Photo:Os Tartarouchos/gettyimages
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  • スマホが破壊した、ゲーム機用ゲームソフトのビジネスモデル
  • ゲームビジネスを変えた「シーズンパス」という新たな金脈
  • “お気に入り”をより長く楽しめるユーザーと、1つのゲームをより長く売れるメーカー
  • 有料DLCの仕組みが、PS5販促の助け舟に

近年、ゲーム業界──特にNintendo Switch(ニンテンドースイッチ)やPlayStation 4/PlayStation 5といった、家庭用ゲーム機用ソフトビジネスに大きな変化が起きている。それは、大ヒットしたゲームをさらに遊ぶための追加データを販売する、有料のダウンロードコンテンツ(DLC)という仕組みが増加しつつあるということだ。

以下に挙げたのはここ最近までに人気を博したゲームソフトとそのDLCの名称および価格(いずれも税込み)だ。どれもミリオン超えの大ヒット作ばかりなので、直接プレイしたことはなくともメディアを通じてタイトルくらいは見たことがあるのではないだろうか。

ニンテンドースイッチ用ソフト

  • 『ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド』:エキスパンション・パス(2547円)
  • 『スプラトゥーン2』:オクト・エキスパンション(1980円)
  • 『大乱闘スマッシュブラザーズSPECIAL』:ファイターパス1、ファイターパス2(1が2750円、2が3300円)

  • 『ポケットモンスター ソード・シールド』:エキスパンション・パス(各2980円)

PlayStation 4/5用ソフト

  • 『モンスターハンター:ワールド』:アイスボーン(2990円)
  • 『Ghost of Tsushima』:DIRECTOR’S CUT(PS4版のアップグレードは2200円、PS5版へのアップグレードは3300円)

スマホが破壊した、ゲーム機用ゲームソフトのビジネスモデル

従来、ゲーム機用ゲームソフトのビジネスは比較的シンプルだった。ゲームメーカーはまず、いくつかのソフトを企画・制作・販売する。ヒットしたソフトは続編を作ったり、内容を拡充した「完全版」と呼ばれるようなバージョンを作ったりするというものだ。しかし、その市場はスマートフォンが破壊したと言っても過言ではない。スマートフォンでF2P(Free to Play:基本無料の課金型)モデルのゲームがあふれるようになった結果、ゲームソフトの販売本数が低迷し、これまでのビジネスモデルが通用しなくなってきたのだ。

スマートフォン用ゲームでは、ゲームの前半部分や基本機能を制作してリリースすることが多い。人気が出れば続編部分や機能の追加を続けていくことになるし、人気が出ずに課金収入が少なければ、早期にサービスを終了することも少なくない(それでもかなりの赤字は出るが)。

ところがゲーム機用ソフトはハードウェアメーカーに支払うロイヤリティや流通コストなどの関係もあり、最低でも5000~6000円で売れる商品(パッケージ版ソフトの場合)を作らなければならない。この価格に見合うだけの内容が求められるため、「前半だけ作って様子見」という訳にはいかない。

ゲーム機用ソフトの多くは数千万円から数億円の開発費を投じている。そんな大金をかけて作ったゲームが売れなかった場合、ゲームメーカーは大きな損害を被ることになる。以前であれば大ヒットしたタイトルの利益を使ってヒットしなかったタイトルの赤字を補填していたが、大ヒットするタイトルが限られている中では、その手法が通用しなくなってきているのだ。

この状況を打開する一番の方法は、ヒットする可能性が高いソフトだけを作り、ヒットする確率が低いソフトは作らない、または発売しないということだろう。だが、これを徹底すると新規シリーズが生み出せなくなるため、ヒット作の続編が売れなくなることが、そのままゲームメーカーの終焉につながってしまう。このジレンマを解消すべく生み出された新たな仕組みが「シーズンパス」だった。

