年始からの米国テック企業の株価暴落を契機に、「スタートアップの冬の時代」という言葉もおどった2022年。米国の動きはそのまま日本市場のテック銘柄の低迷にもつながった。またロシアのウクライナ侵攻をはじめとした地政学リスクなども含めて、激動の1年だったといっても過言ではない。2023年、日本のスタートアップエコシステムはどう変化するのか。

DIAMOND SIGNAL編集部では、ベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家向けにアンケートを実施。2022年の振り返り、そして2023年の展望や注目スタートアップなどについて聞いた。今回は、くふうカンパニーCEO室、エニマリ取締役の立石美帆氏による回答を紹介する。なおその他の投資家の回答については連載「STARTUP TREND 2023」に掲載している。

くふうカンパニーCEO室、エニマリ取締役 立石美帆

2022年のスタートアップシーン・投資環境について教えてください。

2022年は大きな変化があった1年だったのではないでしょうか。

投資環境で言うと、アメリカがゼロ金利解除を行ったことを発端に、株式市場への影響が出ました。スタートアップの投資環境にも当然波及しています。参考情報として、セカンダリー投資の株価は平均約40%ほど低くなっているというTechCeunchの記事が出ていましたが、日本でも感覚的にはもう少し低いものの一定以上の影響が出ていると感じています。

シード、アーリーの調達環境は限定的ですが、特にミドル、レイター、IPOの評価が厳しくなっています。昨年度、私自身がベンチャーキャピタル(Spiral Ventures)から事業会社へ転身したこともあるかと思いますが、複数事業を運営していたスタートアップがキャッシュフローの観点でも事業の集中と選択を図ろうと決断しているケースが増えています。一方で、引き続き、大型調達も多くありました。それもエクイティだけでなく、デットも含めて。タイミーがデットファイナンスで183億円の資金調達(融資枠を含む)をしたのは印象的でした。

事業にフォーカスして見ると、2020年以降のコロナウイルスの影響が限定的になってきました。良くも悪くもコロナ禍から徐々に抜けて、顧客の価値観が変わったことで、新たなニーズを捉えたサービスが盛り上がっていると感じます。特定領域だけの事象ではないので抽象的な話ですが、短期的な顧客獲得やチャーン防止のHowの議論ではなく、改めて誰にどういった価値を届けるのか?という話に立ち返ることが出来たサービスは強くなった1年だったのではないかと感じています。この正解はまだ今すぐには見えませんが……。

市場トップのシェアを取っている会社にとっては危機であることも、スタートアップにとってはチャンスだという期間だったと思います。

また、皆さんが触れられているかと思いますが、Web3は大きな波のあった1年でした。投資環境という意味で件数、金額ともに激減したのはこの領域です(それでも暗号資産関連事業展開のGalaxy Digitalの発表によると、2022年3QのWeb3スタートアップへの投資額は$5.5Bと依然大きな規模感ではあります)。Web3後進国と言われていた日本で、岸田首相がWeb3を国家戦略として掲げたことや、法人税法上の期末時評価課税の問題への着手が早期になされたことはポジティブな動きとして印象的でした。

もう1つ、加熱しすぎていたところから調整が入った領域という意味ではSaaSがあります。ARRマルチプルが15倍というのも一般的でしたが、2022年は好調なサービスでも10倍で、市場によっては5倍前後というものも多くありました。

2022年に注目した・盛り上がったと感じる領域、テーマ、テクノロジー、プロダクトなどを教えてください。

・ネオバンク
トレンドとしてはすでにありましたが、実績を持って日本でも広まりつつあるように感じます。決済、融資などどの領域からアプローチするかは各社各様で、また初期の対象・マーケティングはカップル向け、著名人のファン向け、子供向けなど違いがありました。

・個のパワー
Web3の流れもありますが、加速的に個人へ力が戻ってきています。働き方、コンテンツの所属、SNSや各プラットフォームの使い方など、あらゆる観点から見ても間違いないトレンドです。特に採用のHR領域など、B向けサービスでも、このトレンドを受けて作られているものが多い印象でした。

・ESG投資への関心と対応
上場株式への投資家、上場企業では以前から高まっていましたが、責任投資原則(PRI)によるディスカッションペーパーが発表されたこともあり、2022年に入ってからベンチャーキャピタルでもESG投資に対する向き合い方の関心が高まったと思います。一方で、まだ運用には落とし込まれてはいない印象です。

