
- 「空白地帯」は減るも、2022年以降もtoBではSaaSが主戦場に
- BtoCビジネスは、多岐に渡るケーパビリティが求められる「総合力」での戦いに
- 社会の変化・テクノロジーの進化・資本の流れの変化の大波が重なる稀有なタイミング
ベンチャーキャピタリストとして15年近く日本のスタートアップへの投資・支援をし、現在はスタートアップ向けの著書『起業の戦略論――スタートアップ成功の40のセオリー』を執筆中である、グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナーの高宮慎一氏。昨年はベンチャーキャピタルのビジネスモデルや求められる資質などについても解説してくれた同氏に、起業や投資にまつわるさまざまな質問に回答いただく。今回は、編集部が2022年のスタートアップ業界の展望を聞いた。
【本連載では高宮氏に対して直接質問をしたい起業家の方を募集しています。詳細は記事文末のアナウンスをご確認ください。】
「空白地帯」は減るも、2022年以降もtoBではSaaSが主戦場に
──今更になりますが、改めて2021年のスタートアップを取り巻く環境について振り返っていただけますか。
2021年のスタートアップシーンは、未だかつてない盛り上がりを見せました。調達総額は8000億円を超えると目されています。2013年までの調達総額が1000億円を切っていたことを考えると、隔世の感があります。IPO数で見ても市場全体で136社、中でもマザーズは94社という数字になっています。実はこれは、マザーズ設立以来で最多の数字なんです。
──2021年は新型コロナの影響が直撃したスタートアップも少なくないのでは。
旅行や飲食などの一部のセクターを除くと、総じてスタートアップにとって追い風となっています。
例えばコロナ前からのSaaS化の流れは、働き方の変化や大企業のDXが「待ったなし」になったことと相まって、大きなトレンドになりました。その結果、業界を横断して一般的な経営機能を対象とした、市場が大きい「ホリゾンタルSaaS」が先行して立ち上がりました。会計のマネーフォワードやfreee、人事労務のSmartHR、顧客体験の可視化・設計のプレイドなどすでにユニコーンが出てきており、空白地帯は少なくなってきています。
それに伴い、特定業界の特定業務を対象とする「バーティカルSaaS」も台頭してきました。建設業界のANDPADや塾向けのatama plus、薬局向けのカケハシなどです。
──SaaSスタートアップへの積極的な投資は2022年にも続くのでしょうか。
BtoBのテーマで言えば、2022年以降もバーティカルSaaSが主戦場となるでしょう。ですが特定領域を対象としているだけに、スケールをどれだけ拡大できるかがチャレンジとなります。「市場規模が大きい業界」の、「クリティカルな業務」で、単なるコスト削減だけなく「売上または付加価値向上に貢献」し、「単価×アカウント数を超えてトランザクションのスライスを取れる」などの「収益逓増の収益モデル」を構築できるかが、鍵となるでしょう。またSaaSは資金調達環境としても、過熱気味なことから、2022年以降マクロ環境の変化によっては、一定の調整がかかり、取捨選別、合従連衡が進むと考えています。
BtoCビジネスは、多岐に渡るケーパビリティが求められる「総合力」での戦いに
──BtoC領域に関しては2021年から2022年でどう変化すると見ていますか。
BtoC領域においても、コロナ禍によるステイホーム・巣ごもり消費は大きな追い風になりました。ECがより一段と浸透した結果、国内のEC化率は2020年に8%にまで伸長しました。一方で、世界では2020年時点で米国15%、世界平均で18%、中国に至っては30%以上まで伸びており、まだまだ伸びる余地があります。業界別に見ていくと、食品(3%)、化粧品・医薬品(7%)のEC化率は低くなっており、大きな機会が眠っています。また、ギフトECの「TANP」のように特定用途特化のECも登場してきました。
TANPはギフトを贈る、受け取ることに最適化された体験を提供価値としています。これまでの汎用的なECでは難しかったラッピングや商品への名入れ、メッセージカードの同梱、記念日の登録や複数ブランドを横断した商品セットのキュレーション、相手の住所を知らなくてもオンラインで贈れる機能などを提供しています。
