
- Web3の本質は「Decentralize」ではなく「選択肢の追加」
- 人気ゲーム「STEPN」から考える、マスアダプションのための作り込み
- エコシステムの世界対決に向けた競争力がないと、日本のスタートアップは“小作人”になってしまう
Web3スタートアップに対して、共同でメンタリングや資金面での支援を行うことを発表したベンチャーキャピタル(VC)のグロービス・キャピタル・パートナーズと、パブリックブロックチェーン「Astar Network」運営のStake Technologies。
両社がなぜ今Web3スタートアップの支援に取り組むのかを、GCP代表パートナーの高宮慎一氏とAstar Networkを手がけるStake Technologies代表取締役の渡辺創太氏に聞く本対談(前編はこちら)。前後編の後編にあたる本稿では、Web3を象徴する「Decentralize」や2人が何度も語る「マスアダプション(大衆化)」といった言葉の意味、そして日本のWeb3スタートアップの可能性と危機感について聞く。
Web3の本質は「Decentralize」ではなく「選択肢の追加」
──Web3の思想として聞くのは「Decentralize」という言葉です。
渡辺:ブロックチェーンやWeb3の本質はDecentralizeという点にあるのではなくて、「人間の選択肢が増える」ところにあると思っています。
例えばデータ管理について考えてみましょう。今は何をやるにしても、基本的にはGoogleやFacebook、Twitterなどのプラットフォーマーがデータを持っています。Web3では、そこに「自分がデータや資産を持つ」という選択肢が生まれるのです。
とはいえ実際のところ、ブロックチェーンのDApps(分散型アプリケーション)の多くは、AWS(Amazon Web Services )やMicrosoft Azureといったクラウドの上に載っています。それについて「なんだよ、集権的なプラットフォーマーの上に載っているじゃないか」という批判もあります。ですがもし、Web2のサービスにまったく依存したくないのであれば、自分でノード(ブロックチェーンのネットワークの接点を組成するコンピューター、サーバー)を立てるという選択肢があるんですね。
資産についても言えることがあります。今、暗号資産はBinanceやbitFlyerのような取引所で管理されています。ですが、それが嫌だったら自分でハードウェア(一般的には「コールドウォレット」などと呼ばれる)を買って資産を移し、管理できるわけです。こういった考えは今までの世界では現実的ではありませんでした。札束を銀行などに預けなければ、はたしてどこに預けられるのかという話です。
高宮:1人1人のユーザーにとってみるとWeb3は「選択肢」です。そして、技術というのは極めてニュートラルなものです。それがある機能を発揮して、あるユースケースに当てはめると価値を出すということです。
小さなクリエーターエコノミーで自己実現するのも、国家戦略としてブロックチェーンをどう使うのかも、いずれもユースケースとしての「出口」だと思います。そういうさまざまな環境が共存してもいいと思います。
渡辺:(二項対立は)過激な議論で分かりやすいので、アーリーアダプターは集まりますが、マスアダプションはしません。
あとは、Web3関連用語の日本語訳が、本質を理解する障害になっている側面があります。例えば、Crypto Currencyも気付けば「暗号資産」ではなく「仮想通貨」と呼ばれがちですよね。Decentralizeも「非中央集権化」と訳されています。
この非中央集権化というコンセプトはとても重要ですが、実際に辞書で本来の意味をたどっていくと、Decentralizeとは「分散」や「非中央集権」ではなくて「分権」を意味する言葉です。決して中央集権自体を否定しているわけではないんです。
人気ゲーム「STEPN」から考える、マスアダプションのための作り込み
──日本のWeb3プレーヤーにとっての問題、課題について教えて下さい。
高宮:その答えはずばり1つ、「マスアダプション」だと思っています。
要は普通の人に向けて、ブロックチェーンテクノロジーを使ってどう価値を出していくのか、世の中を変えるのかということです。やはり、「Web3はお小遣いが稼げるよ。投機になるよ」といったことしか言えないと、それを求めるユーザーにしか刺さらないんじゃないでしょうか。
最近話題になった「STEPN」というアプリがあります。あのアプリは偉大でした。もちろんお小遣いも稼げるかもしれませんし、彼らがどこまでそのメッセージを明確に打ち出せているかは分からないですが、それでも「歩いて健康になれる」という、ユーザーに対して“刺さる”価値の提案をしました。それをユーザーに届けやすくするためにお小遣い稼ぎの要素がついたと思いませんか? その結果、より広い層にまでサービスが届きました。普通の人が「このサービスを使って何が嬉しいの」というところを作り込んでいく、そこが一番大事だという話です。
