でも医療インフォマティクスを専攻した。医療インフォマティクスとは、ITやテクノロジーを臨床現場へ導入した際に起こる現象をアカデミックに評価する学問。佐竹氏は、米国留学中に糖尿病に特化した処方用の治療用アプリで、FDAの承認を受けたWelldocの「BlueStar」に関する論文を読み感銘を受け、帰国後同社を創業した。

アプリが高騰する医療費を削減する

 今回の高血圧治療用アプリは、まだ降圧薬を服用していないが、血圧が高い本態性高血圧症の患者を対象とした治療用アプリ。アプリ開発の背景について、取材に応じた佐竹氏は次のように語る。

「高血圧は、脳卒中や心疾患の最大のリスク要因です。日本国内の高血圧患者は推定薬4300万人。しかし、そのうちで適切に血圧がコントロールされているのは1200万人に過ぎません。糖尿病の治療費が年間約1.3兆円に対し、高血圧は年間約1.9兆円。公衆衛生学的に見ても、高血圧の患者さんにアプリを通じて治療に介入することは、非常にインパクトがあります」

 背景には、高齢化などで増加の一途をたどる医療費の問題がある。昨年9月に発表された厚生労働省の医療費の概算は、2018年度が総額42兆6000億円、前年度比で約3000億円増加し、2年連続過去最高を記録している。

 治療用アプリを開発する理由について佐竹氏は「ソフトウェア、アプリを使った治療が、現在の投薬治療や医療機器の治療と比較し、同等以上の治療効果、診療の効果を出しうる可能性がある。極めて費用対効果が高い」と語る。アプリを活用することで、降圧薬を服用していない患者の血圧をコントロールすることで、医療費削減に貢献できる。

降圧剤の投薬前の患者を対象に生活習慣を改善

高血圧治療アプリのイメージ 提供:CureApp高血圧治療アプリのイメージ 提供:CureApp

 高血圧の治療では、減塩、ダイエット、運動、睡眠、ストレス、タバコなどの嗜好品などさまざまな生活習慣を改善していく必要がある。しかしながら、患者が自力で生活習慣を改善することは難しい。また、降圧薬を一度服用すると、基本的には生涯服用し続けなければならない。そこで、降圧剤の投薬前の患者をターゲットに、生活習慣に介入するというのがアプリの狙いだ。

「1カ月に1回、2カ月に1回の診察では、高血圧の患者さんに対して時間的に十分な介入が難しい。また、患者さんによって、高血圧を引き起こしている原因も違います。しかし、今回の高血圧治療用アプリを利用することで、血圧の測定など日々の体調を記録することはもちろん、患者さん個々の原因に応じた介入をすることができます」(佐竹氏)

 医師から処方された高血圧治療用アプリは、診察時以外の空白期間にアプリから各患者の生活習慣記録やアプリと連動するIoT血圧計を通じ、患者のリアルタイムの状況を取得。それをアルゴリズムが解析して、医学的エビデンスに基づいた最適な治療ガイダンスに加え、個々にカスタマイズされたメッセージなどにより、診療時以外の時間でもリアルタイムにサポートをする。このように従来だと把握しづらかった日々の血圧や運動などの生活習慣に関するリアルタイムのデータを医療従事者が入手し、診察時の生活指導に活用できる。

 キュア・アップは昨年、ニコチン依存症治療用アプリの治験を終え薬事申請。今年度中の承認を目指している。また、東京大学付属病院と共同開発した非アルコール性脂肪治療用アプリのフェーズ2の臨床試験(患者を対象に、薬の量や使用頻度を測る試験フェーズ)も昨年4月から開始し、高血圧治療用アプリも治験を開始した。これで世界的な医学ジャーナル誌ランセットに掲載された日本の成人死亡要因の1位である喫煙と2位の高血圧の治療用アプリを開発したことになる。

医学的エビデンスと技術という両軸の強み

 富士経済が昨年2月に発表した「ヘルステック&健康ソリューション関連市場の現状と将来展望2019」によれば、2022年のヘルステック・健康ソリューションソリューション関連の国内市場は3083億円と2017年から50%アップすると予想されている。

 現状の国内ヘルステック関連のスタートアップを見ると、健康支援をサービスの中心に据えるスタートアップが多額の調達を果たしているほか、AIを利用した検査や遺伝子検査など技術に特化したスタートアップが注目を集めている。そうしたヘルステック系のスタートアップのなかで、治療に介入し、保険適用を目指すキュア・アップのようなスタートアップは少ない(筆者が確認した範囲では、不眠症治療用アプリを開発するサスメドなどは、キュア・アップと同様のアプローチをしている)。

 佐竹氏は、あくまでスタートアップ各社がさまざまな取り組みやアプローチをすることは、「あるべき姿だ」とした上で、自社の強みについて次のように語った。

「私自身が医師ですし、医療インフォマティクスを研究してきたバックグラウンドがあり、臨床現場で感じた理想の医療があります。確かに、ソフトウェア――つまりアプリというこれまで活用されてこなかったものを使っていますが、先人たちによって築き上げられたエビデンスに基づくアプローチが弊社の特徴だと考えています。そうした医療の専門的な知識と、それを実際のアルゴリズムに落とし込む技術が弊社の強みです」(佐竹氏)。

 日本のヘルステック市場も伸びてはいるが、米国での注目度はさらに高く、ヘルスケアのスタートアップが昨年1月だけで調達した資金総額は約2860億円に上るとも報じられている。

 キュア・アップは昨年3月に米国支社を設立。高血圧領域の治療アプリでは、Welldocをはじめとしたスタートアップがしのぎを削っているが、同社のみがフェーズ3の治験段階(ランダム化比較試験の段階。研究対象者を、アプリでの治療や介入するグループと、従来型の治療を行うグループにランダムに分け、効果を検証する。患者を対象にした、大規模な有効性・安全性の検証をする私見フェーズ)と一歩リードしている。日本発のスタートアップが、資金が潤沢に集まる米国のヘルステックで認められる日もそう遠くはない。