Ginco 代表取締役の森川夢佑斗氏
Ginco 代表取締役の森川夢佑斗氏
  • 導入を宣言している間はまだ「浸透した」とは言えない
  • ペイン解消型で考えると日本でのブロックチェーン普及は難しい
  • NFTの“流行”で広がるユースケース
  • 業務用ウォレット導入数でトップ級のGincoはNFT事業も支援
  • 「テクノロジーには向かうべき方向性、ベクトルがある」

「インターネットは、今では誰もが使えるインフラとして定着しました。個人でもスマートフォンなどで接続できるし、インターネットを活用したさまざまなサービスも使えます。でもブロックチェーンはまだ、インターネットのように誰もが使えるものにはなっていません」

2017年創業のブロックチェーンスタートアップ、Gincoで代表取締役を務める森川夢佑斗氏はこう語る。

ただ、世界的には「Web3(ウェブスリー)」など、ブロックチェーンにまつわる事業は急成長している。Web3とは「Web 3.0」とも呼ばれる、ブロックチェーン技術を前提に実現する新しいインターネットの世界を指す言葉だ。金融エコシステム「DeFi」(ディファイ、分散型金融)や、デジタル資産の証明書とも言える「NFT」(非代替性トークン)など、Web3を構成する要素の一部はすでに世界で注目を浴びている。

たとえばブロックチェーン/Web3開発者向けプラットフォームを提供する米国のスタートアップAlchemy(アルケミー)には、米国の主要VCのひとつ、Andreessen Horowitz(アンドリーセン・ホロウィッツ、a16z)などが出資。今年10月にもa16zがリードするシリーズCラウンドで2億5000万ドル(約280億円)の資金調達を実施し、評価額は35億ドル(約4000億円)に上った。

森川氏は「実際にブロックチェーン関連の経済規模が大きくなってきた実感もある。以前から思い描いていた理想に急激に近づいた感覚があります」という。

ブロックチェーンを巡り、国内外で今、どんなことが起こっているのか。また、Gincoはその中でどのような成長戦略を描き、どんな未来を目指しているのか。森川氏に聞いた。

導入を宣言している間はまだ「浸透した」とは言えない

Gincoでは2017年の創業以来、ブロックチェーンサービスを開発・提供してきた。また森川氏自身は、京都大学在学中の2015年ごろからブロックチェーン技術を活用したプロダクト開発などに取り組んでいる。

その根底にあるのは、「活版印刷以来の記録手段の大発明であり、人類が持つ『信頼する』という機能を拡張・進化させるほどのインパクトを持つ」ブロックチェーン技術を、社会に実装し、インターネットと同様、誰もが使えるインフラにしたいという思いだ。

森川氏はブロックチェーン技術について、気づけば世の中に浸透していた、というかたちで広がるだろうと次のように述べている。

「AIが登場したときにも、『ドラえもん』のような、未来の夢の技術という取り上げられ方をしました。今ではそうした熱のようなものはいったん収まって、AI技術を使ったサービスをみんなが使っています。カメラの加工アプリでもスマートフォンの顔認証でも、あるいは書類スキャンでのOCRによる読み取りにもAIが使われています。そういうかたちで技術は浸透していき、なかった頃には戻れなくなっていく。同じようにブロックチェーンも技術が“染みだして”浸透していくはずです」(森川氏)

現状では「ブロックチェーン技術を使おう」と宣言して導入する企業がほとんどだと思われる。だが「わざわざ宣言をして使わなければならない状況では、まだ技術が『浸透した』とは言えない」という森川氏には、企業や個人が技術をより取り入れやすくするために、テクノロジーとサービスの間を取り持つ存在が必要との思いがあった。

「私がビットコインと出会ったときには、暗号資産の普及がまず最初にあって、それをベースとして決済やさまざまなサービスが変わっていくだろうと考えました。今のDeFiにつながるものです」(森川氏)

森川氏は当時「ブロックチェーン技術のコンセプトからいって、暗号資産においても、個人情報のようなデータにおいても、中央集権型の管理からピアツーピア(P2P)の個人主体で情報を管理していく方向へ今後シフトしていく」と考えていた。そうした個人管理主体の時代に必要な、非集権型の“銀行”を目指して創業したのがGincoだった。

Gincoではまず暗号資産の管理がブロックチェーンの普及には重要だと考え、ウォレットアプリ「Ginco」を開発。ちょうどその頃は取引所のハッキングが起きるなど、暗号資産の適切な管理やサイバーセキュリティ上の備えに目が向いた時期でもあり、ユーザー数は増えていった。

