
岸田内閣は2022年11月、「スタートアップ育成5か年計画」を発表した。スタートアップへの投資額を2027年度に10兆円規模、スタートアップを10万社、ユニコーンを100社創出するという野心的な目標を掲げるなど、国が本腰を入れてスタートアップ振興に取り組むとあって話題を呼んだ。
では、これまでにスタートアップを支えてきたVCや投資家は、「5か年計画」をどう捉えたのか。DIAMOND SIGNAL編集部では、2022年の振り返り、2023年の展望や注目スタートアップなど、アンケートを実施したベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家に「スタートアップ育成5か年計画」について、下記の質問を投げかけた。
Q. 2022年11月に発表された岸田内閣の「スタートアップ育成5か年計画」について、どのようにお考えでしょうか。ご意見があれば教えてください。
寄せられた回答を、前後編に分けて紹介する。なお、回答の掲載順は連載「STARTUP TREND 2023」に掲載の順で、無回答者は掲載していない。
千葉道場ファンド パートナー 石井貴基
大変素晴らしい方針だと受け止めています。かなり具体的かつ網羅的に施策を検討しているので、日本のスタートアップへの強力な追い風になることと思います。これに対しては2点コメントします。
1つ目は、いよいよ日本のスタートアップ業界が「村」から「街」になってきたということです。私が2012年に起業した頃は、スタートアップという言葉もありませんでしたし、起業といえばアングラ感があるというか、キャリアプランとしてまったくメジャーな選択肢ではありませんでした。そんな状況からこの10年で本当に多くの方がスタートアップ業界に入ってきたと感じています。業界が活性化し、大きくなることは大変嬉しく感じていますが、一方で今回のような大きなご期待をいただくということに対して、一定の責任も発生するとも考えられます。スタートアップ業界の末席にいるものとして、襟を正して頑張っていきたいなと感じています。
2つ目は、「予算配分」についてです。今回打ち出された“スタートアップへの投資額を年間10兆円規模にする”という指針は前述の通り素晴らしいなと感じていますが、どこに予算を投じるのかが重要です。私としては、この10年で起業家支援の体制は事業会社・金融機関のみならず地方自治体においてもかなり整備された印象で、起業後の資金支援も拡充しています。おそらく日本のスタートアップを次のステージに引き上げるために必要なことは、大きなエグジットをたくさん生み出す環境整備であると感じています。具体的にはレイターステージからポストIPOステージで活動できるVCファンドの増加です。大きいIPOを生み出すためには、レイターステージでの資金調達の選択肢が豊富でなければなりません。ここに一定の予算を割り振られるのであれば、日本から大型の上場企業を数多く輩出できるようになり、世界中の投資家からも注目されるようになる可能性もあると考えています。
今回発表された内容には、本気で国がスタートアップに力を入れるんだという強い意志を感じました。是非とも実現いただき、世界と戦えるスタートアップを多数輩出できる環境を一緒に作っていきたいと思います。
XTech Ventures 代表パートナー 手嶋浩己
日本の経済成長や底力を上げていくためにスタートアップやスタートアップ的な仕組みを生かしていかないといけない、というのはその通りだと思いますし、微力ながら一翼を担っていると自覚して活動していきたいと思います。個人的には、6年くらいで辞めてしまいましたが私も大企業(博報堂)出身で、大企業からの優秀な人材の流動性を高めることにはミッションを持って取り組んでいきたいと思います。
もちろん社会には、大企業をけん引しながら社会貢献をしていく役割が必須ですが、堅牢な事業モデルができている中で一部が社外流出してもびくともしないと考えています。全体として人材流動性が一定程度高まる仕組みやインセンティブの設計、啓蒙をしていければと思います。
DIMENSION 代表取締役社長 ジェネラルパートナー 宮宗孝光
スタートアップ業界にとって、進化・拡大を後押しするプラスの発表だと考えています。内閣がスタートアップに言及した大型施策を発表することで、省庁や自治体、大企業も本格的に「スタートアップ」に意識を向け、日本全体でスタートアップに人・モノ・お金・情報が集まるようになるはずです。結果として事業規模的にも意義があるスタートアップが生まれやすくなると思っています。
いくつかの施策は、途上で修正が必要になるとも感じていますが、VC・CVC全体で協力しながら「5か年計画」の達成を後押しし、スタートアップの創出にも貢献しながらスタートアップ業界全体のさらなるステージアップが図れればと思っています。
シニフィアン 共同代表 朝倉祐介
大前提として、スタートアップが政策議論の重要なアジェンダとして俎上(そじょう)に載るようになったことは非常に心強いことですし、歓迎します。そのうえで、スタートアップを取り巻く議論が一過性のものではなく、より本質的な国家の成長戦略にまで発展することを望みます。
特に着目しているのは、「スタートアップ育成5か年計画」の中で第二の柱として重要な論点に据えられている「資金供給の強化と出口戦略の多様化」です。スタートアップを巡るお金の流れについては、今の延長線上の環境下から本質的なインパクトを持つスタートアップが日本から続出するとは思えず、大胆で非連続的な施策を実行しないことには手詰まるという閉塞感と焦燥感を覚えています。その一方で、政策起点による資金の過剰供給が未上場段階における官製バブルを引き起こし、長期的にはスタートアップ全般に対する幻滅と信頼喪失に繋がるのではないかという懸念も強く持っています。