従来であれば、「大切な贈り物だからこそ店舗で」いう思考だったのが、「大切な贈り物だからこそECで確実に」というかたちに変化してきています。つまりECの価値がコストや商品の入手しやすさから、「最高の体験価値」へとシフトしてきているのです。クラウドファンディングなども広義にECと捉えると、あらたな体験価値を提供するECは今後も出てくるでしょう。
巣ごもり消費は、デジタルコンテンツ(デジコン)や販売チャネルとしてのECも大きく後押ししました。NFTなどの新たなデジコンを生み出し、デジコン流通をなめらかにするトレンドによって、さらに急速に成長することが予想されます。「NBA Top Shot」が名場面の画像をトレカのような新たなデジコンとして定義したように、デジコンの資産化、権利化が担保できることを前提に、ユーザーのニーズがある新たなジャンルのデジコンの発明に大きな機会があるでしょう。
もう1つ顕著なトレンドは「PocoCha」や「ミラティブ」など、“投げ銭”を収益源としたライブ配信がビジネスとして市場を得たことです。VRやコミュニティなどと組み合わせ、エンゲージを高め、課金性向を高めていく方法論も確立されつつあります。
投資先ということもあるので、ミラティブについてもう少し詳しく話します。元来ゲームプレーの配信コミュニティ・プラットフォームとして圧倒的なユーザー数とエンゲージの高さを誇っていたミラティブは、ステイホームを追い風にマネタイズの点でも大きくスケールしてきています。
ゲーム会社からの広告やミラティブユーザー間の投げ銭によるデジタルアイテムの購入はこれまでも行ってきましたが、最近ではゲーム会社との深い連携によって、(配信するゲームの)ゲーム内アイテムもミラティブ上で入手可能となっています。ミラティブ上で配信やゲーム内アイテムのやり取りがされることで、ゲームそのもののエンゲージや収益が上がることが数値で明らかになっているので、これがゲームの新たな市場の拡大、そしてミラティブ自身の更なる成長に寄与すると見ています。VRアバターをベースにしたオンラインコミュニティ、アイテムがプラットフォーム横断で使用できる。ブロックチェーンこそ使っていませんが、まさにメタバースの原型とも言えるかと思います。
BtoCサービスでは、リアルタイム動画配信のインフラ構築・効率化から、VR機能の実装、コミュニティや課金イベントの運営、経済圏における流通通貨の管理、デジタルマーケティングおよびマスマーケティングなど多岐に渡るケーパビリティ(能力)が必要になってきていて、「総合力」での戦いの様相を呈しています。また、今後ビジョンが明確になってくるメタバースにおいては、現存するサービスがその原型となるのか、ゼロベースで新たなサービスが登場するのかも注目すべき点です。
社会の変化・テクノロジーの進化・資本の流れの変化の大波が重なる稀有なタイミング
──2022年の投資環境はどう変化するでしょうか。
2022年に注目すべき投資環境の変化は、世界的な量的緩和の縮小や利上げといった、コロナ下の金融政策の出口戦略が、IPOやスタートアップのファイナンスに与える影響です。
日本でもスタートアップが未上場の間に規模を拡大するトレンドが続いており、時価総額200億〜300億円程度以上のレイトステージファイナンスの拡大が著しくなっています。2021年にはスマートニュースが250億円の調達に成功しましたが、時価総額はすでに2000億円超になっています。
またロング(買い)オンリーやヘッジファンドなどの上場株投資家、バイアウトファンドなど、日本のレイトステージは急速にグローバル資本市場とつながりました。コロナの出口戦略の影響で、米国を中心とした海外主要市場で株式市場や景気が低迷すると、日本のレイトステージへの資金供給は一定絞られ、勝ち組に集中すると考えられます。
一方、スタートアップ投資を本業とするVCは、ファンドがすでに集まっており、レイトステージより前のステージでは資金供給が大幅に絞り込まれることはないでしょう。ですが、2021年末からの日本の軟調な株式市場およびIPO市場は気になるところです。これが大きな調整トレンドの始まりなのか、もう少し活況が続くのかどうかは確定的には言い切れませんが、活況を呈していたIPO市場が後退すると、バリュエーションには一定の修正がかかるでしょう。