規制に対して必要要件を満たすという話もあります。渡辺さんがやっているようなガバメントリレーションは必要です。世の中のためになるように規制を変えていく。ただし駄目なものは駄目なので、そこまでのルールを決めることが大事です。
一方で決められたルールの中で戦うのが事業者です。決められたルールの中で工夫をすればいいと思います。例えばVCであれば、LPS法(投資事業有限責任組合法)でファンドを組成した場合、トークンの保有に制限があると言われます。ですが手段、やりようはあるわけです。
そういう意味では「How(どのように)」の工夫はできるので、「What(何を)」こそが大事になります。Web3が社会の大義に向き合うとか、ユーザーの生活をより良くするものになるということこそが大事だと思っています。限られたユーザーの、お小遣い稼ぎのためという以外のユースケースについての議論が進むことが一番大事だと思っています。
──Web3に関わる開発者からは「最初にヒットするのは『ゲーム』ではないか」と聞くことが少なくありません。「ゲーム×Web3」の可能性や、マスアダプションを実現する「キラーアプリ」についてどう考えていますか。
高宮:もちろん(ゲームだからといって)必然性がないところでブロックチェーン技術を使う必要はありません。一方で最近よく話しているのですが、「コンセプトがWeb3/Web2」と、「実装がWeb3/Web2」という4象限のマトリクスがあると思っています。
コンセプトも実装もWeb3となると、まだ実際にそのユースケースやサービスの具体的な姿が想像できないので、ふわっとしてしまったり、「何がうれしいのかわからない」となりがちです。例えば、メタバースに言及するときに、ずばり「メタバースとは何か?」という質問に対して明確に答えられる人はいませんし、ゲーム業界の方々とWeb3の方々でイメージするものは違うかもしれません。
一方で、「コンセプトがWeb3で、実装がWeb2」というものはすでにあると思っています。例えば(ゲームプレイのライブ配信アプリの)「Mirrativ(ミラティブ)」などはそうではないでしょうか。VRアバターがあり、「配信to Earn(配信で稼ぐ)」という機能を備え、さらに提携する外部ゲームのアイテムをミラティブ内でやりとして、ゲームに持ち越すことができます。Web3のコンセプトで考えられうる価値をWeb2で実装してるとも言えます。今後、それをより効率よく実装する、よりユーザーの価値を増幅するために、Web3、ブロックチェーンを使っての実装に変えていくということはあるかもしれません。
一方でコンセプトがWeb2で実装をWeb3にすると、長く解決できなかった課題を解決できるようなこともあると思います。例えば書籍の中古流通では、作者や出版社に売り上げがバックされないという話や、電子書籍は二次流通できないといった話があります。そこにブロックチェーンを入れれば、スマートコントラクトによって二次流通のクリエーターフィーを権利者にバックすることが実現する話だってあります。それは、Web2のコンセプトをWeb3で実装している訳です。
そういったWeb2xWeb3の領域にチャレンジしていく中で、今は想像もできないような新しいブロックチェーンのユースケースや価値が見えてきて、本命の「コンセプトがWeb3で実装もWeb3」のサービスが生まれてくるのではないでしょうか。

渡辺:ソーシャルメディアやSNSが出てくると、マスに近づくんじゃないかなと考えています。例えばコミュニケーションの量や貢献度によって、トークンが自動的に配られるSNSが生まれるとか。もちろんどういうものか分かりませんが、こういうDAppsがゲームチェンジャーにもなり得ると思います。
一方で、ブロックチェーンを使うのはまだまだ高い、遅い、わかりづらいとも言われており、心理的なハードルもまだまだあると思っています。プロトコルを作っている身としては、そういったことを解決していきたいと思っています。やはり「安い」「早い」で使いやすくなってきて、ブロックチェーンを使おうが既存のサーバーを使おうがパフォーマンスが変わらなくなり、新しいSNSなどが出てくれば、マスアダプションはあり得ると思います。
──たとえばウォレットアプリ1つとっても、「英語だからよくわからない」というようなユーザー層はいます。日本語化も含めて、Web3アプリケーションの普及要件をどう見ていますか。
高宮:UI・UXの話で言えば、日本語化は「差別化」につながるものではなく「必要要件」だと思っています。あと、ユーザーから見れば、チェーン間が競争している状況です(編集注:Web3ではプラットフォーム、つまり各ブロックチェーンの役割が大きいため、各プラットフォームのコミュニティが乱立している)。
ネットワークがバラバラでつながっていないのは不便でしかありません。渡辺さんのおっしゃっていた「1つのネットワーク」としてつながっていて、汎用性があった方がいいんです。そういう意味では、AstarはPolkadotを通して、Ethereumなどあらゆるブロックチェーンにつながるという世界観のインフラを作っていることが重要です。あるトークンを買いたかったらネットワークをスイッチして、別のブロックチェーンにつなぎ直して……ということをユーザーがやらないといけないままでは、誰もが使うものにはなるのは難しいと思います。