ゲームビジネスを変えた「シーズンパス」という新たな金脈

シーズンパスとは、単体で購入するような有料DLCと異なり、期間中に配信された有料DLCはすべて入手可能な権利を売るというモデルだ。名前は野球の「シーズンシート」のように、期間中のすべての追加コンテンツを利用できるということに由来している。

有料DLCの販売自体は古くからあるが、家庭用ゲーム機の世界にシーズンパスというモデルを導入した最初の作品は、2011年にPlayStation 3およびXbox 360用として発売された『L.A.ノワール』(発売元は『グランド・セフト・オート』シリーズで有名な、米ロックスター・ゲームス)の「シーズンパス」という商品だとされている。

このゲームはユーザーが刑事となり事件を捜査するという内容だが、シーズンパスを購入することで捜査可能な事件(シナリオ)が追加される。シーズンパスが発表されたばかりの頃は「パッケージ版を未完成品のまま発売するつもりか」「すべてのDLCを購入したら(パッケージ購入と同等の)結構な金額になる」といった、否定的な意見もユーザーから出ていた。

だがその後、ワーナーブラザースの『モータルコンバット』やエレクトロニック・アーツの『FIFA』『マッデンNFL』『NHL』といったといった人気タイトルがシーズンパスを採用。ユーザーにも徐々に浸透していくことで、ゲームメーカーの新たな“金脈”となったのである。

シーズンパスを初めて採用したゲームソフト『L.A.ノワール』。捜査可能な事件が追加されるほかに、主人公の衣装や武器なども入手できた 画像は公式サイトのスクリーンショット
シーズンパスを初めて採用したゲームソフト『L.A.ノワール』。捜査可能な事件が追加されるほかに、主人公の衣装や武器なども入手できた 画像は公式サイトのスクリーンショット

“お気に入り”をより長く楽しめるユーザーと、1つのゲームをより長く売れるメーカー

ゲームソフトの多くは7000~8000円と比較的高額であるため、購入してプレイした際に「自分に合わなかった」ソフトを買ってしまった時のストレスが大きい。そのため、好きだったゲームの続編が出るまではソフトを買い控えてしまうという層がいる。

ところが、楽しめたゲームに追加料金を支払うことでお気に入りのゲームより長く楽しめるのであれば、有料DLC購入に対する抵抗は低い。やり込んだゲームのセーブデータが引き継げるのも大きな魅力となる。自分の感性に合うかわからない別タイトルを買うよりも、ユーザーにとってはるかにローリスクだとも言える。

「ゲームをクリアするまでは遊んだが、そこまで好きにはならなかった」という温度感のユーザーであれば、有料DLCを購入しなければ済む話なので、購入しなかったからといって決して損をしているわけではないとも言える。

ゲームメーカーのメリットにもメリットは大きい。例えば「AAA(トリプルエー)タイトル」と呼ばれるような、ヒットが期待できるソフトなどは、発売前から有料の追加DLCを企画しておく。見事ソフトがヒットすればDLCを継続して制作すればいいし、売上が低迷するようなら制作を止めればいい。ソフト発売後の売上経過を見ながら、いわば“後出しじゃんけん”で開発リソースを投入するかどうか決められるため、ヒットするかどうかわからない新規タイトルを作り続けた場合に比べて、ビジネスとしての成功率も高まる。

ゲームメーカーの多くは徐々にこうした方針を採るようになってきた。その結果、発売するソフトのタイトル数を厳選する傾向にある。一例として、任天堂が過去数年に発売した新作ソフトのタイトル数の推移を紹介する。もちろんゲーム機自体の世代交代やそれに伴う開発環境の変化など、ほかの要因もあるだろう。だが、2020年のタイトル数は9本で、27本のタイトルを出した2015年の3分の1になっており、その傾向は明らかだ。

