
- MSやTencentを筆頭にプラットフォーム戦略を進める海外ゲーム大手
- 力のあるゲーム会社を見いだすゲーム特化型VCの存在感
- パブリッシャーを通さずにゲームを流通できる環境
世界のエンターテインメント市場の中でも、ゲーム業界が占める割合は年々大きくなり、またその成長率も高い。経済産業省が発表した2018年の世界のゲーム市場規模は約1244.3億ドル(約14.2兆円)。それが2023年には約1726.6億ドル(約19.7兆円)にまでなると予測されている。
2021年11月、そのゲーム業界に特化したファンド立ち上げを発表したのが、EnFi(エンフィ)代表取締役・Founding Partnerの垣屋美智子氏だ。垣屋氏はソニー・コンピュータエンタテインメント出身。証券アナリスト、独立系ベンチャーキャピタル(VC)を経てEnFiを創業し、アーリーステージの海外ゲームスタートアップに投資する「EnFiグローバルイノベーティブテクノロジーファンド」を設立した。
ゲーム業界が高い成長率を維持している理由について、垣屋氏は「デバイスの変化への対応」を挙げる。
「1980年代のゲームセンターなどを中心とした専用筐体(きょうたい)のアーケードゲームから始まって、90年代には家庭用ゲーム機、2000年代にはPC、10年代にはモバイルへと、デバイスの進化とともに新しいゲームが作られ、きちんと対応してきていることが理由として挙げられます。これにより、ゲームをプレーする人口も着実に増え続けています」(垣屋氏)
ゲーム業界の規模に関するどの調査でも、世界のゲーマー人口は現在20億人を超えると推定している。そのゲーマーたちが、デバイスの変化により、近い将来にはゲームの処理をゲーム機やモバイルでなく、クラウド上で行う「クラウド型」のゲームを求めるようになるだろうというのが、垣屋氏の見立てだ。クラウド型では、どのデバイスでも同じゲームをプレーでき、しかもセーブデータなどのプレー実績をオンライン経由で共有して、続きを別のデバイスでも遊べるようになる。
こうしたデバイスの進化に伴うゲーム業界の変化により、日本のゲーム関連産業の立ち位置は相対的に弱くなっていると垣屋氏は指摘する。かつては世界に冠たるゲーム立国だった日本に今、いったい何が起こっているのか。垣屋氏に解説してもらった。
MSやTencentを筆頭にプラットフォーム戦略を進める海外ゲーム大手
日本のゲーム産業が置かれた状況について、垣屋氏は以下のとおり説明する。

ゲーム業界はテクノロジーの進化が早く、派生領域も多岐にわたる。そこで広義のゲーム業界の中に、サブセグメント、サブセクターとして細かいジャンルの事業が数多く成立している。たとえばゲーム開発にしても、ゲーム専用機(コンソール)向け、PC向け、スマートフォン向けのそれぞれが1つのジャンルを確立し、それぞれに多くの企業やブランドが属する。
また、ゲーム開発で使う共通した処理を提供する開発環境「Unity(ユニティ)」や「Unreal Engine(アンリアルエンジン)」のようなゲームエンジン、VR/ARなどのxR技術、ゲーム配信のためのストリーミング技術などを提供する事業者、eスポーツ大会のブランドやチームなども、このサブセグメントの一角を構成する。
日本のゲーム関連企業は従来、それぞれ特定のサブセグメントにプレーヤーが存在し、各分野の専業で事業を展開してきた。だが、デバイスが進化し、クラウド化、マルチプラットフォーム化への圧力が高まる中、ゲーム企業としてグローバルで生き残るためには、「プラットフォーム」を目指さなければならないと垣屋氏は説く。
「海外の大手企業は、サブセグメントを埋めるように企業グループを形成し、『プラットフォーム戦略』を取っています。日本のゲーム企業も、全サブセグメントに子会社も含めたプレーヤーを置くなり、プラットフォーム企業グループ内に入るなり、これまでとは違う動きを検討をするべきです」(垣屋氏)