ただ日本においては、お金の動きをベースにしたブロックチェーン技術による変化はさほど大きなムーブメントにはならなかった。それには「規制」の存在が影響している。

「いわゆるWeb3やDeFiの方向へ突っ切っていくには、規制は逆風となります。個人向けのtoCサービスだけを展開していては、ビジネスとしては難しい。そこで、私たちは暗号資産とブロックチェーン技術を活用した事業を営む企業に技術力を提供する、toBの方向へシフトしました」(森川氏)

Gincoは2018年末から2019年初頭にかけ、ターゲットを暗号資産交換業者やNFTゲームの事業者などの企業に定め、インフラとしてのブロックチェーン技術を提供していくようになった。

「ウェブサービスで、たとえばクラウドサービスでいえばAWSやAzure、GCPがやってきたような役割が、ブロックチェーンでも重要になると見ています」(森川氏)

ブロックチェーン市場でGincoが目指すポジション
ブロックチェーン市場でGincoが目指すポジション

ペイン解消型で考えると日本でのブロックチェーン普及は難しい

海外では前述した米国のスタートアップ・Alchemyなどが、インフラとしてのブロックチェーンサービスを提供する。Dapper Labs(ダッパーラボ)やCryptoPunks(クリプトパンクス)といったNFTゲーム事業者や、DeFi事業者のためのインフラを彼らが支える。

だが日本では、まだWeb3やブロックチェーン関連のサービス開発を行う企業は少ない。また、AlchemyはAPIベースで開発ツールを提供するが、日本ではAPIだけがあっても、それを使えるデベロッパーも事業もほとんどない。

そこでGincoは、ブロックチェーン基盤をAPIベースで提供しつつ、さらにシステムインテグレーター的な開発支援や、業務用システムパッケージの提供も行っている。

ブロックチェーン基盤の上で各種サービス、パッケージを提供するGinco
ブロックチェーン基盤の上で各種サービス、パッケージを提供する

日本で、暗号資産以外の領域でブロックチェーン活用がなかなか進まないのは、なぜだろうか。森川氏は「日本はペイン(課題)解消型、ソリューション型の事業づくりには強いが、ペインの解消から事業や活用法を考えようとすると、ブロックチェーン普及は難しいのでは」と指摘する。

「日本では『銀行インフラが弱いからブロックチェーンを使いましょう』といった話にはならない。中央銀行がデジタル通貨を発行するCBDC(Central Bank Digital Currency)をやるほどには、日本は困っていないわけです。海外との為替取引や輸出入での決済では考慮の余地がありそうですが、国内だけで見れば、どうしてもブロックチェーン技術を取り入れなければならないペインはありません」(森川氏)

ただし、「NFTや暗号資産などの領域においてブロックチェーンの活用が広がらないことで個人に投資機会が開けず、機会損失が続くという観点においては課題感がある」とも述べている。

産業界でのブロックチェーン活用に関しては、中国の動きにも注目しているという。

「インターネットではいわゆるGAFA(Google/Amazon/Facebook/Apple)に覇権を取られたことから、中国は『ブロックチェーンでは自分たちが主導権を握りたい』と思っています。そこで米国とは少し違った動きをしています。日本はインターネット産業では完全に(両者に)負けを喫している。ブロックチェーンについても、“ジャイアント”を輩出するためには非常に出遅れている状況ではないでしょうか」(森川氏)

そこでも「ペインが大きくないこと」が響いている。日本ではたとえばサプライチェーン業務など、toBでのブロックチェーン技術の活用については、ある程度検討が進んではいる。だが、国内流通では商社などが“がんばって”インフラを管理・維持しており、既存インフラをスイッチする方が面倒でコストもかかるため、なかなか普及には至らない。

「私がブロックチェーンに強い興味を持ったのは、ビットコインをフィリピンへ送金したときのこと。従来の国際送金では数百円から数千円かかる手数料が数円と、数十分の一、数百分の一になると知って、『これは面白いテクノロジーだ』と感じたのがきっかけです」

「十倍、百倍のメリットがなければ、人も企業も動かない。特にtoBの領域では、2倍ぐらいのメリットしかなければ、かえって切り替えのための投資が重荷になるので、そこから先には進まないんですよね。十倍、百倍のメリットが見えるようになるか、あるいは日本が相当取り残されて『そろそろ取り組まなければヤバい』となってからでなければ、動かないかもしれません」(森川氏)