任天堂が発売したゲームソフトのタイトル数

DLCをリリースし続けるゲームメーカーのメリットはほかにもある。それはソフト発売後の時間経過による、ソフトの「新鮮さ」が失われないというもの。「●月●日に新規モンスターを追加」など告知をすることでSNSやゲーム系ニュースサイトで話題に上るので、ユーザーが継続してプレイしてくれるだけでなく、休眠ユーザーの掘り起こしにもつながる。もちろんこれは有料DLCに限った話ではない。たとえばニンテンドースイッチの『あつまれ どうぶつの森』では、発売から1年半が経過した今も、アイテムやイベントなどを無料DLCとして配信。ユーザーの興味を保ち続けている。

大規模なタイトルであるほど次回作が店頭に並ぶまでに時間がかかる(場合によっては数年規模になる)が、少しでも長く前作を楽しんでもらうことで、次回作を購入してもらえる確率も高くなる。

ニンテンドースイッチの『あつまれ どうぶつの森』では、発売から1年半が経過した今も、アイテムやイベントなどを無料DLCとして配信。ユーザーの興味を保ち続けている 画像は公式サイトのスクリーンショット
発売から1年半が経過した今も無料DLCを配信するニンテンドースイッチの『あつまれ どうぶつの森』 画像は公式サイトのスクリーンショット

ここまで、ユーザーとメーカーの観点でシーズンパスをはじめとしたDLCについて説明してきた。だがシーズンパスはゲームソフト販売店にも大きな影響を与えている。

有料の大型DLCを発売するようなゲームソフトは、DLC発売まで商品の人気をキープするため、毎月のように無料のDLCを配信している。結果として、ゲームをクリアしてしまったユーザーも「また追加コンテンツあるのではないか」と期待し、中古ソフトショップへ売ることをためらう。

その結果、中古市場へのソフトの流出が抑制され、中古価格が下落しないため、新品と大差ない価格で販売されることになる。結果として「値段が変わらないのなら」と、発売から時間が経過しても継続して新品ソフトが売れ続けるという現象が起きているのだ。その傾向は、ショップでのソフト売上げランキングにも現れている。以下は、「ファミ通.com」のゲームソフト販売本数ランキング(8月30日~9月5日)に、各ソフトの発売年月を追記したものだ(1位から30位までの完全版はこちら)。

ゲーム販売本数と
その発売日
クリックで1位から30位までの完全版を表示

ソフト売上げランキング上位30位中、直近1年以内に発売された新作ソフトは17タイトル。つまり残りの13タイトルは、発売から1年以上が経過しながら、「新品ソフト」としてショップで継続して売れているのだ。

ゲームソフトが高額商品であることは前述したとおりが、売価が高い商品が不良在庫になると、ゲームショップの利益を圧迫してしまう。だが長期間に渡って売れる定番ソフトが多くなるのであれば、ショップの利益率は向上する。

ユーザーも、メーカーも、小売店にもメリットがある有料DLCという販売方式。今後、この傾向はより増えていくことは容易に想像できる。たとえば2021年3月に発売したニンテンドースイッチ用ソフト『モンスターハンターライズ』も『モンスターハンターワールド:アイスボーン』と同様に、大型の有料DLCを用意しているのではないだろうか。

有料DLCの仕組みが、PS5販促の助け舟に

この有料DLCという販売方式は、PlayStation 5(以下「PS5」)の販促にも有効活用されている。

ファミ通の発表によると、PS5の国内推定累計販売台数が発売から43週で約10カ月で100万台(うち「デジタル・エディション」は16.5万台)を超えたという。だが、PS5は引き続き世界的な品薄が続いており、オークションサイトでは定価より2万円以上も高い価格(PS5の定価は通常版が5万4978円、ドライブのないデジタル・エディションが4万3978円。)で転売されているというのが現状だ。