海外を見渡すと、2010年代以降、北欧のゲーム関連企業の進出が目覚ましい。スマホゲーム「クラッシュ・オブ・クラン」などを開発するSupercell、ゲームエンジンを提供するUnityやHavok、eスポーツ大会を主催するTurtle EntertainmentやDreamHack、マルチプラットフォームで愛される人気タイトル「Minecraft」を世に出したMojang Studioといった、北欧発企業の多くは、モバイルデバイスの台頭をきっかけに芽を出した。
こうした有力企業をM&Aによってグループ傘下に取り入れ、ゲーム産業のサブセグメントを埋めていく動きが、世界的には活発になっているのだと垣屋氏はいう。
中国・深センに本拠を置くTencent(テンセント)は特に、このプラットフォーム戦略が顕著に見られる。売上高ベースでは世界最大級のゲーム会社でもあるTencentは、M&Aを通じてゲームとeスポーツのプラットフォームを構築。ゲーム開発会社だけでも6社、ライブストリーミング配信企業も3社を傘下に持ち、4つのゲーム大会を主催する。
「Tencentは、SupercellやEpic Games、Activision Blizzardといったゲーム開発会社や、Bilibiliほかの動画配信プラットフォームなど、複数の世界的ゲーム関連事業会社の大株主です。各セグメントで有力な企業を見つけては資本関係を結んで、自分たちの社名こそ前に出ませんが、どんどんプラットフォームを広げている状況です」(垣屋氏)
米国でも、Microsoftが家庭用ゲーム機シリーズを核とするXboxブランドを擁するほか、Minecraft開発のMojang StudioをM&Aにより傘下に入れた。さらに2020年にはゲーム開発・パブリッシャーのZeniMax Mediaを75億ドル(約8500億円)で買収している。これはMicrosoftの過去の企業買収の中ではLinkedIn、Skypeに次ぐ高額でのM&Aとなった。
「エンターテインメント市場の中でもゲームの役割は、どんどん大きくなっています。(今後)ゲームがSNSとしての役割を果たすようになることも考えると、ゲームを(事業のスコープから)外せばITでも負けてしまう。そうした状況が起こり得るのではないかとMicrosoftの動きを見ていると感じます」(垣屋氏)
また、スウェーデンを拠点とするデジタルエンターテインメント企業・Modern Times Group(MTG)はもともとテレビの放送局として創業したメディア企業だが、やはりM&Aを通じてゲーム、eスポーツ事業を構築・拡大している。
MTGは、2015年には「Electronic Sports League(ESL)」などのブランドを持つeスポーツ企業・Turtle Entertainmentと、eスポーツ大会主催のDreamHackを傘下に入れた。また、ドイツの大手ゲーム開発企業・InnoGamesにも投資を行っている。さらに複数のVCファンドに出資し、買収先の開拓も怠っていない。
「今、世界的に勢力を拡大しているゲーム企業は、専業やゼロイチでゲーム事業を立ち上げるのではなく、すでにイチになったゲーム会社を自分たちのチームに取り入れて、プラットフォームとして大きくなっているというのが現状です」(垣屋氏)

力のあるゲーム会社を見いだすゲーム特化型VCの存在感
こうしてゲーム会社への投資が盛んに行われているということは、力のあるゲーム会社を見いだす役割も必要になる。欧米ではこの5年ほど、その役割をドイツのVC・Bitkraft Venturesや、EnFiグローバルイノベーティブテクノロジーファンドも出資するSisu Game Venturesといったゲーム特化型のベンチャーキャピタルが担う動きが出ていると垣屋氏はいう。
「日本ではまだ見られない動きですが、これらVCに見いだされたゲームスタートアップは大手ゲーム会社が買収や追加出資を行う確率が高くなります。また、私のような投資家から見れば、イグジット先が存在しているこれらゲーム特化型ファンドは確度が高い投資先と言えます」(垣屋氏)