森川氏は、その意味では個人による利用の方が、ブロックチェーン普及の起爆剤になると考えている。

「たとえばNFTでは、今までなら1円にもならないと思われていた絵が100万円で売れるとか、そういったことが起きやすいのではないかと思います。Web3やDeFiは海外でも、個人が主役だから盛り上がっているところがあります。NFTも暗号資産も億単位のお金が流れていて、いずれ頭打ちになるとしても、これまでの個人資産の規模から言えば大きな額が流れている。それが急拡大の理由でしょう」(森川氏)

NFTの“流行”で広がるユースケース

Web3テクノロジーの中でも今、とりわけ大きく取り上げられているのが、NFTだ。その理由の一端には「レギュレーション(規制)の影響を受けにくいこともあるのではないか」というのが森川氏の見解だ。

インターネットが普及する以前は、情報の流通は出版社や放送局といった特定の企業がファンクションとして担っていた。それがインターネットの出現により、一般企業も個人も自ら情報発信できるようになり、発信コストは大きく下がった。これがティム・オライリーが2005年に「Web 2.0」という言葉で提唱した、情報が双方向で流通するインターネットの世界だ。

ただ、誰でも情報を届けられるようにはなったものの、従来型のインターネット空間においては、その情報の正しさをシステム的に担保することが技術的に難しい。そこでお金や不動産、証券のような情報は、Twitterでツイートをするような気軽さでは流通してこなかった。

「ところがビットコインの出現で、電子メールを送るようにお金を送れるようになった。インターネットによりウェブビジネスが急速に発達して産業が大きく変わったのと同じく、ブロックチェーンを基盤として金融がインターネットに内包されれば、産業がまた大きく変わるだろうという見立てが私にもありました」(森川氏)

だが、ビットコインをはじめとした「仮想通貨」(暗号資産)の出現は、「誰もがブログを書いて発信できる」というのと同じレベルで、「誰もが通貨をつくれる」ということを意味する。これは国家から見れば「困った状況」だ。暗号資産の取引には規制がかかり、その流通は抑制されるようになった。

暗号資産もNFTも、根本にあるのは同じブロックチェーン技術であり、ビジネスを変容する力がある、と森川氏は考えている。ただし、「ステークホルダーとして省庁や金融機関がかかわる暗号資産の世界に比べると、NFTが扱うデジタルコンテンツなどの資産の世界は、よりレギュレーションが緩やかで、発展の仕方が違ってくるのではないか」と見ている。

「YouTubeができたときに『みんながYouTuberになれる』『YouTuberになればお金が儲けられる』といった発想が広がっていったように、『NFTがあれば、不正できないデジタルデータをつくって、お金のやり取りができる』といった発想が広がり、一般にイメージできるようになった。それが今、NFTがはやっている理由なんだろうと思います」(森川氏)

さまざまな業界におけるNFT活用のユースケースについて、森川氏がいくつか紹介してくれた。

「海外ではかなりさまざまな範囲でNFTの活用事例が増えています。マーケットプレイスでは『NBA Top Shot』(バスケットボールリーグのデジタルトレーディングカードを扱う。Dapper Labsが提供)が特にスポットライトを浴びていますが、ほかにもゲームアイテムをNFTで販売する動きは盛り上がっています」

「小売での活用も面白い。小売メーカーが来店促進にNFTを発行したり、飲食店の限定セットにNFTが付いていたりといったマーケティング支援の取り組みもあります。またNIKEはスニーカーのNFT化に取り組んで、米国で特許を取っている。ほかにも、メタバースと絡むところで、アパレル、ファッション業界は『バーチャルファッションとしてのNFT』という文脈にシフトしつつあります」(森川氏)

業務用ウォレット導入数でトップ級のGincoはNFT事業も支援

Gincoはウォレットの開発・提供から始まり、事業者向けにインフラとしてのブロックチェーンサービスを展開してきた。特に暗号資産取引所向けの業務用ウォレットの分野では、導入企業数、対応ブロックチェーン数、取り扱い通貨数で国内でもトップクラスの実績を持つ。

最近では、国内でも盛り上がりを見せつつあるNFT事業に参画する企業を支援すべく、インフラサービス「NFT BASE」の提供を開始した。森川氏はNFT BASEを「NFTの『Shopify』のようなイメージ。GincoはAPIなどバックの機能を担い、ショップのインターフェースは各社でカスタマイズ可能にしている」と説明する。