PS5はPS4との互換性を持っており、PS4のソフトがほぼ全て動作する。そのため、PS3と互換性のないPS4の発売時と較べても、買い替え希望者は非常に多い。ソニー・インタラクティブエンタテイメント(SIE)としてはPS5を売るためにPS5専用ソフトを投入したいところだが、そもそも市場に本体が売っていない状況なのでPS5専用ソフトは売上本数が伸びず、大赤字タイトルになってしまう。

そこでSIEが選んだ作戦は、新作ソフトをPS4/5両対応として発売するというもの。PS5を手に入れられないユーザーには、いったんPS4版のソフトを買ってもらう。後日にPS5本体を入手したら、10ドル(日本語版の価格は未発表だが、おそらく1100円程度になると予想される)の追加料金でPS5版のDL版ソフトを購入できるという発表を2021年9月4日にしたばかり。「とりあえずPS4版を購入して楽しんでいてください」というメッセージをひしひしと感じる。

今後は、既存のPS4ソフトにおいて「PS5ネイティブ対応版ソフトを作りました」という発表も増えていくだろう。

2021年8月に発売した『Ghost of Tsushima DIRECTOR’S CUT』では、今後のSIEソフトを象徴するであろう販売方法を取り入れている。2020年7月に発売した前作『Ghost of Tsushima』のユーザーは、2200円で有料DLCを購入するとPS4版の『DIRECTOR’S CUT』へアップデートできる。ここから、さらに1100円を支払うことでPS5版ネイティブ対応のソフトへとアップグレードできる。前作のソフトを購入してくれたユーザーを優遇し、再び興味を持ってもらう。SIEの場合はPS5のメーカーでもあるため、ソフトを通じて「PS5にアップグレードすると、ここが凄い」というPS5の販促も兼ねている。

一方、2021年9月24日に発売予定である『DEATH STRANDING DIRECTOR’S CUT』のように、ソフトの内容自体には大きな内容追加を行わず、PS4版ソフトを有料(1100円)でPS5版へアップグレードするというケースも増えてくるだろう。

今後、SIEが発売するPS4/5の2機種向けに発売されるソフトは、前述した2パターンによる販売方法のどちらかを採用することになるはずだ。2021年9月10日にYouTubeで公開されたプロモーション動画「PlayStation Showcase 2021」でも、この傾向が確認できた。

こうしたSIEの方針に影響を受けたのか、フランスに本社を持つ大手ゲームメーカー・Ubisoft(代表作は『アサシン クリード』『レインボーシックス』『ウォッチドッグス』シリーズ)も、同様の発表をしている。最新作『Far Cry6』はPS4版やXbox One版購入者に対して、それぞれPS5版およびXbox Series X/S版という最新ハード版ソフトへのアップデートを無料で実施するとした。おそらく今後、世界中の大手ゲームメーカーが無償、または少額で最新ゲーム機向けのアップグレードを行う流れになっていくに違いない。

この方式の唯一のデメリットとして、PS5用のパッケージ版ソフトが販売不振になるというものがある。PS4版のパッケージ版を購入+1100円払うと、PS4用のBlu-ray Disc版+PS5用のDL版が手に入る。このため、PS5ユーザーであってもパッケージ版はPS4用ソフトを買うユーザーが多く、PS5用パッケージ版は敬遠されてしまう。PS5用のパッケージソフトについて出荷数や仕入れ数を絞ることでコントロールしていく可能性は少なくない。ただし、PS5用パッケージソフトの売上不振は今後数年間は継続するだろう。

新作ゲームタイトル、特にインターネットを介して他人と遊ぶものに関しては、ソフトの発売直後のユーザー数は多いが、1年、2年と経過するうちにユーザー数が減少していく。このため、ネットでの協力プレイが中心だと、発売直後でないと魅力が薄れるという側面もあった。しかし、発売後にDLCが次々と配信されるようになった現在は、発売から時間が経過してからも、発売当時以上のボリュームで楽しめるケースが増えつつある。あなたが満足できるタイトルの選択肢は、以前に比べて広がっているのだ。