渡辺さんは「マスアダプション」というキーワードを掲げています。Astarについても、立ち上げ時から「すべてのブロックチェーンチェーンにつないでいこう」と言っていますが、それがマスアダプションにつながるというのは、おっしゃる通りだと思います。
渡辺:今のブロックチェーンのことを本来の(クモの巣から転じて、張り巡らされているという)意味での「Web」とは言わないと思うんです。ビットコインもWebじゃないと思うのです。「Web3」と言うからには、裏側のところが整理されているべきだと思います。今のインターネットのアーキテクチャーを見るに、「いろんなブロックチェーンをつなぐ」ということは必要不可欠だと思います。
高宮:絶対に最後はどこかの1つのスタンダードなプラットフォームに統一されると思います。それは、根っこの部分では分散したブロックチェーンであるものが、どこかを入口にして全部つながるということかも知れません。はたまたどこか1つのブロックチェーンが覇権を握るのかも知りません。ですが、統一されないとインフラとしては役に立たないと思います。特定の施設だけにつながっていたARPANET(60年代に整備された米国の軍用コンピューターネットワーク)がインターネットに進化したように、そんな世界は絶対やってくると思います。
エコシステムの世界対決に向けた競争力がないと、日本のスタートアップは“小作人”になってしまう
──GCPとAstarによる取り組みを通じて、日本のWeb3スタートアップにどんなチャンスがあると考えていますか。
渡辺:僕たちとしては、日本のWeb3のモメンタム(いきおい)を上げるということと、日本からグローバルで勝負をするスタートアップを支援したいと思っています。
本質的に言えば、グローバルで勝負するために必ずしもWeb3でないといけないというわけではありません。ですが、Web3は今後めざましく経済が成長し、マーケットとして大きくなることが見込まれる領域です。
その領域で日本からグローバルに出て、今後のトヨタやソニーのような存在になる──そんな次世代の起業家を目指す方にも、純粋に暗号資産が好きなだけの方にも、希望になるものを作っていきたいと思っています。
高宮:Web3は、今までのインターネットが大きく非連続に進化する、パラダイムシフトだと思っています。ここで日本の産業やスタートアップがポジションを取らないと、インターネット上でのポジションがまるまるなくなってしまいます。有利なポジションを取るためには、プロトコルとアプリというエコシステム全体でグローバルに出ていって、他のエコシステムに対する競争力をどう持つかを考える必要があります。
最終的にはエコシステムとエコシステムの世界対決になるので、アプリのプレーヤーとプロトコルが手をつないで、ちゃんと競争力をつけることが大事だと思います。でないと、またWeb2のように、日本のスタートアップは(プラットフォーマーの)小作人として過ごさなければなりません。
また、プラットフォーム・キャリアとコンテンツプロバイダー──たとえばAppleやGoogleとアプリデベロッパー、グリーやモバゲーとソーシャルゲームのデベロッパーなど──これまで古今東西のプラットフォーマーとアプリケーションレイヤーの関係を振り返ると、プラットフォーマーから技術的な支援を受けてポテンシャルを最大化することや、マーケティング面での支援を受けることなど、密なパートナーシップってすごく大事なんです。
ですので、Web3でも、アプリレイヤーのスタートアップが単独でサービスを作るよりは、プラットフォーム、すなわちAstarとパートナーシップを築いた方が、双方にとってWin-Winとなります。最初からエコシステムの中に入って、Astarの支援を受けた方が良いアプリを作れます。良いアプリがあることでユーザーが集まり、プラットフォームの価値も上がり、さらにアプリのプレーヤーが集まる──という好循環に入ります。
産業が成長するためには、マクロな「国の産業政策」という視点でも、ミクロな「個々のスタートアップの競争力」という視点でも、そういったエコシステムの循環が“きも”になります。これまであったインターネットスタートアップのエコシステムにおいて、インターネットという技術体系が大きく飛躍し、仕切り直しが起こるのがまさに今です。
そこでポジションをとれないと死んでしまうという危機でもあるし、ゼロリセットなので大きくポジションをとるチャンスでもあると思っています。エコシステムに関わる人たちが一丸になって、日本のWeb3産業、日本のWeb3スタートアップでポジションをとりましょうという話だと思ってます。
VCというのは、エコシステムが盛り上がれば、その結果としてのリターンをもらうというビジネスです。まずはエコシステムを作り上げることに対して、先に貢献しないといけないと思っています。