政策的観点から値付けされたスタートアップの株価も、上場後は市場の厳しい目にさらされ、資本の論理で評価されることになります。このとき、未上場時の評価が大きく切り下げられるような事態が続けば、スタートアップを見る世の中の目は大変厳しいものになることでしょう。世の中から信任されないものが社会に根付くとは思えません。
この点、大きな先行投資を要する研究開発型のスタートアップやレイトステージなど、特定分野・特定フェイズにおけるリスクマネー不足は切に感じますし、こうした特定分野においては一定程度、意思を持った政策的資金供給があって然るべきだとは思います。ただ、スタートアップに対する直接的な資金供給の担い手は民間の投資家であることが大原則であり、公的な資金は民間投資家のバックアップであって然るべきだと考えます。スタートアップへの資金供給がずさんなばらまきではなく、規律の効いた効果的な方法によってなされることを望みます。あくまで程度問題であり、方法論の問題です。
本質的にスタートアップが育つ環境の創出を本気で目指すのであれば、最も効果的な施策は過去のツケを一掃する覚悟で徹底的に構造改革に取り組み、社会と産業の新陳代謝を促すことでしょう。当たり前の話ですが、閉塞感漂う衰退市場でリスクをとって事業を興す人が続出することを望むのは厳しいものがあります。日本が新たに事業を興そうと思う起業家にとって魅力ある市場でなくてはなりません。
この点、スタートアップは成長産業のけん引者のみならず、日本社会の行動変容を促す黒船としての役割を担い得る存在です。その黒船の創出を内製化できることが、スタートアップ支援最大の意義だと私は思います。新しいものを生み出すことと、歴史的使命を全うした古いシステムの退出を促すことはコインの裏表です。「スタートアップ育成」という表面的な大義をもって、古いシステムの退出をぬるりとなし崩し的に促すことが、リーダーシップを受け容れる土壌のない日本における構造改革の道筋であり、そうしたプロセスを通じてさらにスタートアップの創出・参入を促すといった好循環を生み出せないものかと思う次第です。
キープレイヤーズ 代表取締役 高野秀敏
日本は、他国に比べてまだまだスタートアップの支援や投資金額が足りません。2021年の統計ですが、世界のVCの投資額は70兆円超と、2020年と比較しておよそ2倍に急成長しています。投資額だけで世界と単純比較することはできませんが、日本は世界に遅れを取ってしまっている状態です。今回のような政府が後押しする計画は素晴らしいので、全力で応援したいと考えています。
また、「スタートアップ育成5か年計画」の三本柱の1つに「スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築」が挙げられています。ここでは主に起業家の輩出のための施策が紹介されていますが、スタートアップの成長のためには起業家だけでなく、スタートアップで活躍する人材を増やすことが不可欠だと感じています。
資金調達を実施したスタートアップは採用を積極的に行っている企業が多くありますが、なかなか採用に苦戦している企業も多いです。私自身、投資活動に加えて、スタートアップが成長に必要な人材を獲得できる環境作りにも引き続き励みたいと思います。
ジャフコ グループ パートナー 坂 祐太郎
政府の今回の発表は、今後のスタートアップエコシステムの発展に、非常に良い影響を与える発表だったと捉えています。特にM&A促進に関することが明記され、オープンイノベーションを促すための税制措置等のあり方などを改善していく旨が記載されていたことについて、好感を持ちました。
上記のような、幅広く、さまざまな支援施策が用意されている印象を受け、非常に良い取り組みだなと感じた一方で、ユニコーン企業の100社の創出を1つのゴールとして目指すにあたっては、よりリソース、施策を集中させて、グローバルで戦えるスタートアップの立ち上げを官民一体となり支援していくということが重要とも感じました。
THE SEED ジェネラルパートナー 廣澤太紀
「5か年計画」の第一の柱として「スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築」が掲げられる中で、1大学1エグジット運動(大学発スタートアップ創出の加速に向けた、「1大学あたり50社起業、1社のエグジットを目指そう」という運動)の展開が提案されています。
THE SEEDでは、2022年に京都大学と共同研究というかたちで学内の起業家発掘、起業促進の活動をスタートしました。大学が起業を支援する仕組みはかなり充実してきており、特に「研究室からの起業」の支援はかなり進んでいます。一方で学生が就職ではなく学生起業を選択するために提供できることを増やそうという流れでお話があり、取り組みがスタートしました。
1大学1エグジットをテーマにした際、比較的時間がかかりにくい領域での起業、学生起業などの機会も広がり、若い方々による創業はますます増えていくのかもしれません。一方で、大学内、各地域コミュニティでどうするかに焦点が当たってしまいますが、事業経験のある方が教員になったり、投資家が全国を移動しながら投資機会を提供するなども求められるんじゃないかと思います。
W fund 代表パートナー 新 和博
スタートアップ育成を国家課題と捉え、論点を網羅的かつ具体的に整理して施策を検討いただけていることは歓迎すべきこと。その実行フェーズでしっかり役割を果たせるよう、我々もまい進していきたい。