もうひとつ、こうしたVCの特徴として垣屋氏は「ゲーム事業で成功した人たちによる投資であるため、クオリティの高いゲームが生まれやすい」という点を挙げている。
「単に『ゲーム会社に投資をしたら当たった』というわけではなく、業界経験のある人が本当にクオリティの高い会社を見つけて、それをどうゼロからイチにするか、やり方をインキュベーションするため、成功しやすい。ゲームで成した財産をゲームに再投資するというお金の使い方によって、ゲーム業界の開発側が活性化しているというのが、今の北米やヨーロッパで起きている状況です」(垣屋氏)
垣屋氏は、ベンチャーマネーが入ることによって、インディーゲームの開発は世界的に盛り上がっていると話す。
従来のゲームの作り方、たとえばスクウェア・エニックスのようなゲームパブリッシャー大手が『ドラゴンクエスト』シリーズのようなビッグタイトルを作る場合は、下請けの開発会社に一定の予算を出して開発を任せ、販売をパブリッシャーが行うといったスタイルが一般的だった。
しかしインディーゲーム開発の盛り上がりによって、無名だが面白く、やがて大きくなるというゲームタイトルが数多く生まれるようになった。
この背景には「パブリッシャーを通さずにゲームを流通できる環境」「自らはゲームを作らず、他社への投資にかじを切る大手」の存在があると垣屋氏は指摘する。
パブリッシャーを通さずにゲームを流通できる環境
大手パブリッシャーを通さずにゲームを流通させるプラットフォームとして、近年台頭しているのが「Steam」だ。
「ただし」と垣屋氏は、インディーゲームがインディーゲームのままでは、大型タイトルを出しにくい事情も語る。
「ユーザーから見れば、そうは言っても大手が出すゲームは開発コストや人件費もかかっているので面白いんです。インディーゲーム開発会社がSteamでゲームを出すにしても、限られた人数で開発したり、クラウドファンディングに頼ったりというだけでは、そうした大手に太刀打ちするには限界があります」(垣屋氏)
そこで登場するのがゲーム特化型のVCファンドだ。インディーゲーム開発会社とSteamなどのプラットフォームとの組み合わせという仕組みの中に、ベンチャーマネーが入ることで、開発会社は資金調達が可能となる。大手パブリッシャーを経由しなくても、開発コストをかけて面白いタイトルを制作して世に出すこともできるようになる。
たとえば米国のVelan Studioは2017年、VCファンドから700万ドル(約8億円)を調達した後、2019年には大手パブリッシャーのエレクトロニック・アーツ(EA)とオリジナルのマルチプラットフォームタイトル開発契約を締結することに成功した。さらに任天堂との間でも2020年10月発売の『マリオカート ライブ ホームサーキット』を開発している。これらは、下請け会社としてではなく開発会社としての契約であり、EA、任天堂と対等な関係を築くことに成功しているように見えると垣屋氏はいう。
「今後は、パブリッシャーのポジションも危うくなってくる可能性があります。ベンチャーマネーを活用する開発会社が増えれば、従来の日本的な『下請けの開発会社の名前は出ない』といった構造は崩れていくでしょうし、パブリッシャーも開発会社から選ばれる存在になる必要が出てくるからです。ゲーム業界の今までの仕組みがこれからどうなっていくかという点は、よく考えなければなりません」(垣屋氏)
では具体的に、日本のファーストパーティーや大手パブリッシャー、ゲーム開発会社は、今後どのような戦略を取っていくべきなのか。明日公開予定の「世界と“丸腰“で戦う日本ゲーム業界──大手の動向、エコシステムが生まれないという課題」では、実際に他社への投資にかじを切った大手、変化に対応すべく他社との提携を検討開始した大手の動向について見ていく。