Ginco NFT BASE

10月には音楽を中心としたエンターテインメント領域のスタートアップスタジオ・Studio ENTREと共同で、楽曲作品のNFTを扱うマーケットプレイス「.mura(ドットミューラ)」をローンチした。.muraではアーティストが楽曲音源と写真・イラストなどのアートワークを組み合わせたNFTを発行・販売できる。第1弾キャンペーンには小室哲哉、am8、ニルギリス、ザ・50回転ズといったアーティストが参加した。

また11月5日には、LINE、日本マイクロソフトとともに、Microsoft Azureのパートナー各社による小売業界におけるNFT活用を支援するプロジェクトに参画。小売店や商業施設、ECサイトの運営者などを対象にNFT BASEを提供し、NFTの活用をサポートする。

Gincoとしては今後、ブロックチェーンの専門性は持たないが、コンテンツの企画力に長けた各業界の事業者に向けて、NFT基盤を展開していく考えだ。

また短期的には事業者に目を向けた、ブロックチェーンサービス提供に引き続き力を入れていく考えのGincoだが、中長期的には、システムやインフラ面だけではなく、共同事業などのかたちも含めた自社サービス、自社提供ビジネスの展開も視野に入れているという。

「テクノロジーには向かうべき方向性、ベクトルがある」

森川氏は、「ブロックチェーン技術をインターネットと同様、誰もが使えるインフラにするためにはいろいろな方法が考えられる。今はサービスを作る事業者を増やすことで、結果として個人が便益を受けられるようにする段階だ」と話す。

一方で「テクノロジーには向かうべき方向性、ベクトルがある」という森川氏。「本当の意味でテクノロジーの便益を多くの人に届けるには、テクノロジーの思想を理解し、ベクトルを正しく理解してその方向へ伸ばす必要がある」と述べている。

「ベクトルを阻害するものは常にあって、規制や社会的な同調圧力などもそれに当たります。現状ではブロックチェーンは“分散化”の方向には行っていません。グローバルでトレンドになっているWeb3やDeFiも本来、個人が直接つながって好みを形成していく方が技術のベクトルとしては合っています」

「とはいえ、Gincoとしてはビジネスを手がける必要もある。ですから、現実世界と折り合いを付けながら、適切なアプローチを続けていかなければと思っています。エンドユーザーに触れられるものを作っていくために、あの手この手でブロックチェーンの普及を目指していこうとしています」(森川氏)

ブロックチェーン技術がインターネットと同じような、どこにでもあるインフラとして普及するには、あとどれくらいかかるのだろうか。

森川氏は「インターネットもAIも何段階かの波があって、普及が広がっている。ブロックチェーンにもすでに第1の波は来た」として、「10年以内には第2・第3の波が来るのではないか」と推測する。

「もう20年、30年たてば、ブロックチェーン技術もあるべきベクトルの方向へ行くでしょう。中央管理型のネットワークやデータ管理は限界を迎えています。セキュリティについて言えば『穴の空いたパイプにひたすら継ぎはぎ工事をし続けている』状態。『より強いパッチを見つけました』『より強い金庫を買いましょう』などといっている場合ではなく、根本的な構造を変えなければなりません。そのためにも現在、中央管理型に極振りしているところを、ある程度分散化させながら、バランスをとっていくことが大事です」(森川氏)

Gincoは11月30日、シリーズAラウンドで5.7億円の資金調達実施を明らかにしている。調達資金は「基本的には現在進めている事業をさらに推進し、ブロックチェーン活用全般のインフラや各種ユースケースへの対応を早期に行うため、先回りして開発や体制強化に投資していく」と森川氏は説明する。

今回の調達は、京都大学認定VCのみやこキャピタル、日本政策投資銀行が母体で省庁との関係性も強い既存投資家のDBJキャピタル、金融機関のCVCである三菱UFJキャピタルの三者が引受先。ブロックチェーン技術、デジタル資産の社会実装に向けて、産官学金の連携による支援を得ていくことも目的としているという。

「日本はペイン解消型でない、バリューアップ的な事業の作り方は不得意なのかもしれない」と森川氏は言う。ブロックチェーンのみならず、VRやメタバースなどの領域へ進む事業者も、なかなかいないと指摘する。

「でも『何か面白そう』といって、そうした事業を始めるような人がいなければ。リスク最小化によりリターンも最小になってしまって、割を食うのは国民だというのは残念なことです。私はその門戸をあまり乱暴なやり方ではなくて、調和を図りながら開いていきたい。幸い、ブロックチェーン技術が浸透していくと思われるこれからの2、30年の間はまだまだ働けます。そういう意味でも若い人が先端技術の領域を長くやることは大事だなと思います」(森川氏)

Gincoのメンバー