2023年のスタートアップシーンや投資環境はどのように変化すると予想しますか。

投資環境は、前述の2022年の様子が続くのではないかと考えています。よくベンチャーキャピタルのドライパウダー(ファンドの手元にある資金)は豊富だという話がされますが、それは事実である一方で、株価は活況だった2021年にすぐに戻ることはないと思います。スタートアップの成長の描き方は変わるでしょう。これまで以上に、資本を効率的に使って成長を見せていく必要があり、大型の資金調達の難易度は上がり、二極化することは間違いありません。結果的に見ると、ビジョナル、ラクスル、メドレーといった企業もかつての不況下で生まれたことを考えると、悲観的になる必要はないと感じています。

直近は冬の時代と言われるWeb3業界ですが、この幻滅期を経て、分散化、民主化などインターネットが本来目指した世界を追求してほしいと思います。これは願いを込めてですが、私を含めて、今の20〜30代の起業家はインターネット初期の世界観にユーザーとして共鳴した人が多くいますので、期待しています。

日本政府は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付け、さまざまな取り組みを始めました。投資環境という視点では2027年にスタートアップへの投資額を10兆円規模に引き上げると発表しています。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)もベンチャーキャピタルを含むプライベートエクイティへの投資額を引き上げる方針を公表しています。スタートアップ業界にとっては非常にポジティブであり、日本のスタートアップ業界も漸く認められる水準に達したということです。

ネガティブなことを言うつもりはありませんが、投資家の立場としては、暗号資産取引所のFTXが高い評価額から一転して破綻したことや、2022年に判決が出た血液検査会社セラノスの件は、海の向こうの話と捉えずに、改めて真剣に向き合うべき問題だと感じています。

領域やプロダクトは短くても数年単位で考えられるため、1年単位で取り上げることが難しいのですが、次の項目でキーワードとしてまとめてみたいと思います。

2023年に注目する・盛り上がると考える領域、テーマ、テクノロジー、プロダクトなどを教えてください。

・SaaSの二極化
加熱しすぎていた状況から調整がなされた2022年ですが、引き続きのトレンドだと思います。SaaSというビジネスモデル自体は優れていますが、さまざまなサービスが世の中に生み出され、DXも徐々にバズワードではなく本質を捉えられるフェーズになりました。業務効率化だけでは提供価値が乏しく、その次にどのような価値が提供できるかを問われています。端的にいうと単価向上をどのように作れるか、です。その過程として、エンタープライズSaaSのプロフェッショナルサービスは「ビジネスモデルとしてはコンサルのよう」と不人気に捉えられがちですが、顧客の課題を正しく把握できるので鍵になるように感じます。

・スタートアップのM&A
SaaSはわかりやすく、上記の通り二極化することが予想できるので、サービスラインナップを拡張する形でのLTV/CACの向上を計りやすいと思います。全体感としてSaaSだけでなく、二極化は進むと考えた時に、他領域でもスタートアップのM&Aが進むと思います。2021年ですがスニダンのモノカブ買収や、上場企業ですがマネーフォワードのM&A戦略は良い事例だと思います。

・日々を豊かにするサービス
すごく大前提として、サービスのホワイトスペースは減っていると思います。それでもユーザーの負は多く存在しています。その中でも、すごく深刻な課題というより、個々人が自分らしく生きられたり、豊かさを感じることに資するサービスに注目しています。例えば、2022年から高校での金融教育が必修化されましたが、金融知識があった方がいいことは大人になってよくわかる部分が多いです。健康も同様です。そういった領域に対して、今の親世代(=インターネットネイティブ)の起業家がアプローチすることも増えるのでは、と感じています。これはやや希望と、私自身の頭の中に近いですが……。

2023年に注目すべきスタートアップについて教えてください。投資先の場合は、その点を明示してください。

・シャトル
前職在籍時の投資先です。子ども向けのプリペイドカード「シャトルペイ」を開発・提供しています。コロナ禍でキャッシュレス化は急速に進みました。しかし、子どものお小遣いという意味では取り残されたままです。そのような課題と金融教育というと難しく聞こえますが、お小遣い帳をつけたり、運用の擬似体験ができたりという未来に共感しています。

・RENDEZ-VOUS
VCからするとニッチな市場ということになるかもしれませんが、希少な車の共同所有サービス「RENDEZ-VOUS」を展開しています。1/8の価格で憧れの車を共同購入出来るサービスで、リリース後初の車であるFerrariのTestarossaは342万円(維持管理費込み)という価格を実現し、完売していました。ニッチですが、深いファンがいる領域です。

・Crezit Holdings
前職在籍時の投資先です。与信プラットフォーム「Credit as a Service」を提供しています。金融のアンバンドル化(分離)が、ここ数年で徐々に進んできている中でも、ユーザーからするとどっちでもいいというところが多いです。それらの価値がユーザー体験に落とし込まれる世界観に期待しています。