──先ほどはSaaSやECの話題にも触れましたが、2022年に注目している領域は。
大局的に見ると現在は、コロナによる「社会の変化」、Web3、ブロックチェーン、AI、VRといった「テクノロジーの進化」、「資本の流れの変化」という3つの大波が重なった稀有なタイミングです。3〜5年の中期的な景気のサイクルこそあれど、10年程度の超長期的な目線ではインターネット登場に匹敵するような大きなイノベーションが生まれ、成長局面は続くでしょう。
こと日本のスタートアップに関しては、2018年のメルカリの上場以来、IPO時の初値で1000億円越えたスタートアップは10社以上出てきており、もはや定常的にユニコーン企業を輩出する土壌が整ってきていると言えます。さらなる資金供給の拡大、未上場期間の長期化と規模の拡大、起業家やスタートアップに流入する人材の質の向上とともに、デカコーン、すなわち時価総額1兆円企業の誕生が次なるチャレンジとなります。
スタートアップは、短期的な外部環境やテーマを追っかけて右往左往するよりも、“十年の計”で腰を据えて大きな流れを捉えるのがよいと考えます。また一方ではスタートアップ間の大競争時代も幕開けとなり、成長することを狙って“大振り”をするか、退出するかを迫られることになるでしょう。
具体的なテーマとして言えば、バーティカルSaaSは引き続き短期的に追うべき領域の1つとなるでしょう。しかし2021年のように、極論すると「SaaSなら何でも高値が付く」という状況ではなくなります。株式市場ではすでに始まっているSaaS銘柄の調整が未上場にも波及し、勝ち組、負け組の選別が起こるはずです。そして勝ち組のロールアップ(M&A)による規模拡大とトータルスイート化が進み、そのカウンターとなるかたちで、新規スタートアップはバーティカルSaaSで特定業界の特定業務に最適化を強める流れとなるでしょう。
ですが「バーティカルに絞ると対象市場が小さくなる」というジレンマは依然として存在します。メディア事業で総合型メディアが出てきた後、美容の「アットコスメ」や料理の「クックパッド」がバーティカルでありながら大きな市場を席巻したように、バーティカルSaaSでも「偉大なるニッチ」を寡占化することが主戦場となります。特に数十兆円規模の市場を誇る自動車、金融、建設、不動産、医療などは、既存企業のDXを後押しするかたちで、デカコーンを輩出するチャンスがあります。
加えて言えば、資本市場の要請からはじまったESG(環境・社会・ガバナンス)も大企業のDXを推進する上で重要な視点となります。ESGの評価基準とレポーティングの仕組みの確立、企業のバリューチェーンや個別業務をESGに準拠した形に組み替えるなどが機会として浮上するはずです。
──Web3やメタバースといったキーワードを耳にする機会も増えました。
BtoCでは、長期的に見ればWeb3、NFT、メタバースといった大テーマが控えています。それらのテーマがどのような完成形になるかというビジョンは、具体的にはまだ見えておらず、乗り越えるべき技術課題も多くあります。“2022年だけ”という短期を見れば、一足飛びに想像もし得ない未来に非連続にジャンプするというよりは、まずは現状見えている課題の解決や現状のサービスの延長線上に新しいテクノロジーが応用されていくことになるでしょう。ブロックチェーンのスマートコントラクト(契約の自動化)やインターオペラビリティ(相互運用性)といった領域では、一足先に代表的なアプリケーションが見つかるのではないでしょうか。
ほんの一例ですが、映像やマンガ、書籍などのデジコンにおいては、IPを持つ権利者にしっかりと利用料を返せる公式二次流通プラットフォーム、フリクションレス(手間やストレスなし)でUXが最適化された少額送金・決済プラットフォーム、アバターやアイテムなどゲームやオンラインコミュニティ内での資産を複数サービスに持ち越せるサービスなどが登場すると予想しています。
そういったサービスが生まれる中で技術課題が解決され、新しいプロダクトビジョンの見通しもついてきて、次の10年の巨大プラットフォームが形作られていくに違いありません。そんな日本から世界を席巻するサービスが登場することを期待していますし、我々投資家も意志をもって切り拓かないといけないでしょう。
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